「また君を……。」の続き。
原作ルルーシュ転移。
帝都の休日系世界線。





生まれ落ちた場所は。
箱庭と呼べる世界だった。


衣服も。
物も。
住むところも。


身の回りにある総てが。
自身の為だけに用意された世界。

何一つとして自らの力で手に入れた物ではない、ただ与えられただけの環境。
管理された幸せと無情の愛を本当の幸福だと信じながら。
仲の良い兄弟達と笑い、遊び、喧嘩した日々。

そこに存在していた総てが。
無自覚な悪意を振り蒔く大人達によって作られていただけの偽りの優しさとは知らず。
ただ……、ただ安寧のままに時を過ごしていた。


だが――。


いつまでも続いていくのだと思っていた平穏な箱庭世界は。
その環境を作り出した無自覚な嘘に塗れた大人達の都合によって形を失い。


やがて。







壊れ行く。

“弱者に用はない”



なぜ母を守らなかったのか?
起きたことに対する家族としての当然の抗議を、その男は一言の下に切り捨てた。
訪ねた相手は自らの父であり、訪ねたのは父の子である自分だというのに。



『くだらぬ。お前はそんなことを伝えるためにブリタニア皇帝の貴重な時間を割かせたのか? 愚かしい。我が息子ながら何たる愚かしさよ』



そのたった一言に、幼い心は如何ほどの傷を負ったのだろう。

あの男にとって自分など居ても居なくてもどうでもいい存在。
幾らでも替えの利くただの政治道具。

その時より俺は男を父として見なくなった。

例え真意がどうであったにせよ。
子を、家族を護らぬ男が父親であるはずがない。

冷たい目をした男への憧憬は消え失せ。
俺の世界は灰色に変わっていった。

そんな冷たい男に何も知らぬまま総てを奪われ辿り着いたのは遠い異国。

そこには、一人の少年が居た。

少年は箱庭世界から放り出されてしまった俺と、心と体に大きな傷を負った妹を暖かく迎え入れてくれた。

味方などいない。
この世界の何処にも。
信用できるのは血を分けた我が妹だけ。

それがこの世界の不変の理なのだ。

あの時。
少年と出会うまでの間、ずっとそう考えていた。


世界に覇を唱えんとし、その実は自分達こそが誇大妄想に取り付かれていた勝手極まりない大人達の“侵略”という行いは、この異国に於ける自分と妹に悪意となって返っていた。

侵略者の子。
呪われた皇子と皇女。
人質。

住民達が持つ感情は至極当然の事だろう。
罪なき者を、その地で平和に暮らしている住民達の国を攻め滅ぼし殺戮を続けるあの男の血を持つ子供がどう思われるかなど、容易に想像が付く。
それを単純に敵だと思えたのは、今にして思えばきっと幼さから来る反発もあってのことだったのだと思う。

しかし。
そんな中にあってもたった一人だけ偏見の目で視ることなく受け入れてくれたのがあの生涯の友となった少年であった。





暑い夏。

晴天の下で出掛けた砂浜で魚釣りをした。
自分と身体が不自由な妹と、そして少年の三人だけで。
少年との力比べで己の貧弱さを改めて思い知らされたのもその時だ。
自分よりも力のない妹。
何もできないと思っていた妹よりも釣り竿の扱いが下手だと思い知らされたのも。

『くそっ。なんなんだこの釣り竿は』

自分の要領が悪くて真っ直ぐ飛ばせないだけだというのに竿の所為にして少年に笑われたり。

『次こそは君に勝ってみせるぞ』
『負けず嫌いなやつだなあ』
『それがお兄さまですから』

結局自分は0で少年と妹は8匹も釣れて。
それが自分の負けず嫌いを大きく刺激したり。
何でもないことだったけれど。
あの男の箱庭にいた時よりもずっと充実した……、生きている……。
そう、生きていることを実感できる。
そんな毎日。

少年と共に作った。
少年と妹の三人で作り上げた優しい日常。
追いやられた新天地にて見つけた自分達の新しい居場所。

その未だ幼い精神では気付く事無き本当の優しさの中で、俺は短く儚い幸せを知ったんだ。

本当の幸せとは何もない日常の中にこそ存在していたのだと。

物が無くとも。
お金が無くとも。
父や母など居なくとも。

幸せという物は有ったのだと。

だが。
その小さな優しさと居場所さえ、この冷たい世界と大人達は奪い去る。



ただ静かに生きたかった。
ただ自らの居場所を護りたかった。
それだけを望んでいたのに子の心など顧みることのない大人達は心配していると言いながら平気な顔をして平穏を壊し略奪していく。

どうして奪う?
なぜ壊す?

何もしていないのになぜ世界はこんなにも多くの悪意を振り向けてくるんだ。

そんなにも悪い事なのか?
小さな幸せを手に入れたいという願いはそんなにも望んではいけない程の大それた願い事だとでもいうのか?

まるで自らという存在を拒絶するかのように奪われていく幸せな時間。

お前に幸せは必要ない。
お前とお前が護ろうとする者総てはこの世界に生きる事を許さない。

世界より突き付けられし冷たい刃はただ何も語らずその意思のみを示し続けてきた。



ならば……。
ならばそんな世界は要らない。

そんな冷たい世界は……。
ただ静かに生きようとする権利さえ剥奪するような世界は……。



俺のこの手で



息の根を止めてやるッ!



そして大切な人達の為に真の優しい世界を作り上げる。



幸せな時を焼き尽くし破壊していく戦火の中で立てた誓い。
そこから……総ては始まった。











だが……そうやって歩み走り続けたその先で知る。

その決意は。
その決意と自らの意思は。

自分達を排除したこの世界と。
偽りの優しさを押し付けてきた嘘塗れな醜い大人達と。



――なにひとつ変わらない身勝手な考えでしかなかったのだと。

 ねえ……













 ゼロって……













 弱い者の味方なんだよね……












 なら……












 なんで






































――――私のお父さんを殺したんだろう――――






restart













憎しみに囚われて突き進むが余り、自らが否定した大人達と同じ事をしていたことにさえ気付けなかった。


『お父さん、優しくて……』


憎しみは。


『私っ、ぶたれたこともなくてっ……』 


憎しみを生み。


『なんにも悪い事……、なのに……、どうしてっ……?』


憎しみは。


『なんでお父さんっ……わたしっ……、』


大切な者をも。


『いやっ……いやァァァァァァ――!!』












――傷付ける。













簡単に分かる筈の法則にすら。
曇り淀んだ己が眼では……、気付なかった……。

護ろうとした物がこぼれ落ちて行く。

作りたいと思う世界とは真逆の世界が見え始める。

くすぶり続ける憎悪に身も心も支配されながらエゴを押し付ける身勝手な王となった俺は、数多の命とそこにある日常を奪い。

壊した。

失われる命の数だけ憎しみは増大し。

肥大化し行く人々の憎悪は更なる悲劇と戦火を産む。

終わる事なき憎しみの連鎖の果てに残っていたのは、孤独という名の牢獄だけ。

優しさの代りに憎しみを、生の代りに死を振りまき続けた自らには相応しい牢獄の中で、漸く気付いた己が過ち。

自らが戦いを起こさねば。

理を曲げる力を憎しみのままに使い続ける事をしなければ。

失われる事はなかったであろう多くの命。


“王の力は人を孤独にする”


魔女の忠告通りとなった自らを取り巻く環境は愛した者さえも失われてしまうという冷たく暗い深淵の世界だった。

そう、日常に生きていた優しい“彼女”を。

いつも眩しい笑顔を浮かべていた明るい彼女を。

俺は……、奈落の底へと突き落としてしまった。

彼女の肉親の命を奪い。

彼女を深く傷付けただけには飽きたらず。



遂には――。


彼女自身の命さえも。

奪う切っ掛けを作り出した。

かつての俺と同じ平穏な世界で生きていただけの彼女を巻き込んでしまったのは、誰あろう彼女を愛した自分自身。

恨まれてもいい。

憎まれてもいい。

いや……。

寧ろそれをこそ望んでいた。

大切な者を奪った俺を憎み抜いてくれ。

君の抱いた憎しみでどうか俺の存在を抹消してくれ。

自らの望みを優先して世界を巻き込んだあの大人達と同じ汚れた血の流れるこんな俺を……。

君の手で……。




いつしか、あの大人達に負けないくらい身勝手な人間と成ってしまった俺は知らずのうちに望んでいた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという存在を、未来永劫に憎み続けて欲しいと。

俺は彼女が好きだった。
いつも俺だけを見てくれていた彼女が。
いつも傍に居てくれた彼女の事が。
だから俺は俺を許せなかった。
大好きな彼女から総てを奪った俺自身を。

好きだからこそ憎まれていたい。

好きだからこそ俺のような人間を好きで居続けてくれることに堪えられない。

憎まれる人間で有らねばならないのだと分かっているからこそ。

せめて君にだけは愛されていたいと思う気持ちとは裏腹に。

世界中の人間に許されても。

君だけには許されてはならないのだという相反した思いを抱く矛盾に塗れた俺を。

世界で一番大切な君から。

君の大切だった物全てを奪い去ってしまった。

愚かで。

身勝手で。

醜くて。

救い様のない程の卑怯者であるこの俺を。



彼女はそれでも



消え行く命の狭間にあっても



こんな俺を



身勝手を極めてしまった愚かな男を



その無限とも言える大きな愛で



ただ……優しく……。



包み込んでくれた……。




……ル

…ルル

ルルってば

「ん――」

遠くから、それでいて直ぐ近くから聞こえた声に。
暗く閉ざされていた視界が開かれる。

幼き頃より歩んできた道程を映すスクリーンが消え。
もう居ない筈の彼女の姿が視界の先に現れた。


長く伸ばされた艶やかな栗色の髪。
いつも俺を映してくれていた薄い緑色の瞳。

それは、この腕の中で息を引き取り。
もう二度と会うことが出来なくなってしまった少女の姿だ。

嘘か本当かの確認さえ不可能な死後の世界とされる場所。
Cの世界には居るかも知れない彼女が。



此処に居る。

ということは。
この身が無事に死を迎えられたという事なのだろうか?



……。



嬉しい……な。



死後の世界があるなど半信半疑であり信じていなかったが、例えこれが幻であっても俺は嬉しかった。

君ともう一度再会できたのだから。



「迎えに来てくれたんだね……」



死の間際に観るという幻でもいい。

世界の悪意が作り出した偽りの君であってもいい。

君にもう一度触れたい。

ただ、もう一度だけ、君に触れたい。


「え…? ちょ、ちょっとルル……?!」


いいじゃないか。

俺は君を失ってから、ずっとこうして君と触れ合える瞬間を夢見てきたんだ。

心行くまで君と触れ合いたいという俺の想いを。

どうか理解してほしい……。











シャーリー……。






















――ゴホン。んっ、んんっ……



五月蠅いな
いまシャーリーとの再会を喜んでいるところなのに──


ゴホンっゴホンっ!




いい加減にしろ五月蠅いぞっ!





ランペルージ君っ、君は私の講義がそんなにつまらないのかねっ?!








突如として響いたのは怒りの色を帯びた声。
夢見心地のふわふわした感覚が薄れ、止まっていた思考が急速に加速していく。
ぼやけたセピア色の世界が消え行き、戻ってくるのは色彩豊かな景色。

「ん……」

色を取り戻した景色の中に見つけたのは、顔を真っ赤にしたシャーリーの姿だった。

「シャー、リー…?」
「ル、ルル……」

俺の手はその彼女の右頬に触れていて……。

「聴いているのかねランペルージ君ッッ!」

再び響いた怒声にシャーリーの頬から慌てて手を離しつつ、折り曲げ伏せていた身体を素早く起こした。

「春先だからといって気が緩みすぎだぞッ、それも名門中の名門たる我がアッシュフォードに中途編入した分際で堂々と居眠りとは貴様私を舐めてるのかっ!?」

怒りを露わにする“アッシュフォード学園大学教授”。
クスクスと聞こえる笑い声。

「も、申し訳ありませんでしたっ…、」





(夢……だったのか……)

遠い……

とても遠い日の……夢。

本当は一年にも満たない過去の話だというのに、もう何十年と昔のように感じてしまう“あの頃の”夢。

ふと隣を見遣ると、まだ頬を赤くしたままのシャーリーが此方を気にしている。
血の海に沈む青白い顔をした彼女ではない、正真正銘生きているシャーリーの頬は生気に溢れていた。



どうやら俺は――居眠りをしていたようだ。






昼休み。



「ル~ルく~ん、チミは一体どんな夢を見ていたのかね~? んん~? ほれほれ~正直に言ってみ~」

講義中の居眠りに続く失態を近くで見ていたらしい友人がしつこく問い質してくる。

「だから夢など見てないと言ってるだろ」

外側に跳ねている青みがかった黒髪の少年。
友達という関係を築いてよりまだ一年と経っていないがその性格も口癖も俺は良く知っていた。

貴族相手の非合法チェス勝負では散々一緒に金を巻き上げた。
修学旅行を休まざるを得なかったときには花火で迎えてくれた。
楽天的でお調子者で遊びの天才。
生徒会では書記を務め、恋には一途。
いつも周りに気を配ってひっそり生きる俺の学園生活に色を添えてくれた得難き友達――リヴァル・カルデモンド。

だがそれは、飽くまでも似て非なる別人の話だ。

今目の前にいるのはかつての俺と友達だったリヴァルとは違う別の軌跡を辿ってきたであろうまた別のリヴァルなのだから。

無論、彼だけではない。

凡そ此処に来てから知り合った総ての人が、俺の知る人達とは別の人間だった。

(新世界……か)

死を迎えた先に広がっていた平和な世界。
来ないと思っていた、来てはならないと思っていた明日。
日本とブリタニアが同盟を結び歩む戦火なき優しい世界。
俺はいま、そんな優しい世界で新しい人生送っている。

(みんな同じだ……あの頃と……)

リヴァルはお調子者で、ミレイ会長はお祭り好きで、ニーナは研究が好きで。
そこに生きる人達との触れ合いは、まるであの学園生活の続きのようにも思え毎日が楽しかった。


そして、彼女は……。

「誤魔化すなよ~、シャーリーにあんなことしておいてさぁ」
「だからあれはシャーリーの頬に何か付いていたからとってやろうとしてただけだと何度も説明しただろう」

シャーリー・フェネット。
向こうで俺が好きだった……俺のような自分勝手な男を好きでいてくれた心優しい少女の存在に、どれほど俺は救われたのだろう。


(運命……なのかな?)

スザクの手に掛かり死んだ筈の俺が富士の樹海にいて、そこを調査に訪れていた彼女の父ジョセフ・フェネットに拾われたのは、果たして偶然だったのだろうか?
俺がナリタ連山で命を奪ってしまった彼と同一の人間に拾われ、俺が愛したシャーリーと再び出逢う。

(まるで……。そうまるで導かれるように俺は彼女と再び出逢った)

出逢い、そしてもう一度恋をした。

連れて行かれたフェネット家は、いまジョセフの仕事の都合で東京に居を構えている。
地質学の第一人者として、日本や東南アジアの国々から様々な調査を依頼される為に此方へ引っ越してきたのだという。
ブリタニアよりも遥かに多くのサクラダイトが埋蔵されている日本の地質調査は枚挙に遑が無い。
その為国内の学者だけでは到底手が足りないとして同盟国や友好国の地質研究グループにも積極的に呼び掛けては日本への招聘を行っているらしい。
妙な話だが、日本が地質学者の出稼ぎ先と成っているような状況だ。
ジョセフはブリタニア政府から幾つもの地質調査を命じられて成果を上げてきた人間であり、調査グループの長も勤めている関係からいの一番に声が掛かっていた。
ブリタニア国内での大きな仕事を終えたばかりで暫くの間はフリーとなっていた処に政府筋より声が掛かり、日本行きが決定したと聞いているが。

『私は仕事の関係で家を留守にする事が多くてね。娘にはいつも寂しい思いをさせているんだ。そこで提案があるのだが、良ければこのまま家で暮らさないか?』

富士の樹海で出逢った時に記憶喪失であると偽った俺はジョセフに引き取られていたが、日本を拠点にフィリピンやインドネシアなどへも仕事で飛んでいる所為か、あまり家には帰れないという彼はこのまま家の子にならないかと提案してきたのだ。

当初は迷った。

世界の迷い子である俺に居場所はない故その申し出は大変嬉しかったのだが、本当に良いのだろうか?
多くの人の命を奪い人生を壊してきた俺が、今更居場所を与えられてぬくぬくと平穏に生きるなど許されない事ではないのかと。

しかし、結果として俺は思い悩んだ末にジョセフの提案を受け入れる。
その動機と成ったのは、やはりシャーリーの存在だった。
向こうで護れなかった彼女と同じでいて、非なる彼女。
だが、世界は違えどやはりシャーリーはシャーリーだ。
明るくて、父が大好きで、水泳部員で、生徒会の……大学では学生自治会の一員。
ジョセフに引き取られた日。つまり世界の迷い子となったあの日からずっと観てきたが、なにひとつ違わず俺の知るシャーリーと同じだった。
声も、性格も、怒った顔も、“記憶喪失”な俺を気遣ってくれるその優しさも。

魂を同じくする者故にとでもいうのか? 

俺はかつてと同じ様に、再び彼女に惹かれていった。

だが、その想いを伝えることが出来ないでいる。
それはいま抱いているこの想いがシャーリーに向けられた物なのか?
それとも“彼女”を意識した物なのか?
自分でも良く分からないからだ。

“彼女”の影を引き摺っていたことは確かだ。
シャーリーと“彼女”は同じ存在なのだから。
故にこの気持ちが“彼女”への想いを前提としたものであったならば、それはシャーリーに対する侮辱であるとして伝えることを躊躇してしまうのだ。
シャーリーと再び出逢い自分の想いを再確認したからこその悩み。
袋小路に陥った想いをどうすれば良いのか? この答えを持つ者は他ならぬ自分自身でありながら、俺は自分で答えが出せないでいた。

「そうやって隠すと? はいはい分かった分かりましたぁ。はぁ~あ、いいよなぁ~お前は。そう暢気に構えてられてさぁ」

軽い調子で言ってくれるリヴァルだが、俺の事情を知らない彼には想像も付かないだろう。
好きである女性が同じ女性であるからこそ伝えられないで居るこの悩みというのは。
だが同時にリヴァルの抱えている悩みも俺には想像できない物だ。

「まだ、諦めてないのか?」
「まだっていうかさ、そう簡単に諦められる訳ないだろ……。無理だぁ~、不可能だぁ~、ってのは分かってるんだけどさ。なんていうの? ほら、ゴールインするまでは~ってやつ?」
「そこまでの想いがあるのなら告白くらいはしたらどうだなんだ。してはいけないという法律もないし心は自由なのだからな」

自分の事は差し置いておきながら俺は平然と言い放つ。
どこかで彼の出す答えを求めているのかも知れない。
答えを出すことが出来ない彼がその答えを自身で出したとき、自分が追い求める答えへもまた辿り着けるのではないのかと思うから。

そう、リヴァルもまた恋をしているのだ。

しかしその恋は越えようとしても越えられない大きな壁によって阻まれた、成就させるのが殆ど不可能に等しい恋。
それは彼自身が良く理解しているようだが、それでも想いを断ち切ることが出来ないでいるらしい。

「馬鹿、無理に決まってるだろ。相手は公爵家令嬢で、それも幼少の砌より決められた婚約者まで居るんだぜ? その婚約者ってのが――」


“ルルーシュ殿下なんだぞ?”


リヴァルが想いを寄せている相手。
それはアッシュフォード公爵家のミレイ・アッシュフォード公爵令嬢。
此方でも同じく先輩・後輩、会長・書記の関係だったらしい、あのミレイ会長だった。

友達になったばかりの頃に恋の悩みがあるという話を聞いたときから予想はしていた。
相手はきっとミレイ会長だろうなと。

「どんな裏技を使ったら平民の俺の割り込む余地があるっていうのさ……」

無論この恋は実らないだろう。

最初から諦めるというのは嫌いだが、どう足掻いても不可能な事は存在する。
かつての世界ではブリタニアを壊すとまで決意し、結果壊してしまった俺であっても、制度の枠内から物事を打破するのは容易ではないと知っている。
植民地人――イレヴンという立場に在りながら実力と謀略でラウンズにまで上り詰めた俺の知るスザクが内側から国を変えようとして変えられなかったように。

『枠内』、という物に収まっている以上は、所詮それなりの処までが限界なのだ。

出来ればバックアップする形で彼の恋の成就に力添えをしたいと思っている。
俺も伝えられない想いを抱いている関係上他人事であるとは思えないし、なにより友達だから。

しかし、この世界でも変わらぬブリタニアの国家としての形、枠がそれを許さない。


言わずもがな、神聖ブリタニア帝国というのは大きく分けて13の階級より成り立っている絶対的階級制国家だ。
細かく分ければさらに多くの階級が階位内に存在する程の厳格さを持つ……。

市民生活、給金、仕事。
ありとあらゆる方面で階級によって固定化された『枠』が存在している。

ミレイ会長は高等部在籍時は生徒会長。大学進学後はアッシュフォード学園学生自治会長として学園内では貴族・平民の区分無く誰とでも付き合ってはいる物の、一歩外に出ればブリタニアの大貴族――アッシュフォード公爵家令嬢としての身分を持つという、本来平民のリヴァルでは接することさえ不可能な身分差のある相手だ。

第1階位Commoner(平民)と第2階位Knight of honor(武勲侯)第3階位Knight(騎士)この範囲内ならばまだ可能だ。
1階級上の武勲侯、2階級差の騎士。ここまでは努力次第では平民にも到達できる場所である為に、世間的にも制度的にも婚姻関係を結ぶに当たっての壁となる障害はほぼ皆無。
しかし3階級上の第4階位Baron(男爵)からは状況が一変して、目に見える形で貴族と平民の壁が立ち塞がるようになるのだ。
更に言えば同じ貴族内でも第5階位Viscount(子爵)と男爵の力関係が雲泥の差となって表れるように、男爵とそれ以下では完全な別枠扱い。
上に行けば行くほどに階級差による権力の固定化と力の差は大きくなり、細分化された同一階級の中でも第6階位Earl(伯爵)の上位まで進むと最早平民との差は天地の差といっても過言ではない程の開きとなってしまう。
俗に言う大諸侯とは領地持ちの第7階位Margrave(辺境伯)以上を指すが、広義には上位伯爵からそう呼称しても問題は無い処に此処からもう一つ大きな壁が存在していると言えた。

そしてミレイ会長のアッシュフォード家第9階位Duke(公爵)と、第1階位平民リヴァルとの間には都合9階級にも及ぶ絶望的な壁、『枠』が存在している。

大貴族と平民が結ばれるという創作上の物語はあっても、現実で結ばれる例は基本的に存在しない。
ブリタニアの階級制度が内包する厳格さは、世界が違うとは言えあの国の皇族であった手前良く知っていた。

その俺が言う。
この枠を崩すのは実質国を破壊するような行為だと。

平和な世界で皇族・貴族・平民が手を取り助け合っている理想的な国となっている以上、枠の破壊や制度の転換など百害あって一利無し。

では、枠の中で有り得ぬ前例を作り出せるのかといえば、これもまた『否』だ。

例外的に平民出身の皇妃マリアンヌが居たが、彼女の場合はその騎士としての天性の素質を発揮し、軍内部兼階級制度の枠内にて一代限りの選ばれればだが例外的に特進可能な第11階位Knight of Rounds(ナイト・オブ・ラウンズ)にまで上り詰めたうえに、日本で言うところの【ブリタニア五・六事変】または【ブリタニア5月クーデター】。
1997年5月6日に発生して多くの犠牲を生んだ通称【血の紋章事件】において、現在在位中の第98代帝シャルルの側に付き、反乱軍に加わっていた当時のラウンズを幾人も討ち取るという功績を挙げていた。
その戦いの中でシャルルとの信頼を築き上げた彼女は第1階位平民からの第12階位Imperial family(皇族)という、軍や警察、会社での階級とは違い、基本的に変えることが出来ない国家制度としての階級に於いて11階級特進をやってのけたのだ。

あの自分勝手な大人代表の母を知る者としては英雄視されているマリアンヌの本当の顔が気になったが。
とにかく、例え平民でも国家の英雄ともなれば話が違ってくるという前例でもあったわけだ。

だが、この例を持ち出すのは無意味にも程がある。
何故ならば、リヴァルは英雄でもなければ天性の素質を一つたりとも持ち合わせていない、正真正銘ただの平民にして大学1回生なのだから。

これでは前提条件からして破綻していた。

しかもリヴァルのライバル……悪いが、彼ではライバルにも成れないであろう、俺と同一の存在にして別人な彼。
神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがミレイ会長の婚約者として立ちはだかっていた為に、勝ち目はゼロに近い。

天文学的数値を持ち出せば或いは可能性を見出せないこともなかったが、ブリタニアの国家制度である階級の『枠』がその僅かな可能性をも潰していた。

もちろんこの枠から脱する方法は非合法ながら幾らか存在する。

その一例としては、ミレイ会長が公爵家令嬢という身分を捨ててリヴァルと駆け落ちし、アッシュフォード公爵家の手が届かないところまで逃げるといったものだ。

深く愛し合う男女の逃避行。
匿ってくれたり支持してくれたりする人間とて何処かに現れるかも知れない。

そうして逃げた先で全てを忘れ別人として生きる。
別人として生きたことがある経験上、逃避行その物は成功確立0ではないと個人的にはそう思う。

但し。
これにはたった一つにして最大の前提条件が必要だ。

(ミレイ会長がリヴァルに好意を抱いてくれているのならば、なんだがな)

そう、これは会長がリヴァルと両想いであり、そこまでの覚悟がリヴァルに有った場合を前提とした話。

しかし、聴くところに依ると残念ながら会長の心はルルーシュへと向いているようだった。
生憎鈍いという表現の塊みたいな彼の方は会長のアプローチに気付いて居ないという専らの噂だが、彼も自らの婚約者であり、長き時を同じ学舎で送り続けている彼女を嫌ってなどいないだろう。

自分で言うと自惚れているようにしか聞こえない物の、ルルーシュは聡明で思慮深く何でもそつなくこなしてしまう相当優秀な男だ。

リヴァルとシャーリーが学生自治会に所属し、彼もまた同組織に所属しているという関係から彼の話題は良く上がる。
現役の学生皇子様なのだから興味を持つのも話題に出るのも当然と言えば当然であったが。

彼等以外でも他の学生の話やシャーリー伝手でジョセフが面会したりすることもあって彼の人となりを伺い知る機会は多く、様々な話しを総合した結果99.9%リヴァルの勝ち目は無いと断定せざるを得なかったのだ。

(ふ……、俺が俺を評価する。これほど奇妙な事もないな)


「な~にをニヤついてんだこの殿下のバッタモンは~。俺が悩んでるのがそんなに笑えることなのかよ~」
「あ、ああ悪い。ちょっとした思い出し笑いというやつだ。気にするな」


最初の頃、アッシュフォードに編入となった俺は当然出だしからで躓いた。
高校も通ってない扱いの俺が超が頭に付く名門のアッシュフォードに入れるわけがないからだ。
この世界に戸籍なんてないただの記憶喪失者。それが俺という存在。
大学への編入には高卒という学歴が必要。基本的にであって全ての大学で必要なのでもないがしかしアッシュフォードという名門中の名門に入るには……まあ、言うまでもない事だ。

ではどうやって編入されたか? 

それは他でもない政府筋にまで顔が利くジョセフのコネと当のアッシュフォード公爵家のゴリ押し。
正確には俺の存在を知ったミレイ会長の「面白そう」の一言で、編入可能となったのだ。
あの会長のことだ、恐らくは駐日ブリタニア総領事を勤める祖父にでも頼み込んだのだろう。
「殿下そっくりな人間が居て面白そうだから入れてあげたい」などという軽い感じで。

もちろん編入に当たってはIQテスト、アッシュフォード及びコルチェスター高等部卒業程度認定試験、アッシュフォード学園大学編入試験、等々の通常の入学や編入とは異なるより高いハードルをクリアしなければならなかったが……。
無論俺はクリアした。これでも勉強には自身がある。
唯一この世界の歴史についてだけは不安があったが、それもジョセフの所有する歴史書を読みあさり、日本の国立図書館通いが成果を上げて見事合格ラインの点数を取ることが出来た。

そうしてアッシュフォード学園大学への編入資格を得て編入となった訳だが、言うまでもなく大騒ぎになった。

『で、で、で、殿下っ! 殿下が二人ィィィィ!!』
『う、うそ~マジ!? そっくりってレベルじゃないわよこの人っ!』

まあ、想定内の反応だった。
髪型、虹彩、慎重、体つき、声。
総てが双子かと思われる程にそっくりだとくれば騒ぎにもなる。

しかもそっくりな相手が世界最大の超大国神聖ブリタニア帝国の第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとなればな。
だがこの世に二人も同じ人間は存在しない。
そして彼は双子ではなく正真正銘一人で生まれてきた。

では俺という存在は、ルルーシュ・ランペルージは何者なのかとなる訳だが、これもやがてはそっくりな他人ということで落ち着く様になる。

(世界に幾つもの例があるのは助かったが、確かに不思議ではあるな)

この世に瓜二つな人間は三人居るという。
細かい部分を分析してもまったく同じの人間すら不思議なことに存在するのだ。
まあ世界全体で70億も80億も人間が居ればどこかしらまったく同じになる人間も出て来るだろう。

俺という存在はその非常に稀な例の一つとして認識されていた。
そもそも、それ以外に解釈のしようがないからだ。

この種の世界中に似たケースは幾つもあるという前例が後押しとなってくれたのは良かったのだが、万が一の確認としてDNA検査を強要されたときは焦った。
同一人物ならばこそまったく同じ型になる筈だから。

態々そこまでする理由は皇帝の隠し子なのではないかという疑惑が持ち上がったからだ。
言わずもがな98代帝シャルルは歴代のブリタニア皇帝の中でも最も多く妃を持つ恋多き男。
皇家の血を絶やさぬ為とする一夫多妻なのは当たり前だが、それにしてもシャルルが娶った女性は多いのだ。
無論のこと、その女性達との間に設けた皇子・皇女もまた総勢3桁に上るという前代未聞の人数。
となれば明らかになっていないだけで市井の女性と関係を持ち子を授かった事もあるのではないか?
次々に妃を娶り子を設ける程の超人的な精力を持った彼ならば、妃以外と関係を持ってもおかしくないのでは?
といった、実に不敬極まりない話しが宮廷で持ち上がったそうだ。
多くの妃に取り囲まれて詰め寄られた本人は「絶対に無いっ!」と否定したらしいが念のためにと。

(皇子と似ているからとはいえ記憶喪失の平民相手に大騒ぎをするなど、向こうでは考えられない事だ)

採血をされたときに事の真相を話してくれた皇族の専属医という医者は面白可笑しく話していた。
平和なのだろう。皇帝も“あの男”とは比べるのも愚かな程に多くの人間から慕われているのだろう。

(父親か)

…………ルルーシュが、彼が少し羨ましい。

偽りの愛ではなく、俺が終ぞ手に入れられなかった。触れることすらできなかった本当の父の愛を受けている彼のことが。
学生自治会の人間ではない俺は隠し子騒ぎの際に少し顔を合わせただけだが。

「身内の馬鹿騒ぎに巻き込んで済まなかった」と心から謝罪していた彼と顔を合わせた時、あまりにそっくりで鏡を見ているような錯覚を覚え彼と二人して驚いていたがただ一点、その瞳には憎しみの色が無い事に気付く。
誰かを憎悪しなくても良い環境で育ってきたであろう事を伺い知れるその事実に、俺は思わず問い掛けていた。

『ルルーシュ殿下は……陛下を……、御父上を愛しておられるのですか?』

問い掛けた自分を殺したくなるほど怖気の走る質問であったが、彼の答えを聞いてその怒りは霧散してしまう。

『ふん……。そうだな……。色々と騒ぎを起こしては親族から煙たがられているむさ苦しく迷惑な鬱陶しい男だが』

一度言葉を切った彼は逡巡しながらも言い切ったのだ。



“あんなのでも……大切な父上だから、な。まあ……、愛してはいるよ……”



少し照れ臭そうに「今のは誰にも言わないでくれ」と口止めする彼に、俺が感じたのは少しの嫉妬と言い知れぬ歓び。

“優しい世界に生きる俺は、歪んだ自己満足な愛ではない本当の愛をあの男から受けている”

かつて夢見た場所に居る自分が羨ましくもあり微笑ましかった。
そして思う。
家族の愛を手に入れられなかった俺の分まで幸せになり、破壊と殺戮を繰り返してきた俺の分まで人に優しい君で居て欲しい。
君には幸せになる権利があり、そして民を幸せにする義務があるのだから。
悪逆皇帝である俺が出来なかった総てを君にはやって貰いたい物だと。

(ふ、考えても詮無きことか)

誰に望まれなくとも彼ならそうするだろう。
家族と民を愛し護るシャルルに育てられた彼なら。


採血の結果についてだが、幸いにも俺とルルーシュの型は完全一致しなかった。
非常に酷似した型で殆ど同一らしいが、細部において僅かな違いがあったらしい。
こればかりはどうしてなのか自分でもわからない事であったが、消えてしまった俺のギアスが何らかの作用を身体に与えていた可能性が拭いきれない。

(コードもギアスも、その詳細については未だ謎が多いからな)

此方の世界ではどれだけ研究が進められているのか不明なれど基本的にあの力は未知の物だ。
どうして相手の精神を操ったり出来るのか?
あの力を生み出したというが、どうやって生み出したのか。それも人の手で。

総て分からず仕舞いだが消えて良かったと。
そう思う。

(もう、力が暴走することも。誰かの尊厳を踏みにじったりする事もしなくていいんだ)

ふと、思い出したのは。
桃色の髪を持つ腹違いの妹のこと。

(ユフィ)

ギアスの力を暴走させ、最後はこの手で殺害し貶めてしまったユーフェミア。


まだ会った事はないが、ブリタニア第三皇女たる彼女と平民である自分では相見える事もないと思っているが、当然、彼女もこの世界には居る。

(駐日ブリタニア大使補佐官か)

2018年から駐日大使に就任したコーネリアの補佐として共に来日したらしいが彼女らしいと思う。
学業よりも皇族としての勤めを優先する辺りが特に。


(……)


ふと思った。

もしも、もしもだ。

もしも彼女と相見えるようなことがあったとき、俺は普通の対応を取れるのだろうかと……。

自分自身が手に掛けた彼女に。
望まぬままに命を奪ってしまった彼女に。

(まあ……出会うことなんて、無いだろうがな……)


(………そういえば)

ユフィといえば、とんでもない婚約発表をしていた事を思い出した。

予想だにしない事ばかりするのが彼女であったと覚えているが、あの婚約発表の会見には度肝を抜かれた。
もしも俺の親友だった向こうのスザクが観たら我を失いそうな程に。

会見その物は普通の婚約会見だ。
相手との出逢いから馴れ初めまで。
実に良くお似合いな雰囲気でお互い深く愛し合っている事をテレビ越しにも伺い知ることはできた。
だが、その相手がまさか――

(還暦の老――)

「おいルル聞いてんのかよ俺の話!」
「ん? あ、ああ聞いてるよ」

編入時から色々あった出来事を振り返っていた俺はリヴァルの声に引き戻される。

(…………)

また……。
今度ゆっくり振り返ろう。

今はリヴァルの件もあるし。
俺自身の事でも頭がいっぱいだ。
あの頃の夢を……。
あの時の夢を見た所為か余計にシャーリーへの想いと“シャーリーへの想い”がせめぎ合っている。

同じだからこその悩み。

いつかは伝えられる日が来るだろうか?

今の俺が抱えている二つにして一つの。
一つにして二つのこの想いに、自分なりのケジメをつけられた時。

その時にこそ伝えられるだろうか。



『restart』



俺の再スタートは



新しいスタートは



まだ



始まったばかりだ





おまけ



「よし! 決めたぞルル!」
「なんだ、結論が出たのか」

声色からして何かしらの決意をしたようにも感じたが、どうするんだ?

「俺、勇気を出して会長に告白する!」

どうやら固めたみたいだ。

「頑張れ。告白するのはタダだし平民とはいえ学生自治会書記の立場にいる君なら会長に近い立ち位置だ。タイミングさえ合えばいつでも出来るだろう」

応援しよう。
あのルルーシュが相手では多分、いや絶対に大撃沈な気もするが、誰を好きになるかは自由だ。

「会長が卒業するまでには!」

(……)

「……俺は今すぐという感じで聞いていたんだが」
「いや~あはは、やっぱりいざとなると色々考えちゃってさァ~、振られたらもう絶望的だし学生自治会所属だから毎日顔合わせるわけでその後ずっと針の筵っぽくなりかねないしさァ。ルルーシュ殿下とも気まずくなったら怖いし……」

これは……駄目かも知れないな。
結局胸に秘めたままで終わらせそうなパターンだ……。

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最終更新:2015年07月16日 19:23