618 :硫黄島の人:2015/05/08(金) 04:28:20
1945年四月末日    小笠原諸島硫黄島

数万に及ぶ日米両軍が犇く太平洋の孤島では、深夜になっても暗くはならない。
上陸してから、たびたび行われてきた日本軍の浸透攻撃に備えるために、米軍が夜を徹して照明弾を打ち上げ続けているからだ。
それでもなお、光が届かない擂鉢山の陰で蠢く影があった。
腹に響く重低音とともに薄い黒煙が吹き上がる。それも音源は一つではなく、数秒の内に増大していく。
影は鳴動し、光の下に這い出ていった。それは凶暴な戦意をもって練り上げれた鋼の馬である。
戦車第二六連隊に所属する九七式中戦車(チハ)改、残存42両。その全てが島の各所で嘶きを上げていた。

「一号車より連隊全車へ、傾注せよ」

西竹一中佐は彼が率いる連隊へと令する。チハ改のキューボラから上半身のみを出した彼は、普段の温和な表情ではなく、煤で黒く汚れた鋭利な笑みを浮かべている。

「諸君、これより反攻を開始する。敵軍を撃滅せよ、我らが国土を取り戻せ!」

そこで西はほんの少しだけ息を吸い、命じた。

「戦車、前へ!」

鋼の騎兵が前進を開始したことを確認した司令部が命令を送ると、島中の日本軍陣地が噴火した。
多数の320mm臼砲、400mm噴進砲、150mmと81mmの迫撃砲、少数ではあるが75mm野砲の姿も見えた。
それらが猛然と砲弾を打ち出し、数秒の間をあけて着弾した。それは初日の戦闘に匹敵する規模であった。



絶え間なく砲弾がさく裂するたびに振動が生まれ、土砂が大量に降り注ぐ。
ポール・ウォーカー海兵軍曹は、元は日本軍が作った壕に身を伏せていた。すでに状況は無線で連絡した以上、出来るのは隠れることだけだ。

619 :硫黄島の人:2015/05/08(金) 04:30:02
返信によると、最悪なことに島中で同じ状況が起きているらしい。
この島に上陸して以来の経験で、砲声が聞こえたと同時に兵たちに警告を発し、壕の底に突っ込むように伏せる。ポールは手が痛くなるほどに小銃を握りしめ、砕けんばかりに歯を食いしばった。

(くそったれ!とっとと来やがれジャップ)

これまでに何度も日本軍の伏撃を受けてきたが、これは全く違う。
明らかな攻勢準備のための砲撃だった。一月の間、嫌がらせの攻撃以外は陣地防御に徹してきた日本軍が、ついに反攻に移ったのだ。
ポールは身を伏せたまま、気を落ち着けるために着剣した。日本兵の接近戦能力を侮ることはできない。
気づけばどれだけの時間がたったのかは分からないが、少なくとも周りでは砲撃が止む。いまだに炸裂音が響くが、半分麻痺した耳でも遠くから別に、キャタピラ独特の軋むような音が聞こえ始める、敵の戦車が近づいてきている証拠だった。
小隊長の命令で、海兵たちは自分に積もっていた土砂を払いのけて、抱え込んでいた軽機関銃の点検を始めた。砲撃が止んだ以上、数分と立たずに敵が来るのは明らかだ。
ポールも銃の砂を拭うと前方の様子を見ようと、壕の淵から前方を見ると10mと離れていないところにまで人影が走り寄ってきていた。

「敵だ!!」

咆哮を上げながら銃を構えたが、撃つ前に左肩に熱い衝撃が走った。
それでも涙でにじんだ目で前を見ると、日本兵たちが銃を“連射”しながら突撃してくると周りでも何人かの兵が倒れていく。まともに抵抗することも出来ていない。

早すぎる、まだ砲撃終了から一分とたっていない。

痛みで逆に頭が冷えたことで、そのことに気付いたが日本兵はすでに壕内に飛び込んできていた。
ポールも右腕で銃を振るうが、その程度で現状を打開できる筈がなく、さらに数発の弾を受けて地に倒れた。
そのあとも続々と日本兵が続き、戦車も壕を踏み越えていくのが見える
流れていく血とともに、薄れゆく意識の中でポールは最後の疑問の答えにたどり着いた。

(こいつら、砲撃の“中”を動いてやがったか)

620 :硫黄島の人:2015/05/08(金) 04:30:57
これと似たような光景は島の至る所で見られ、米軍の哨戒線は突破されていった。



先陣を切ったのは西が直率する第一中隊とその随伴歩兵であった。装備もあまり多くはない四式自動小銃を優先的に装備した、島内では有数の兵たちである。戦意にも不足はない。
しかし、隊の後部に位置した西は戦意に燃えている表情をしつつも、内心では焦燥と葛藤が渦巻いていた。
作戦会議では反攻の目標は司令部、次に弾薬集積所とされた。どちらにしろ、敵の奥深くに突入しなければならない。
そのために重要なのは速度であるが、それが西を悩ませている。
純粋に速さを求めるならば、戦車だけで突撃すればいいのだが、それは余りに博打に過ぎた。
戦車は周囲の状況把握に宿命的な欠陥を抱えている。それ故に戦車だけでは、待ち伏せに非常に弱いことは、この島で日本軍自身が証明し続けている。特にチハはその形状から正面以外の対応に時間がかかる。一度、側面を取られれば撃破されると考えていた方がよい。
それを防ぐには歩兵と行動を共にするしかないが、その為には人の足に速度を合わせねばならない。当然、進撃速度は大幅に落ちる。
それを少しでも補うために、地下通路を利用したとはいえ、危険なほどに砲撃区域に近づいて突撃を開始したし、敵の混乱を長引かせるために生き残った大口径砲を総動員して米軍の後方に打ち込んでいるが、どれだけ続くかは分からない。
いつかは戦車だけで突撃することになるが、そのタイミングは非常にシビアだ。

「行くしかあるまい」

硫黄島をめぐる戦いの行方は、西の指揮に委ねられていた。






あとがき
投下終了です。長くなりそうなので前後で分けました。
後編もできるだけ早く完成させます。
最終更新:2016年08月10日 10:09