885 :Monolith兵:2015/11/11(水) 02:02:16
英国面系SS「飛べ!キーファ」


 1944年、イギリスは窮地に立たされていた。第二次世界大戦と大西洋大津波は、イギリスから国力の多くを奪い去り、頼りとしていたアメリカも露と消え、今やその残光が旧米国各地で乱立している状態だった。
 イギリスがそんな状況であるのに対し、欧州大陸は枢軸陣営にほぼ統一されており、ソ連から奪い取った新領土をどう料理するか頭を悩ませている状態だった。
 唯一イギリスが頼れそうな国は日本だったが、彼の国はイギリスの裏切りに深く憤慨しており、関係改善は容易に出来そうには無かった。
 それでも、旧式艦や戦時急増艦を日本から第三国経由で輸入する算段がついており、カリフォルニアからも戦艦や空母をレンタルする話も進められていた。

 だが、例え日本との関係改善が進んだとしても、イギリスは一国で欧州枢軸と直接対峙している現実に代わりは無かった。その為に、本国防衛の為に国内の英知を結集して様々な新兵器開発を進めていた。
 その中には、ボビンのお化けやソードフィッシュの改良型などと言った、頭の痛くなる物も存在したが、今回の主役は彼らではない。

「クルックー。」

 そう、史実ではついに日の目を見る事がなく、珍兵器開発史にのみ名前が残っている彼らであった。

「よしよーし。今日は大切なお披露目の日なんだからな。頼むぜ、キーファ。」

 少しばかり荒れた空を飛ぶ双発爆撃機ブレニムの機内で、爆撃手はキーファが入った爆弾の先端部に付けられた誘導室の外壁を軽く叩いた。
 今日は、爆撃手が言った通りキーファの晴れ舞台となる予定だった。この1年近くの間開発を続けてきた新兵器である、”鳩誘導爆弾”のお披露目である。

886 :Monolith兵:2015/11/11(水) 02:03:26
 この滑稽にも思える新兵器が開発される切欠となったのは、昨年の中ごろにイギリスに亡命してきたB.F.スキナーは、イギリスで自身と共に亡命してきた家族や友人らの安全と生活を守る為に、アメリカで軍の元で研究していた鳩誘導装置に関する資料や機材をイギリス軍に持ち込んできたのが始まりだった。
 勿論、この話を持ち込まれたイギリス軍は珍妙な代物に懐疑的だった。だが、特殊兵器開発局で勤めていたネビル・シュートが彼の持ちこんだアイデアに興味を持ち、開発がスタートしたと言う経緯があった。

 そして、資料や機材の確認が進み、具体的なデータを自分達で確認できるようになると、この鳩誘導装置が意外に馬鹿にできた物ではないという事が解り始めていた。
 イギリスは追い詰められていたので、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの論理で、数多くの奇天烈な兵器が開発されていたのだが、鳩誘導兵器はこの中でも群を抜いて実現性の高い物であったのだ。


 だが、鳩を兵器の中心に据えるという構想に疑問を持つ議員が現れた。彼は貴族院議員であったが、鳩に兵器の誘導を頼むなど確実性が低いとして、この兵器開発に横槍を入れてきたのだ。
 それに対する反論として、鳩誘導兵器に可能性を見出した者達は、この議員に対してこう言い返した。

「よろしい。ならば実際に実験を行って我々が正しい事を証明して見せます!」

 こうして、今日の鳩誘導爆弾の実験に繋がるわけである。

 今回はと誘導爆弾の目標となるのは、退役した後に標的艦に改装された戦艦ネルソンだった。


「鳩がネルソンを沈められるわけが無い。まあ、精々高みの見物をさせてもらう事にしよう。」

 件の議員は、ネルソンより離れた場所で浮かぶ軽巡洋艦コンコードに乗り込み、今回の実弾を用いた爆撃実験を見学していた。
 暫くすると、東の空から爆撃機が1機近づいてきた。この機体に鳩誘導爆弾が搭載されているのだろう。

「ブレニム投弾!」

 防空指揮所の水兵がそう報告をしたとき、ブレニムは未だネルソンから20km以上離れた位置にあった。高度4000mほど高さから投弾された鳩誘導式試作爆弾は、暫く順調にネルソンに向かって落下していった。
 だが、爆弾は突如として不安定となり、爆弾自体が横方向に回転し始めた。

「だから言わん凝っちゃ無い。」

 件の議員はタバコ片手に気の抜けたように呟いていたが、次の瞬間その表情が凍りついた。

887 :Monolith兵:2015/11/11(水) 02:04:24
「ば、爆弾が本艦に向かってきています!」

「何だと!」

 実はこの少し前、爆弾の誘導を担当する鳩であるキーファは、パニックに陥っていたのだ。パニックになった原因は、突如として現れた鷹だった。
 突然現れた天敵の出現に慌てたキーファだったが、相手の鷹も驚愕していた。なにせ、上空に現れた爆撃機から離れたと思ったら、今度は爆弾が猛烈な勢いで突っ込んできたのである。当然、鷹は逃げ出したのだが、キーファはパニックに陥った結果、スクリーンを滅茶苦茶に叩きまくってしまったのである。
 キーファが叩いたスクリーンは、本来望遠レンズで投影されたターゲットの姿を映し、訓練された鳩が目標を突くことで姿勢制御を行う為の物であった。それが滅茶苦茶に突かれた物だから、爆弾はまるで踊っているように空中でふらついてしまっていた。しかも、目標である戦艦ネルソンを見失ってしまっていた。

 だが、キーファは本来の目標であるネルソンを見失っていたが、スクリーンに新たに映る艦影を暫くじっと見ていたかと思うと、再び猛然と突きだした。
 実は、今回の実験では当初コンコードと同じC級巡洋艦の1隻が標的となる予定だった。だが、議員の横槍によって急遽戦艦ネルソンに目標が変更されていた。
 その為、キーファは以前に施された訓練を思い出して、スクリーンに映るC級巡洋艦であるコンコードを突きだしたのだ。
 何より、これまで餌が出てこなかったのは、突いていた目標を間違えていたのだと思っていたのだ。


 一方、コンコードではキーファの爆撃から逃れようと必死の努力が行われていた。ボイラーを全力で炊きタービンを回し、全速力で退避していた。それと同時に、対空戦闘の命令が下され向かってくる爆弾に対空機銃が弾幕を張っていた。
 だが、航行中の敵艦を爆撃することを目的として開発された鳩誘導爆弾は、その能力を十全に発揮していた。加えて、航空機に比べて遥かに小さな爆弾に機銃弾を命中させることなど事実上不可能だった。

「まだ全ての機銃が発射できないのか!」

 艦長は部下を叱咤激励して、全対空機銃を用いて迎撃しようとしていた。
 その機銃弾の雨の中を、キーファは怯む事無くスクリーンを突き続けていた。

「だから鳩を兵器にするのは嫌だったんだぁ!」

 議員は頭を抱えて縮こまりながら泣き言を言っていた。
 それでもキーファは訓練されたとおりスクリーンを叩き続けていた。

「もう駄目だ!」

 この時になって、艦長は総員上甲板を下命した。
 キーファは画面いっぱいになったスクリーンをしつこく叩き続けていた。全ては空腹のキーファが餌を得ようとする執念のなせる業であった。

888 :Monolith兵:2015/11/11(水) 02:05:24
 この日、イギリス海軍は1隻の軽巡洋艦とその乗組員160名余りを失うという、第二次世界大戦及び大西洋大津波以来最大の損害を蒙ることになる。
 なお、件の貴族院議員は幸運にも生き残ったのだが、当然のごとく鳩誘導兵器を全力で持って開発中止に追いやった。イギリス軍としても、投弾後にいきなり目標を変える誘導爆弾など使えないと判断していたので、この決定に異を唱える事は無かった。

 こうして、プロジェクト鳩が中止された後に残ったのは、途方にくれる鳩にかけた男達と、イギリス海軍の艦に異様な執着を見せる何十羽もの鳩達、そしてオックスフォード大学で心理学の研究を続けるスキナー博士だけだった。



 後に、スキナー博士は今回の実験失敗についてこうコメントを残している。

「あの実験の失敗は、私にとっては新たな扉を開ける切欠となりました。
 そう、鳩は訓練で覚えさせた複数の目標を覚えており、状況によって突く目標を変えるという柔軟性を発揮したのです。
 しかも、実際にキーファが爆撃した巡洋艦は艦影に若干の差異がありました。それでも、艦の特徴を的確に見て取ったキーファは、コンコードが目標に違いないと判断したのです。」

 現在では、鳩はピカソとモネの絵を見分ける事が出来る事が知られている。

おわり

889 :Monolith兵:2015/11/11(水) 02:10:03
 戦後編で鳩爆弾をイギリス軍が採用していなかった(開発中止?)ので、その裏にはこんな話があったのかもと思い書いて見ました。
 コンコードを沈没させたのはやりすぎかもと思いましたが、イギリスの防諜が素晴らしい働きをした結果、この事が外部に漏れなかったとしています。
 また、スキナー博士は史実同様心理学で大活躍しました。

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最終更新:2015年12月24日 22:10