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312 :yukikaze:2016/02/14(日) 16:42:41
前回投下したネタの外伝的なもの。時期的には前回の1年後くらいですね。

柳生宗章という男がいる。
かの石舟斎の4男であったが、柳生氏を継ぐことはなく、武者修行に出歩き、米子騒動において横田村詮に推挙された恩義に報いるべく、壮絶な戦死を遂げた男である。
だが、この世界では、米子騒動で死ぬことはなく、瀕死の重傷を負った後に捕縛となっている。
元々この米子騒動自身が、横田に対する讒言から起きたものであった為、宗章も罰せられることはなく(むしろ家康からは内々にだがお褒めの言葉すらあった)、2年に渡る養生の末、再び武者修行に出ている。

もっとも、回復して以降の宗章は、剣の評判以上に、奇矯な言動や振る舞いが目立つようになった。
特に酷かったのが、美少年にわざわざ女装をさせて剣客にするという発想であり、当人は『男装した女剣士も良いが、女装した美剣士というのもまた良し』ということを大真面目に発言し、多くの大名家で「まああれだけの傷を受ければ精神に変調をきたすか」として、仕官の声が途絶えることになる。(なお、弟の宗矩はこれ幸いに『柳生とは縁が切れている』とわざわざ通達することで、家督継承を万全にしている。)

さて・・・そんな彼であったが、剣の腕前は一流であり、世評の声なんぞ気にもせずに、飄々と諸国を巡っていたのだが、そんな彼の前に、一人の使者が来ることになる。

「拙者。大野修理の配下にて米倉一衛門と申します」
「ほう。豊臣家の重臣が某に何用でしょうか・・・」

面倒なのが来たよと、宗章は思った。
何の因果か、この時代に生れ落ちてしまった訳だが、彼にしてみれば『豊臣家』は間違いなく鬼門中の鬼門であった。
あと10年もすれば大坂の陣が勃発である。いっちゃあ悪いが、貧乏籤以外の何物でもない。
牢人ではあるが、各地にそれなりの伝手もでき、何より『かぶき踊り』のシナリオを変名で作成した著作料金と、彼女達の用心棒代などで、そこそこ良い生活もおくれているのである。堅苦しい仕官なんぞまっぴらごめんであった。

「『虎眼流』を開いた先生に一言伝えるように命じられました。この一言で全てが分かると」
「ほう。」

困りきったような表情を浮かべる米倉に、宗章は興味を覚える。
どうやら大野修理の言葉が、彼には全く理解ができないようだ。
大野修理。巷では速水甲斐守とともに、大坂城で辣腕を振るっている能吏と聞くが・・・

「『くぎゅう』と」
「ただちに大坂城に入城いたす」

自分と志を同じくする漢達(相手方は絶対に否定するだろうが)が、大坂城にいるのだ。
『くぎみー+男の娘』という新たな境地に辿り着いた男は、自らの野心が達成される可能性に心を躍らせていた。豊臣家という権威と莫大な財。そして志を同じくする者が上層部にいるという事実。
彼にとっては、仕官を断るなど論外であった。

「修理殿にお伝え下され。『虎眼流』の門弟引き連れ御助力いたすと」
「ありがたや。高名な先生が参られること、我が主君及び右府様もお喜びいたしましょう」

313 :yukikaze:2016/02/14(日) 16:43:17
この時代、『高名』というのは何よりも重要であった。
何しろ一朝有事の際は、その『高名』で色々な人間が集まってくれるからである。
牢人の就職斡旋に熱心に取り組んでいたある大名に対し『何もそこまでせんでも』と別の大名が言うと『アホか。ああいう高名な連中の斡旋を行うことで、連中の恩義を買い有事の際には連中の伝手を使って、牢人達を集められるだろうが』というエピソードすらある。
奇矯な言動や振る舞いがあれども、米子騒動で大いに武名を轟かし、『虎眼流』という一派を作り、その門弟も一騎当千と噂されれば(但し性格も同じく奇矯であるとされていたが)性格や言動に目をつぶれば十分にお買い得なのである。
恵比須顔の米倉を見送った後、宗章は、宿にいる虎眼流の門弟たちを直に集める。

「皆に伝える。どうやら大坂城には我らMMJの同志が転生しているようだ。それも上層部にだ」
「なんと・・・」

集められた門弟たちは驚愕の表情を浮かべる。
彼らもまたこの時代に転生し、宗章の噂を聞きつけ『同志がいる』と確信し、ここにいる訳だが、成程確かにあり得ない話ではない。

「我らと志を同じくする漢が、我らを必要としている。MMJ構成員として見過ごせぬ」
「我らの両手軍刀術が役に立てそうですな」
「それだけでなく、我らの軍事知識も。クックック。我がゴーストがささやいておるわ」
「沈まれ、我が右腕よ。そう焦ることはない」

もはや狂人か何かの一種であるが、彼らも一応TPOは弁えている。
少なくとも出してはいけない所は理解はしていた。痛鎧や痛鞘などを作るなどしていたが。

「評議は決した。我ら大坂城に入城いたす」


柳生宗章と『虎眼流』門弟二十数名の大坂城入りは、後々まで話題になる程のものであった。
その全員が痛鎧に身を包み、奇抜な姿で入城してのけたからだ。
速水や大野兄は「あいつらに自重を望んだ俺達がバカだった」と、天を仰ぎ、宗矩に至っては『橙武者』と、嘲り笑ったとされている。
もっともその笑いも、仕官後に行われた演習において、果敢で且つ合理的と言っていい指揮を振うことで完全に凍りついた訳であるが。

後に『大坂五大将』と言わしめた程の高名を立てると共に、今にも続く『大阪華劇団』の創設者の一人として、歴史に名を刻むことになる。

314 :yukikaze:2016/02/14(日) 16:57:50
投下終了。みんな大好きトミーの登場です。

本編でトミー自身が剣客であるというのはありませんが、ここでは宗章の能力が付与されたと思ってください。
宗章の能力+両手軍刀術の知識を体系化することで、一流派を築いています。
性格や行動が奇矯ですけど、この世界の『虎眼流』のシステムは、とんでもなく実戦的なものを合理的に教育していますので、色々な所に影響与えています。
(お蔭で柳生新陰流からぼろくそに言われることに)

なお、豊臣家にとってはその奇矯な言動は頭痛の種ですが、彼と彼の門弟(陸軍MMJ派)は、戦術指揮官としては貴重な存在であり、彼が著作した軍学書は、これまた合理的な内容であった為(ただし奇矯な部分は、中島や野々村が修正した)、豊臣家の指揮官層の教育に役立つ反面、甲州流軍学の連中から恨まれることになります。
(ちなみに最晩年の家康が、宗章の著作を読んだ後に『わかるわかる。スゲー合理的だわ。これちゃんと理解できていれば、馬鹿な指揮は大分防げるな』と評価しています)

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最終更新:2021年04月15日 11:10