539 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:30:45
日蘭世界 第二次世界大戦支援ネタ『サンフランシスコ急行便』
カリフォルニア サンフランシスコ。
ハワイをめぐる攻防で事実上合衆国海軍太平洋艦隊が行動不能に追いやられたことで、西海岸はハワイ若しくはアラスカからくる日本海軍による
攻撃に日夜さらされていた。およそ軍艦などが停泊できるような湾港はもちろん、造船所やドックなども攻撃対象となっていた。
艦砲射撃はもちろん、艦載機によって工場などへの爆撃、さらに船舶の行動を妨げるために機雷の設置までも行われた。
徹底的な攻撃は執拗と呼べるほど。だが、日本にしても大西洋側で攻撃を繰り返すオランダにしても、
アメリカの国力を警戒しているため、
決して休みを与えずに徹底的に消耗を強いる戦術に出た。
都市部こそ避けてはいたが、都市部を維持するためのあらゆる場所が標的となった。
もちろんアメリカに有効に抵抗する能力は残っていない。だが、それでも日々の圧力はアメリカ内部の不和を生むには十分すぎた。
それに合わせて湾岸からは人の姿が消え、ただ破壊と暴力の痕跡だけが残されていた。
そんな湾岸沿いの道路……というよりも道路の跡を車両が走っていく。
「まったく、こんなところで何をしてろってんだよ……」
「むくれるな、ジャクソン。やることがあって飯が食えて、金までもらえるんだから文句は言えない」
運転席のジャクソンと、後部座席のウィルソン。
彼らは湾岸警備のために、こうして危険を承知で陸軍から回された車両で任務に就いていた。
湾岸警備、と言えば聞こえはいいが、逆に言えば湾岸からちょっと離れれば日本の軍艦が回遊している状況の西海岸。
元より軍艦は殆どが岸壁に係留されて事実上の浮き砲台……いや、メンテナンスなどが不可能でそれ以下の、ともかく戦闘には使えない状態にあった。
よって、ハワイ沖海戦から命からがら帰還した水兵がやることと言えば、精々が敷設された機雷の処理や哨戒であった。
その例にもれず、二人は湾岸警備という名の閑職を割り当てられていた。
船舶ではなく、軍が保有していた車での警備。車の方がいざというときに生存率が高いからという理由だ。
540 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:32:08
「そういえば、この車だって共食い整備してもどれだけ持つかって整備の連中が嘆いてたぜ?」
「……そうなのか」
ジャクソンは速度をやや遅めに走らせている。タイヤにしても、民間からの提供品があるとはいえ余裕はなく、
修理を重ねながら延命処置をしているようなもので、うっかりパンクさせると面倒なことになる。
だから、運転には注意する。冗談でもなんでもなく、パンクさせると始末書とお小言を喰らう羽目になる。
ウィルソンが双眼鏡をのぞけば、荒れ果てたドック跡が見えた。
徹底した破壊がなされたことと、空爆の方がより被害が大きくなるとの予測から廃棄状態だった。
「……上が言うように、ここに上陸してくる気は本当にあるのかどうかだな」
「やめてくれ、こっちはガキが漸くハイスクールに入学って時なんだ。あいつ、自分も陸軍に参加するんだって息
巻いていて大変なんだぞ?」
ゲリラ戦か、と陸軍の友人から聞かされた言葉を思い出す。
「確かに市街地においてゲリラ戦を行うのはある程度は有効だろう。だが、何処まで持つかが問題だし、通用するかもわからん」
「だからさ。わからないけど、やる気になってる連中は多い。この前住宅をトーチカにしてるところを見た。しかも自主的にやってたんだ」
怖いもんだとジャクソンが嘆く一方で、ウィルソンの思考はそこに疑問を感じていた。
東側、つまり内陸から人や物資がこのカリフォルニアを中心に集められているのは知っていた。
陸軍の戦車や車両、歩兵戦車、他にも野戦砲がそれなりに集められているし、塹壕や防空壕なども着々と準備されている。
だからこそ、自分たちもある程度だが楽をしていられる。
(だが、本当にそれは事実なのか……?)
輸送船団の護衛を行う護衛空母で勤務していたウィルソンは、こちらの使う暗号が日本側に解読されているのではと、上官が漏らしたのを聞いた。
たしかに、日本の通商破壊の潜水艦はかなりの頻度で遭遇し、その度毎に酷い目にあわされた。
あれほどの攻撃を受ければ、そのような予測にたどり着くのも当然だろう。
他方で、アメリカの情報部が暗号の解読に成功したとの噂はさっぱり聞いていない。
ネガティブな情報が、不安の抑制のためよほどのことでないと排除される中で、はっきりと聞いたのは初めてだ。
つまり、何らかの情報源から上層部は上陸してくるとの確信を得ているはずなのだ。しかしそのソースはさっぱり明らかになっていない。
Need to know.
軍人は政治によって必要とされて動く。だから、必要なことしか知らされない。
知る必要がないとしても、意図的な作為を感じなくもなかった。
「どうなんだろうな……」
潮風の中に、ウィルソンの言葉は消えていく。
その日は、攻撃を受けることもなく無事に一日が終わった。
541 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:33:52
「で、コラネル中佐。住民の移送はどの程度進んでいるかね?」
「一応予定通りですな。空爆が激しいとはいえ、狙われる場所が分かっていればルート設定も楽なものです」
ハーストは差し出された報告書に目を通しながら、目の前の海軍中佐の報告を聞く。
「およそ軍人とその家族などを中心に、技術者などを含めて合計でおよそ6万人。陸路がメインとはいえ、予定以上のペース。
付属して食料と燃料などもある程度確保できたので、配給制を崩さなければ食料には困らないでしょう」
「人口がそれだけ増えるのだから、相応に負担はあるか」
「住居やインフラなどで特に。食料生産にもかなりの負担をかけていますが、まあそれほど長くはかからないでしょう。
精々半年から1年で終わりにできると予測しています」
さらりと合衆国の敗北を予言する中佐。
まるで明日の天気の話でもするかのような気軽さがある。
仮にも自分の祖国を、軍人として忠誠を誓った合衆国を既に見切っているのだ。
「しかし、それほどまで内陸をだませるのかね?彼らとて馬鹿ではあるまい」
「内陸の州の人間も、案外単純なものです。内陸に爆撃機を通さないため、と理由付けをして持ち上げてやればいいのですからな」
「持ち上げる、だと?」
「『カリフォルニアが侵攻してくる日本軍に対して決死の遅滞行動を行う。その間に決戦の用意をされたし』とでも言えば、相手は断れないのですよ」
決死の遅滞行動。ハーストをはじめ、財界の面々は陸軍によって逆襲することを内陸の州が叫んでいることをつかんでいた。
それに乗っかる形で物資や人材を集めてのける当たり、この中佐は単に海軍の佐官以上の能力を持っている。
いや、敗北が近いとはいえよくもまあ合衆国を欺けるものだ、とある種の恐怖すら感じていた。
「あとは、陸軍航空隊もいくらか引っ張ってくることが出来ました。航空管制官なんかも持ってこれたので、航空機による輸送も
限定的とはなるでしょうがいつでも再開することが出来ます」
「滑走路などなくても構わんのかね?」
「最悪パラシュートを付けて落っことせばよろしいかと。B-17は先日こちらに移民希望者と一緒にたどり着きましたし、
このサクラメントの近くに一つでも用意できれば速やかに実施できるかと」
出された計画書を受け取る。航空機の手配、物資の集積所の設置、必要な人員の手配。
たしかに不可能ではない。だが同時に、これはOCUに占拠され、その支援に基づくものだ。
連邦に見切りをつけて裏切るような真似をしたこちらを、OCUは恐らく信頼してこないかもしれない。
542 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:35:31
そのように苦言を述べたが、あっさりと返答が帰ってきた。
「あくまでこれはこちらの計画した案の一つにすぎません。あちらとの折衝のたたき台になればいい程度ですので」
「問題は、何時連邦が降伏するかだ」
「……そこまでは。ただ、OCUは、いえ日本はこの戦争の勝利を決定的にする何かを投じてくる可能性があります」
「対処は……出来ないか」
あの老人たちすらも自重を重ねている状況で、これ以上を望むのは難しいのだろう。
精々、空襲の被害を減らせるように人員を配置する程度しかできない。
「出来ないことを数えるより、できることを探しましょう。我々は生きること優先ですから」
そして、いくらかの話し合いを経て、日本側へのコンタクトをとり続けることが確認されて報告は終わった。
「君のような人間がいくらかいれば、勝てたかもしれないな」
それはないでしょう、とハーストの冗談は否定された。
「ハワイに散った海軍は優秀でした。ただ、相手が強かっただけ。そして政治が相手を誤っただけ。全てはそこです。
アナポリスを平凡に出た人間の言葉とは信じがたいかもしれませんがね」
自嘲気味にコラネル中佐は言う。
「もっと優秀な人間など、いくらでもいました。アナポリスでの席次だってご存じでしょう?」
543 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:36:25
平凡。確かにそうだ。
この中佐は、別段目立つわけでもない。
成績そのものは平均。正直パッとしない。だから、後方支援担当だった。
名前がレイモンド、ということもあり同じ名前のスプールアンス提督とは比較されたところもある。
だが、なんだろうか。闇の中に潜んでいた怪物が、いつの間にやら姿を現し、自分の目の前に迫っているかのような錯覚は。
それを内側で押し殺すハーストをしり目に、コラネル中佐は淡々とつづけた。
「分割して統治、となるでしょう。日本が乗り込んでくるのはおそらく太平洋に面したここカリフォルニア」
「確かにな……奴らのいるアラスカから乗り付けるにはちょうどいいはずだ」
「加えて、日本からハワイを経由してもここには容易につけます。間違いなくここは要衝の一つとなるでしょう。
少なくとも、日本が無防備で放置できる場所ではない」
ハーストは無言でうなずく。
このカリフォルニアの重要性を考えれば、太平洋を日本がバスタブとする際にハワイやアラスカと並ぶ場所となる可能性が高い。
そういう経緯もあって、ここまで逃れてきたのだ。財界の老人たちも同じだろう。
「実質、ここは日本の首輪付きとなるでしょう。傀儡と言っても良い。だが、水兵たちに罪はない。それが海軍にしてやれる唯一の恩返しです」
「恩返し……合衆国の内部における利敵工作とも言うのではないか?」
「それをいうなら、独立の動きがあるこのカリフォルニアもまた内部工作の真っ最中でしょう」
ハーストは沈黙を返した。
それにコラネル中佐は特に気にかけた風もなく、踵を返した。
「失敬、忘れてください。とりあえず、国防軍の参謀のポストでもくれれば役に立つことをお約束しましょう」
去っていく姿を、ハーストは黙って見送った。
「まったく……恐ろしい怪物がいたものだ」
たった一人になった部屋に、そんなつぶやきが漏れた。
544 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:37:49
「やれやれ……これでハースト氏も、財界も、これからも融通してくれると助かるのだが」
レイモンド・コラネル中佐は迎えの車に乗ると、運転手に合図して車を次の目的地に向かわせる、
今では貴重なコーラの瓶を取り出すとそれを一気に飲む。流石にストレスとプレッシャーが襲い掛かってきた反動だった。
炭酸が抜けるのは中々にきついのだが、それでも一種の安らぎを感じる。
「しかし、やはり財界と繋がってハースト氏は独立を考えていたか。では次に陸軍のアイゼンハワー氏を探さないとな……」
情報操作――――日本軍がアラスカから、もしくはハワイから西海岸に上陸してくるという偽の情報を流せたのも
マスメディアに通じるハースト、そして財界の老人たちの力によるところが大きい。
遅かれ早かれ、自分と同じことをするのは予測できたし、精々自分が背中を押しただけのことだ。
味方に嘘をつくような行為だが、少なくとも情報部は日本の、OCUの情報をろくに持ってこなかったことを考えれば、
まだ優しい嘘だろう。
(嘘か……生まれ変わって以来、そればかりだな)
コラネル中佐は、ふと思う。輪廻転生という言葉を。
これを知ったのは、前回の生を受けた時だ。
アメリカは津波による被害もあって日本に負け、イギリス、オランダ、イタリアなどによって分割されて、
元の国家に戻ることはもはや不可能になってしまった。
幸い、カリフォルニア海軍に合流してできて、無事天寿を全うした。
(そして、目が覚めたら過去に戻っていたのだからな……笑えん)
一応キリスト教信者であったが、戦後に日本からもたらされたサブカルチャーの中に多用されたブッティズムの思想だと知っていた。
死んだ人間は何度も生まれ変わって、やがて人間としてまた生まれる、というもの。
最後の審判をある程度は信じていたが、逆にその発想に興味がわいたのは事実だ。
自分が体験するのはいささか奇妙な感覚ではあったが。まるで人生を再体験するかのような、奇妙な感覚であった。
だが、自分が前回のことを知っており、誰かに話したとしても、特に状況は変わらなかっただろう。
精々自分の周囲で起きた事故などを少しだけ起きないように立ち回れただけ。
叔母が交通事故に遭うのを回避でき、妹に付き纏うストーカーを排除できた。
あとは両親に病気が再発する前に病院に送ることが出来たことくらいだ。
545 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:39:08
アメリカは大きい。国力だけでなく組織として大きい。
だから、たった一人が常識はずれなことを言っても相手にはされない。
仲間がいればどうかはわからないが、少なくとも自分にできたことはあまりにも少ない。
軍の方針も、政府の方針も変えることが出来ずにただ時間だけが流れてしまった。
そして、一度目の生を受けたときと同じように祖国は日本へと戦争を挑んだ。
しかし、相手はちっぽけな島国ではなく巨大な大陸覇権国家で、おまけに同じように巨大な帝国と化したオランダと手を組んでいた。
どうあがいたところで、二か国の国力だけで世界の6割以上を占める大国に勝てるはずもない。
イギリスは大英帝国とも呼べない単なる欧州の島国であるし、フランスも単なる陸軍国。
その二国の相手をするのが日本とオランダの支援を受けたイタリアとドイツなど。アメリカが手を組んだソ連にしても、
東側のロシア帝国が存在するため、自分の記憶にあるのとは違いどこまで戦えるかも不明だ。
それを理解し、今後を予測した時、自然と行動した。
幸いにして、序盤の損耗によって自分より階級の高い、かつ有力な軍人はいなかった。多くが攻略できるはずもないハワイに挑み、散っていった。
その後の結果として海軍は実質開店休業。ともなれば、余計なことで足を引っ張る輩はいないだろう。
父親のコネを利用して、アメリカの軍全体の動きを把握できたのも大きい。
あちらこちらから物資を集めることが出来た。足りない足りないと嘆いているが、あるところに物資はある。
人材だってあるところにはあるのだ。
(ああ、何という偽善なんだろうな)
自分はスーパーマンでもない、バットマンでもない、単なる人間だ。
もし彼らがいたらどうするのだろうか。市民を救うのか、それとも日本軍を倒すのか。
正義、だがそれはアメリカにとっての正義だ。都合のよい言葉を振りかざすのは所詮悪だ。
日本人にも護るものがある。国益であり、国家であり、仲間であり、家族であり、自分自身である。
「恨むなら、政治家を恨んでくれ合衆国よ」
そして、今日も彼は奔走する。
少しでも、次代へとつないでいくために。
546 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:40:30
後年、サンフランシスコ急行便と呼ばれた、決戦の為の物資運搬にかこつけた住民の大移動は、
OCUへの降伏の1年半ほど前から実施された。
陸路を中心に、鉄道や航空機なども利用したこの大移動は延べ20万人近くの人員と、かなりの物資を運ぶことに成功した。
特に戦車や野戦砲、そして多くの航空機が即座にカリフォルニア国防軍へと割り当てられ、OCUとの戦闘を生き残った将兵へと
スムーズに割り当てられ、その後の治安維持にも大きく貢献した。
皮肉にも、合衆国がその版図を広げるにあたり追い立てたネイティブ・アメリカンの大移動と似たものとなり、
日本側、特に
夢幻会のメンバー達の困惑を生んだ。
この計画を主導したとされるレイモンド・コラネル 元アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊中佐はその功績を認められ、
のちにカリフォルニア国防軍総司令部の参謀となり、最終的に中将にまで昇格した。
『得体のしれない怪物』と評された彼は、その後特に戦闘などに関わることもなく、組織作りをおこない退役。
その後は不気味なほどの冷徹さを持った論客として、新聞へ投書をしたり、著書を出版するなどして過ごした。
後にアメリカ軍の隠れた良心とも言われる彼は、多くの創作物において主人公としてクローズアップされた。
上記のあだ名以外にも『アメリカの葬儀を行った人間』とも揶揄されたが、下士官や末端の兵たちからの敬意を集めていたのは事実であり、
彼の葬儀には軍民問わず多くの人間が詰めかけたという。
547 :弥次郎:2015/10/18(日) 15:44:07
以上となります。
やったことのモチーフは芙蓉部隊といいますか、そんな感じですね。
物資と人材をかき集め必死の努力を行った人間と見るか、権力に加担してアメリカを分断した悪人と見るかは
皆さんにお任せします。ただ、彼の行動で救われた人間も、苦しんだ人間もいます。
何が正義か、というテーマでお送りしました。
最終更新:2016年02月29日 21:13