196 :yukikaze:2016/02/13(土) 00:09:04
取りあえずネタとして作ってみた『夢幻会が豊臣政権に転生したら(関ヶ原後ver)」
なお、文中の人物評価については、史料とか近年の論文読んで、yukikaze的に感じた部分になっており、「これが絶対」という訳ではありません。


速水甲斐守守久は激務である。
武官としては豊臣家旗本である七手組の筆頭として軍務に携わる傍ら、検地奉行として200万石から60万石に大幅に石高が削減された豊臣家の財政を、勘定奉行である郡宗保と共に立て直すのに尽力している。
それでいて人柄は温厚にして篤実。身分の上下に分け隔てなく丁寧に接するため、城内の人気は高く、筆頭家老である片桐且元や秀頼の生母である淀殿からも絶大なまでの信頼を得ていた。
そんな彼であったが、その顔の憂色は深くなるばかりであった。

「やはり・・・上洛は無理か」

予想されていたとはいえ、守久は落胆を禁じ得なかった。

「申し訳ござらぬ」

心底すまなそうに平伏する大野兄弟。守久と同じく淀殿の信頼が厚いこの2人が懸命に説得して尚、無駄だったという事実に、部屋に集った面々の気分は重くなる。

「七手組の改編が響くとはな・・・」

やむを得ない措置ではあったが、それが今回足を引っ張ることになったことに、守久は苦笑いをするしかなかった。
彼自身、徳川と戦うなど論外であり、最上の策としては公家として、五摂家に準ずる家格で生き延びらせることを目標とし、それが適わぬのならば、大名として生き残る方策を探ることを主眼としていた。
七手組の改編もその一端であり、七手組を率いる将の内、史実で明らかに徳川に内通していた青木と伊東を七手組から外し(青木を江戸家老として幕府との交渉窓口に、伊東は豊国神社鎮将及び京都家老という名目で、朝廷との交渉窓口になっている)五番隊に組織を改編している最中であった。

「豊臣家の旗本が改編中で動けぬ中、大軍がひしめく京都に秀頼公を向かわせるのは危険。
 奥ではこのような意見がひしめいております。遺憾ながら、某の母や大野殿の御母堂もその意見に積極的に賛同しています」

新たに設置された大目付(豊臣家領国内の治安維持担当職)の渡辺糺もボヤキ顔であった。
ただでさえ彼は、関ヶ原以降増えていた牢人対策に頭を悩ませているのである。
つい先日も、京都所司代である板倉勝重に「頼むから幕府も牢人対策を真面目に考えてくれ。牢人達が暴発すれば、一向一揆の比ではなくなるぞ」と、半ば脅迫めいた交渉を行い、板倉をして「豊臣家も牢人対策に頭を悩めている様子で、彼らを積極的に利用して戦乱を起こす可能性は極めて低い」という報告書を幕府に提出することになるのだが、渡辺にしてみれば、これ以上問題を起こしてくれるなという気分であっただろう。

「頭が痛いわ・・・」

豊臣家の水軍奉行である淡輪重政が蟀谷を抑える。
領内の海上交通を管理する彼にとって、戦乱のリスクが高まることは、海上交易が手控えられ経済的に頭の痛いことになるのである。
事実、彼の元には大坂や堺の町衆から、非公式的にではあるが苦情が持ち込まれてもいた。
石高が削減された豊臣家にとって、海上交易の利は大きく、そうであるが故に、こうした商人たちの苦情は無視できなかった。
秀吉在世時に、豊臣政権は奈良の商人相手にあこぎな金貸しをやって、奈良の経済を壊滅寸前に追い込んだことはあったが、そんな無茶ができる余裕などどこにもないのである。
徹底的な減税と、秀吉が蓄財した黄金による投資。
これを郡と淡輪が、史実のようなマネーゲームにならないように、慎重に資金投入したことでようやく上方経済において、豊臣家の信用が回復されているのである。
公家として生きるのであれ、大名として生きるのであれ、上方の商人たちと太いパイプで繋がるのは必須条件であった。

197 :yukikaze:2016/02/13(土) 00:10:26
「関ヶ原の敗戦から5年。ようやく官僚層を立て直し、経済も安定してきたというのにこれとは」

郡宗保が思わず舌打ちをする。
関ヶ原の敗戦は、同時にこれまで豊臣家の行政を担っていた数少ない吏僚層にも大打撃を与えていた。
史実では、大坂の陣時には、豊臣家は領地経営すら自力では碌にできず、京都所司代から代官を派遣してもらわなければならない程の悲惨さであった。
だからこそ、夢幻会の面子は「昭和の頃の仕事はホワイト企業だった」と、遠い目で呟くほどのデスマーチを繰り返しつつ、関ヶ原で西軍についた面子の内、陪臣連中で使える役人を、家康に土下座して許可を得た後に採用するなどして、なんとか立て直しに成功したのである。

「秀頼君にも困ったものよ。甲斐守殿、このままだと大坂の陣が勃発しかねんぞ」

渡辺が、処置なしと言わんばかりの顔をする。
今回の奥での噂の震源地が、秀頼とその周辺にあることは調べがついていた。
そしてその真意が「徳川に頭を下げたくない」という、ある種子供の駄々じみた理由であったことも理解されていた。

「お袋様は・・・聞くだけ無駄か」
「豊臣家惣領の意志を尊重しなければお家の為にならぬの一点張りでして・・・」
「惣領が誤った判断をすれば、親族が諌めるのが筋だろうに」

大野治長の返答に、宗保が溜息をつく。
小説では「気位だけが高く時代の趨勢が読めなかったバカ女の淀殿と、逆に現実を見ていたものの、母の意見を尊重し滅びを受け入れた秀頼」という図式が多いが、実際は全くの逆。
「気位だけは高いのに肝心な所で優柔不断なバカ殿と、息子の意見を最大限に尊重し命運を共にした母親」という構図なのである。
正直、淀殿が小説のとおりの存在ならば、それこそありとあらゆる手段を使って排除すればかなりマシな状況になるのだが、幾ら何でも後継ぎがまだいない主君をどうこうできる筈もなかった。

「常真殿と有楽殿はどうだ? 一応あれも親族だが」
「豊臣家の大事に無能な老人が出る幕はないと」

あまりにも露骨な逃げっぷりに、部屋にいた全員が呆れ顔になる。
太閤は秀頼の藩屏としての役割を織田の親族連中に期待していたようだが、あの連中、全く支えるつもりはないようである。
勿論、過去の経緯を考えるならば、そういう反応になるのも無理はないのだが。

「あの極潰しども放逐してやろうか」
「むしろ嬉々として逃げると思いますよ」

史実での彼らの行動を思い浮かべ、だれもがゲンナリとした顔になる。
片方は数々の失敗から「三介殿のなさることよ」と、半ばあきらめられ、もう片方は二条城からさっさと逃げ出して気にもしない厚顔さ。
はっきり言って、関わるだけ徒労である。

「全く頭の痛い事よ。七手組改編に伴って、新規牢人衆を登用しようとする動きを未然に潰したと思ったらこれとは・・・」
「確か史実の牢人5大将の招聘でしたか。まあ真田は信繁ではなく昌幸でしたが」
「後藤に至っては未だ黒田家家臣ぞ。使者を出す前に防げたからよかったものの、使者がついていたりもしたらとんでもないことになっていたわ」
「しかもあの一件。間違いなく徳川に漏れていますな。板倉が遠まわしに嫌味を言っていましたわ」

それを聞いて、全員が一斉に溜息をつく。

「そうなると、他の諸大名からの視線が厳しくなるな。特に黒田」
「間違いなく楔を打ちに来ますね。家康殿と比べて秀忠殿は容赦ないですから」
「秀忠殿が絶対に嫌うタイプだからなあ。秀頼君は」

そう。徳川で一番厄介なのは、家康ではなくて、秀頼の義父である秀忠であった。
家康は、一時期とは言え家臣であったという点からか、豊臣家に対しても過度な介入は控え、逆に、豊臣家の力を高める政策すら-徳川の利益にもなる範囲内において-黙認していたのだが、良くも悪くも糞真面目な秀忠にとっては、家康のある種なあなあな政策ではなく政治的にけじめをつけさせるべきであるという意見の持ち主であった。
だからこそ、秀忠の将軍宣下に伴う上洛は、豊臣にとってもチャンスになる筈であった。

198 :yukikaze:2016/02/13(土) 00:11:20
「秀頼君が正式に臣下の礼を取り、併せて摂津河内和泉三ヶ国の献上を申し出れば、秀忠の性格上、無体な真似は免れるのだが」
「新将軍に対し、旧主筋が政治的にけじめをつけ、今後は、将軍と家来という立場を明確にする。これ以上ない程の政治的メッセージになるというのに・・・」

そう。ここまで明確に新将軍の権威づけをアピールした以上、幕府としては豊臣家を軽んじるようなことをすることは政治的に不可能である。
豊臣家が公家として生きることを望めば、それこそ諸手を挙げて賛同し、公家として恥ずかしくないレベルの地位と収入を担保するであろうし、大名としても準一門として武家諸法度を過度に逸脱しない限りは、御家安泰となるであろう。
だからこそ、上洛の運動をしていた訳だが・・・

「やはり教育が誤っていたか・・・」
「12歳ですからねえ、まだやり直しは利くと思いたいのですが・・・」
「三つ子の魂百までとも言うぞ」

またも、全員が一斉に溜息をつく。
本来ならば趣味の道に走りたいのに、生き残りに必死で趣味に時間を費やすことすら不可能である。
速水にしろ大野にしろ、同人誌を描くなど夢のまた夢であったし、郡に至っては、お嬢様趣味を満喫できず、禁断症状すら起こしかねない有様であった。

「マジに嶋田さんが転生しないと本気で詰むぞ」
「主君はバカ殿。相手はチート大名。おまけにこちらに人材は少ない。特に陸戦部門」
「七手組の面子で、陸戦ができるのは堀田と中島、野々村だけか。木村長門は成長段階だし」
「片桐の爺様は平凡、大野弟は諜報、速水様と真野は元が海だしなあ・・・」
「真野さんぼやいていましたよ。『艦隊の指揮どころか船まで奪われた』と」
「もうあの人はそういう星の元に生まれたんだから諦めろとしか」

口を開けば開くほど、絶望的な状況に頭を抱える一同。
全員が思ったのは一つだった。

『神様。今すぐ嶋田さんと杉山さんと東条さんと、後性格には難はあるけど能力的に使える富永を寄越してください。できるなら嶋田さんをあのバカ殿に』

199 :yukikaze:2016/02/13(土) 00:22:31
と・・・言う訳で単発ネタ投下。
豊臣家と秀頼を酷評していますが、ここ最近の研究論文とか見てみると

  •  方広寺の釣鐘の一件は、家康の難癖ではなく、むしろ家康への挑発行為
  •  豊臣家の領内経営は単独で出来ないほど弱体化。幕府に代官派遣してもらうほど
  •  淀殿は「江戸に人質に行くって。これ拙いって」という態度。むしろ煽っているのは秀頼

いやもう本当に、秀頼って、「お前は一体何がしたかったんだ」という気分に。
むしろ「家康・・・普通に介入していた方が良かったんじゃあ。何がそんなに甘い対応にさせたんだ」という気分にすらなります。(だから夏の陣後の戦後処理が苛烈になったんだと思う)

単発ネタですので、これで終わりになると思いますが、好評ならば続編が出るかも。
ちなみに、転生した夢幻会の人間ですが・・・

速水→宮様、大野兄→近衛、郡→辻、渡辺→阿部、大野弟→田中、
堀田→牟田口、中島→寺内、野々村→真崎、真野→南雲、淡海→古賀

見てのとおり、陸戦できる人材が凄い少ないんですわ。

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最終更新:2021年04月15日 11:08