243 :名無しさん:2014/08/04(月) 21:54:55
ひゅうが氏の朝鮮戦争ネタみて思いついたネタ ひゅうが氏の許可があれば掲載お願いします

1950年12月 開城市防衛ライン
韓国がパットンの制止を振り切って北朝鮮を追い詰めたのはいいが、極東ソ連軍が「ソ連人民義勇軍」と
名前を変えて大軍を持って朝鮮半島に攻め込んだことで状況は悪化した、慢心した韓国軍は一撃で粉砕され、
頼みのアメリカ軍も世界に冠たるナチスドイツ装甲師団を真正面から打ち破ったソビエト戦車師団に押され
占領した平壌は奪還され、38度線は再び越えられ、韓国の首都である京城は今再び陥落と言う言葉がちらついた。
そして防御が薄いと言われた開城市もソビエトによって今まさに攻め込まれようとしていた。

「どうやら、来たようだね」

どうやってソビエトの戦車部隊を迎え撃つか、島田豊作や池田勇人や西住小次郎があれこれ
緊迫した状況で協議している中に不釣り合いな声が響く、その声に3人は呆れつつも常に
最前線を歩き続けてきた男に苦笑する。

「閣下、ここはビルマじゃありません、危険ですよ。それにまたゲリラに狙撃されるか…」
「大丈夫、大丈夫」

と島田が忠告するもその男は全く気にする素振りを見せなかった。いや既にこの男は半島に上陸してからも
最前線に立つことを常とし、何度もゲリラに狙撃されたが、不思議とその弾は命中することはなかった。
そしてその男はかつて太平洋戦争から全く変わってなかった。服装も動きやすい服装(流石に防寒はしっかりしているが)
今はジープに乗ることは多々あるが殆ど徒歩で戦場を駆け巡り常に兵士の模範を心情として最前線にあることを心常とする事を
今も変えずに続けている男にその忠告は無意味だったし、彼と共に戦いぬいた兵士達も
「どうだ。相変わらず偉いもんだ。我々の師団長は」と感嘆の声に3人は苦笑するしかなかった。

木庭知時、かつて第54師団歩兵団長としてビルマ戦線においてイギリス軍相手に大機動戦を行い散々打ち破り
イギリス軍直々に「彼を捕らえよ」とまでビラを巻かれた男は、ビルマ戦線と変わらずもうすぐ防衛ラインに到達する
ソビエト軍の方をただ見つめていた。

後に防衛ラインにその男がいることを知ったイギリス軍の将官は「彼がいるならあの防衛線は決して破られないだろう」
とまで言わしめ、撤退するときも兵の撤退を最優先として最後に撤退し、国連軍から惜しみない賛辞を贈られる男の戦いが
これから始まろうとしていた。


以上です…宮崎繁三郎は有名だがこの人も結構チートだと思う
最終更新:2016年08月10日 08:31