113 :四〇艦隊の人:2016/07/03(日) 19:48:34
10月。
吹く風には秋の匂いが混じり、道行く人々の服装にも秋の色が見え始めたある日の昼下がり。
芸能界に君臨するトップアイドルの一人、『魔人シンデレラ』渋谷凛は横須賀を訪れていた。
理由は特にない。
その日横浜で予定されていた撮影が機材トラブルで延期になり、他にやる事も無かったので横須賀に来たのである。
横須賀の町の店々のウィンドウには間近に迫った海軍兵学校文化祭のチラシが貼られている。
凛自身は文化祭のほうには今のところ参加しないが、みく、アナスタシア、のあの三人と未定だがもう一人の計四人が出演するため、相応の集客が期待されているらしい。
その上、十年ぶりに就役する海軍の新鋭空母「加賀」の就役式典も行われるため、横須賀一帯は今お祭りムードに沸きかえっている。
それを横目に凛は武蔵が接岸している埠頭の見える高台に向かってゆっくりと歩いていく。
途中でいくつかの店を冷やかしたりしながら一時間ほど歩いて高台にたどり着いた凛は眼下に存在する武蔵をじっと見据えた。
無言の威圧感を放つその巨体に超えるべき目標を重ねながら。
その頭上を洋上訓練に向かう四機の戦闘機が高速で飛びぬけていった。
【ネタ】渋谷凛は平行世界で二週目に挑むようです【その9】
もはや常連といえる喫茶店「fantasy party」へ向けてブラブラと街を歩く。
四時過ぎ頃に店の前に到着した凛はドアを開けた。
カランとベルの音が響き、いつものウェイトレスが「いらっしゃいませ」と凛に声をかける。
時間が時間だからか店内に客の姿は無く、店内にはゆったりとしたジャズが流れている。
「いつもので」
「かしこまりました」
彼女の定席である窓辺の奥の席に座り、最近読んでいる本(『南雲忠一の愚痴 ―「海保の父」の素顔―』1988年刊行)を開いて一息ついたところで、凛は店主が居ないことに気がついた。
いつもはカウンターの中でコーヒー豆かサイフォンをいじっている店主の姿が見当たらない。
「…………あれ?」
思わず疑問が口に出たところでウェイトレスがアイスコーヒーとサンドイッチのセットを持ってきたことでその疑問は打ち切られた。
114 :四〇艦隊の人:2016/07/03(日) 19:50:40
代わりに出てきたのはこのウェイトレス、通称「ナナさん」についてである。
凛は基本、以前の蘭子とこの「ナナさん」、さらには仕事で会った様々な人脈から元の世界とこの世界の人間は同姓同名のよく似た別人である、と考えることにしている。
楓やきらり、杏のように元の世界とほとんど変わりのないものもいれば、蘭子のように苗字が異なるもの(といっても芸名として婿養子に入った父方の神崎)。
卯月(あくまで凛の主観だが元の世界に比べて黒い発言が多い)や、未央(同じく凛の主観だが元の世界に比べて落ち着いた言動が目立つ)のように若干性格が異なるもの。
元の世界では凛の知る限り事務所に入るまで特に関わりのなかった松永涼と木村夏樹がこの世界では同じバンドのメンバーだったり、みくの様に相対的に元の世界より不幸な目にあってるものもいる。
だがその基準に照らして考えると、どうにもこの「ナナさん」は不自然に凛のことを知っている気がするのだ。
少なくとも凛はこの世界の「ナナさん」の前でコーヒーに入れる砂糖の話をした記憶はない。
しかしその割には凛と東雲、そしてここのマスターが
夢幻会関係の話をしているときにはマスターが適当な理由をつけて店から追い出している。
マスターに聞いてみても「個人情報は本人に聞け」としか言わないし、東雲に聞いても「最初に会ったのは四、五年前で、髪の毛の長さぐらいしか変化がない気がする、あと今は首筋の後ろで一まとめにしているが、昔はポニーテールだった」ということしかわからなかった。
いい機会なので、この際前世でも謎に包まれたウサミン星人の正体を暴いてやろうと思い、凛は「ナナさん」に話しかけた。
「そういえば二人で話すのは久しぶりですね、安部菜々さん」
「そうですね、凛ちゃん…………あ゛」
口を開いて一言目でボロを出して硬直し、ガマの油のごとく冷や汗をかき始めた菜々に営業用の笑顔でニッコリと微笑みかけ、凛は釘をブッ刺した。
「色々とお話をお聞かせ願えますか?色々と」
冷や汗をダラダラ垂らしながら後ずさる菜々を壁際に追い詰める。
そして頭の両側に手を突き逃げられないようにし、その笑顔のまま尋問を始めようとした時だった。
カランとベルの音が響き、店内に新たな客が入ってきた。
助かった、という雰囲気で笑顔を浮かべた菜々が入り口へ振り向き、そして硬直した。
そのただならぬ様子に凛もあわてて振り返る。
入り口から大男が入ってきたのを確認した凛は菜々と同じように一瞬硬直した。
逆光で顔が確認し難いが二メートル近い身長、ドアの幅に近い肩幅、岩石から削りだしたようなゴツイ顔立ちにサングラス、黒いスーツに脇の下の妙な膨らみ。
そこまで見て凛は警戒を解いた。
というか、知り合いだった。
「……新堂大尉?」
「はい。お久しぶりです、渋谷様」
「どうしたんですか、こんなところまで」
「任務です。…………閣下、どうぞ」
新堂は店内を一通り見回した後、外に向かって声をかけた。
115 :四〇艦隊の人:2016/07/03(日) 19:51:22
再びドアが開き今度は二人が入ってくる。
一人は知らない顔だったが、もう一人は凛がここ数ヶ月で否応なく付き合う羽目になっている男だった。
「よう、久しぶりだね、ナナちゃん。…………む?」
「やあ、久しぶりですね、ナナさん。おや?……ああ、渋谷さんですか。お久しぶりです」
この国の統治の実務の最高責任者、神崎博之首相は少し驚いた顔をしたがすぐにいつも通りの調子に戻ってそう言った。
凛は神崎の顔に「面倒事」と書いた紙が貼り付けてあるのを幻視して心中で小さくため息をついた。
「違法薬物?」
「ええ。人の仕事を増やすのが大好きな輩が本当に多いんですよ」
大陸とか枢軸とか大陸とか半島とか大陸とかあと大陸とか、と常とほとんど変わらない表情で神崎首相は言った。
しかし、彼のこめかみに青筋がくっきり浮いているのを見れば内心は明らかである。
ちなみに凛に狙われた「ナナさん」は神崎が注文したコーヒーを出した後、カウンターの奥に引っ込んで神崎と一緒に来たもう一人の男の接客をしている。
上手く逃げられた形だ。
いつか絶対問い詰めてやる、等と考えながら凛は神崎に意識を向け直した。
「で、私に何をしろと?」
「神崎さん、そこからは私が話そう」
いつの間にかカウンターでナナさんと話していた男がカップと灰皿を片手にこちらに来ていた。
「はじめまして、渋谷凛さん。帝国情報局第一部の堀辺だ」
淡々と話す男に会釈をし、凛は目線で続きを促す。
「第一部では現在旧枢軸、中華勢力の日本国内におけるスパイ網の調査、および掃討作戦を行っている。その一環として活動資金の一部になっていたと見られる麻薬組織を捜査した際押収した資料上に複数の芸能界関係者の名前が出てきた」
そう言うと堀辺は紙ナプキンに万年筆で三人の人物の名前を書き出した。
その三人のうち二人は凛にとっての前の世界でも薬物事件を起こして逮捕されたとニュースが言っていたような記憶がある。
しかし、三人目の名前を見た瞬間そんなことは全部頭の中から吹き飛んだ。
如月千早。
機械で書かれたかのような綺麗な文字は、確かにそう書かれていた。
116 :四〇艦隊の人:2016/07/03(日) 19:57:31
突込みが怖いですがとりあえず一端ここまで。
断言しておきますが千早はシロです。
どちらかというとまず出てくるはずのない場所から名前が出てきてしまったので、疑うのが仕事の人たちに疑われている状態。
気がつけばアニメも終わり、デレステはそろそろ一周年が見え、アイマスはそろそろ11周年でしょうか?
これからも出来るだけ早くあげたいと思います。
余談ですが正直書いてから起こった事で何より驚いたのは海自の新DDHの艦名が「かが」になった事ですね。
最終更新:2016年09月13日 11:14