83 :わかる?のひと:2014/04/21(月) 00:58:05
奥羽地方。
日本亜大陸本州島の北東部に位置する、この緑深い地方の一角の、とある神社。
その本殿で丸まった、大きな毛玉があった。
僅かな隙間から漏れてくる夕日の明かりを無視してほんのり黄金色に燐光を発するそれから、突如声が漏れた。
「そうじゃ。京の都に行こう」
甘やかな声であった。
どこか不敵で、どこか傲岸で、それでいてどこか蠱惑的な。
すっくと四つ足で立ち上がった彼女は、それは見事な狐だった。
しかし。
「撫子さまにも久しくお合いしておらぬからのう」
九本の尻尾をふんわりと振ったそれは、ただの狐ではなかった。
九尾の狐。
もしここに俗人がいたとしたら、この場の余りに色濃い霊気とともに当てられ、たちどころに己を見失っていただろう。
まさしく、神話伝承の世界の存在だった。
「善は急げという。神社の者どもには手紙でも置いておけばよい」
もういちど軽く尻尾をふると、『手紙』がどこからともなくあらわれ、奥の間にふわりと鎮座した。
「うむうむ。これでよし。さて、ゆこうかのう。とはいえ、あれだ。近頃の世にこの姿で出ては、騒ぎになりかねぬ。うむ、そうじゃ」
良いことを思いついたと言うような声ととともに、あたりを満たしていた霊気が狐を中心として収縮してゆく。
柔らかな燐光もそれとともに集束し、目を刺すような白光へと変化する。
白光が一瞬にして消え、先ほどまでの濃い霊気も、どこかに吸い込まれたかのように希薄になった。

84 :わかる?のひと:2014/04/21(月) 00:58:36
「ん、む。こんなところかの?」
明かりが失せて色濃くなった暗がりの中、二本足で立つ姿。
草履。白足袋。緋袴。白衣。千早。
そこにいたのは、有り体に言って巫女の姿をした女性であった。
ただし。
瞳は蕩けるような黄金色で、髪は淡く金に色づいた白銀。この薄暗がりの中でなければ輝くかのように見えただろう。
妙に整った顔立ちは減り張りが大きく、この日本亜大陸でも少数系であるコーカソイド系住民の特徴が見て取れる。
「うむむ」
おもむろに彼女は、その自らの顔を両手でぺたぺたと確かめていた。
そして、少しばかり大きめの唇を満足げにほころばせながら、鼻を軽く鳴らした。
「ふむん。うまく出来たか。久しく変化しておらんかったわりには、な」
しかし。
白衣と緋袴をこんもりと盛り上げる豊かな胸と尻。
特に前者はその雄大さの割には一切形が崩れておらず、さらに腕を動かす度にふよんふよんと揺れて自己主張をしていた。
日本神話に於いて、狐は豊穣をもたらす宇迦之御魂神の使いだとされる。
だとすれば、彼女のこの有り様は、有り得ないとは決していえない。
洋の東西を問わず、豊満な乳房は豊穣のシンボルでもあったのであるから。
とはいえこの日本に住む一部の人間が彼女を見たら「お前のような巫女がいるか!」とか「つまりエロ巫女様ですねわかります」とか「お前に足りないもの、それは!庭箒・狐面・丈長・もふもふ尻尾・狐火・白鞘日本刀・ニーソ!そして何より!狐耳が足りない!」とか突っ込みを入れられること請け合いの姿ではあった。あと最後のは後半は巫女風コスプレである。

85 :わかる?のひと:2014/04/21(月) 00:59:28
その後。
お膳を供えに来た宮司がもぬけの殻になっていた本殿を見て愕然とし、置き手紙(木の葉に書かれていた。かの狐は伝統主義者なのだ)を読んで慌てて山を下り、村の電話を借りて総本社に電報を打ち‥‥と泥縄的ながらそれなりに適切に対処した。
手紙には「しばしのあいだ きょうのみやこにゆく」とあったため、京都に所在する稲荷神社の総大社にゆくのだろう、と単純に考えて連絡を取ったのである。
問題は、当の本人、もとい本狐の目的は、全然そちらではなかったことだが。

これは誠に余談であるが。
お狐さんの気まぐれな移動によって発生した霊的バランスの変動によって、日本各地で様々な霊的事件が誘発され、このため各地の宗教勢力および退魔組織を軒並み混乱と残業に追い込んだという。

時に、江戸幕府とそのブレーン達によってその初期設計が行われ、日本政府によってその整備事業が引き継がれた超巨大都市東京は、『都市として存在すること自体を霊的防御儀式とする』というトンデモ要塞都市領域である。このため上記の霊的変動の波は外縁部で食い止められることとなり、その影響はごく少なかったといえる。
ただそのおかげで、東京の中心近くでぐーたらしていた撫子さんがお狐さんの移動に気付かなかったという笑うに笑えない事情もあったりするのだが。

86 :わかる?のひと:2014/04/21(月) 01:00:03
以上。転載とかいつも通りpermit allです。

あえて題をつけるとしたら『【ネタ】お狐様、東京へ行く』でしょうか。
今のところ京都を目指しているのは、ドテラ撫子さんが居宅を東京に移したことを知らないからですね。
神社の奥でぐーたらしていたために時代に取り残されているのです。

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最終更新:2016年08月11日 17:04