810 :弥次郎:2015/11/06(金) 19:21:53
日蘭世界 戦後映画ネタ 『The Dancing doll in the Time』


『The Dancing doll in the Time』 日本語タイトル:時の中で踊る人形


制作までの経緯:
終戦から緊張状態が続く中で、テキサス共和国では国威発揚、あるいは民衆のガス抜きをかねたプロパガンダ映画の製作が行われていた。
直接的な表現をすると他国を刺激し過ぎるとの意見もあり、現実のアメリカをどことなく想起させるような内容が主流となり、
特にカリフォルニア共和国への批判する、あるいは悪役であるようなストーリーが好まれていた。

転換期となったのが、日本において制作されたSF映画「評決を告げる人形(※1)」の発表である。
SFという分野においてもトップを占めるようになったOCU、特に日本において『タイムマシン』という概念が確立したのである。
これを登場させた『Time Judgementer』(※2)が明らかに西部、そして新大陸共和国を意識し、且つ煽るような内容であった。
それに反発してカリフォルニア共和国の映画界が同じような作品を作ることで意趣返しをしようと画策した。
その結果誕生したのがこの作品である。

ストーリー:
ある架空の国を舞台としており、時系列的には近未来である。
西側の国は30年ほど前まで東の国の独裁者に悩まされてきたが、その独裁者の死後、漸く戦争のない平和な日常を享受していた。
その国に暮らす風変わりな博士と知り合いとなった青年は、その博士が作ったタイムマシンの実験に付き合わされた。
半信半疑であったが、青年は自分の母親が自分の生まれる前に列車の事故に遭い、大きな怪我を負った過去を変えようとし、
そのタイムマシンに乗って過去へと飛んでいく。

無事、国境沿いを走る列車の事故を阻止して母親となる女性を救うことに成功して、意気揚々と元の時間に戻って来てみると、
何と母親が過去に戻る前よりもひどいけがを負い、尚且つ障害を負っていた。
その理由は、青年の生まれた国は東側にあった独裁国の支配下にあり、差別を受ける奴隷階級になっていて(※3)、
支配者層からの理不尽な暴力で母親は同じような怪我をしたためだった。

青年はショックを受けて、歴史を調べる。すると、彼の知る歴史において列車事故の後に病死したはずの東の国の独裁者が、
病死することなく自分の国へと侵略を続けて、侵略の完遂とその後の体制を形作ることに成功していた。
さらに調べてみると、独裁者は自分の病気を治せる医者を密かに呼び寄せており、青年が事故を阻止した列車に乗っていたことが判明。
母親を救ったことで、同時にその医者も生き延び、その結果独裁者も助かり、大きく歴史が変わってしまったのだった。

この歴史を変えるべく、青年は再び時をさかのぼることを決意。しかし、タイムマシンは残り一回しかエネルギーがない。
だが、青年は自らが修正した歴史をもう一度修正すべく、過去の世界へと旅立っていく。

811 :弥次郎:2015/11/06(金) 19:22:47

評価:
タイムマシンによる過去改変だけでなく、バタフライエフィクトや歴史の修正力を描いた初期の作品として注目された。
目的はともかくとしてもSFにおいては金字塔ともいえる作品となり、後の『バックトゥザフューチャー』にも多大な影響を与え、
タイムスリップを題材とするSF作品の火付け役となった。

他方、テキサス共和国においては一時期酷評こそ受けたが、これの批判が自分たちの送り出した映画へとブーメランが
帰ってくるという事実が広まると、やがて非難は鳴りを潜めた。
ただし、やはり放映に自重がされたためなのかテキサスでの認知が広まったのは前述の『バックトゥザフューチャー』が
公開された後になってからの事であった。

※1:人工知能と人間同士の争いが起こった未来の世界から、歴史を変えるべくタイムスリップした美少女が、
同じく未来から来たロボット達の追撃を受けながらも、自分の祖先の青年と協力して歴史を変えるために戦うという内容。
ぶっちゃけると日本版の『ターミネーター』であるが『マトリックス』『トランスフォーマー』などを混ぜたような作品となった。
制作者はSF好きの夢幻会のメンバーで、前世における先達への敬意と配慮のために自重してストーリーとキャラクターなどを
別な物へと変えて発表した。

※2:架空の大陸を舞台に、戦争の敗北に乗じて分離独立をしようとする一派を未来からやって来た正義の組織が
過去の勢力と協力してとっちめるというパッと見には勧善懲悪の映画。
現実をかなり意識した名前・配役・ストーリーで、テキサス共和国と思われる国が他の地域を束ねて戦い、大陸に侵攻して
きた国家(明らかに日本やオランダ)を大陸の西側に押しとどめることに成功して希望をつないだエンドを迎える。
これを見た某元アメリカ合衆国海軍中佐は苦笑いを浮かべるにとどめた。

※3:アパルトヘイトも真っ青な差別的な制度などを揶揄したとされる。
少なくともカリフォルニアにおいてはそこまでの差別は存在せず、ある程度の自由が保障されていた。

812 :弥次郎:2015/11/06(金) 19:25:51
以上となります
プロパガンダは史実でも形こそ違えど連合国も枢軸国もやっていましたので
それを題材にしつつ、皮肉を込めて書いてみました

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最終更新:2015年12月27日 19:52