567 :弥次郎:2016/01/05(火) 22:15:08
大韓帝国の立ち位置というのは、分かりやすく言えば極めて獰猛なライオン同士の間に挟まれた、
比較的弱いハイエナというべきである。
ここで弁護しておくが、ハイエナとは生存戦略のために分量にして食事のおよそ半分を腐肉をあさって得るという選択をした
極めて『賢い』生物である。自然淘汰をうける自然界の生物は、餌を巡る争いが特に激しい。ライオンやチーターなどがあれほどの
身体能力と獰猛さを持っているのは、それが進化の果てに生まれた最適な形であったためであり、それを以て
他の競合相手を下し続けてきた。つまり、ライオンやチーターなどは『持てる』肉食動物である。
他方の『持たざる』肉食獣、即ちハイエナはそれらに勝る能力を持っているわけではない。
彼らは体格や爪、牙、獰猛さ、肉体の精強さにおいて劣る。真っ向から対決すれば鎧袖一触にされてしまう。
数百年ないし数千年単位で磨かれたそれには、如何ともしがたい差がある。
勿論彼らとて肉食獣、ブチハイエナなどは自らヌーやシマウマを狩って捕食する。
それをライオンなどに掻っ攫われることも多々あるのだがご愛敬だ。
さて、ここで大韓帝国の立場としては、喧嘩ばかりしている両方のライオンを説得して共通の外敵に備えさせたハイエナというべきだ。
もちろん、下手をすれば何度目かのライオン同士の喧嘩に巻き込まれるどころか、積極的に自分が狙われかねない
非常に危険な賭けだった。文字通り吹けば飛ぶような大韓帝国が、国家の命運を賭けた勝負に勝てたことは、喜ばしい。
ただし残念なことに、それが本当に幸福につながったかどうかは、また別な問題であった。
568 :弥次郎:2016/01/05(火) 22:16:22
ところで、大韓帝国にはいくつかの不夜城がある。
産業の中心都市であり、同時に最先端の工業技術の研究都市でもある漢江(※1)。
日本との交易の拠点である仁川や釜山などは、日夜船や車両が行き交い、そこの労働者達に向けたサービス業が集い、
周辺には広大なベットタウンが作り上げられている。
また、比較的農耕に向かないとされていた半島北部も、狭い土地を効率的かつ集約的な農業を行うことで、量こそ劣るものの
高い質の農作物や嗜好品の生産を行うことで貴重な外貨を得ていた。本命たる鉱山開発も輸入に頼りきりにならないように
可能な限り自前での資源開発を行うために積極的に行われており、同地域の工業の発展の下支えともなっていた。
麦などの穀物や野菜などを南部で生産されているので、南北で物流が生じ、常に一定の内需を生み出し続けていることで、
経済が大国二か国との貿易に頼りすぎない経済体制を構築している。
その加工のための都市は常に働き続け、半島全体に食料やその加工品を提供し続けている。
産業分野においては、関税や固定資産税などの一定免除と引き換えに雇用や技術供与などを受け、外資に拠らない
国内企業をいくつも生み出すという大事業に成功したことで、民間レベルでも技術蓄積が推進し続けている。
特に仁川や釜山、漢江では大規模乃至中規模企業だけでなく、従業員数が少ない、技術屋上がりの経営者が文字通りワンマン
経営する所謂下請け企業が徐々に増えていた。
そんな企業の集合都市は日夜研鑽が進んでおり、資源ともう少しの技術蓄積があれば日本大陸に比肩するとまで言われており、
日夜の境なく賑やかに操業が続いている。つまり、史実におけるサムソン一強、現代一強を回避できたのである。
だが、最大の、そして最も悲惨な不夜城がある。それは青瓦台である。
569 :弥次郎:2016/01/05(火) 22:17:21
青瓦台。
大韓帝国建国時に、混乱で火事が起きた建国前の宮殿の一部を立て直し、当時の京城、現在のソウルにおかれた建造物の通称だ。
しかし、この世界においては周辺にある各国の大使館や迎賓館と政府の関係機関も集中している地域一帯のことを丸ごと
『青瓦台』と呼称するようになり、幾度かの都市改造を経て、屋上や屋根を蒼く塗装するという『青瓦風潮』が流行ったことで、
高台などから眺めた光景が文字通り『青瓦台』へと変貌していった。
首都であると同時に観光名所の一つでもあり、後に起こるはずだった戦火を回避したことで多くの美術品などが保存され、
東西から流れ込んだ美術品を展示する美術館が多く集まる地域でもある。
さて、この青瓦台の役割は大韓帝国のブレインである。
さらに言えば、大国間の橋渡し役・バランサー(物理・軍事・政治・交易)・宥め役・ごみ処理係・窓口(物理)というべきだ。
大国同士がぶつかり合わないように折衝を行う場であり、その中間を担うのが大韓帝国である。
即ち国家運営のすべてがかかる青瓦台は、休むことのない、否、休めない場所なのである。
特にトップである宰相及び政府上層部はその負担がダイレクトにかかる地位にある。
どれくらい大変なのか? それは大韓帝国宰相、他国でいう首相や総理大臣・大統領に当たる地位にいる人間の多くが、
強制入院か過労死を迎えて、その役職を後任へと譲っていると言えばどれほど過酷であるかわかるだろう。
史実においては暗殺かあるいは服役か、とまで言われた末路は、ある意味で悲惨な方向へとねじ曲がったている。
事実、青瓦台には多くの病院が集まっており、中には政府関係者の為だけに整備された病院があるほどだ。
国債の価格が落ちたりしたときなどかなりの人数がぶっ倒れて搬送されるし、外国から誰かが訪れるともなれば
過労で政府上層だけでなく各省庁の職員までも担ぎ込まれる。
周辺に住む住人は既に慣れているのか、どれくらい病院が混んでいるかで政府の忙しさを察知することが出来るという。
570 :弥次郎:2016/01/05(火) 22:18:10
そんなギャグのような現実はさておき、多くの宰相がそんな最期を迎えていてよいはずがなく、常に不測の事態に
備えた『第ニ内閣』の編成が常に行われている。何らかの事態で宰相が倒れると、速やかに次の内閣が編成されて政務を引き継ぎ、
途切れのない行政執行を続けるのである。イギリスなどでも同じような考え方はあるのだが、これはどちらかといえば政権交代後の
ために野党があらかじめ作っておくものであり、本質的に大韓帝国とはシステムが違っていた。
欧州圏においてもこの政治体制は政治学の分野で大きな影響を与えていた(※2)。
この考え方は広く一般にも広まっているため、大韓帝国軍においても指揮系統が常にいくつか用意されているほか、
災害時における国の指揮権などの委譲システム(※3)も、日本や中華などと比較しても極めて綿密に組み上げられており、
かなりの評価を受けていた。
しかし、このような変貌は
夢幻会に属する転生者たちにとっては史実などで散々やらかしていた『あの』朝鮮がという認識で、
夢幻会ではかなりの人間が白目をむいてしまう結果となった。
「こんなの特亜じゃないわ、ただの堅実な中堅国よ!」
「だったら交流するしかないだろ!(白目)」
そんな掛け合いがあったとかなかったとか。
どっとはらい。
571 :弥次郎:2016/01/05(火) 22:18:47
※1:
漢江の奇跡は史実よりも200年近くも前倒しで起こり、事実上の産業革命や動力革命として発生した。
外資投入があったとはいえ、鉄道網の整備と運用システムの構築を殆ど自力で成し遂げてしまうという、史実日本も
びっくりな偉業であった。
この発展ぶりは『転生者が混じっているのでは』と憶測も生まれたほどであった。
※2:
これの影響を受けてなのか、イギリスにおいては『もしも砲弾が当たって司令部が全滅してもいいように、予備の艦橋を
作っておけばよくね?』という発想の元、やたらと装甲を厚くして頑丈になった艦橋を3つも抱える巡洋艦が建造されてしまった。
この艦橋を維持したまま高い砲撃力を求めた結果、史実扶桑型のようなものが生まれたのは歴史の収束というべきか。
実際のところ、無理に艦橋を大きくするよりも丈夫な船体内部に戦闘指揮所を作るという発想に至るまで、
この装甲艦橋巡洋艦の構想は大真面目に検討されていた。
※3:
有事発生においては、事後承認を必須とするとはいえ、大統領直属の対策機関へとほぼ全権が委譲される。
このシステムは政府中枢が全滅乃至制圧されることすらも前提においたシステムで、内閣同様に宰相の指名に基づく。
嘗ては無線などで行き違いも存在したが、現在では大韓帝国の複数個所に対策本部が常設されており、交代でスタッフが常在している。
彼らはラジオやテレビ放送を一時的に専用のチャネルへと切り替えるほか、交通規制や人の移動などに対する命令権限を
警察と同じように有している。
最終更新:2016年02月16日 22:15