66 :弥次郎@帰省中:2016/07/05(火) 22:05:51
日仏ゲート世界 有為転変 予告編



---------In the myth,God is Force.




ドイツ西部 フランクフルト。
あわただしく人々が行き来するこの都市に、すでに平時のような人の賑わいは感じられなかった。
あるのは緊張と恐怖と、崩壊寸前に近い軍としての士気。東部戦線での教訓から歩兵にとっての必需品となっていた
自動小銃とヘルメットと防弾チョッキと、様々な金属製品がいかめしい音を立てる。そしてそれらに交じって、リヤカーや
自動車が走り回り、音と空気の動きを生み出している。行き交う人々、行き交う車両はその多くが赤い十字架をどこかしらに
付けており、彼らに与えられた仕事でなんであるかを知らしめていた。といっても、ここにいる人間ならば数時間もしないうちに
その赤い十字架を意識しなくなる。それほどに、この街には溢れかえっていた。

既にフランクフルトはドイツ帝国により都市全体に非常事態宣言がなされ、行政権なども一時的に現地の軍へと預けられていた。
ここだけではない。最前線のボン ケルン デュッセルドルフ エッセン ドルトムントもフランクフルト同様に
非常事態を宣言しており、軍による厳戒態勢が敷かれていた。住人の多くが安全な後方へと避難を始めていたため
人々の気配もだいぶ薄い。
町を埋め尽くすのは大体が軍人であった。そして、公民館を利重用して設けられた司令部施設に向けて軍人の一団が向かっていく。

「皇太子殿下、やはり向かわれるのですか?」
「当然だ。私自ら赴かねば、他国は納得しないだろう。ドイツ帝国が自ら血を流さねばなるまい」

ドイツ帝国のヴィルヘルム皇太子は言葉も短く答える。彼の地位を考えれば、そして現在発生している事態の重大性を
考えた場合、彼はベルリンか、少なくとも後方にいるべきであった。しかし、彼が無理を押して、周囲や皇帝である
ヴィルヘルム2世を説得した上でこの前線まで出てきたのは、やむを得ない事情が存在した。

「国家としてすべきではない行為をせざるを得なかったのは屈辱の極みだが、それを否定するわけにもいかんだろう。
前線視察の準備は整えておくように」
「しかし、前線での警護には数が……」
「ならば近衛でもなんでも引っ張ってこい!とにかく数を揃えよ!ここにおいて命を惜しむなど、ドイツの恥さらしだ!」

諫めようとした将校の一人がヴィルヘルム皇太子の一言に圧倒される。

「どうか冷静に……誰が感染者であるかが危ういのですぞ」
「父上とて、止められねばここに赴いてきたであろうよ。既に身辺整理を始めている」

身辺整理。その言葉が意味することにその言葉を聞いた軍人全てが驚愕した。
古来、君主とは絶対的覇者であると同時に最高責任者であった。
日本の戦国時代においても、君主が腹を切ることで兵士や領民の安堵を約束したケースは数多く見られている。
つまり、国家君主という人間は国を丸ごと背負うほどの通貨であったのだ。史実においても、また大陸化したこの日本においても
それは風習として長年続いていたし、欧州においてもそれは似たような風習や制度・習慣として残り続けている。
最高責任者の血縁者を人質とする婚姻による同盟関係は、ハプスブルク家のような特異な家系すら生み出していた。
そしてこの世界を巻き込んだ大戦の開戦を決めたのがヴィルヘルム2世である以上、その責任を負うのは必然的に決まっている。
反対するものがいなくなったヴィルヘルム皇太子は再度司令部への案内を命じた。

68 :弥次郎@帰省中:2016/07/05(火) 22:07:30
ドイツ帝国西部防衛線司令部の卓上に置かれた巨大な欧州の地図には、画鋲で区割りされた地域がある。
ドイツ オランダ フランス ルクセンブルクの4カ国にまたがる広大な領域が画鋲に付けられた赤い紐で囲まれていて、
さらにそれを囲うように青い紐が画鋲で止められている。それらが意味することはただ一つ、決して破られてはならない
最終防衛線であった。

「これが最終防衛線というわけか……」
「Ja,ブレーメン方面は既に封鎖が完了しており、感染者の隔離も進みつつあります。オランダ国内はともかくとして、
我が国の側にも感染者が確認されており、予断を許さぬ状況です。懸念としては、ルクセンブルクが誰彼構わず
庇護を求めていることでありますが……」
「ようやく動いたか……ここは参戦国の手前、わが国で対処せざるを得まい」
「かしこまりました」
「問題なのはフランスだ。あちらの動きをここでも捉えねばならないが……どうにかならんか?」
「マンシュタイン大尉、彼ならばフランスの情勢について詳しいはずでは?」
「……確かにいましたな。探してみましょう」

ほどなく、エーリッヒ・フォン・マンシュタインに連れられて一人の青年兵が司令部へと入ってくる。
気真面目そうな顔だが、顔に浮かんでいるのは疲労。目の下の隈もだいぶひどく見える。だがその眼だけはしっかりとしていたし、
足取りも服装にも乱れは見られなかった。興奮によってアドレナリンが分泌されながらも、冷静さを維持している。
そして、ヴィルヘルム皇太子はその姿にどことなく知性的な獣を想起した。

「彼が?」
「はい。西部警戒線において情報分析を担当していた者です」

将校に促されたその兵士は敬礼しつつ名乗りを上げた。

「アドルフ・ヒトラー伍長であります!」
「ヒトラー伍長、報告を頼む。出来ればフランス側の最新の情報を」
「は! では、まずフランス国内の感染拡大阻止に向けての動きについて……」

後年、ドイツの『AB風邪隔離防疫戦線』にはドイツ帝国の後身であるドイツ連邦共和国の屋台骨となる人材が集っていた。
ドイツ連邦共和国内務大臣にして後の首相 アドルフ・ヒトラー。
陸軍の雄たるエーリッヒ・フォン・マンシュタイン ハインツ・グデーリアン エルヴィン・ロンメル。
日仏に次ぐ近代的な空軍の立役者であるヘルマン・ゲーリング。
この世代のドイツが持っていた横のつながりの強さは、この現代の地獄を、ドイツに再現された黙示録の時をその目で
目撃し、さらにその地獄のような環境をともに乗り越えたことに起因しているとされる。否、誰もがそこでは等しく
狩られるのを待つ弱い羊でしかなかった。





神代において、神とはすなわち力であった。

---------だとするならば、等しく人を悩ます病もまた、神なのであろうか





日仏ゲート世界 有為転変 Coming soon.....





次話:「有為転変1 -Destination Unknown-」

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最終更新:2016年11月14日 13:19