917 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:27:46

朱に交われば赤くなる(Bad company ruins good morals.)

提督たちの憂鬱 支援SS 憂鬱英国駐日大使館事情1 改訂版

東京は千代田区一番町。皇居の半蔵門近くの内堀通り沿いにシンメトリー・ルネサンス様式の建物が存在する。言わずと知れた駐日英国大使館である。史実では太平洋戦争の勃発と共に、日英の国交が断絶されたために閉鎖されたが、この世界では閉鎖されることなく活動を続けていた。

1944年当時の駐日英国大使館の陣容は以下のとおりであった。

駐日大使
ロバート・レスリー・クレイギー卿(Sir Robert Leslie Craigie)

商務参事官
ジョージ・ベイリー・サンソム卿(Sir George Bailey Sansom)

駐在陸軍武官
フランシス・スチュワート・ギルデロイ・ピゴット大佐(Francis Stewart Gilderoy Piggott)

駐在海軍武官
空席

史実では戦前最後の駐日大使であったクレイギー卿は、対日関係の維持を望んでいた当時の英国宰相ネヴィル・チェンバレンの意向を受けて派遣されたこともあり、元々日本寄りの立場を取っていた。それゆえに日米戦争勃発時には解任も取り沙汰されたのだが、国際事情の激変により留任していた。

商務参事官のサンソム卿は、親日派で日本の文化の研究も行っていた。史実と同様に日本文化の研究を行っていたが、当時急速に隆盛していたサブカルチャーの研究・考察も行っていた。日本で結婚した妻のキャサリンも夫の研究を手伝っていた。

駐在陸軍武官のピゴット大佐は幼少期を日本で過ごしたためか、非常に親日的でありクレイギー卿とも旧知の仲であった。

駐在海軍武官が空席なのは、健康上の理由で前任者が一時帰国した時と英国の裏切り行為が発覚して、帝国海軍の反英感情が高まった時とが重なってしまったためである。当時の英国は日米戦争は日本が負けると判断しており、敢えて嫌われてまで後任者を送ろうとはしなかった。巨大津波による世界規模の被災と、想像していなかったアメリカの敗北により慌てて後任を送り込むことにしたのであるが、後任人事のごたごたもあってか、未だに着任していなかった。そのため、駐日英国大使館は上記3名とその家族、随行してきた若手官僚と現地の日本人職員で構成されていたのである。

918 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:31:30

(ふむ、やはり書籍だけでは研究が進まないな。やはりフィールドワークが必要だな…)

駐日大使館の一室で文献を漁っていた商務参事官のジョージ・ベイリー・サンソム卿はため息をついた。商務参事官でありながら、英国における日本文化の研究の第一人者であるサンソム卿であるが、日本文化研究は芳しくなかった。

直接敵対したわけではないとはいえ、土壇場での裏切りの記憶は未だ鮮明であった。英国人である彼は戦前のように気軽に現地調査が出来なくなってしまったのである。年始に開催されたサンタモニカ会談によって、ひとまず戦争は終結したものの、国民の意識がそう簡単に切り替わるはずもなく日本に駐在している彼ら英国人は肩身の狭い思いをしていたのである。

(外見や肌の色で彼らは差別はしない。しかし私が英国人だと知ると途端に本音を隠してしまう。もっと大勢の日本人が本音を、生の感情を剥き出している場所に触れることが出来れば、私の研究も捗るのだが…)

どうしたものかと思い悩むサンソム卿であったが、そのとき扉越しに日本人職員の会話が聞こえてきた。

『今度のコミケだけど、どうする?』
『行くに決まってるだろう!欲しい新刊があるんだ。徹夜してでも…!』
『いや、徹夜はまずいだろ。このあいだはそれやって、とっ捕まったやつがいたし』

サンソム卿は日本人職員を呼び止めると『コミケ』なるものの詳細を問いただした。自分達の上司である存在の唐突な質問に恐縮しながらも、疑問点に答えてくれたのだが、要約すると以下のようになった。

  • とにかく人が多い。(人が多いに越したことは無いな)
  • コミケは戦争だ!(戦争というからには、日本人の生の感情を見れるかもしれない)
  • 新刊ゲットだぜ!(新刊?ブックマーケットなのか?)

話を聞いてみると、とにかく人が多い熱狂的なイベントであるらしい。フィールドワークの題材としては、まさにうってつけであった。

(最近篭もりがちであったことだし、気分転換とフィールドワークを兼ねると思えば悪くない。せっかくだから妻も誘ってみようかな)

サンソム卿は、執務室の電話を手に取ると外務省に電話かけ始める。その1本の電話が大いなる波乱を巻き起こすことになるのであるが、彼は知る由も無かった。

サンソム卿としては、あくまでも個人としてコミケへ参加するつもりであった。戦前はフィールドワークで最低限の警備だけで外出することが多かったこともあり、外務省に事前連絡を入れたのも念のために過ぎなかったのであるが、外務省側はそうは受け取らなかった。

連絡を受けた外務省は、事態を理解するとパニック状態となった。戦前とは違い、未だに反英感情の高い現状では何らかの間違いが起こらないとも言い切れなかった。衰えたりとはいえ、事実上世界を支配する三大列強の一角である英国の要人に何かあったら外務省だけの問題だけでは済まず、日本の国際評価を落としかねなかった。

外務省側は、あの手この手で説得を試みたのであるが、サンソム卿の決意は固く、コミケ行きを止めることは出来なかった。万策尽きた外務省は内務省へ問題を丸投げした。いわゆる責任回避というやつである。

919 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:33:41
外務省から問題を丸投げされた内務省の関係者は激怒したのであるが、実際問題として当事者は自分らであるのでどうしようもなかった。東京都の警察を管轄する警視庁は内務省の地方官庁だったからである。

「どうするのだ!?」
「どうするといわれても、相手は英国大使館の要人だ。相応の警備を取らざるを得ないだろう」
「しかし、場所が場所だけに警備には相当な困難が予想されます」
「本人からの強い希望で目立つ警備はいらないと言われていますが…」

東京都千代田区霞ヶ関二丁目。桜田門の正面にそびえるコンクリートビル-言わずと知れた警視庁である。その一室では警務部や特高部をはじめとした各部門の部長、総監官房長が頭を抱えていた。今や列強筆頭となった日本は各国要人の来訪も多く、その首都を管轄する警視庁は要人警護のノウハウは豊富に持っていたが、今回のようなケースは初めてであった。

各国要人の警備の場合、スケジュールは事前に決められており、それに従って適切に警官を配置すれば事足りた。しかし、今回の場合は極めて流動的な状況が予想されるなかでの警備であり、不確定要素が多すぎた。加えて、サンソム卿自身が目立つ警備を嫌ったこともあり、既存の警備体制では対応出来ないことは明白だった。

「ここは特警課の出番では無いでしょうか?」
「…それしかなさそうだな。警務部長、手配をお願いする」
「了解しました」

特警課。いわゆるSPである。史実では戦後になってから創設されたが、この世界では戦前から存在しており、警務部の所轄部署であった。1944年当時の特警課の編成は以下のとおりである。

特警管理係(庶務担当)
特警第1係(内閣総理大臣担当)
特警第2係(国務大臣担当)
特警第3係(外国要人・機動警護担当)
特警第4係(東京都長官・政党要人担当)
総理大臣官邸警備隊

サンソム卿の場合、対応するのは第3係になるのであるが、それだけでは手が足りず他の部署からも人員をかき集めて対応することになった。このときに特別編成された部隊が通称コミケ部隊である。現在でも非常設の臨時編成部隊として存在しており、世界的にメジャーなイベントとなった日本のコミケを見にくる世界の要人を身体を張って護衛し続けているのである。

920 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:36:08

『警備本部よりサキ1』
『サキ1です、どうぞ』
『警備本部からサキ1宛て、メリット交換願いたい、本日は晴天なり、本日は晴天なり・・・警備本部のメリットいかが』
『了解。警備本部のメリットまる。サキ1から警備本部宛て、本日は晴天なり・・・サキ1のメリットいかがか、どうぞ』
『サキ1のメリットまる、以上警備本部』

サンソム卿の護衛に先立って現地入りしていた先着警護部隊では携帯無線の感度チェックが行われていた。なお、当然ながら、サンソム卿夫妻を直接護衛する近接護衛部隊も同様の無線機を使用している。

戦前から陸軍を中心に急速に普及した真空管式携帯無線機であるが、その影には陸軍の某常勝将軍の尽力があったとされる。彼の無線にかける情熱と努力には鬼気迫るものがあり、陸軍のみならず、警察や消防用無線としても急速に普及していったのである。

なお、デザインが史実米軍のAN/PRC-6を模しているのは、単に開発者(もちろん逆行者)の趣味である。もちろん、中身は別物であり、内部容量の関係でサブミニチュア管を直接ハンダ付けして事実上の使い捨て無線機だった史実とは異なり、内部構造の見直しによる交換の簡易化や、真空管の小型高性能化による通話時間の延長が図られていた。

軽量高性能で使い勝手の良い、トランジスタを用いた新型携帯無線機は既に開発されており、一部の部署には試験的に導入されていた。現場での使い勝手を試すために、今回のサンソム卿の警備で運用してみてはどうかという意見もあったのであるが、万が一コミケ会場で紛失して枢軸側の手に渡っては一大事のため、使用は見送られたのである。

921 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:40:03
戦前から続いている日本のコミケであるが、会場は東京都中央区にある晴海であった。史実同様に大規模イベント用に広大な土地が整備されていたが、この当時はまだ空き地が大量にあったため、急速に規模を拡大しているコミケの開催に都合が良かったのである。

ちなみに東京都の区割りであるが、史実とは異なり既に23区に改変されていた。これは関東大震災により、各区の人口その他に甚だしい差異が生じたため、復興その他の施策に支障が出る恐れがあったからである。

夢幻会主導による地方制度の改正によって自治権が拡充されたため、各区が自治体としての機能を十分に発揮する上で、区政が相当充実した基礎の上に立つことが必要とされたためでもあり、ここまでは歴史の教科書に記載されている。

『史実と同じ地名にしないとアニメ作りに不都合が出るじゃないですか』

実際は、夢幻会の最大派閥MMJの大物幹部の強い働きかけがあったのであるが、真実は闇の中に葬り去られたのである。

未だ開発途上であり、普段は建築機材とそれを扱う人員しかいない寂れた区画も、コミケ当日になると長蛇の列が出来る。その先頭に、ネクタイにベストとスラックスで身を固めた長身痩躯な紳士と、薄ピンク色のスーツの上下にアタッシュケースを持った、先の紳士と同年代と思われる熟年女性。良くも悪くも目立ちまくりであるが、言うまでもなくサンソム卿夫妻である。

コミケ参加を決意した後のサンソム卿の行動は迅速であった。その日のうちに各方面への根回しと通達を終了させ、会場近くのホテルに陣取り、コミケ当日の早朝に公用車で会場へ向かったのである。史実よりは改善されたとはいえ、公共交通機関に乏しいのは変わらなかったため、徹夜組を除けば真っ先に並ぶことは不可能では無かったのである。これに加えて、対テロ警戒の名目で特警課が所轄警察署と協力して徹夜組を徹底的に狩ったため幸運にも先頭に並ぶことが出来たのである。

「朝早いというのに、もうこれだけの人がいるのか。それだけ熱心ということなのだろうな」
「これでもマシなほうです。以前は前日から徹夜して並ぶ者達も大勢いましたから」
「ねぇ、あれは何かしら?」
「奥方様、あれはですね…」

サンソム卿夫妻の後ろに並んで会話に興じている数人のラフな私服の男女は、特警課の近接保護部隊所属の隊員たちである。サンソム卿は男性隊員が、夫人は女性隊員がそれぞれ護衛を担当していた。一見するとコミケで見かける普通の姿格好であったが、ジャケットの裏地が防刃素材になっていたり、腰後ろのホルスターには伸縮式の特殊警棒が収められていた。

隊員たちが所持している各々でデザインの違う大柄のトートバッグは、コミケでは是非とも必要ということで、急遽用意されたものであった。見た目は市販品であるが、素材は新開発された強靭な特殊素材(史実ケブラー系)が使用されており、刃物程度なら防ぐことが可能であった。もちろん、バッグであるから中に物を入れることも可能である。

サンソム卿の希望で、近接保護部隊はコミケ会場での護衛と案内を兼任する必要があった。そのため、コミケに詳しい隊員がかき集められて今回の任務に投入されたわけなのであるが、コミケに詳しい=重度のオタの図式が成り立つことを知らなかったことが警視庁上層部の不幸であった。

コミケという密閉空間に、何も知らない護衛対象と重度の汚染患者がセットで放り込まれたらどういうことになるのか。その結果が、さらなる騒動を巻き起こすことになり、関係者達は頭を抱えることになる。

922 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:43:49
午前10時。
開場のアナウンスと共に拍手が巻き起こる。
そして始まる戦争----!

(なんだこの勢いは!?この熱気は!?)

サンソム卿は混乱していた。
開場と同時に殺到した一般参加者の波に流されたのである。
その凄まじさに彼は圧倒されていた。同時に理解もした。
この力こそ、今の日本の原動力であると。

(だが、私も英国紳士なのだ。この程度で屈するわけにはいかん!)

もみくちゃにされながらも、必死になって学術的資料(同人誌)を買い漁る英国紳士であった。
ちなみに、護衛の特警課隊員であるが、こちらはコミケ慣れしていることもあり、サンソム卿と一緒に人波に流されながらも余裕をもって状況に対応していた。

「サンソム卿、こちらのサークルがおすすめです!」
「資料としてなら、こちらも良いです。代わりに買っておきました!」

護衛任務をしながら、サンソム卿におすすめサークルの作品を進めたり、誘導したり。必要なら代わりに買って来たり。ちゃっかり自分の分を買ってバッグに入れることも忘れていないあたり、筋金入りのオタク隊員たちであった。

「あの人とはぐれてしまったけど大丈夫かしら?」
「先ほど警備本部に問い合わせましたが、未だ入口付近におられるようです。昼食時に合流しようとの伝言がありました」
「そうなの?じゃあ、このまま行きましょうか」
「はい、奥方様」

激しい人波に流されてサンソム卿とはぐれてしまったキャサリン夫人であるが、同じく人波に流された特警課の女性隊員たちによって、状況を把握すると自分も楽しむことにした。彼女も対英感情の悪化によって、自由気ままな外出を自粛していたのでストレスを溜めていたのである。

「あら?これはいったい何が描かれているのかしら…?」
「…!?奥方様それは…!」

とりあえず落ち着くために人の少ない場所を目指して移動をしていた、キャサリン夫人と護衛の女性隊員達であったが、とあるサークルで足を止めた。机に山積みされている美少年が表紙に描かれていた同人誌が気になったからである。

(こ、これは…!?男同士で…いったい…!?)

キャサリン夫人が手に取ったのは、いわゆるや○い系同人誌であった。キリスト教の影響を受けた欧米諸国では伝統的に同性愛は性的逸脱であり、当時の英国でも同性愛は違法行為であった。

(でも…これは…これは凄い…!)

そんな英国で生まれ育った彼女にとって、美少年同士の絡みなど理解の範疇外であり全くの未体験ゾーンだったのである。その妖しい魅力は麻薬のごとく瞬く間に彼女を虜にしていった。まさに禁断の果実だったのである。

「…これを1冊ちょうだい」
「ありがとうございます!」
「…あなたたち、このことは他言無用でお願いね?」

キャサリン夫人は手早く同人誌をアタッシュケースにしまい込むと女性隊員たちに笑顔で向き直る。もっとも、目は笑っていなかったが。

「「いえ…その、じつはわたし達も…」」
「え?」
「「わたしたちも欲しかったんです!でもこんなこと言い出しにくくて…!」」

史実よりも、この手の文化の理解が進んでいるとはいえ、やはりや○いは異端視されていた。女性隊員たちは揃いも揃って重度のや○い患者だったために、肩身の狭い思いをしていたのである。そんなときに自分達の理解者が現れたらするべきことはひとつであろう。オタクとは、国も人種も関係無く、想いを共有出来る同志なのである。

「では、いっしょに買いましょう。あなたたちのおすすめはあるかしら?」
「お任せください!今回出展されているや○い系サークルの情報は全て頭に叩き込んでいます!」
「さぁ、奥方様!参りましょう!いざ新世界へ!」

このときのやりとりを、まさに目の前で目撃していたサークルの売り子は『どこか余所余所しい雰囲気だったのが、一瞬にして仲の良い親子に様変わりした』と後に述懐している。

923 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:45:29
お昼近くになると開場直後の熱気も多少は落ち着き、周りを見る余裕も出てきた。途中ではぐれてしまった夫人たちと合流するべく、コミケ会場内を移動していたサンソム卿たちであったが、突如囲まれてカメラを向けられた。

「な、何事かね?このカメラは…?」
「どうやらコスプレエリアに迷いこんでしまったらしいです」
「ほぅ?コスプレとは何かね?」
「コスチューム・プレイの略語です。特定のキャラクターに仮装することを言います」
「なるほど。しかし、何ゆえに私にカメラを向けているのかね?」
「それはおそらく…これが原因ではないかと」

サンソム卿の問いかけに答えながら同人誌を差し出す男性隊員。中身を確認すると、どうやら英国が舞台の同人誌のようである。自分の格好を省みると、長身痩躯に銀髪、メガネ。そしてネクタイとベストにスラックス。どこからどうみても手にした本に描かれている某執事の姿である。

史実のコスプレもそうであるが、基本的に主人公やヒロインのコスプレをするレイヤーは多くても、脇役を演じるレイヤーはあまり多くない。それも老齢のキャラとなればなおさらである。細部を見れば、あまり似ていないのであるが、長身痩躯に銀髪という体型的特長がそのままコスプレとなっていたのである。

「あのコスプレ、レベル高いな!」
「ウ○ルターだよ!そっくりすぎる!」
「なんという執事っぷり!」
「目線ください!」
「ポーズ取ってください!」

ぎこちない様子ながらも、ポーズを取ると歓声と共にフラッシュとシャッター音があがる。そうしているうちに心地よく感じてきたのである。

(なんだこれは…しかし、これは…気持ちいい…!)

英国紳士がコスプレに目覚めた瞬間であった。その後、アー○ードやセ○ス役のコスプレイヤーと共にノリノリで写真撮影に興じつつ、思う存分に取材をしたサンソム卿であった。

924 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:48:25
コミケ会場で昼食を取らないことは、ある意味常識である。夏コミの数週間前から水分も含めた食事の量を調整、当日は岩塩を舐めて並ぶのがマナーであり、漏らすのは素人の所業である。いわゆるプロ買い専の心得であるが、サンソム卿夫妻を護衛しているコミケ経験豊富な特警課の隊員たちも当然心得ており、ジャケットの裏に保冷材を仕込んだり、塩飴をなめてしのいでいた。護衛とは直接関係無いことと思われがちであるが、炎天下に長時間護衛対象から離れずに警備するには有効であり、夏場の警備には彼らの提言が大いに活かされることになる。

周辺でさりげなく特警課の隊員たちが護衛するなか、人気の少ない適当な木陰にシートを敷いて座るサンソム卿夫妻。ランチタイムに間に合うように英国大使館から取り寄せたバケットの中に入っているのは、サンドイッチである。添えられた魔法瓶には紅茶が入れられており、紙コップに注ぐと湯気と香りが周辺に漂う。

「ようやく一息つけたな」
「えぇ。それにしても凄い熱気ね」
「私も驚いているよ。日本人がここまで感情を剥き出しにしているのは初めて見た。自分なりに日本人を研究してきたつもりだったのだがな…」

スモークサーモンときゅうりのサンドイッチを旨そうにパクつくサンソム卿。キャサリン夫人はB.L.Tサンドに手を伸ばしている。二人ともじつに嬉しそうな、充実した様子である。

「あなたは何か買ったの?」
「うむ、資料用としていくつか買ったのだが、表紙だけ見ても素人が作ったとは思えないくらいに素晴らしい出来だった。お金を払う価値があったと思っているよ」
「わたしも買いましたのよ。まさか、あんな素晴らしい世界があったなんて…世の中は広いですのね」
「同人誌も素晴らしいが、コスプレはもっと素晴らしいな!あれは人類が生んだ偉大な文化と言っても過言では無いだろう!」
「こすぷれ…?」

青空の下で和気藹々と昼食を摂る熟年夫婦。傍目から見て好ましい風景であった。会話内容はアレであるが。

「午後からはどうします?一緒に行かれますか?」
「いや、せっかくだから午後も別行動にしよう。君もそっちのほうが都合がよさそうだし」
「分かりました。では夕方になったら合流しましょう」
「うむ、頑張ってな。わたしはもっとレイヤーたちと親睦を深めてくるよ」
「わたしも、や○い系同人誌を買い漁りますわ!」

決意を新たに別行動を開始するサンソム卿夫妻。ちょっと目がヤバいように見えるのは、きっと気のせいであろう。多分。

『その…じつは私は英国人なのだが、気にしないのかね?』
『そんなこと気にしていたらレイヤーなんて、やってられませんよ!むしろ本場の英語とか聞きたいです!』
『英国と言ったらメイドさんの本場じゃないですか!今度エ○の同人コスやるのでメイドさんについてくわしく教えてください!』

かくして、サンソム卿はコスプレエリアでレイヤー達と親睦を深め…。

『まぁ、どうしましょう!?抱き枕とか持って帰れませんわ!?』
『奥方様、ご安心を!コミケ会場から宅配で送れます!あと買うときには、自分用、観賞用、布教用で3つ買うと良いです!』
『なるほど!』

キャサリン夫人は、重度なや○い患者である女性隊員たちに完全に染められて、グッスを大人買いして回ったのである。

925 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:51:41

『ありがとうございましたーー!!』

午後4時。
コミケ初日は無事終了した。

サンソム卿は上機嫌であった。日本人の生の感情に触れることが出来たし、学術的資料(同人誌)も大量にゲット出来たので、当然のことと言えよう。同じくしてキャサリン夫人も上機嫌であった。こちらはや○い系同人という新しい価値観に出会ったことに感激していた。

その後、手に入れた資料を読み漁った結果、コスプレだけでなく、あっち方面にも完全に目覚めたサンソム卿は、キャサリン夫人と共に大使館内での布教を開始した。英国随一の日本文化研究者という権威と、国益という名目で理詰めで説得されて墜ちない人間がいるはずなく、本国から来た職員はもちろん、駐在陸軍武官やその友人である駐日大使まで籠絡したのである。

その結果、大使館内でコスプレ撮影(多くはヘ○シングやエ○)や同人誌作成が盛んになったのであるが、このことが日本人職員を好意的にさせた。史実でもそうであるが、自分達の文化(腐っているが)を積極的に理解しようとする外国人を見て微笑ましく感じない日本人はいないのである。

サンソム自身もウ○ルタールックを極めるべく、小道具を作ったり、メイクや変装に詳しい職員(じつは現地駐在のMI6職員)に指導を受けたりしている。レイヤーとしてのサンソム卿は、単に見た目だけでなく小道具や雰囲気作りが巧みであり、ウ○ルターだけでなく、渋い老人キャラのコスプレを再現することに長けていた。その完成度は主役キャラを喰う程とまで言われることになる。

キャサリン夫人は、元々絵心があったために、や○い系同人作家として活動を開始した。世界最初の英国人女性同人作家としてだけでなく、英国における同性愛禁止を撤回するために尽力した女性として歴史に名を残すことになる。

日米開戦時以来、どことなく余所余所しかった英国人と日本人職員達であったが、このことを機会に急速に打ち解けていった。その最中に起こった、とある事件が駐日英国大使館の日本における立ち位置を決定付けることになるのである。

926 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:54:02
某月某日。
とある大手新聞社系列の週刊誌にショッキングな見出しで、大使館職員のコスプレをしている写真が掲載された。望遠レンズで撮影したと思われる写真は、大使館の庭先でコスプレをしていた駐日大使とサンソム卿の姿を確かに捉えていた。

見出しには『落ちぶれた老帝国!日本に媚びる!』とあり、文章も全体的に英国を貶める内容であったが、これが大問題になった。

週刊誌側としては、ショッキングな内容ほど売れるし、落ち目な英国なら抗議もしてこないだろうという目算があった。しかし、このことは日本最大最強の権力を敵に回すことになったのである。

『コスプレは文化だというのに、腐れマスゴミめが…!』
『よろしい、ならば戦争だ!』
『ひゃっはー!マスゴミは消毒だー!』

言うまでもなく夢幻会、その最大派閥であるMMJである。彼らの怒りは怒髪天をつく勢いであり、それはそれは盛大な社会的制裁が加えられた。その内容はここでは割愛するが、少なくても関係者が二度と出版関係の仕事に就けなくなったことは確かである。もっとも、いかにフリーダムな夢幻会の逆行者とて、全く根拠なしで潰しにかかったわけではなかった。要は叩けばほこりが出る連中だったのである。

史実のゾルゲ事件に代表されるように、ジャーナリストや新聞記者には敵国のスパイが紛れていることが多かった。この週刊誌を発行した出版社にも枢軸側の息がかかった者が出入りしており、英日接近を阻止するべく英国を貶めようとした意図が明白であった。内務省のドンと特務機関の某少将が嬉々としてスパイ狩りに乗り出したのは言うまでも無い。現地機関のスタンドプレーで、ただでさえ貧弱な日本における諜報網にダメージを負わされた枢軸側情報機関こそ良い迷惑であった。

この事件後、近隣住民を含め多くの日本人から、同情や励ましの電話や手紙が殺到して職員が対応に追われることになったのであるが、このことが大使館側にある決断をさせた。大使館の一部を一般人向けに開放したのである。ノーマルな人は本場の紅茶とスコーンを味わい、ヲタな人間はセ○スやセ○バーのコスプレイヤーと写真撮影に興じる。駐日英国大使館は、忌み嫌われる存在から観光スポットへとクラスチェンジしたのであった。

同時に大使館関係者に対する感情も好転し、近隣住民から余所余所しい態度をとられることも無くなったのである。サンソム卿も戦前のように、気軽にフィールドワークが可能になり、日本文化の研究(同人活動含む)も捗ることになる。

927 :フォレストン:2016/01/09(土) 20:57:52
あとがき

というわけで改訂版です。
以前のコメレスで指摘していただいたことも含めて、いろいろ書き足していったら、大幅にボリュームUPしてしまいました。

駐在海軍武官が空席なのは、あの人を早期に着任させるためです。もちろん、一流の文豪で超美食家のあの人です。

キャサリン・サンソム夫人は、史実では『東京に暮らす-1928~1936』を出版しています。挿絵が秀逸で絵心も文才もある聡明な女性です。アラン・チューリングの逸話にもありますが、当時の英国では同性愛は犯罪です。そんな環境で生まれ育った彼女がや○い系同人を見たらどうなるか…その結果がアレなわけです。憂鬱世界では同人作家として頑張ってもらいましょう。

憂鬱日本の組織は、基本的に戦前に準じているのと、本編でも描写があったので、警視庁は内務省の地方官庁として扱っています。住所は史実同様、東京都千代田区霞が関2丁目。庁舎は昭和前期の旧庁舎としています。

特警課は史実のSPですが、ひゅうがさまの支援SS『銀座狂騒曲 〜1938年〜』が元ネタです。組織は史実をベースに時代に相応しいように改変しています。

コミケ部隊は、コミケという特殊環境下で効率的な警備を行うために編成された部隊です。コミケに詳しい人材を集めたら、上から下まで重度のオタ患者のみで構成されてしまいました。彼らに警護されたら、コミケ終了までに立派なオタクになることでしょう。なお、元ネタは、史実の表敬部隊です。女性SPのみで近接保護を行う部隊で、エリザベス2世陛下が来日された際に編成されており、現在も残っています。

真空管式携帯無線機は史実では朝鮮戦争のころに米軍が使用していますので、憂鬱日本の技術力なら戦前から実用化は可能でしょう。ニュービスタ相当の超小型管を使えば、さらなる小型化が可能でしょうが、そっちはドイツがやりそうですね。寿命がヤバそうですがw

東京都は35区時代から戦後になって現在の23区になっています。史実とは異なり、いきなり23区にしたのは、適当な理由が見つからないからです。そもそも23区に整理されたのは、戦後復興で人口が偏り過ぎた状況を補正するためですし。憂鬱日本では東京都を再編成するイベントが関東大震災以外に存在しないので、震災後の再編成で23区という設定にしました。

コミケで宅配便ですが、この時代にはクロネコも佐川も存在しません。類似するサービスとしては、郵便小包(ゆうパック)と、鉄道を利用した鉄道小荷物(チッキ)ですが、これらは郵便局か鉄道駅に出向く必要があるので不可能です。1927年に鉄道省と運送業者が始めた特別小口扱い(宅扱)があるので、これを使ったものと思われます。そうでなくても、逆行者たちが宅配便ビジネスを始めている可能性もありますので、そっちを使ったかも…(適当

枢軸側情報機関ですが、フランス情報部です。ちょっとした嫌がらせのつもりが、やぶへびどころでは済まない大火傷になってしまった不幸な事例です。おかげで、ただでさえ貧弱なフランスの対日情報網がさらに悲惨なことになってしまいました。まぁ、おフランスのやることですので…(酷

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最終更新:2016年02月13日 23:22