393 :yukikaze:2011/12/07(水) 23:26:22
ではこちらも。三式弾道弾のネタどうするよ

「裏切りの結末」

――西暦1966年5月5日 大英帝国 臨時首都グラスコー

大英帝国宰相ハロルド・ウィルソンは、絶望的な気分で壁を見ていた。
そこには、何人かの首相の肖像画がかけられており、例外なく銃弾が
撃ち込まれていた。
撃ち込まなければやってられなかったというのが、彼の気分であったろう。

(馬鹿野郎どもが。貴様らのせいで大英帝国は・・・)

仮に、肖像画の首相たちが生きていたら、迷わず罵声を浴びせていたであろう。
それ位、彼らの行動は大英帝国にとって最悪なものであった。

最大の失策は、第二次大戦後の行動であった。
かつての同盟国を平然と裏切るだけならともかく、アメリカの片棒を担いで蛮行を重ねる始末。
当然のことながら、こうした近視眼的な行動が他国から称賛されるはずはなかった。
収奪された日本の怒りは頂点に達し、二次大戦で敵対した欧州諸国も「恥知らず」と侮蔑し、
仲間であるアメリカですら、「あいつらの信用度はチャイナ並み」と、陰で評価される始末であった。

無論、英国もそういった風聞は理解していたが、敢えて無視した。
彼らにとっては英国こそ大事なのだ。他の国など知ったことではなかった。
だが、彼らのこうした傲慢な考えは、強烈な報いを受けることになる。

第三次大戦開戦初日。
イギリスの各都市は業火に包まれた。
開戦時、ドイツは「太平洋戦争の先例から考えて、奴らは平然と毒ガスを利用する。予防攻撃は絶対に必要である」
と、結論付け、政治の中枢であるロンドン、および核兵器保管地域に対して、弾道弾による核攻撃を開始。
更に亡命日本軍人による義勇SS「ハウスホーファー」による大規模な破壊活動と、復讐に燃えるヴィシーフランス軍を
先鋒とした上陸作戦により、英本土は陥落。
最終的には本土は回復したものの、「ハウスホーファー」とフランス軍による徹底的な破壊活動によって、
英本土は、戦勝国とはとても言えない状態で戦争を終わることになる。(続く)

398 :yukikaze:2011/12/07(水) 23:43:50
戦後、イギリス政府は国土復興を掲げるが、その費用は天文学的なものと
なっていた。
両者の破壊工作は徹底しており、工場地帯はがれきと化し(これは連合国の
爆撃も助長した)、農業地帯には放射性物質を散布するということまでしていた。
本土に帰還したハロルド・マクミランは、怒りのあまり「こうした蛮行をしたのは日本人だ
日本人から二次大戦の賠償金を徹底的に取り立てろ」と叫んでしまい、国際社会から冷笑を以て
迎えられることになった。

結局、イギリスは、第二次・第三次大戦の英雄であり、その後大統領選挙で当選した
ルメイ大統領に泣きつくことになる。
ルメイはその泣き言を面白そうに聞いていたが、彼の『ささやかな』条件を受け入れたならば
復興資金の大部分を格安で提供すると伝えた。
その『ささやかな』条件は、「空軍の基地を英国本土に数か所常駐する」「復興にアメリカ企業を
参画させる」「大戦争が起きた場合、英国軍はアメリカ軍の要請の元、軍事行動を行う」というものであった。
単刀直入に言えば「経済的にも軍事的にもアメリカの属国になる」という宣言である。
そして、疲弊したイギリスに拒む余地はなかった。

「その結果がこれだよ」

アメリカに屈服したことにより、英本土は今度こそ完膚なきまでに壊滅した。
核だけの被害ではなく、津波による被害もまた甚大であった。
もはや今世紀中に英国を立て直すことは不可能と言ってもよかった。
そして・・・そんな英国に手を差し伸べるものなどこの世界にはどこにもなかった。

「閣下。謁見の時間です」
「わかった。すぐにいく」

秘書の言葉に、ウィルソンは疲れた表情で答える。
彼にとっては、これからの時間は文字通り苦痛であった。
彼は、敬愛する女王に、残酷な結末を話さなければならなかったからだ。

後に、この時の謁見を記したメモが発見される。

「陛下。我が国はもはや滅びが定まりました。どの国からも援助はえられません。
 全ての国がこういっているのです。『卑劣なジョンブルに恵んでやる物などない』と。
 我らは先人たちの報いを今受けることになったのです」

これを聞いた女王は、静かに涙を流したという。

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最終更新:2012年01月04日 07:38