837 :ひゅうが:2014/10/03(金) 02:14:46

――日本的価値観というものは、よく封建的価値観ともいわれるがある意味それは正しい。
とりわけ高度経済成長期における日本社会はその最たるものであるといえよう。
だが、それをいちがいに断罪することはできない。
男性が単独で子供を産めないように、女性単独でも子供を産めないという単純な真理がそこにはある。
世界という広大かつ多様な自然環境を考えてみると、この理は「北極圏でコメが作れないように、赤道でオーロラが見られない」という一例で形容できるだろう。

日本的な高度経済成長期は、こうした自然環境のもとで行われた「比較生産説」すなわち、各地域が得意な場所で得意な作物や製品を作り、交易を行うことでその生産コスト差分の利益を上げ、かつ自分達では生産できないものを得ることができる「win-win関係」を男女に拡張したものであったといえよう。

すなわち、肉体的に頑健でありある程度の無理のきく男性は所得獲得のために身を粉にし、子孫を生み育てることができきめ細やかな配慮ができる女性は家庭を守る。
双方が双方の「領域」を守っていることができる限りはそれに勝る組織は存在しないだろう。
もっとも、権利や法的地位については近代法上の平等など数多の問題があり不平等であることに違いないのだが…。


しかし、こうした状況の真逆にあった組織が戦後の日本国には存在していた。
日本国防海軍。
かつての日本帝国海軍の後身である。
彼らは、きわめて実際的な観点から今日でいうところの「女性の社会進出」を積極的に推進した。
理由は簡単。そうでなければ人手が足らないためである。

2隻の7万トン級通常動力空母と、その搭乗員――両者合計で6000名近くに達するその乗員と護衛艦艇もあわせればその数は1万人を超える。
この数を、志願制のみにて20代から30代の志願兵のみにてまかなうことは可能だろう。
だが、日本国にとってそれはできない相談だった。
日本国の政治体制上、緊急避難を除く先制攻撃は不可能であり、それは必然的に予想されていた第三次世界大戦において首都や日本本土のどこかに核攻撃を受けることを意味していた。

であるならば、日本国民を可能な限り生存させ、将来の建設に寄与させるためには最後の最後で国民を守る「国防陸軍」やその予備隊となる各地の「郷土防衛隊」をおろそかにするわけにはいかないためである。
この観点において、陸軍兵士としての女性の敵性は極めて低い。
肉体的な頑健度はもとより、ひと月あたりの戦闘能力発揮可能な日時的な面でそれは致命的である。
ただしそれは男尊女卑的な価値観に基づくものではない。
社会的コミュニケーション能力の機微や、さらには計数や細やかな統計的処理において女性は圧倒的に男性に勝る傾向が強い。
要するに、肉体的頑健度を重視される正面的な陸上の戦闘員としては男性が圧倒的な比率を要求される。
つまりは比率的には陸軍は、空軍や海軍と比べると圧倒的に男性社会となるのである。


この条件を考慮すると、陸海空の三軍ともに同比率で若手の兵士を男女同比率で配属することができなくなってしまうのである。
かくて――優先順位づけがなされた。
数的に最も少数である空軍がまずはその対象となった。
情報処理担当や、レーダーサイト要員、広報、後方兵站、こういった人々が女性にとってかわられた。
続いて、パイロットのうち、スクランブル任務を受け持つ以外の輸送機などのパイロットが女性によって代替された。
かくて、国防空軍人員の3割が女性に置き換えられた。

これに続いたのが国防海軍だったのである。
国防海軍は、かつての帆船時代のように体力のみを必要とするわけでなない。
しかし、巨大な航空母艦やその他の軍艦を操るには人員が必要である。
まずは広報、続いて兵站担当、さらには情報処理士官、最終的にはCIC要員の半分、そして艦載機や陸上機パイロットの4割近くが女性となった。
旧帝国海軍以来の「よき伝統」を標榜するものは、ある「伝統」に封殺された。


「数が足りなくなって、沖縄沖すらできなくなったらどうする!!」


けだし要約の妙というべきだろう。

838 :ひゅうが:2014/10/03(金) 02:34:57 >>837
ミス。
×「分」を守っている
○「領域」を守っていることができる

で。

「領域」を守っていることができるに修正
最終更新:2016年08月09日 12:27