おまけ
「ところで澤崎さん。こちらの戦争についてはどうなってます?」
溜息を付きながらすっと差し出したのは一枚の写真。
そこには仲良く歩く初老の男と金髪の女性と桃色髪の女性が映し出されていた。
「あ、はあ……そちら、ですか……」
澤崎は汗を垂らしながら写真に写る三人の人物を目にし、こっちの戦争も日本にとって重大事であるのを忘れていたと反省した。
なにせこの金色の騎士と桃姫の戦争。推移によっては日本経済や商取引への影響がかなり大きく放置できない。
実際にこの戦争では桃姫側の背後に日本の皇家が付き、更にはブリタニア皇家の7割が付いており。
一方の騎士側勢力として日本の財界やブリタニア西海岸を始めとする貴族の連合と日ブ両国の軍関係者が付いている。
おまけにアナゴというハンドルネームを持つ人物が騎士側の最大支援者となっていて日ブ間の有力者勢が真っ二つに割れているのだ。
取り扱いを間違えれば大火傷必死な日ブ間の懸念事項の一つであった。
「率直に申し上げますが、一つ屋根の下で生活を共にしていらっしゃいます西海岸の騎士の方がリードしているかと思われる報告が多々寄せられています」
「騎士が一歩リードですか」
騎士がリードしているのはまあ予想が付いていた。
寝起きを共にし昼間を除けば一緒に過ごす機会が多いのだから当たり前だ。
「しかしそうなると我が国とは歴史的に繋がりの深いブリタニア皇家が黙ってませんし、かといって騎士を蔑ろにしては西海岸と揉める原因にもなりますし」
「ですがそこは彼の国のアナゴ氏が上手く調整してくださるのでは?」
「アナゴ氏では無理なんですよ。あの人はただ桃姫を嫁にやりたくないだけの個人的な意見で突っ走るのであまり当てに出来ません」
頼りがいのありそうなアナゴ氏だが生憎合理性も何もなく感情だけで動く為に双方の支持勢力から相手にされてない。
「感情的と言えば日に日に悪化してますよ騎士も桃姫も」
「伺っております、先日桃姫に対し不敬な言葉を発した騎士が……その、ソフトクリームを桃姫の顔に……」
「子供の喧嘩ですね」
18の桃姫に20の騎士。
分別の付く年齢ながらこと初老の紳士を巡る戦争においては子供みたいな事をしている。
未確認ながら掴み合いをしたとか、酔った勢いで騎士が紳士を押し倒して致してしまったとか、ショックを受けた桃姫も紳士に対し実力行使に出て朝まで……といった過激な噂まで出ていた。
「閣下……それはその、事実なのでしょうか……?」
本当ならば重大事であると気が気ではない澤崎に対し辻が言い放ったのは非情な宣告であった。
「事実です。なにせ紳士と騎士を前に話しを振ってみたら取り乱してましたので」
「な、なんと……」
澤崎は絶句するがまあわかる。
二人とも、桃姫まで含めた三人共に国家の要人である。
軽率すぎるだろうと突っ込みたくなったのだ。
それと共に、どこからそんな話が出たのか?
知ったら知ったで胸に秘めておく事柄であると考えなかったのかと憤慨する。
「そ、そんな噂はどこから」
なので聞いてみたわけだが。
「根も葉もない噂ですよ」
辻の答えは何でもない唯のデマであるとの話しであった。
ならばどうして事実なのかとなるも。事実は事実であるから仕方が無いわけだ。
「ですがその根も葉もない噂をぶつけてみたんです。そうしたらまさかの反応があったので。さすがに事が事でしたのでお二人には詳しく事情を伺ったのですが本当に酒の席の間違いであったらしく、紳士の側ではなく酒に弱い騎士の側が日頃からの桃姫と紳士の仲良い姿に溜まっていたストレスが爆発して――まあそういうことです。桃姫の件も泣き付かれてどうして騎士だけがなんて喚かれてまあ、抵抗できなかったと。抵抗も何もお二人ともそれなりの身体能力もありますからどちらにせよ紳士では抗えなかったのかも知れませんね」
*
「紳士閣下の場合、同じ晩婚の歳の差婚でも山本閣下や南雲閣下の様にスムーズに事が運びませんな。揉めたときの影響の大きさもあって余計に」
「山本さんや南雲さんは相手が一人だったというのもあるでしょう」
2019年は結婚の年と言えた。
それは
夢幻会顧問山本五十六と神聖ブリタニア帝国伯ヴェルガモン家息女リーライナ・ヴェルガモンの結婚。
在ブリタニア日本大使館付き駐在官である南雲忠一とブリタニア帝国皇帝直属騎士ナイトオブラウンズ第4席ドロテア・エルンストの結婚と、大物同士による結婚が続いている為だ。
「そういえば澤崎さん。貴方もそうでしたね」
「は?」
「いえ結婚ですよ。されたではありませんか出来ちゃったの入籍を」
「~~~~!!」
澤崎淳は絶句する。
どうしてだ。
何故だ。
なんでこの方は知っているんだ。
その顔は語っていた。
「いやあめでたい。貴方の家庭の不和に私も無関係ではありませんでしたのでお見合い相手を探していたのですが肩の荷が下りました」
澤崎は2014年のナチスユーロピアによる核実験で世界に衝撃が走っていたのと同月に協議離婚を迎えていた。
死にそうな顔でナチスの核実験に対する国会答弁をしていたのは、核の脅威の拡散が原因ではなく自身の離婚が原因だったのだ。
「我々会合の丁っ……失礼、連絡員を貴方に一本化した為に仕事量が倍増し家庭にを疎かにさせてしまいました。そのことに付いては返す返すも申し訳ありませんでした」
席を立ち頭を下げる辻。
彼は彼なりに澤崎の家庭を崩壊させてしまった事に対しての責任を感じていたのだ。
「お、お顔を上げてくださいっ、恐れ多くも夢幻会の会合メンバーであらせられる辻閣下が私のような一閣僚如きにっ、」
「いえいえ、貴方を任命したのは私ですし、それに――」
“これからも頑張って貰うのですから頭を下げさせてください”
やんごとなき夢幻会の指導層辻の突然の謝罪に慌てた澤崎であったが続く言葉にその本当の意味を知る。
これからもよろしくという意味だったことを。
*
(ああ、前妻に続きお前とまで離婚する可能性が今この瞬間見えてしまった……直美)
彼は心の中で嘆く。
つい先日己が愛妻となったばかりの飲み友達。
女にしては背が高く、活動的なラフなTシャツとジーンズを着こなした――澤崎直美(旧姓・井上)の顔を思い浮かべながら。
会合の連絡員として本業の政治以外にも様々な仕事をこなしながら馬車馬の如く働いてきた彼は、それが故に家庭が崩壊し精神的にボロボロとなっていた頃。
そのエリート思考で政敵を蹴落としてのし上がってきた事が災いして友達も少ない彼は、行き付けのBARでの飲み友達であった直美に癒しを求めて良く悩みを打ち明けていた。
自分と住む世界が違う一般人。関わるのが酒の席だけということで素の自分で付き合える彼女とは良好な関係を築く事ができ、いつしか夜を共に過ごす仲へと進み行く。
行きずりの関係ではあったが互いの身の上を相談し合い、時に助け、時に助けられ。
確かな信頼関係で結ばれていたのだ。
もう恋に現を抜かす年ではなく、外的要因こそあれ自ら選んだ仕事によって一度離婚を経験していた為にあくまで酒の席から寂しい夜を共にする、そんな付かず離れずの関係に落ち着いていた。
一方で彼女の方はどうだったかといえば『お偉い政治家先生の癖にいつも一生懸命な姿を観てるとなんか放っておけなくて慰めてあげたくなるのよ』
『普段人前では堂々として物怖じしない強気一辺倒で悪党みたいな面構えしてる癖に私といる時や一人の時は小心者。自分よりも強い者の前でもやっぱり小心者。だけど文句言わずに働いて、リーダーとしての素質はないけど二番手で支える素質はピカイチ……嫌いじゃないわよ。そういうの』といった感じでけして悪くは思われていないようで。
そんなこんなで続いた出逢って三年目となる記念にロマネで祝杯を挙げたその夜。
『子供が……できたの……』
突然の告白であった。
吐き気を催す体調不良を訴えて病院を受診した際に発覚したという。
『淳に迷惑は掛けられないから一人で生んで育てるわ』
政治家という仕事はハード。
真面目にやっていればこそ言えるその体現者たるあなたの邪魔にはなりたくないからと別れを告げられたのだ。
それに余計な気を遣わせたくないからともう二度と連絡を取らないようにしようとも。
だがしかし。
彼女に対して澤崎は言った。
『責任を取らせてくれっ! 君が、君さえ良いというならば私が責任を取る為の機会を与えてくれっ!』
行きずりとは言え肉体関係まで持ち、それでも今まで良好にやってきた仲。
一時の快楽や慰め、癒しの為だけに彼女を求め、その上で子供が出来たから別れる等という恥知らずな事はできない。
それに女一人に対する責任が取れなくて政治家など勤まるものか。
ましてや直美との仲はそんな薄情に切り捨て、また切り捨てられるような間柄ではない。
だからこそ責任を取りたかった。
『直美、君と君のお腹の子を、私に……俺に養わせてほしい。君さえ嫌でなければ、こんな離婚経験者の男失格者でもいいなら俺と……』
『淳……、』
そんな彼に、直美は静かに寄り添い頬を擦り寄せる。
彼女の身体から漂う甘い香りはいつもと同じであったが、その時ばかりはその香りに妙な緊張感があった。
『淳……あなたって、さ……』
最高に良い男よ――。
(直美、お前にまで三行半を突き付けられたら私はもう)
出逢いから入籍までの事をさっと思い出していた澤崎は、ひょっとしたら将来的に有り得るかも知れない二度目の離婚に薄ら寒くなった。
一度目でも「やっていけない」と捨てられたとき、「鬱だ死のう」をやり掛けたというのに、今度離婚となったらもう確実に廃人である。
「澤崎さんどうしました?」
「は!? ああ……あの、何でもありません……」
「そうですか? 随分お顔の色が優れないようですが?」
「ほ、本当に大丈夫です」
大丈夫ではなかった。
つい先程のこれからも宜しくな辻の一言でまた何百何千の毛根が死滅した筈だ。
「ふふふ、ご安心ください。以前の二の舞とならぬよう私も仕事量はきちんと調整させて頂きますので。もうすぐお生まれになるお子さんのこともありますし直美さんと離婚する様な事にはさせませんよ。それに彼女は貴方の今までの苦労を御存じなのでしょう? その上で一緒になられたのですから貴方が捨てられる事はない筈です」
「は、はあ、それならばいいので……。…………………………………え?」
「なにか?」
「い、いえ……、」
その時、彼は気付いた。
(この人どうして直美との馴れ初めや誰にも伝えてない直美の名前とか知ってるんだっ?!)
知らないはずの妻の名と妻と自分だけが知る馴れ初め。
なぜかそれらを知っている辻政信という男に戦慄を覚えた澤崎淳。
彼の受難はまだまだ続く。
終。
最終更新:2015年07月16日 19:12