349 :名無しさん:2015/05/16(土) 22:15:07
第二次日本海海戦顛末記

―――1950年9月14日

終戦から5年たった現状でさえまだまだ日本の空気は暗かった、長年に渡る大戦争に条件付きとは言え
敗北に占領軍の存在、そして勃発した朝鮮戦争にバカがやらかした対馬や5島列島の占領と言う情報は
日本全土を恐怖と恐慌の空気へと変えていった…
が、その日のラジオや号外である情報を知った事によって日本全土はその重い空気を払拭するほどの
喝采を挙げた。

―――アイアン(釜山にいる北朝鮮の征日軍に対する攻撃)・フィスト(仁川上陸作戦)作戦成功
―――日本陸上警備隊(実質新生陸軍)、仁川上陸に参加、北朝鮮軍撃破
―――対馬・五島列島の奪還
―――第二次日本海海戦、日本海上警備隊、ソビエト義勇海軍に対し完全勝利

たちまち至る所で人々による提灯行列こそ出来なかったが万歳三唱が行われた。
まあ当然と言うべきか、そしてそれを侮蔑染みた目で見る進歩的文化人(笑)もいたが
殆どの日本人は色濃く記憶に残るレイテ沖海戦以来の大勝利と明るい話題に喝采し、
そして人々は我先へと映画館へ赴き、第二次日本海海戦やアイアン・フィスト作戦の
映像が収められたニュース映画を見ようとしていた。まあ第3者からの視点で見れば
「ここは太平洋戦中かな?」と思える熱狂っぷりに若干引き気味であったが…

「社団法人日本映画社」…1940年、朝日新聞社・大阪毎日新聞社・読売新聞社・同盟通信社4社の
ニュース映画部門が統合して生まれた会社(史実だと51年に経営不振から東宝からの出資で日本映画新社になる)
であり、多くのニュース映画を製作していた会社であり、当然GHQの検閲こそあるがこれらのニュース映画を
製作するのは当然と言えば当然だった…

「で、どうすんだよ…」

ニュース映画には少し前にある無音映画ではなく当然のように映像を彩り
観客を沸きあがらせるBGMが必要であることは当然であり制作者もそれに合う音楽を探していたが

「やっぱり『軍艦行進曲』を始めとして戦前の軍歌は禁止だってさ」
「そりゃそうだ、警備隊だっけ?は、一応前の軍隊とは違い新たな軍として国民に認識されることが
必要なのはわかっているけど」
「まあ国民は解体されたはずの軍が復活したって分かりきっているが…」
「まあ一応建前は建前だからね…しゃあないしゃあない」

日本映画社の映画作成部門の男達は頭を愚痴り合っていた。第二次日本海海戦や仁川上陸作戦に参加した
アーニー・パイルが撮った映像をいち早く見ることが出来た彼らは、日本じゃ全くお目にかかれない
アメリカ製の高精度のカラー映像にある者は「米帝様は流石米帝様」と呟き、ある者は目を輝かせ、
ある者は映像の綺麗さに驚愕していた…それに見合う音楽を彼らは求めていた。
確かにマッカーサーに比べて脳筋と言うべきパットンは民主化を進めることを前提としていたが、
それはGHQスタッフにほぼ丸投げ…
ちなみに日本の民主化以上の事を求めようとしたニューディーラー達はあまりのお花畑にキレたパットンや
反共派のスタッフによってアメリカ本土に叩き返されていたしており、ある程度彼らの自由裁量に任せていた。
(本人は新生日本軍育成に力を入れていた)
とは言うものの流石に国民に旧軍を想起させる(警備隊も新たな日本軍としてのイメージを与えたい為)
『軍艦行進曲』を始めとする軍歌の使用は禁止されていた。海軍は兎に角、悪名高くても終盤の沖縄でも
満州でも樺太でも国民を守りきる為に戦いぬいた陸軍に対する世論の評価もそんなに悪くなく、そして
本土空襲が限定されたこともあり日本国民の軍に対する評価はそんなに厳しくはなかった。
無論嫌悪する風潮は当然あったが…

350 :名無しさん:2015/05/16(土) 22:19:26
「…う~ん、やっぱり駄目だな軍歌以外だといいのが思い浮かばない…」

スタッフ達は頭を抱えていた、心を奮わせる曲を加えるがその曲が全く、思い浮かばないのだ。
かといって封切りの時間もありここで「すいません、映像に見合う曲がありませんでした~」
なんてことをやらかしたらそれこそ総スカンを食らうことは確定だし、戦前からニュース映画に
携わっていた彼らのプライドが許さない。

「よかれと思って、いい曲もってきました」

と頭を抱える男達に救世主が颯爽降臨と言わんばかりに制作スタッフの一人が入室してきた。
そしてそのスタッフが持ち込んだレコードを聞いて…男達は「悪くはないな」と評価を下した。

―――都内某映画館
ニュース映画は只管耐乏生活を強いられていた国民にとってニュース映画は大きな娯楽であった。
そして戦後も野球・落語・相撲と言った娯楽が解禁されても根強い人気を誇っており、そしてあの
第二次日本海海戦等の映像が見れるとして映画館は観客が多く詰め掛け、席は全て埋まり
座れない人達は立っているなど満員御礼と言うべき状態であった。

―――やれやれ凄い人数だな…まあ仕方ないか

丁度見やすい席に座れることに成功した、井田正孝は一人心地でいた。彼は転生者でありそして…
畑中健司や竹中正彦等と言った史実だと宮城事件を引き起こした男の一人だが、この世界だと
降伏に反対する陸海軍強硬派が引き起こした5・3事件を彼らと共に鎮圧する側と言う史実を
知る彼にとってなんとも皮肉めいた展開だった。

現在彼は目を付けられた吉田機関にパシられつつも在日米軍司令部戦史課に勤務しており
偶々少し休暇をとれたので、仁川上陸作戦に参加した竹中や畑中
(両名とも非転生者であるものの、井田共々目を付けた吉田機関にパシられている)
の姿を新聞以外でも見れるかな?と言う気持ちもあった。そしてスクリーンから
総天然色の映像と流れるBGMを聞いて飲んでたお茶を盛大に噴き出した。

―――なんでドヴォルザークの「新世界」第4楽章なんだよ…どこのアム○ッツァだ

アナウンサーが悪逆非道なるロスケの艦隊を精強なる新生海軍である警備隊が
撃破することを熱を込めた弁で伝え映画会場を沸かせていた、壮大なBGMの所に

何せ総天然色で日本が誇る超巨大空母「信濃」から出撃する日の丸をつけた
F8Fベアキャット「陣風」やAM―1モーラー「天雷」、そしてクライマックスと
言うべきビッグ7で誇りとも言われた「長門」の砲撃シーンや長門の砲撃で
沈むソ連艦隊の戦艦に会場が大盛り上がりを見せる中で井田や
同じ映画を見ていた転生者が抱いていたのは盛大なツッコミだった。

そのレコードを持ち込んだ男も転生者で銀○伝ファンでありクラシック好きであり
戦前はアホのようにクラシックレコードを買いあさっていた変人だった
そして内心で「クラシック音楽をバックミュージックに艦隊出撃する映像を作りたい」と野心(?)を
高めていたが、流石に戦時中は出来なくて意気消沈するなか漸くの夢を彼は掴んだのだ。

―――諦めなければ夢は叶うのだ!

と彼は吼えていたそうな…そんなこんなで彼が中心となって制作したニュース映画は
日本全土で封を切られ大好評を博したそうだ。本人曰く

「ショスタコーヴィッチの交響曲第5番も使ってみたかったけどGHQの検閲で駄目出し喰らった」

とのことである。

余談だがNHK鹿児島支局は第二次日本海海戦ニュース放送時に
景気のいいBGMがこれといったのがなかったので…「星条旗よ永遠に」
を使用して怒られていたそうな。

351 :名無しさん:2015/05/16(土) 22:20:36
以上です、なんとなく思いついて衝動的に書いてしまいました。

最後のオチは史実でも真珠湾奇襲を伝えるときにマジでやらかしたことです
最終更新:2016年08月10日 08:56