102 :Monolith兵:2016/04/14(木) 00:57:00
ネタSS「嶋田&山本の海上保安庁運営記」


 1932年のある日のこと。その年に起きた上海事変を終わらして何とか一息つけた日本で、夢幻会は会合を開いていた。第二次五カ年計画が始まり、大量の資本が国内開発や技術開発に投入され、日本は活気づいていた。

 その一方で割を食っている者たちもいた。いわずと知れた軍部の人間たちである。

「上海事変で活躍したというのに一行に予算は少ないまま。このままでは軍内部で不満が高まってしまいます。」

「何言ってるんですか。上海事変のために予算を(一時的に)増額したでしょう。それに、今は国土開発と技術開発で金はいくらあっても足りないんです。
 それよりもTVを早く開発してアニメの放送を速めななければ。」

 会合の席で嶋田繁太郎は、日本の財政を預かる大蔵省の幹部である辻政信に予算の増額を訴えたが、けんもほろろに断られた。無論、嶋田もそれは予想していたがここまで取り付く島がないとは思ってもいなかった。
 それどころか、軍事費を削ってアニメを放送するためにTVを開発していると聞いて一瞬激昂しかけたが、海軍の重鎮である伏見宮に宥められてしまった。
 それどころか、TVのアニメ放送や漫画を海外に輸出して親日派を増やすという壮大な、しかし頭の痛い話を聞かされる羽目になった。
 その後、話は大陸情勢になり他国を策略ではめまくろうとする辻に、嶋田は同意しつつも(老後の暮らしに不安を残すわけにはいかない!)と、将来の不測の事態に備えるために軍部の予算増額を認めさせるべく頭をフル回転させた。
 そして、考え抜いた末に出てきたアイデアが軍事利用可能な船への助成制度だった。

「高速タンカーや自動車輸送船ならば戦時に簡単な改装で水上機母艦や護衛空母に改装可能です。何とか予算を出してもらえませんか?」

「・・・いいでしょう。」

(正直嶋田さんのことを見誤っていましたね。ここは将来の問題(予算的な意味で)を減らすためにも一つ策を巡らせておきましょうか。)

 嶋田の粘り強く理を説いた言葉に、とうとうあの辻が折れた。だが、この男がただで転ぶわけがなかった。辻は内心で腹黒いことを考えつつも、嶋田の案に同意したふりをした。

103 :Monolith兵:2016/04/14(木) 00:57:35
「ですが・・・。」

「で、ですが?」

 微かに笑みを浮かべる辻の言葉に、微妙に冷や汗を書いた嶋田はオウム返しをしてしまった。(予算キター!)と喜んでいたのも束の間、辻の反撃が始まったのだ!

「ですが、国内経済の発展に伴い海上交通量の増大が見込まれます。そうなれば海軍は平時においても警備や交通の安全の確保のために動かなくてはならなくなります。それでは余りに非効率的です。わかりますよね?」

「そ、それは確かに・・・。」

 嶋田は辻の言わんとしている事が何となく分かった。つまり、辻は海軍から独立した海上保安庁のような組織を作ることを交換条件としてきたのだ。
 となれば話は早い。嶋田は先手を打って海上保安庁の必要性とともに、海軍は海上保安庁を支援する用意があるということを訴えた。
 だが、それは辻の考えたシナリオどおりだった。

「指揮権の統一についてですが・・・。」

「それは頑固爺共が退場して、海保が遣いつぶされない環境を整ってからでいいでしょう。」

「うむ、いいだろう。だが、先ほど嶋田君が言ったとおり海軍からも人は出させる。」

 嶋田は海保に対する指揮権についても言及したが、それは辻に断られてしまった。伏見宮は両者のやり取りを聞いて仲裁案を出し、辻は渋々ながらそれに同意した風に装った。

「では頼みますよ、嶋田さん。海上保安庁の事は頼みました。ああ、先程の話に関連しますが現役海軍の軍人が海保にいるのは好ましくないでしょうから、一旦退役してもらうことになりますが。」

「えっ・・・えっ?」

「なるほど、そうきたか・・・。だが・・・、うむ、それでいいだろう。」

 辻はにこやかな顔で嶋田に語りかけた。それに嶋田は混乱した様子だったが、伏見宮は嶋田が海上保安庁の設立メンバーとなれば海保にある程度影響力を保持できると考え、辻の意見に賛同した。
 辻は嶋田が予算増額のために搦め手を使ってきたことで、彼を警戒していた。将来の海軍の予算編成において、嶋田が頭角を現してくれば、場合によっては自分が押さえ込まれる可能性が排除できないと考えたからである。
 そのために、辻は嶋田を海上保安庁に出向させ、出来れば海軍を辞めて海上保安庁を本職とするように誘導したのだ。海上保安庁は運輸省の傘下にあるために、独自の予算編成の権限はない。
 それを知ってか知らずか、幸い伏見宮の賛同も得られたので、晴れて嶋田は海上保安庁の設立メンバーになることが出来たのだった。

「いったい何故・・・ああ・・・。」

「嶋田さんこんな言葉を知ってますか?言いだしっぺの法則ですよ?」

 かくして、嶋田は海軍を退役し海上保安庁へと再就職することになったのであった。

104 :Monolith兵:2016/04/14(木) 00:58:08
「・・・ということがあってだな。」

「そんな事で俺まで海軍を辞める羽目になったのか・・・。」

 嶋田は仮の海上保安庁本部となっている建物にある狭い応接室で、山本五十六とテーブルに向き合って座り、これまでの経緯を説明していた。無論、夢幻会のことは伏せておいたので、大蔵省との予算折衝で自爆してしまったとしか山本には思われていなかったが。
 さて、山本が何故海上保安庁にいるのかというと、結局は派閥論理の問題だった。条約派の海軍内部での勢力拡大と反主流派の左遷を兼ねて海上保安庁への転職を進めたのだ。
 ついでに言えば、嶋田を哀れんだ一部の海軍軍人(本人たちは海軍に残った)や、嶋田がまともな連中を海保へ連れて行きたいと言った事で山本の海上保安庁への転職が実現したのだ。山本本人も、もうこれ以上海軍での栄達はないだろうと半ば諦めかけていたし、事実上の命令でもあったので、仕方なく海保へとやってきていた。他にも大西や源田なども引っ張ってきており、ついでに南雲も一緒だった。

「それはともかく、海上保安庁に入った以上海軍への未練は断ち切って、まじめに働くんだな。それに、海軍を引退したときに皆一階級昇進の上で退役しているから、悪くはないだろう?」

 嶋田の言葉に山本は詭弁だな、と思いもしたが他に道もないのでうなずく事にした。それ、よくよく考えてみればこの年で少将となり引退したものの、他の官庁で部長(局長)クラスと少将や中将と同じく勅任官であったので、そこまで酷い話でもないはずだった。
 山本は自分にそう言い聞かせながら、前向きに生きようと心がけた。もちろんそれは嶋田も同様だったが。

 こうして、後に海上保安庁における名物コンビとなる二人の物語が始まったのである。
 だが、二人は知らない。辻が仕掛けたトラップが発動するなどとは。そう、海軍と海上保安庁を要する運輸省との間で縄張り争いと予算の奪い合いが新たに起きるなど、仕掛けた本人しかこのときは知る由もなかったのだ。



おわり

105 :Monolith兵:2016/04/14(木) 00:59:09
 嶋田さんが苦労して胃を痛めてる話ばかりなので、たまには嶋田さんの当初の目標である「将官として退役して再就職する」を叶えてあげました。流石にまだ退役して悠々自適の年金ライフは無理ですが、本編よりは負担は軽いはず。
 それと海軍と海上保安庁ですが、どうしても業務が重なる部分が多少はあるので、予算の奪い合いが起きる可能性が。戦時は海軍の指揮下に組み込まれるとは言え、平時は運輸省の管轄ですから海軍と運輸省との間で楽しい綱引きも起こりそうです。いくら夢幻会が調整しても、官僚というものがそう簡単に諦めるとは思えませんし、実際本編中でも南雲さんが出向する事態にもなってますから。

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最終更新:2016年04月17日 18:44