830 :フォレストン:2015/06/24(水) 23:38:45
英国最狂エンジンメーカーの暗躍?

提督たちの憂鬱 支援SS 憂鬱英国ジェットエンジン開発事情3

バトル・オブ・ブリテンの事実上の敗北後、ドイツとの再戦に備えて新技術の開発を進めていた英国であるが、その中には長距離大型機向けの6000馬力級の低燃費エンジン開発も含まれていた。これは対独戦争が再開された際には高性能爆撃機で敵の防空網を突破し、敵空軍基地を叩くことで彼我の戦力差を縮める戦略に沿うために必要と判断されたからである。

あまりにも無茶な性能要求と当時の英国のエンジン開発のリソースが遠心式ジェットエンジンに大半が振り向けられていたこともあり、英国内のエンジンメーカーが尻込みするなか、唯一ネイピア社だけがそれに応えて開発が始まった…と言えば聴こえは良いが、要は遠心式ジェットエンジンの開発が失敗したときの保険であった。

元来、ネイピア社は大出力エンジン設計ではロールス・ロイス(以下RR)に比肩し得る技術力を誇るエンジンメーカーなのであるが、無理な設計や低い工作精度、工員の低練度などネイピア固有の品質管理上の問題があった。

馬力向上には異様に熱心でありながら、信頼性向上には特別な関心を払わないため悪評が定着してしまい、遠心式ジェットエンジン開発プロジェクトからも外されていた。主力商品のセイバーエンジンの生産も不調に終わり、ネイピア社上層部もさすがに危機感を覚えたのか、社運を賭けて新型エンジンの開発に邁進することになったのである。

1945年5月。
日本海軍の新型艦戦『疾風』の存在に関係者のSAN値が激減している最中で英国本土のネイピア社で新型エンジンの火入れ式が行われた。ネイピア ノーマッド。世界でも稀な大出力航空用ディーゼルエンジンである。史実よりも大幅に完成が早まったのは、遠心式ジェットエンジン開発の副産物を活用出来たからである。遠心式ジェットエンジンの技術がRRに一極集中することに危機感を抱いた英国政府上層部と円卓は、その技術を国内のエンジンメーカーに提供したのである。もちろん無償ではなくそれなりの使用料は戴いたのであるが。

ノーマッドは基本的にはレシプロエンジンであるが、排気流により3段の主タービンを回し、そのタービンと直結したシャフトでクランクシャフト駆動のプロペラとは別のもう一基のプロペラを回転させる二重反転プロペラ構造であった。

タービンが回すシャフトは12段の軸流圧縮機と同軸であり、軸流圧縮機はインタークーラーを挟んでその後段に設置されていたクランクシャフト駆動の1段遠心型過給機と共に吸気を加圧するために使われた。排気流は最終的にエンジン後方から排出され、その気流により推力が加算されるようになっていた。

これに加えて排気を再燃焼するための燃焼室を備えており、大きな出力が必要になる離陸時には一種のリヒート(アフターバーナ)として機能し出力・推力を増強させることができた。これは排気に未燃焼燃料が多く含まれる2ストロークサイクルエンジンとディーゼルエンジンの特性を利用したものであった。水噴射もすることでさらに出力の上乗せが可能であった。

再燃焼室を用いる場合は主タービンと同軸の補助タービンも同時に使用された。 そのため、ノーマッドは通常のレシプロエンジンに加えてガスタービンエンジン的な機構を持ち、ディーゼルエンジンとターボプロップの複合機関としていってもよい存在であり、現在ではディーゼルとターボプロップの両方に分類されている珍しいエンジンとなっている。

831 :フォレストン:2015/06/24(水) 23:44:56
ノーマッドの開発成功に喜んだ空軍省であるが、その喜びは長くは続かなかった。遠心式ジェットエンジンのニーン(Rolls-Royce Nene)の実用化に加えて、1946年には傑作ターボプロップエンジンであるダート(Rolls-Royce Dart)の生産も始まったからである。大出力航空用ディーゼルエンジンとはいえ、重量出力比では逆立ちしてもジェットエンジンには勝てないのである。その結果、新型爆撃機はジェットエンジン搭載前提で開発が行われることになるのであるが、この事態に慌てたのがネイピア社である。社運を賭けて開発したエンジンが採用されなかったら経営が傾くどころか倒産確実である。

この事態にネイピア社側は空軍省に抗議するとともに、死に物狂いで営業をかけて生き残りを図った。掌返しに空軍省側もさすがに悪いと思っていたのか、それなりの補償を行っている。なお、空軍省のネイピア社に対する『補償』であるが以下の通りである。

  • 遠心式ターボプロップエンジンの下請け生産(技術ノウハウ込み)
  • 英ソ無着陸横断機のエンジンに指定。

遠心式ターボプロップの下請け生産であるが、これはダートの部品生産であった。品質管理に厳しいRR側はネイピア社がダートを生産することに難色を示したが、空軍省の説得に折れる形となった。ダートの下請け生産でターボプロップの生産技術を蓄積したネイピア社は、その後独自のターボシャフトエンジンの開発に成功し、ヘリコプター向けに成功を収めることになる。

英ソ無着陸横断機であるが、これは当時の政治事情が大いに関係していた。ドイツとの再戦までの時間を稼ぐためにも、英国としてはソ連を支援する必要があったのであるが、当初はあまり大っぴらに出来るものではなかった。そのため、英国からソ連まで目撃される恐れの少ない洋上を無着陸で飛行出来る大型機が必要となったのである。後に日本側が察知(英国側がリークしたとも)して事実上の黙認をしたことでこの問題は解決するのであるが、英国からソ連へ極秘裏に送り込んだり回収したりするモノがあるので、やはり必要だったのである。この機体に求められるのは高高度性能と航続距離であり、その意味ではノーマッドはベストな選択だったのである。

開発期間を短縮するために英ソ連絡機はランカスター爆撃機の機体を流用したものとなった。しかし、単にエンジンを換装しただけではなかった。エンジン重量が大幅に増大したため、主翼の補強が必要になったからである。大幅に出力が増強されたとはいえ、エンジン1基辺り1tの重量増はさすがに問題であったが、高高度性能と航続距離の確保のためと割り切ったのである。

完成した機体はランカスターを改造したということでランカストリアンと命名された。史実と同様に同名のランカスターを改造した民間機型が既に存在したのであるが、混同を狙って敢えて命名されたのである。この機体は輸送機型と与圧室を完備したVIP用、その他特殊用途向けに数機のみ製造された。

その性能は非武装ながらも実用上昇限度16000m、フェリー状態で航続距離9500kmという(極東のチート国家を除けば)途方もない数値でありその任務中に一度もルフトバッフェに補足されることは無かった。なお、このときの開発ノウハウは後に生かされることになる。

832 :フォレストン:2015/06/24(水) 23:51:29
ネイピア社にとって本命のノーマッド2は、ノーマッドに比べてさらに進歩したエンジンであった構造簡略化による軽量化と整備製の向上、3000馬力級の大出力と改善されたエンジンレスポンス、さらに燃費性能も向上しており航空用ディーゼルとしては最良のものといっても過言では無かった。しかし既にジェットエンジンが実用化されている中では市場に居場所が無かったのである。このまま消えてしまう運命かと思われたのであるが、再び脚光を浴びることになるのである。

戦後英国の空軍上層部を悩ました問題の一つとして、『富嶽』の迎撃手段がある。英国としては、日本と戦争することなど欠片も考えていないのであるが、そこに脅威が在るならば、備えるのも軍の勤めである。その富嶽要撃機の開発にネイピア社が絡むことが出来たのは、営業努力の結果であった。当の空軍省は全く関与しておらず、後に知って仰天したというオチがあったのであるが、それだけ優先順位が高くなかったからだとも言える。極東の彼方の島国よりも目の前のドイツに備えることが優先されたのである。

富嶽要撃機『マイルズ リベルラMK.3』は、名前のとおりマイルズ・エアクラフト社が開発した機体である。営業力を駆使した結果、リベルラには完成したばかりのノーマッド2が搭載されたのであるが、機体とエンジンのマッチングに技術者達は相当な苦労をさせられたようである。

ノーマッドだけの問題では無いのであるが、航空用ディーゼルは同一出力の航空レシプロに比べ、重く大きくレスポンスが悪いのが難点であった。そのため速度が何よりも重視される富嶽迎撃機においては、速度性能を確保することが至上命題となった。そのために改良が加えられたノーマッド2は要求性能を達成するために、水噴射とリヒート機能の改良が加えられた。これに加えて、リベルラ自体にも主翼に使い捨て式の緊急加速用ロケットブースターを搭載した。リヒートとロケットの併用で要求速度830km/hを達成したのである。

この機体は特殊用途で少量生産で終わったこともあり英国国内ではマイナーな存在だったのであるが、意外なことに日本では知名度の高い機体である。駐日英国大使館のスタッフが知り合いの日本人に写真を見せたところ猛烈に喰いついたのである。

件の日本人は写真から大きさを割り出し、精巧な模型を作って英国大使館に贈呈した。当然大使館側は大喜びで館内に飾ったのであるが、これが人気を呼んだのである。先尾翼で優美な姿とその胴体内に装備された一撃必殺の空対空114mm無反動砲の迫力、航空用ディーゼル搭載というネタも加わって、現在でも架空戦記で大人気の機体である。なお、この模型を作った日本人であるが、当時は中堅どころの模型メーカー勤務であった。この一件で造詣能力と金型作成能力を評価されたこのメーカーは、業界最大手にまで伸し上がることになるのである。

833 :フォレストン:2015/06/24(水) 23:59:04
1945年7月に行われた大和型戦艦建造の発表は英国陸海空の3軍を震撼させた。この新型戦艦に対抗する手段として10tの特殊爆弾(対艦型グランドスラム)を搭載して往復3000マイル(約4800km)の高高度飛行が可能な機体が求められたのであるが、当時のジェットエンジンでは実現不可能な要求であった。唯一ノーマッド2のみがこの条件を満たし得たのである。

開発期間を短縮するために、ランカスターをベースにして開発が進められた。改造の方向性は前述の英ソ連絡機ランカストリアンと同様であるが、こちらは高高度性能とペイロードを確保するために徹底的な胴体の軽量化が図られた。ランカスター爆撃機は設計が古い分、頑丈な機体構造をしており、機体軽量化の余地があったのである。

ランカスター改造機(B.4スペシャル)は、その用途故に極少数しか生産されなかったのであるが、10t爆弾を搭載して高度17000mを5000km飛行することが可能であり、これはレシプロ機としては未だに破られていない記録である。ノーマッド、ノーマッド2は空軍には評価された。しかし、特殊用途向けで生産量は極少量であり民間向けには全く売れなかった。同一出力で遥かに軽くて扱いやすい実用ターボプロップが市場に出回っているので、当然といえば当然なのであるが。

ネイピア社も航空用ディーゼルに見切りをつけてヘリコプター用ターボプロップの開発にシフトしていくのであるが、それはネイピア社がディーゼルから撤退することを意味するものではなかった。空がダメでも海がある…と、思ったかどうかは分からないが、ネイピア社は船舶用ディーゼルに活路を見出そうとしたのである。

834 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:09:46
時を遡ること1943年。
英国海軍本部は高速魚雷艇で使用する高出力軽量ディーゼルエンジン開発のための委員会を発足させていたのであるが、その開発に関する契約をネイピアの親会社であるイングリッシュ・エレクトリックと結んでいた。その後、様々な事情で開発が凍結されていたのであるが、ここに至って本腰を入れて開発に取り掛かることにしたのである。

戦前のネイピア社は、カルバリンの名で知られるユンカースJumo204のライセンス版をベースにした航空機用ディーゼルエンジンの開発に取り組んでいた。カルバリンは対向ピストン型2ストロークディーゼルであり、一端がシリンダーヘッドでふさがれたシリンダーにひとつのピストンを設けるかわりに、中央に向かって対向して動く二つのピストンを収めた細長いシリンダーを用いていた。この方式では重いシリンダーヘッドの必要がなく、対向ピストンがその役割を果たす反面、このレイアウトではエンジンの両側にそれぞれクランク軸が必要となり、単一の軸に出力をまとめて取り出すためには、なんらかのギアトレーンが必要となるという欠点があった。

ライセンス元であるユンカース社では、直列6気筒やダイヤモンド配列での複クランク軸エンジンの設計・開発が行われていた。海軍本部は情報部経由でそのことを知っており、より大出力なディーゼルエンジンを目指すにはこういった設計が順当な出発点になりうると考えていた。その結果が、辺をなすシリンダーバンクが頂点となる3本のクランク軸のそれぞれに接する三角形であった。直6の対抗ピストンディーゼルを三角形に組むことから、この新型エンジンは三角のデルタをもじってデルティックと命名された。

このエンジンを設計するにあたって初期の試みで直面したのが、デルタを構成する3本のシリンダー内のすべてのピストンが、正しいシーケンスで動作するように配列することの困難さであった。この問題がカルバリンの開発に先行していたユンカース社が、三角形配列をあきらめてダイヤモンド配列、4クランク軸、24気筒のユンカースJumo233試作機の製作を進めた最大の原因であった。

複雑極まりないデルティックエンジンの動作シーケンスであるが、18気筒のデザインでは点火を6組全てのシリンダーバンクの間で交錯させることが可能になった。これによりデルティックエンジンは、クランク軸が20度回転するたびに起こる給気と点火によって、独特な排気音を出し、振動を互いに打ち消すことにより捩れ振動が生じない掃海艇にとって理想的なエンジンとなったのである。

9気筒のデザインでは3組のシリンダーバンクを持ち、そのクランク軸は反対方向に回転することに留意する必要があった。点火を3組全てのシリンダーバンクの間で交錯させることで、18気筒と同じく独特の排気音と、18気筒ほどでは無いにしろ捩れ振動を大幅軽減することが可能であった。

デルティックの重量はこの時期の同等出力のエンジンの1/5という異様なほどコンパクトで重量出力比に優れたエンジンとなった。この新型エンジンの性能に惚れ込んだ海軍では、掃海艇や哨戒艇、さらにはMTB(高速魚雷艇:Motor Torpedo Boat)などの小型高速艦艇の標準的な動力源として大々的に採用していったのである。

デルティックは小型艦だけでなく、大型艦にも搭載が真剣に検討された。過去にネルソン型戦艦に搭載機関の冒険をして大失敗した反動で、KGV型戦艦には信頼性を重視した極めて保守的な機関が搭載されていたのであるが、その結果として速力でドイツのビスマルク型戦艦に遅れを取っていたのである。そのため、1950年代にKGV型戦艦のうち1隻をミサイル運用艦に改装する計画が持ち上がった際、これを好機として戦艦派が暗躍したのは言うまでもない。

仮にKGV型戦艦にデルティックを搭載する場合、専用設計された大型艦用デルティック(6400馬力)を信頼性確保のために定格を落として搭載することになっていた。その場合は1基辺り5000馬力の出力発揮が可能であり、これを1軸7基、合計28基搭載して140000馬力の発生を予定していた。これにより速力30ノットを発揮可能と見積もられていた。

海軍の主流(笑)な戦艦派は、この機会に全てのKGV型戦艦をデルティックに換装しようとして他の派閥と壮絶な殴り愛をすることになるのであるが、それはまた別の話である。

835 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:17:42
戦後の英国国鉄では、増大する需要に対応するために高速化と動力近代化を進めていた。そのためには大出力で高速を発揮出来る新型機関車が必須であった。理想は電気機関車であり、幹線の全線電化が望ましかったのであるが、鉄道発祥国故に設備の老朽化が著しく、高速化以前に設備の更新が必要であった。バトル・オブ・ブリテンで史実以上に被害を受けたために、その復旧も必要であり、戦後復興で財政の余裕の無い英国に全線電化は不可能であった。かといっていつまでも蒸気機関車を使い続けるわけにもいかなかった。そんなときに画期的なデルティックエンジンが出てきたのである。英国国鉄が飛びついたのはある意味必然といえよう。

幸いにしてネイピア社の親会社であるイングリッシュ・エレクトロニクスは、国鉄向けにディーゼル機関車を製造していた。親会社の全面協力により、極めて短期間でデルティックエンジンを搭載した機関車の開発に成功したのである。

史実よりも大幅に早い1949年に貨物牽引機のClass23型ディーゼル機関車『ベビー・デルティック』が、その翌年には特急牽引機であるClass55型『デルティック』が完成した。従来の蒸気機関車とは比べ物にならない高性能ぶりを発揮したのであるが、狭いスペースに無理やり押し込んだことによる廃熱不良、同じく狭い場所に無理やり詰め込んだ補機同士の共振による動作不良などなど、まともに走ることが少ないくらいにトラブルが頻発したのである。その複雑過ぎる構造故に国鉄のメカニックではとても扱えず、修理の度にネイピア社に送り返していた。当然修理コストは鰻上りであった。

信頼性と同じくらいに深刻な問題だったのが騒音問題であった。例を挙げるとClass55型に搭載されているデルティックエンジンは、1基につきシリンダーが18本装着されていた。これが2基搭載されているので、合計すると6本のクランクシャフト、ピストン72個にこれらを統合する歯車約120個がハーモニーを奏でるのである。なんとも表現し難い甲高い轟音に近隣住民から苦情が殺到したのは言うまでも無い。

ネイピア社の死に物狂いの改良によって、最終型では普通のディーゼル機関車と同等のオーバーホール周期を達成したのであるが、エンジン配置からくる冷却の問題が最終的に解決出来たのはかなり後になってからであった。

英国国鉄がここまでしてデルティックを使い続けたのは、代替出来るエンジンが存在しなかったからである。一時期は大いに期待されていたターボトレインも、APT(先進旅客列車:Advanced Passenger Train)の失敗と燃費性能の悪さから敬遠されていった。なお、ターボトレインとその関連技術は後にブリティッシュコロンビアで開花することになるのであるが、それはまた別の話である。

運用コストが高すぎることから、1960年代に入るとClass23型機関車は廃車されていくのであるが、Class55型は車体が大きく改装の余地があったため、全面的な改装を施したうえで再就役している。

戦後からしばらくしても英国国鉄の電化はほとんど進んでおらず、デルティック搭載ディーゼル機関車がこれからも主力を担うのは間違いないことであろう。その証拠に、当時世界最速のディーゼル特急であったHST(High Speed Train)が1980年に機関をターボコンパウンド・デルティック(5300馬力)に換装されている。このおかげで、電車に比べて弱点だった加速性能が大幅に向上し、利便性が増したのである。

HSTは現在でもウェストコースト本線、イーストコースト本線での旅客の花形を担っている。
特にフライング・スコッツマンは、保安システムの上限である225km/h運転を実現しており、これはディーゼル特急としては未だに破られていない記録である。

836 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:28:36
ドイツとの再戦に備えて本土防衛用の新型戦車を開発中だった陸軍であるが、従来の歩兵戦車と巡航戦車の枠組みで戦車を作ってもドイツ戦車には歯が立たないことを痛感していた。歩兵戦車と巡航戦車のそれぞれの長所を兼ね備えた強力な戦車が必要だったのである。それを実現するためには軽量コンパクトで大出力なディーゼルが望ましい。陸軍がデルティックに目をつけたのは至極当然のことと言える。

デルティックは小型軽量とはいえ小型艦船用であり、そのまま戦車に積むにのは不可能であった。ネイピア社では直ちに戦車用デルティックの開発を始めたがすぐに出来るわけでもなく、陸軍側としてもデルティックは未知のエンジンであり、いきなり新型戦車に載せるのではなく既存の車両に載せてテストするつもりであった。開発に手間取った結果、結局新型戦車への搭載は間に合わなかったのであるが、未だデルティックに強い関心を示していた陸軍は、資金を出して開発を継続させたのである。

ネイピア社の努力によって、1949年にデルティックをスケールダウンしたデルティックJr.が完成した。小型化したものの、それでも戦車用としては巨大過ぎて普通の戦車には搭載不可能であった。しかし、英国には普通ではない戦車が存在した。ドン亀だの役立たずたの言われた不遇の超重戦車が。

トータス重突撃戦車。バトル・オブ・ブリテン時に、上陸してくるドイツ機甲師団への備えとして開発された超重戦車である。並外れた図体と分厚い装甲に比例して84tという重量は、当時のエンジンでは満足に機動させることは不可能だったのである。

ドイツのアニマルシリーズと比較されて、貶められることの多いトータス重突撃戦車であるが、それは真の価値が分かっていない輩のたわごとである。この戦車の真の価値は機械的信頼性、特に足回りである。

アニマルシリーズが足回りに爆弾を常に抱えていたのとは対照的に、その手のトラブルは皆無であった。つまりは84tの車重に相応しいエンジンを与えてやればよかったのである。幸いにして図体の大きいトータスにデルティックJr.は搭載出来たのである。

テストの結果は素晴らしいものであった。デルティックJr.の1400馬力の大出力がドン亀を鋼鉄の猛獣に変えたのである。最高速度は51km/hに達した。搭載されているメリット・ブラウン操行変速機は逆進装置を装備していたため、前進とほぼ同等の速さで後進も可能であった。これは重戦車としては破格の機動力であった。この成功を受けて、生産された全てのトータスが改造されてデルティックを搭載している。1950年に英国で開催された軍事パレードで、その真価を大いに発揮することになるのである。

デルティックエンジンは非常に神経質なエンジンであり、従来型のディーゼルに比べると綿密な整備が要求された。そのため、現地では修理よりはユニット交換を行うという方針がとられた。

故障の際にはアッセンブリ毎取り外されて修理のために製造元に送り返された。ネイピア社との契約が切れた後は英国陸海空軍、そして英国国鉄もであるが、最初の契約が切れるとオーバーホールのための作業場を独自に設置したのである。

故障した箇所をアッセンブリ毎交換して、故障した箇所は後方のデポに送って再生修理という図法は、複雑化していく兵器の信頼性を確保する手法として非常に有効であり、デルティックだけでなその他の英国の兵器群にも大々的に採用されていくことになる。

837 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:33:08
あとがき

というわけで、ジェットエンジン開発事情の第3弾です。
以前の予告どおりネイピア社無双となってしまいましたがしかたありせんね!

デルティックは史実でも20世紀末まで使用された非常に優秀なディーゼルエンジンなので、早期に実用化することは意味があります。憂鬱世界では魚雷艇用の高出力エンジンの開発が急務となったので、その分史実よりも早い実用化となりました。史実でもアイデア自体はかなり以前からあったみたいなので、早期実用化は発想とやる気の問題でしょう。

デルティックの主な用途は小型艦船用ですが、小型軽量高出力と3拍子揃ったエンジン故に史実以上に使いまわす予定です。史実では日の目を見なかったターボコンパウンド・デルティックを載せた機体を登場させてみたいですねぇ。

ノーマッドは遠心ジェットエンジン開発の恩恵を受けたということで、開発期間を早めました。こちらは正直使いどころに困るのですが、速度は遅くても高高度巡航が可能で長い航続距離を必要とする機体にはうってつけだと思います。その結果が英ソ連絡機や、グランドスラム運用機です。実用上昇限度が無茶な数値と思われるかもしれませんが、史実の航空用ディーゼルを搭載したユンカースJu86Rは15000mを飛行可能なので、決して無理ではありません。むしろ控えめな数値だと思います。ちなみにMe262の実用上昇限度は12000mそこそこなので、この高度で飛行されたら手も足も出せませんw

ディーゼルとタービンの住み分けをどうするのかも今後の課題です。どちらにも一長一短ありますし。個人的にはオールデルティックな大型艦とか萌えるのですが。

次回は改訂版ですかねぇ。本編で盛大にネタがばら撒かれたましたので、支援SSも対応しないと…!あるいはモータリゼーションか、ビデオ戦争、はたまたシステム360?ネタはあるのですが、なかなか時間が取れませんねぇ…( ´Д`)=3

838 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:41:20
以下、登場させた兵器や器材です。


アブロ ランカストリアン

乗員数:4名(パイロット・航法士・機関士・無線士)
全長:21.18m
全幅:37.09m
全高:5.97m
自重:21783kg
発動機:ネイピア ノーマッド1 3000馬力×4基 
最高速度:630km/h (高度12500m時)
実用上昇限度:16000m
航続距離:9500km(フェリー)
武装:非武装

ランカスター爆撃機を改造した英ソ間無着陸横断機。同名のランカスター改造の民間機仕様が存在するのであるが、混同を狙うために敢えてこの名が付けられた。旅客仕様だけでなく、輸送用や特殊作戦用に改造された機体も存在する。

戦後すぐに始まった英国のソ連への支援であるが極秘裏に行う必要があった。そのため、発見されやすい沿岸部を飛行せず、洋上を高高度で長距離飛行出来る機体が必要とされた。燃費性能に優れ、高高度飛行に向いている航空用ディーゼルはうってつけだったのである。

機体は主翼を新造した以外はほとんど弄られていないのであるが、コクピットと客席部分は与圧化されている。主翼はデルティックの重量に耐えられるよう強度が増しているほか、主翼両端が延長されている。そのため、主翼のアスペクト比は長大なものとなり、高高度巡航に適した機体となっている。ソ連崩壊までの100回以上のミッションをこなしたが、ルフトバッフェには一度も捕捉されなかったことが、本機のコンセプトの正しさを証明していると言えよう。


アブロ ランカスター B.4スペシャル

乗員数:5名(パイロット・航法士・機関士・爆撃手・無線士)
全長:21.18m
全幅:39.09m
全高:5.97m
自重:18783kg
発動機:ネイピア ノーマッド2 3135馬力×4基 
最高速度:650km/h(高度14000m時)
実用上昇限度:17000m
航続距離:9000km(フェリー) 5000km(グランドスラム搭載時)
武装:非武装

日本の大和型戦艦を沈め得る特殊爆弾を運用するための専用機。
1945年に発表された、大和型戦艦建造の報は英国を震撼させた。英軍は想定された最悪の状況、大和型戦艦がカナリア諸島に居座ることを危惧したのである。

大和型戦艦は、対18インチ防御を備えており既存のKGV型戦艦で対抗するのは不可能であった。そのため、グランドスラムを流用した対艦用の熱源追尾型超重徹甲爆弾が開発された。この『対艦型グランドスラム』は、適正な運用高度で投下されて命中しさえすれば大和型戦艦にさえ致命傷を与えることが可能と見積もられていた。問題は運用高度で投下出来る機体が存在しないことであるが。

カナリア諸島に最も近い英国の勢力圏はアフリカのガンビアであった。ここからカナリア諸島の大和型戦艦に爆撃をするとなると往復で3000マイル(約5000km)近い航続力が必要であった。これにプラスして10tの特殊爆弾を積んで運用投下高度4万フィート(約13000m)を維持することが必要となるのである。当時の遠心式ジェットエンジンでは達成不可能な目標値であった。

そこで白羽の矢が立ったのが開発されたばかりのネイピア ノーマッド2であった。
速度さえ度外視出来れば高高度性能と航続距離の両立が可能だったのである。幸いにして、英ソ連絡機を作ったノウハウがそのまま生かせたので、短期間で改造することが出来た。

英ソ連絡機『ランカストリアン』と比較すると、主翼はさらに延長されている。
これはペイロードと高高度性能の確保のためであるが、その反面で胴体はさらに徹底した軽量化が施されており、コクピットの与圧装置や武装まで撤廃している。パイロットは宇宙服のような完全機密のパイロットスーツで搭乗する必要があった。

武装を全廃したのは機体の軽量化のためでもあるが、迎撃してくるであろう日本のジェット戦闘機相手に豆鉄砲なんか振り回しても当たらないので装備しても無意味なためである。高度17000mまで上昇すればジェット戦闘機を振り切れると思われていたので、問題無しとされたのである。確かに初期ジェットはもちろん、疾風でも到達不可能な高度だったのであるが、このころになると日本は空対空噴式誘導弾を実用化しており、いつでも撃墜出来たのである。後にこのことを知った英国側のSAN値が直葬されたのは言うまでも無いことである。

839 :フォレストン:2015/06/25(木) 00:44:19
ネイピア ノーマッド2

形式:水平対向型12シリンダー液冷ディーゼルエンジン(2ストローク、排気エネルギー回生機構付き)
筒径×行程:152.4mm × 187.3mm
排気量:41L
全長:3000mm
全幅:1429mm
全高:1000mm
乾燥重量:1625kg
最大出力 軸出力換算3135馬力(2050rpm、ブースト圧 614kPa)
       軸出力換算4095馬力(水噴射時)

史実のノーマッド2そのものである。憂鬱世界では6000馬力級のノーマッド3も計画されたのであるが、タービンにディーゼルがくっついたような構造であり、燃費性能以外にメリットが無かったので中止されている。


ネイピア デルティック

形式:液冷対向ピストン型18気筒36ピストン 2ストロークディーゼルエンジン
筒径×行程:130mm × 184mm ×2
総排気量:88.3L
全長:3330mm
全幅:1870mm
全高:2160mm
乾燥重量:4763kg
燃料:直接噴射式
最大出力:2500馬力(2000rpm)

史実のデルティックエンジンである。小型艦船用ディーゼルとしては極めて小型軽量なのが特長である。整備性に難があったが、定期的な点検の徹底と、故障した箇所のアッセンブリ毎の交換により高い稼働率を維持することに成功している。

憂鬱世界では本来の小型艦船用途だけでなく、大型艦船やディーゼル機関車など幅広い分野で使用されている。後にターボコンパウンド化されて5000馬力級の大出力を達成したが、そのころには実用ガスタービンが量産化されており、既存のデルティックを置き換えるのにとどまった。


ネイピア デルティックJr.

形式:液冷対向ピストン型18気筒36ピストン 2ストロークディーゼルエンジン
筒径×行程:105mm × 160mm ×2
総排気量:49.86L
全長:1934mm
全幅:1325mm
全高:1148mm
乾燥重量:1785kg
燃料:直接噴射式
最大出力:1400馬力(2100rpm)

デルティックを戦車用に小型化したエンジン。単にダウンサイジングしたわけではなく、構成の見直しによる軽量化と、高回転高ブースト化によるパワーウェイトレシオの改善も行われている。小型化したとはいえ、これでもサイズ的に巨大であり、トータス重突撃戦車用に少量生産されたに留まった。

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最終更新:2015年09月08日 22:25