706 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:26:05
グアンタナモの人氏に影響を受けて、気が付けばこんな作品を書いていました。
かなり、毛色が違う作品なので、ご注意ください。
「まったく、よく作ったものね・・・。」
五条千秋はあきれともつかぬため息を吐きながら、背中まである長い黒髪を揺らし、
小さな小屋からそびえたつ8mはありそうな巨大な柱を見上げる。
柱は三本の長い棒の支えによって地上から支えられており、
柱からは平行に並ぶように金属製の棒が突き出ており先に行くほど短くなっている。
また根本からは弓状に曲げられた棒が左右に出ており、そこからも金属製の棒が突き出している。
本人は八木・宇田アンテナなどと言い張っているが、千秋からしてみれば奇怪な前衛芸術にしか見えない。
なんでも、最初はパラボラアンテナにするつもりだったものの、製作が困難で断念したらしい。
そのままあきらめてほしかったと心のなかで思いながら小屋の扉に手をかけた。
淑女としてノック位はするものかなと、心の中で一瞬だけ思ったものの、家のそばを通る国道四千三百十七号線沿いとはいえ、
せっかくの夏休みに、わざわざこんな山奥まで来る羽目になった挙句、この小屋の主に礼をするのもしゃくなので、
少しだけ力を込めて開ける。
中には電映機(テレビ)の裏側から出ているような、同軸ケーブルというらしいやたら太い導線と、その合成樹脂の被覆が散乱し、
理科の実験室にあるような、得体のしれない大きな電子機器が置いてある。
壁には、千秋の実家が廃品として捨てるというのを聞きつけた幼馴染に拝み倒されて、譲ってしまった窓がはめ込まれ、
昼前の明るい光が小屋の中に差し込んでいる。
その光にもめげずに、混沌とした部屋の真ん中で、この小屋の主は、毛布にくるまってぐっすり寝ていた。
「・・・お~い、朝だよ~。」
声をかけるも起きる気配はない。
足でゆすってやろうかと一瞬思うが、さすがに、はしたなさすぎるので、しゃがみこんで肩をつかむ。
そこで寝こけている小屋の主の顔が目に入った。
標準的な黒髪に、少し濠の薄い顔、目立たない程度にぽつぽつとしみが出ている。
幼馴染として小学校に入る前から見慣れた顔。
そういえば、昔から彼はやることなすことあんまり変わってないなと思いながら、肩をつかんで揺する。
「起きろ~。牧村博~。」
揺すられたからか、あるいは名前を呼ばれたからかぱちりと彼・・・牧村博はぱちりと眼を開けた。
「・・・おはよう。」
「おはよう。」
「え~と、なんか用事?」
目が覚めたら目の前に幼馴染がいるという状況においても、相変わらずの反応の博に安心したらよいのか、それとも女として
不機嫌になるべきかと一瞬考えるが、結局この幼馴染相手にあれこれ考えても無駄と割り切って、わざわざ山奥の小屋に
来た理由を話すことにする。
「おばさんが心配してたわよ。ちゃんと生きてるかって、」
「そのためにきてくれたの?ありがとう。
心配しなくても死ぬ要件なんてあんまりないのに、
肉食の危険な獣はこの辺りにでないし、落雷も最近はないし、病気になったり食事が足りなかったら家に帰るし、」
そう言いながら博はもぞもぞと布団から這い出す。
同世代と比べて大して変わらぬ背丈。
本人は小柄な方がいいと言っているので、小柄な千秋としては身長を少し分けてほしいと思う。
と、そこで、聞き逃せない言葉をさらっと言っていたので、聞き返す。
「雷?」
「ん、ああ。大雨の時とか、この辺りでは比較的高いから落ちるんだ。
避雷針にもなってるから支えを通って地面に流れるけど。
1週間前の大雨の時なんてセントエルモの火・・・鬼火が、アンテナ・・・空中線に出てきれいだったな。
写真に撮ろうとしたけど雨でうまく撮れなかった。」
「あの大雨の中、雷が鳴っている中、外に出たの!?」
「ああ、自然のシャワーを浴びようと思って外に出て、
あ、勿論、空中線の避雷針の保護角の中だったから安全だよ。※
足もゴム靴はいて絶縁してたし、」
「・・・」
あいかわらずの彼の突き抜けっぷりに思わず額に手を当てる。
そんな千秋の様子に気づかず博は毛布を折りたたむ。
707 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:27:15
「他に母は何か言ってなかった?」
「・・・私が言いたいことなら今できたけど、ほかには特に何も言ってなかったよ。」
「ん?なにさ?」
「・・・やっぱりいい。」
何もわかってない幼馴染には、もはや何を言っても無駄と再確認し、あきらめる。
とそこで、彼の母親から届け物があることを思い出した。
「あ、そうそう、はい、おばさんからの預かりもの。」
そういうと、千秋は手から下げていた重箱の一番上位の大きさの弁当箱を渡す。
「お、ありがとう。」
「礼ならおばさんに言って。」
「うう~、肉親に言うには少し恥ずかしい・・・」
そんなことを話しながら博は包みを解いて大きな弁当箱をあける。
「おお~、おいしそう。」
中にはおはぎが整然と並んで、ぎっしり詰まっていた。
少し不揃いで、博の母親が手で握ったものだとわかる。
「よいしょっと、」
そういいながら、博は足が出したまま立てかけてあった大きな机を倒して、その上に弁当箱を乗せた。
そしてその中の一つを手に取りながら博は言った。
「食べなよ。」
「ええ~、おばさんに悪いよ。」
博の母親が彼のために作ったものを横から食べるのは、少々意地汚いと思う。
しかし、博は首をふって言う。
「いやいや、たぶんこれは、僕の様子を見てくる手間賃も込みだと思うよ。
あらかじめその分も含めて作ってあるはず。
でなけりゃ、こんな山奥まで来ておいて、さすがに申し訳ない。」
「ん~、それもそうね。」
彼の理屈に納得したのと、おはぎの誘惑に負けたのが一緒になって、千秋は彼と向かい合う所に座って、おはぎを手に取る。
「いただきます。」
「いただきます。」
同時に二人はおはぎを食べ始めた。
「まだ完成しないの?」
「あ~うん、もう少し。
一番の山場の、いくつかの電子レンジ・・・電波調理機から取り出したマグネトロン・・・極超短波発振真空管の同調も不安定とはいえできて、
十分な出力の極超短波も出せたし・・・
後は空中線の組み立てと微調整かな。それが終われば蒼球大接近の日まで待つだけ。」
「・・・ねえ。もうやめない?
おばさんも心配してるよ。」
「心配かけてすまないとは思うけど・・・、
何度も言っているだろ。僕がどうしてこれを作るか。」
「あの小さい頃から言ってる小さい頃の空想?
こことは違う世界があって、その世界の蒼球に住んでいたけど、なにかの弾みにこの世界に転生したって。」
「そうそう、それにこの国も元々第三惑星にあったはずなんだ。
それがあの謎の災害で第四惑星に転移したみたいなんだよ。
他の国々は沈没したって言ってるけど、そんなわけない。みんな第三惑星にある。」
「日本転移説ね。
大昔、元和の大天変から少しの間、一部の学者が言ってたみたいだけど、もうありえないと否定されてるわよ。」
元和の大天変は、今では巨大な地殻変動を伴う惑星軌道の軌道の変化だと言われている。
それによって一年どころか一日の時間すら変化し、日本以外の国はことごとく海に沈み、代わりに新たな大陸が隆起した。
「うん、当時は僕みたいな転生者が活動してたみたいだから、分かったんだと思う。
僕の元いた世界の技術としか思えない技術が徳川幕府成立前後に唐突に生まれてるし。
転生者とおぼしき高度な技術を持った集団が組織だって活動していた痕跡もある。
でも今じゃあ、活動している痕跡はないし、昔の天文記録がおかしいのは元和の大天変のせいでこの星の自転公転が変化したということになってるし、
彼らが気付いた事実を事実として伝える人がいなくなったんだと思う。」
「はぁ~。」
つい千秋はため息を吐いてしまう。
いつまで博は幼き日の空想に囚われているのだろうか。
いくら知識を身につけようともそれが妄想の補強に使われているのだから救いようがない。
708 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:28:15
「せっかく頭はいいんだから、空想もその辺にすればいいのに、
そんなんだから、蒼球人とかあだ名つけられちゃうんだよ。」
そう、彼は理数系に関しては異常に頭が良い。
小学生の頃、千秋の家で一緒にやった勉強会で、いち早く自分の勉強を終わらせた博が、千秋の勉強を見ながら、
得体のしれない数式を解いていたの、よく覚えている。
中等学校に入って、やっと代数という物を知って、ようやく博のやっていたことの一部がわかった。
少なくとも高等学校レベルの微分積分法、
小学生がやれる問題ではない。
本人は前世では大学一年生だったからその記憶をたどっただけと言っているので、つい彼の空想を信じたくなってしまった。
そんな彼の異様な学力と妙な言動があわさってついたあだ名が蒼球人、千秋はこっそりぴったりだと思っている。
しかし、
「蒼球人じゃなくて正確には異世界人だって、
こっちの蒼球には日本はないし、蒼球よりこの星のこの国に帰属意識を感じるよ。」
と、相変わらず、受け入れたがらない。
「じゃあどうして、こんなものを作ってるの?
蒼球に電波で電信を送るための物でしょ?」
そう博が作っているのは電波送信機。
それも地球に電波を届けるための高出力な送信機。
「自分の記憶の検証と、蒼球にこちらを気づかせるためだ。
どっちにしろあと数十年は戦争はおろか行き来すらできないんだ。
早く双方の連絡手段が整えば、行き来できるようになった時点で、和平にしろ戦争にしろ
ある程度相互理解ができているはず。」
この類の話になると途端に口調が固くなる。
「でも、何度も政府の機関が試してるよ?」
「あんな複雑なデジタル・・・計数信号なんて、今の地球に判読できるわけがないよ。
そもそも、我々と同じ復号機があると思ってるのか上は。」
すこし博は苛立った様に言う。
とはいえ、苛立ちは目の前の千秋ではなく政府に向かっていることがわかってわかるので、
千秋は気にしないことにする。
「っとごめん。
そうだ。お茶でも出そうか?」
自分の苛立ちで不快にさせてしまったかもしれないと思ったのか、博は謝りつつ、少しあわててお茶をだす。
軽銀の水筒と、二つの小さな茶碗。
「いただくよ。」
と、千秋は水筒のふたを開けて、茶碗に茶をそそぎ、水筒を置くと冷えた緑茶を飲む。
最近、普通なら温めて飲む緑茶を冷やして飲む事がはやりだした。
その流行にのったのかなと思いながら千秋は息をつく。
少し気持ちが落ち着いた。
見ると博も同じように息を吐きながら楽といった表情を浮かべている。
その顔を見ていると少しだけなぜか気分が良くなってきた。
そのため、もはや彼女にとって何度目になるのか分からない、
自分でもどうしてそんなことをいつも言うのかわからない一言を呟いた。
「ねえ・・・、手伝ってあげよっか?」
「え?いいよ。さすがに悪いし、ここまで来るの大変だったろ?」
なぜか少しあわてたように博は言う。
「なに?見られたら困ることでもあるの?」
千秋は少し不審に思いつつきく。
「ないよ。」
博は断言するように答える。
その様子に怪しさを感じた千秋は、言う。
「嘘。」
「嘘じゃないよ。」
「じゃあ手伝うついでに監視しにくる。」
「うぇ!?それは・・・」
「なによやましいことなんてないんじゃないの?」
「それは・・・」
しばらく、監視しに来ようとする千秋と、それを止めようとする止める博との間で言い合いが起こるが、
なにか覚悟を決めたような博が手伝わないことを条件に承諾して決着がついた。
709 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:28:49
「おーよしよし、いい感じだ。」
銀色に輝く博が、望遠鏡に分度器と分銅を組み合わせて作った四分儀を覗きながら言った。
そこから視線を外し、千秋は彼と一緒に作った電波送信機を見る。
内部に小型発電機と各種電装、そして角度調整のための頑丈な台座が設けられた小屋。
10mになる巨大な空中線は二本の棒に支えられつつ少し傾けられ、蒼球の方を指している。
しかし、少しのずれがあるが博が言うには時間になると一致するそうだ。
ただ送信時間にはぴったり一致せず、3分20秒後の地球の位置に一致させるらしい。
これはこの星から蒼球まで電波が届くのにそれだけ時間がかかるためだと博は言っていた。
そして、この粗雑な装置でしっかりした精度がとれるかは微妙だとも。
自分の仕事、といってもほとんど博がやったものだが、その結果に満足を覚える。
なぜか博は製作に協力するのを嫌がっていたが・・・
何とはなしに自分の体を見る。
体中が銀色になっている。
これは電磁波を遮蔽するため合成樹脂の雨具の上に軽銀箔を隙間なく張りつけたものだ。
送信機が起動するときはこの上に顔まで隠す同じく軽銀箔を張り付けた兜を被る。
このために今日は背中まである長い黒髪を風呂に入るときのように結ってある。
ふと、千秋は今の自分の恰好が、小学生の頃の教科書のおはなしに出て来た異星人みたいだと思った。
宇宙人筆頭たる博と、自分が同じ宇宙人の格好を格好をしていることを少しおかしく思い、おもわず微笑んだ。
「どうしたんだ?」
宇宙人こと蒼球人が怪訝に思ったのか四分儀から目を離しこちらを見た。
「うんん。なんでもない。観測は順調?」
千秋は笑って言う。
「ああ、計算通り、あと5分34秒で蒼球は予定通りの地点に到達する。
そうしたら、機械が作動して全自動で10秒間信号が蒼球に照射される。」
「全自動っていうのも味気ないね。」
少し残念に思う。
漫画のように発射鍵があれば押してみたかった。
「無茶言うなよ。人間の感覚でやるとずれが激しすぎる。」
少しだけあきれたように博は言う。
「それで、これからどうするの?」
「もはや機械を点検している時間はないし、できるだけ離れよう。
いくら遮蔽しているとはいえ、超強力電子レンジ・・・電波調理機の近くには居たくない。」
「それもそうだね。」
そういうと、ここまで荷物を運んできた荷車付き自転車を二人で押しながら、小屋から離れる。
710 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:30:33
「ねえ・・・、」
「何?」
「これが終わったらさ。どうするの?」
「終わったらか・・・
結局いつもと変わらないよ。
また好き勝手やって、千秋に迷惑かけて。」
「迷惑かけるの確定なの!?」
「かけられるうちにかけるべきさ。」
「いやぁ~。」
お互いにじゃれあう。
「けどさ、今回のこれが成功したとしてもなかなか私たちにはわからないよね。」
ふと千秋は以前から思っていたことを言う。
「わからないぞ。意外と早く反応が来るかもしれないし、」
「・・・そうだけどさ。」
いつまでも返ってこない結果を待つことになるかもしれないよ?
と次の言葉を言おうとしたが、彼の表情に口を閉ざす。
「僕にはさ、目的があるんだ。
色々形は変わってしまったけど、転生先にも存在してくれた、この愛しい祖国を守りたいのと、
あと、自分のこの転生前の記憶が真実であると確かめたいんだ。」
そういうと少し儚げに微笑んだ。
あまりの彼らしからぬ表情に千秋は思わず、自転車を押す足を止めた。
「確かめたい?」
「そう。ぶっちゃけ僕の転生前の話信じてないでしょ。」
「そりゃあ、そうだけど・・・」
「うん、それが正しい。こんな荒唐無稽な話信じるべきじゃない。信じる人は変人だけだ。
僕も、時々自信がなくなってこんなことを信じ、記憶を持つ僕は気が狂っているのかと思う。」
そういうと、博は自転車を押す力を強めた。
「でも、魂が言うんだ。間違ってないって、
常識とか理性とか全部捨てたところで叫んでいるんだ。
だから・・・
それを確かめたい。
確かめる手段はなんでもいいんだ。発明でも発見でも。
あっちの世界にはあってこっちの世界にはないものを実現できれば、それは証明になるでだろう?」
「・・・そっか・・・」
こんな話を博から聞いたのは初めてだったので、何を言うべきかわからず千秋はただ相槌をうった。
711 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:31:22
「っと、そろそろ時間だぞ。」
そういうと博は、荷台に置いてある目覚まし時計を指した。
計数式の表示板は後30秒ということを示していた。
「もう?」
「ああとっととヘルメット・・・兜をかぶるぞ。」
そう言うと、博は荷台から兜をとりだして被り、千秋もそれに続いた。
「後、20秒・・・」
兜が作る暗闇の中、博の声だけが響く。
「10、9、8、・・・」
否応なく緊張が高まっていく。
「7、6、5、・・・」
ここまできてようやく千秋はなにかとてつもなく危険なことをしようとしているのではないかということに気づいた。
「4、3、2、・・・」
それでもこの不思議な昂揚感は高まっていくばかりだった。
「1、0!」
博の声が響いた瞬間、兜の中にパチッと光が見えた。
え、と思う間もなく、ジリリリリリと目覚ましの音が響き、
次にパーンと何かが破裂する音が聞こえた。
「7、6、5、4、3、2、1、0!
照射完了。
脱いでいいよ。」
博の声に促されて兜を脱ぐと、先ほどまで何事もなかったはずの目覚まし時計が破裂していた。
そして若干焦げ臭いにおいが漂っている。
「これで終わり?」
なにかすごくあっけなかった気がする。
「そうだよ。これで終わり。
あ、いや、あと数分で蒼球に電波が届くはずだからそれまで。」
「・・・」
期待外れだったという千秋の様子を察したのか博は笑いながら言った。
「残念だったな。極超短波を見る目を持っていなくて。
そうすれば空中線から地球に伸びる光の柱が見えたのに、」
言われて想像してみる。
あの小屋から一直線に蒼球まで伸びる光の柱、
その情景を思い浮かべると少しだけがっかりした気持ちが和らいだ。
712 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:32:29
「さあ撤収だ。急げ急げ。」
「?今日は遅いし、明日にすればいいんじゃない?」
「・・・実は、この国には電波法という物があってな。」
千秋はなにかすごく嫌な予感を感じた。
「勝手に通信電波飛ばしちゃいけないいんだよ。」
「っちょ!それって!」
「わかったら素早く解体して撤収だ。」
そういうと博は自転車を急いで押しながら小屋まで行く。
そうして、小屋まで来ると、博は中に入り、中から機材を運び出す。
それを千秋も手伝う。
千秋が感慨を抱く間もなく、みるみるうちに空中線と小屋は解体されていき、後には荷車に積めなかった二本の支えの棒と、
コンクリートで固められた地面しか残らなかった。
「じゃあ逃げるぞ。」
「早く。早く!」
博は荷車付きの自転車をこぎ出す。
千秋は後輪の車軸から出っぱている棒に足を乗せて博の肩に手をかける。
そうして舗装された国道四千三百十七号線を走る。
都市間の移動に使われるとはいえ、トンネルが開通して以来めっきり使われることがなくなったこの道は、いつも通り車一輌、人一人見かけない。
まるで、この世界に自分たち以外誰もいないように思える。
「ふふふふふふ。」
「あははははははは。」
気づけば二人は笑っていた。
歪んだ月(ダイモス)の狂気に影響を受けたのか、高揚する精神を抑えきれず、街に入るまで二人は笑い続けた。
あれからしばらく捕まるんじゃないかとひやひやしながら千秋は過ごしたが、とくに何事もなかった。
博が言うには、放送局や通信設備を勝手に開設して、電波を流しっぱなしにするような人間を捕まえるため運用されているので、
今回のような十秒間だけ流した位だと捕まえようがないし、自然現象と思われる可能性も高いという。
しばらくして、博が行方不明になって1週間ほどで戻ってくるという事件があった。
その間にあったことについて博は頑として語らないが、それ以来自分が異世界人であるとか言わなくなった。
蒼球人に拉致されたのかと噂になっているが、本人は気にせずに何も話そうとしない。
千秋としては幼馴染の妙な言動が減って万々歳であるが、どこか寂しさを感じた。
大人になるとはこういうことなのかと思うが、大人になってもあの日、蒼球に電波を飛ばした日のことは忘れないだろうとも思う。
そういえば、彼が蒼球に連続(アナログ)信号でなんと伝えたのか聞いてみた。
Hello, I am mars man.There are you?
何故英語?あと彼の言うことが本当だとしても火星じゃなく水星じゃないかと千秋がきくと、
博はしまったという表情を浮かべていた。
そんななんだかんだで五条千秋はこの青い星の上で生きている。
※避雷針の保護角内にいても危険です。決して真似しないでください。
713 :名無しさん:2014/12/07(日) 16:34:13 終わりです。
長文失礼しました。
夢幻会に発見されていない転生者の中にはこんな転生者もいるんじゃないかな
と思って書きました。
最終更新:2016年06月13日 22:45