628 :弥次郎:2016/03/29(火) 22:20:08

【ネタ】瑞州大陸転移世界徒然点描4.5 マオリとの邂逅


新金州、史実ニュージーランドの先住民のマオリもまた、日本人との共生関係に入っていた。
時系列的にはハワイ人との接触が先だったようだが、そのどちらも日本人に吸収された。
これもまた、新鱒町(史実ニュープリマス)に到着した直後から接触が始まっていたようである。
初期は警戒されたのだが、気候変動やそれによって引き起こされた病気に苦しんでいたマオリの人々が日本人に保護された
ことから、あまり敵対することもなく付き合いが始まっていた。

マオリの土地に過剰に踏み込み過ぎてこじれることを嫌った幕府は、マオリのイウィ(部族)間の調整役として
王を設置することを提案。マオリ王の支配を幕府が認めて保護するという、一種の冊封体制に近い形で交流を開始した。
マオリ王の地位に就いたのは史実と同様ワイカト族の首長で、後のハワイと同様にマオリ王・首長会議・各種行政機関という
政治体系をとった。イウィの独立性は維持されており、対外的には日本領マオリ自治首長国連邦という、なんとも長ったらしい
名称がふさわしいだろう。日本との接触や交流の中で統廃合が進んだイウィそれぞれに首長というポストを設置して、
それぞれの独立性を保証して維持する必要があったためだ。下手に介入すれば引っ込みがつかなくなり、最悪の場合
マオリの人々を根切りするレベルで殺害するという何とも後味の悪い方法をとる必要が生まれたかもしれなかった。
実際、マオリは欧州の植民地化に対してかなり抵抗していた。それを知っていることに加え、マオリの文化・風習に
合わせることを企図した夢幻会と幕府の意思が働いており、トラブルも一定以下に抑えて、無事に国交を結ぶことが出来た。

法の下での共生関係が始まったのは1781年以降の事だった。というのも、マオリと日本の間では概念や知識には大きな
違いがあり、最低限必要となる知識や経験・社会制度がマオリと日本双方で普及するまで相応に時間がかかったためだった。
日本語は世界でもトップクラスに複雑な言語であるし、導入先にしても文字を持たない独自の社会を構築していた
マオリの人々である。アボリジニの時もそうであるが、いきなり導入してもスムーズにいくとは限らないのだ。

日本側にしても、マオリ語という、悪い言い方をすればマイナーな言語(※1)は流石の夢幻会メンバーにも詳しい人間が
おらず、かなりコミュニケーションをとれるまでに時間がかかっていた。幸いなことに、日本語と発音が似ていることなどから
20年余りで意思疎通に問題がない程度にまで翻訳が進み、通訳がいればスムーズに会話が成立する状態にまで改善した。(※2)
そうして、ワイカト族の首長が日本本土を訪れて将軍に謁見、自治政府の承認とマオリ藩藩主への就任が認められた。
いくらかの認識齟齬がありながらも、概ね大きな問題が起こることもなく日本人の入植がはじまった。

629 :弥次郎:2016/03/29(火) 22:21:32

この際『日麻基本条約』『日麻通商条約』が同時に締結。この法の施行を以て日本の制度や貨幣が導入・施行され、
マオリの言語を併記した貨幣・紙幣も次々と導入されていった。

これらをまとめると
日本からは
  • 日本の物産品や技術の導入
  • 変動した気候に対応できる家屋やインフラの提供
  • 両国共通の貨幣の鋳造と普及

マオリからは
  • 鉱山や土地の開発の権利
  • 労働者や道案内役の提供
  • マオリ王(マオリ藩藩主)の承認と保護

双方が合意した内容として
  • 日本の貨幣をベースとした共通貨幣制度の導入
  • 基本的な法は日本の物をベースに設定
  • 新金州と日本をまたいだ犯罪の抑止・取締・治外法権の一部導入
  • 学校や保健所の設置
  • 相互に文化を認め合う
  • 日本からは首長会議に代表者を送る

などが項目として盛り込まれた。
これは、同時期に進行していたハワイ藩との間に結ばれたものとほぼ同じであり、実質的には日本の併合に近いものともいえた。
とはいえ、内部に過干渉されることもないという点においては史実に比べれば穏当と言える処置だった。

新金州人あるいは麻織人と呼ばれるようになったマオリの人々は、日本人の視点から見れば布哇の住人と紛らわしい
存在であったために、ひとくくりにハワイ人と呼ばれてしまう傾向にあった。近代以降になったころには別々であるとの
認識が広まり、麻織系日本人というグループが新たに日本人の中に誕生した。

日本の保護下となった麻織の主産業は鉱山開発や日本から持ち込まれたアザラシと、生息していたオットセイの養殖、
漁業と日本から伝来した農作物の栽培、そして名前にもあるように織物産業が急速に普及した。
ここには気候変動と日本人との接触で持ち込まれた病気故に病死する人間が増え、体を保護するための衣服の需要が
高まっていたことに由来すると推測されている。彼らにしても衣服を着るというのは中々に文化的な抵抗もあったようだが、
やはり環境が激変したことは彼らにとっても大きなダメージとなったのだろう。100年も経たないうちに衣服をまとい、
入れ墨を入れる代わりにイウィ独特のパターンを衣服に刺繍するようになるなど、定着が進んでいた。
実際、入れ墨というのは中々にリスキーだ。下手をうてば感染症にかかるし、針などのとがったものが怖くなる先端恐怖症の
人間だっている。日本人にとっても刺青というのは犯罪者へと目印として付ける物という認識がメインであったために、
受け入れることが難しかったのも影響するのだろう。

マオリでもアボリジニ同様に麻織文字と呼ばれる、改変された日本の漢字・平仮名の導入が始まり、口伝だけではなく
文字による具体性を持たせた文化継承が可能となっていた。文字の活用はイウィ間の決まり事を口約束だけでなく
明確な物証として残すこともできたのでトラブルの抑制にも役立ったようである。

一般に日本語は共通語となり、各地方では日本語に準ずる
ただし、軍事や政治の分野においては些細な言葉の違いが思わぬトラブルを生みかねないために、史実よりも前倒しで
所謂標準語の制定が急がれた。概ね江戸や中部地方の言葉をベースに、瑞州語の影響が少ない地域と夢幻会の持つ知識を
ベースとしたこれは、本土系以外の日本人にとってはやや複雑な字を使うと認識されながらも、寺子屋や学問所を通じて
全国へと普及していった。正直なところ、ここまで短期間に複数の文化の流入と吸収が起こることは夢幻会さえも想定外であり、
純粋な日本語の維持の難しさを改めて突き付ける結果となった。

630 :弥次郎:2016/03/29(火) 22:22:26

ここで一つ興味深い話がある。
アボリジニやハワイと同様に、彼らの神話もまた日本神話の一つとして認識されるようになったことだ。
特にマオリの神話には英雄マウイの伝説がある。分かりやすく言うと、彼が釣りに出かけた際にニュージーランドの
北島を海の中から釣り上げたというものだ。実のところ、ニュージーランドは現代の考察によれば一度地殻変動などが
重なって海の下に沈んでおり、その後再び浮上したのだ。つまりマオリの人々は、島が沈んでいたことを何らかの形で
知っていたのではないかと推測できる。まあ、確たる証拠はないのだが。ともかく科学的な考察は今は関係ないにしても、
日本神話とある意味通じる『国造り』であることに間違いはない。両者が関連付けされるのも、ある意味必然だろう。
現代において英雄マウイの伝説にどことなく日本神話に通じるところがあるのも、そうした影響なのだろう。興味がある方は
新金州にある国立麻織大学を訪れれば、多くの資料を閲覧できるので是非お勧めする。


さて、その後の新金州麻織のことについて語ろう。
ゴールドラッシュに伴う開拓景気に沸いたは、徐々に熱が冷めていき落ち着きを取り戻した。
その後は日本に遅れて産業革命が一部で実施されて伝統的な生活に、工業製品を利用し多文化が徐々に導入されていった。

明治維新後は大日本帝国領マオリ自治首長国連邦となり、明治政府の保護下にあるという状態を維持していた。
嘗ての首長たちはそのまま華族となるか、責任階級として政治にかかわることを選んでいた。
まあ、新金州は麻織を内包していながらも事実上の日本領であるし、イウィ間でのトラブルのもとになりかねないために(※3)
新金州在留の日本陸軍海軍が実質的に軍の主力を担当していることから、ほぼ麻織県と呼んでも差し支えないだろう。
実際、アボリジニやハワイ人同様に『オリジナル』のマオリは減っていたのだからある意味当然だろう。
マオリの人々の殆どがそれに満足していたし、無理に覆そうという動きは内部にはほとんどなかった。第一、日本人の
一グループとしての認識がマジョリティとなりつつあったし、日本とのつながりを切れば国として終わりなのは少々政治に
詳しければ火を見るよりも明らかだ。下手をすれば、容赦なく日本人は武器を向けてくる。

こうして、マオリの人々は日本人へと飲み込まれた。比州・瑞州・蝦夷州などの外征地で続いた他民族の吸収はこの後に起こる
布哇の住人と南洋諸島・そしてアラスカの住人をも飲み込むまで続いた。今日における日本人の中に多様なグループが
確認されるのも、こうした江戸時代を通じて続いた開拓によるところが非常に大きい。
今日においてはアボリジニ同様にアルコール依存症や体に合わない食事上の問題を抱えているが、
概ね日本人のグループの一つとして順調な発展を続けている。度々日本の足を引っ張らせようとちょっかいを出される以外は、
平和といってもよいだろう(※4)。特に19世紀から本格化する帝国主義の時代においては食い物とならず、平穏でいられるのは
史実では日本とタイくらいなものだったのだから。そして時代はいよいよ近代へと近づき、眠れる獅子清国を巡る
争いが俄かに勃発しようとしていた。

631 :弥次郎:2016/03/29(火) 22:25:02

※1
史実現代においても、マオリの言葉を話す人間はニュージーランドでも少なかった。というのも、一般的に生活を送るには
英語をしゃべることが出来た方が有利なためで、親がマオリ語と英語を話せるのに、子供が英語しか話せないといった
事態も起こっていたほどだった。残念ながらこの世界においてもそれは発生しており、文化保存の難しさを
夢幻会へと付きつけた

※2
ここにはマオリと日本人の間に生まれた子供がバイリンガルとして成長しきるまでの時間がかかったことが関係した。
一番の推進の要因は、漸く転生者の中にマオリの言葉を理解できる人物が発見されたことも関係していた。

※3
交流が始まって暫くは、アイデンティティーがマオリ人としてというよりもイウィとしてのそれが優先している傾向が
強かった。下手をすれば国軍の一部が私怨で自国民に向けて武器を向けるという事態になりかねないと首長たちは懸念していた。
また、文化・風習がイウィごとに異なる点が多く擦り合わせに苦労したために、一律の軍隊として構成するにも
余りにもコストや手間がかかりすぎた。そこでアメリカ合衆国の州軍の制度を導入して、ゲリラ兵やテロリストなどの
特定の脅威に対して対抗するための、言ってみれば下部組織として軍を組織した。

新金州においては主力軍は概ね日本人で構成されていて、一部にはマオリ人も採用されていた。
こちらにおいて麻織人というのは折衝役や麻織人の視点から意見を述べるアドバイザーといった意味合いが強い。
ここにはアルコールや食事に関して適応力が低く、島外に出た際に病気に感染しやすいなどのハンデを負っていた。
国内で、少なくとも過ごし慣れた場所で活動するならばともかく、国外への派兵には不安が残る。
その為、界的に見れば比較的に多くを占める本土系日本人が主力となるしかなかった。

※4
マオリを含む瑞州系の人々の権利が不当に制限されていると騒ぐ団体や組織は21世紀に入って急速に増えた。
その手の団体の根っこはいわゆる白人主義に傾倒する人々から構成されており、まさにおまいうな状況だった。
特定アジア系の人間からの扇動もあり、度々トラブルを引き起こしては叩き出されるを繰り返していた。
史実の海チワワや緑豆といった組織も非合法組織として成立していた、無駄に史実通りだったとだけ述べておく。

632 :弥次郎:2016/03/29(火) 22:25:58

以上です。wiki転載はご自由に。
一から話を作り直すと長くなりますので、このような形としました。

今回の話を書いていて気が付きましたが、多文化を飲み込むというのは結構弊害もあるようですね。
インドなどが良い例ですが、同じ国の内部で共通した言語が通用しないというのは中々に面倒なものです。
まあ、そこら辺は教育によって日本語に統一するしかありませんな。無理に保護を打ち出しても、余計にこじれるだけで
意味がない。結局のところ、史実同様にマイナーな言語は淘汰される傾向にあるようですね。救いなのは、それを残す
方法が残っていることでしょうか?
この世界においては、時間をかけて日本語として吸収することになりそうです。まあ方言の差が史実よりかひどくなりそうですが
そこら辺は標準語を普及させて何とかするしかありません。いずれは日本語のなまりの一つとなっていくでしょうねぇ。


瑞州大陸転移世界の日本人の構成ですが、以前出した物を更新しまして、以下のようになります。

  • 本土系日本人(元々の日本人もしくはその血が濃い家系)
  • 瑞州系日本人(アボリジニとの混血家系 一般に布哇系と麻織系も含んでさすこともある)
  • 布哇系日本人(ハワイ人のとの混血家系 瑞州系日本人のグループの一つ)
  • 麻織系日本人(マオリ人との混血家系 瑞州系日本人のグループの一つ)
  • 比州系日本人(フィリピン人との混血家系 厳密に言えばフィリピンに暮らす人種との混血家系)
  • 蝦夷系日本人(アイヌ系日本人とも アイヌとの混血家系)
  • 南洋系日本人(フィリピン以南の東南アジア諸国の国々との混血家系)
  • 新須賀系日本人(アラスカ方面にいた原住民との混血家系)
  • 大陸系日本人(清国や朝鮮系との混血家系)
  • その他(スペイン・イギリス・オランダなどを中心とした欧州系の混血家系)

江戸時代においてはこんな感じでしょうかねぇ……
もっと正確にはミンダナオ島にあるマギンダナオ王国とスールー諸島に存在するスールー王国…ギャグじゃないですよ?
この2か国との混血もありうるので、さらに細かくなる可能性が高いです。史実と異なり別に鎖国してませんので
移民関連でトラブルも起きそうですが、まあそうなれば塩対応で締め出すだけでしょうな。
さて、次こそは比州ですよ。

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最終更新:2016年03月30日 10:47