373 :ひゅうが:2015/04/18(土) 20:35:42
「北号作戦」――日本帝国海軍が実施した「南方地域間食糧輸送作戦」の秘匿名称。
南方地域から日本本土へ向けて実施されるものを「南号作戦」とし、これが米軍潜水艦隊との死闘の代名詞となったことはよく知られるがセットであった本作戦を知る者は少ない。
発案者は、陸軍南方軍の軍政面における事実上の最高指揮官となっていた今村均大将。
軍政開始当時、南方軍ではそれぞれ別兵站に頼っており、たとえばタイランド方面は食糧が有り余っているのに、仏印方面は食糧不足ということが頻繁に起こっていた。
ことにソロモン方面で激戦が展開されていた頃は、指揮系統の違いから仏印からの食糧大量供出という事態が発生し、現地感情の悪化を招いている。
これを問題視した大東亜省と軍需省は、その権限を用いて「行きの大船団に護衛された中小の旧式船舶をもって南方地域間の輸送作戦を実施する」ことを決定。
重要視されはじめていた島嶼間防衛の際に必要とされた中型輸送船を必要とした陸軍側の事情も重なり、本作戦は「南方への兵員輸送用に明治時代頃の旧式船舶を加えた大船団を派遣し、兵員を下した後は南方にとどめ置き使用する」という方法で船団輸送を実施。

これにより、43年初頭よりジャワ島やタイランド湾からフィリピン・仏印方面への食糧輸送が本格化。
現地治安の急速な向上に加え、インドにおいては大飢饉に陥っていたベンガル地方における反英暴動の発生を助長することになった。
(なお、この作戦において南方軍と仏印や蘭印現地組織との間に秘密取引があったといわれるがその証拠資料はほとんど存在しない)
また、戦線縮小や再配置にこれらの旧式船舶は大きな威力を発揮し、ニューギニア・ソロモン方面からの迅速な撤収とマーシャルからの兵力再配置を実現している。

大戦後期になるとこうした大規模行動は旧式船舶には不可能となるが、護衛艦隊による統制を得て海南島やブルネイなどにいったん物資を集積する北号作戦とそこから本土へ向けて高速ダッシュをかける南号作戦という担当わけが成立した。
これにより主たる襲撃海域となるフィリピンや台湾沖での船団運行速度は著しく向上。
襲撃は困難を極めることとなった。
一説には、これこそが米軍によるフィリピンと沖縄侵攻方針を決定づけたひとつだともいう。

戦後になると、これら旧式船舶は日本兵の引き揚げ用に用いられた後で物的賠償として現地植民地政府へと渡ることになった。

378 : テツ:2015/04/18(土) 20:41:02
優良船舶(巡航14ノット)と旧式船舶(よくて8ノット)を分けて適宜適所で運用できるようになるのは、船団を組む側でもやりやすいですからね

379 :ひゅうが:2015/04/18(土) 20:45:22
そうですね。船舶の近代化があれやこれやでつぶれていたことからちょっと根に持っていた官僚たちが戦時であることをいいことに、本土の船舶類を一気に近代化しようと図ったのも実施理由ですね。
ただそうして増産した船舶類も一時は全部大陸に持っていかれそうになったために、戦後に彼らの恨みを買うことに…

381 : テツ:2015/04/18(土) 20:46:27
内航用の750t級戦時標準船や機帆船(所謂ポンポン船)ですら、史実では南方からの資源輸送に使わざるを得なかったけど、こっちの世界ではそこまで追い詰められてないのが救いですな
最終更新:2016年08月11日 19:22