アグレッシブルートのSSです。
漫画:アンドラの魔女に掲載されている『アイガーの魔女』を題材としています。
憂鬱の提督成分はかなり少ないです。
TS表現があります。
基本的にORETUEEE!です。
山の知識なんかない人が書いているので、おかしい部分が盛りだくさんかもしれません。
以上の要素がお嫌いな方は、飛ばしてください。
アイガーの精霊使い:前篇
1937年人類統合軍にて、ある山岳作戦が実施された。
未だ人類が踏破していないアイガー北壁の登坂である。
なにゆえこの作戦が必要になったかと言えば、安全な飛行ルートの開拓が目的だった。
アルプス一帯にネウロイが進出し、航空機の支援がし辛い状況となったのだ。
地上部隊に置いて制空権の確保は必須。
平地の飛行ルートはいずれも駄目であり、唯一開いているのがここしかなかったのだ。
しかし、山間を飛行するというのは当時の技術では困難を極めた。
下手をすれば山肌に激突するかもしれないコース。
それを回避するために、航空標識灯を設置する必要があった。
当初は軍でも手練れの兵士達を送ったのだが・・・山はそれを拒み続けた。
焦る軍に対し、ウィッチ達は自分達が行くと言ったがそれは無理な話だ。
小型の敵はともかくとして、中型以上の敵は彼女達の魔力が頼り。
情けない話だが、数が少ないからこそ防衛に投入したいという思いがあったのだ。
軍は苦渋にのまれつつある決断をする。
「彼に・・・頼むしかない。」
彼とは誰か?
かつて三次エベレスト遠征に参加した人物。
ジョージ・マロニー
頼みは彼しかいなかった。
しかし、軍にはもう一人の頼みがいた。
その人物は母国でも扱いに困っていたが実力は本物で、各地を転戦しているのが常であった。
今回運よく近くにいるのを知って、急遽呼び寄せて参加を打診した。
最初は断られるかと思ったが、
「山が泣いている。」
そう言って了承したらしい。
何の事だかわからなかったが、軍としては嬉しい報告。
早速彼女をジョージに対面させることに決めた。
―――――
私がアイガーに登る事になったのは、偶然ではなくある意味必然だったのかもしれない。
山に登る事。私にとってその行為は当たり前だ。
誰かが聞いてきた。
「なぜ山に登るのか?」
私は答える。
「そこに山があるからだ。」
同時に思う。
「なぜ君は山に登らないのか?」
まあ。人間など千差万別だ。
あえて苦しい道を選ぼうとする者はそうそう居ないだろう。
ならばどうして自分は山に挑むのか?
達成感を味わい為か?
過程を楽しむためか?
ただ単純に山が好きなだけか?
それは私にもわからない。
そこに山があるから登る。それが私には当たり前すぎる事だから。
今回のミッションにはエドワード・ヒラリー君が付いてくる。
私よりも若く、目が輝きに満ちている。
軽く話した程度だが、かなり彼はお喋りなようだ。
しかしどこか・・・信があるようにも思える。
頼もしい限りだ。パートナーはこうではないと。
気にかかるのは、軍が更にもう一人の追加を打診してきた事だ。
ヒラリー君も初耳だとか。
訝しんだが三人で挑めば成功率があるというわけでもない。
苦言をいったが、軍としても今回の登頂は失敗が許されるものではない為、結局私が折れる事で落ち着いた。
そしてあったのは小柄な少女・・・
正直驚いて、同時に失望した。
大の大人でも登頂が難しい山を、こんな少女と共に踏破せよというのか?
「あー・・・私はジョージ・マロニーだ。」
「自分はエドワード・ヒラリーです。」
「サラディナ・レイノルズ。」
自己紹介をしたらえらく簡素な返事が来た。
これがのちに有名となる
小柄なインディアンの少女、
【ライトニング・フォックス №11サラディナ・レイノルズ 『ミュージック・エレメンタラー』】
との出会いだった。
ああ。最初の印象としては、えらく無愛想な子だという感じだね。
しばらくしたら感情表現が小さいだけとわかるんだが・・・
この時はそう思えたよ。
「レイノルズ君、キミは山に登った経験は?」
「ある。」
「ほう・・・ どこでだね?」
「リベリオン、ロッキーで。後は扶桑。」
「扶桑?」
扶桑と言えば世界が注目しているという国だ。
ウィッチの寿命は二十歳ぐらいまで、と言う常識を打ち破った事は記憶に新しい。
四十台まで魔法が使えるというのは、破格だろうと私も思う。
変わった技術体系が形作られているとも聞く。
「部族の占い師が言った。東方に住みし、九つの獣に教えを乞えと。」
「ほう。君が・・・!」
これも聞いたことがある。欧州に現れた一体の神の獣。
その戦闘力は凄まじく、大地を破壊する勢いであったとか。
しばらくしてその神獣に、各国からウィッチの卵を派遣して、育ててもらおうと言うモノだったはず。
これは成功して、彼女達はいかんなく実力を発揮していると聞く。
ならば目の前の彼女もそうなのだろう。
軍もその実力をあてにして、派遣してきたのだろうと予測できた。
だが山はそんなに甘くはない。
一瞬の油断が命取りとなるのだから。
「わかった。山の登頂は私が先導する。
いかに君が優秀だとしても、いう事を聞いて欲しい。」
「承知した。」
凄みを聞かせて言ったつもりなのだが、彼女には意味が無かったようだ。
淡々と返答されては味気ない。
しかし・・・目は気に入った。彼女も信がある。
その後は色々と話して解散となった。
別れる寸前に、
「山に愛されている者よ。精霊は優しく、厳しく導くだろう。」
と言われたらしいのだが、私は何も聞こえなかった。
―――――
アイガーの北壁を登坂した者はいないわけではない。
しかしながらそのルートは使えないのだ。
何故ならネウロイが見張りを置いており、侵入者を容赦なく排除する。
故に、未開拓の道を模索しながらとなる。
幸いにして前任者たちが登坂した道があり、途中まではそれを元にすればよかった。
初日からしばらくの道のりは、比較的順調に進む事が出来た。
ヒラリー君は当然として、レイノルズ君もしっかり付いて来る事に驚いた。
見た目で判断していたが、かなり体力がある。
しっかり自分の物は持っているし、雪山の装備も苦になっていないようだ。
その足取りはしっかりしていて、大人顔負けだ。
「ヒラリー君、彼女に負けないようにな。」
「大丈夫ですよ。マロニーさんこそ大丈夫ですか?」
時折こうして軽口が叩けるくらいには順調だ。
ヒラリー君は彼女の事・・・というよりも【ライトニング・フォックス】について詳しい。
所謂有名ウィッチだからだろうか?
陸戦のウィッチはそんなに有名ではないのだが・・・
「それにしても、あの棒は何でしょうかね?」
「杖、と言った方がいいかもしれん。」
今のところ彼女の荷物で気になるのは飛び出した鉄の杖だろう。
ストライカーは重くて持ち運びできないので仕方がない。
護衛だと思っていたので銃器くらいは持ってくるのかと思えば、手持ちにはスリング・弓矢・そして鉄の杖・・・
彼女曰く【鬼鉄棍(きてつこん)】と言う武器で、先生から貰い受けた物らしい。
興味本位でもって見たヒラリー君が、よろけてしまう位には重い。
弓矢は途中で獲物を狩ってくれて、肉を食する事が出来たので良しとする。
スリングも巧く、飛んでいる鳥を撃ち落として夕食にしたのは記憶に残った。
あまり話さないが表情は良く見れば豊かで、少女らしい一面も見える。
こんな子を戦場に出さなければならない世界を恨みそうになる。
兵士ではない私が言えた立場ではないが・・・
そして私達は遂に岸壁にたどり着いた。
ここからはもう油断できない、死と隣り合わせの世界になる。
振り返って意思を確認しようとしたのだが。
「どうしましたか?」
「・・・いや、何でもない。行こう!」
二人の目は真剣な眼差しで、引こうとする意志は見られなかった。
鼓舞するように大きな声を上げると、レイノルズ君が小さく歌い始めた。
「・・・こんな時に歌かね?」
「山に登る。それは神聖な事。獲物は捧げられないから、歌を捧げる。」
ふむ。彼女の故郷の風習だろうか?
神に祈るというのは悪くはない。
最後は自分の意思と力がものを言うが、精神的支柱は必要だ。
私達も彼女に見習い、神にこの登坂の成功と、無事を祈る。
こうして私達は山を登り始めた。
前にも書いたが最初の道のりは順調だ。
ただルートはわかっていても、足をどこに引っ掻ければいいのか、手をどこに掴ませられれば良いのかは、手探りで進むしかない。
私達はしっかり掛け声を掛けながら進んだ。
一人で黙々と進んではいない。私達はチームなのだから。
私が先頭となり、道を示していく。
ヒラリー君は時折周りを見渡し、背中の大事な荷物を確認する。
重量がもっとも嵩張る代物だが、今回の登頂成功の証となる大事なもの。
万が一にも落としてはならないので、緊張しっぱなしだ。
だが私はあえてしつこいほどに注意を促す。
緊張ばかりでは注意力が散漫なる時もある。
ミスをするのはこういう時でもあるからだ。
しつこいくらいに、耳にタコになるくらいに私が緊張しておけばいい。
しかし・・・最後尾に追従するレイノルズ君は、すいすい登っていく。
その進み方は、最初からどういう風に進めばいいかわかっているかのようだ。
これも精霊使いの特権だとでもいうのか?
羨ましい限りだ。
初日は疲れすぎない様に程々にし、いい感じの出っ張りにビバークする。
「ふう・・・これだけ登れたか。」
「先遣隊の御蔭でもありますね。」
ザイルで固定しつつ私は一息つく。
ヒラリー君は小さなお鍋を取り出して、火を起こし始めた。
扶桑が販売し始めた携帯式コンロ。※1
これを見た時は驚いたものだ。温かい食べ物がこんなところで食べられるとは!
今までは重い缶詰を背負い、冷たい食事をせねばならなかった・・・
「今日はコレで行きますか。」
「チキンヌードルか、私は豆と鶏肉の缶詰を温める事にするよ。」※2
乾麺と言うのだったかな? これが販売されたのも衝撃的だったな。
食事に一品加えられるうえに、色々と工夫が出来る。
私も愛用の食べ物だ。だが、私はあえて缶詰にする。
荷物を軽くするのも大切だからな。
ふと、レイノルズ君が気になったので覗きこむと、彼女は干し肉を食べていた。
そんなモノでいいのだろうか?
そう思っていたが、お鍋に何かを入れていた・・・この香りは!
「紅茶・・・かね?」
「飲む?」
「いただこう。」
小さいカップに注がれた熱い紅茶が身に染みる。
淹れ方が上手い。香りを崩さずに、ここまで淹れる事が出来るとは・・・
ブリタニア人である自分にとって、こんなに嬉しい事は無い。
贅沢を言うなら砂糖も欲しい所だ。
香りを味わいつつ聞いてみる。
「誰かに入れ方を習ったのかね?」
「友に習った。」
「友、ですか? もしかしてセシリア・グリンダ・マイルズですか?」
ふむ、彼女の名前は知っているぞ。良い所の御嬢さんだったはず。
しかしヒラリー君・・・君、物知り過ぎじゃないか?
まあいいか。その後、少しだけ話が盛り上がり彼女に着いて聞いてみたくなった。
「男二人だけだと会話が味気ない。君の話し見聞いてみたいな。」
「そうですね。特に特訓に一年間を!」
「・・・」
何故か黙ってしまった。
遠くを見ながらつぶやいたのは・・・
「きつかった。死ぬほどきつかった。」
「「・・・」」
何とも言えない空気になり、私達は話を切り上げて就寝することに。
すると彼女が例の杖を取り出して、何かを貼り付けた。
どうも結界用の札らしい。扶桑独自の魔法技術の応用なのだとか。
大きさはそんなにないが、気温を氷点下以下にしない措置だという。
最初は半信半疑だったのだが、以降の工程でこれがなければ体力大きく消耗していただろうというのは、後々に彼女がいない登山でわかった。
―――――
北壁は私の想像以上にきついものだった。
先遣隊が開拓したルートが無くなると、そこからは本当に手探りとなる。
行って戻るのはまだいい、不安定な足場で滑落しそうになったこともある。
しかし、それをレイノルズ君が事前に指摘する事で難を逃れる事が出来た。
他にも彼女に助けられることが多数あった。
道が無く困り果てた時、ヒラリー君が見つけた岩の割れ目『クラック』に横移動『トラバース』する時だ。
彼女が応援するように歌い始めた。
景気付けに良いな、程度の考えだったが振り子要領で体が上に向かい始めた時に風が後押しをしてくれた。
最初は運がいいと思ったのだが、これも後に彼女が精霊に力を借りて補助してくれたのだとわかる。
この登山は、彼女の補助が大いに役にたったのだ。
しかし、彼女は誇らなかった。主張もしなかった。
ただひたすらに目標に進んでいく。
この時、私達は同じ目標に進んでいると思っていたのだ。
しかし彼女は別の視点から山に登っていた。
以上前篇となります。
今回の主人公はマロニーさんとなっていて、彼の視点からみたサラディナの活躍をお届けしたいと思っております。
書いていて長くなったのは良い事なのだろうけど・・・疲れた。
夜には零編も書かないといけないしな。
扶桑が販売し始めた携帯式コンロ。※1
夢幻会、山の部が作成を担当。軍需にも有効という事で大々的に生産。
寒冷地に主に輸出している。
「チキンヌードルか、私は豆と鶏肉の缶詰を温める事にするよ。」※2
夢幻会が前回の事を踏まえて前倒しで登場させた。
結果世界中で愛される食品になる。「一家に1つ、チキンラーメン。」が流行語大賞に!
最終更新:2015年08月21日 04:50