924 :硫黄島の人:2015/09/06(日) 19:35:34
硫黄島の戦い 終
1950年 東京
「ごめんください」
東京の下町にあるパン屋に、一人の男が入って行った。気軽な様子でも背筋が張った姿だ。同属が見れば、一目で軍人だと、それもかなり厳格な部隊にいたことが見て取れる。
「……また、あんたか」
ラジオでニュースが流れる店内で、先ほど焼きあがったばかりのパンを並べながら店主が応じた。客に対する態度ではないが、終戦から苦労しつつ、店を再開した時からこの対応をとり続けている。
客の方も苦笑して、「いつものを」と注文をいうだけだ。
そのときにはすでにハムサンドとアンパンが紙袋に入れられている。
仲が良いのか悪いのか、よくわからない二人であった。
「……いくのか?」
「ええ」
対馬。
大東亜戦争から五年、隣国のある半島で起きた戦争は日本にも飛び火していた。それを受けて、新たに組閣された挙国一致内閣は参戦を表明していた。
この国は、また戦争をはじめなければならないのであった。
「ようやく、守りきった国をあんな連中の好きにはさせられませんよ」
「神聖な国土の一部ってか?」
「今回は自分たちが攻める側、戦艦と一緒です」
「硫黄島じゃ、ひどい目にあったぜ」
店主は皮肉気にいうが、別に悪気があるわけではない。ただ、昔を思い出しただけだ。
客のほうもそれは分かっているから別に怒ったりはしない。
「自分は世話になった方ですね」
店主が知る限りこの憲兵出身の客は、本土から出たことはなかった筈だ。そんな人間が戦艦の砲撃を見る機会など、一つしかない。
「5・3事件の馬鹿騒ぎか?」
「最後に大仕事が待ってましたよ」
「あんたも苦労してんだな」
店主はそう言うと、注文に加えてもう一つ包みを差し出した。客が不思議そうにするとそっぽを向きながら答えた。
「選別のカステラだ、もってけ」
「そういえば、戦前は出していたんでしたね」
「……知ってたのか?」
「ええ、まぁ」
客はごまかすように苦笑した。店主は不思議そうにしながらも店の支度に戻る。
別れの言葉は一言だった。
「達者でな」
客は会釈でそれに答えると、店を出て行く。そして、一人つぶやいた。
「さすがに、二度は死ねません」
あとがき
遅くなった上に、短くて申し訳ありません。
このままだと、いつになったら完成するのか分からないので出来た分だけでエピローグを投下させていただきます。
最終更新:2016年08月10日 11:23