76 :ひゅうが:2016/09/17(土) 15:25:42
戦後夢幻会ネタSS――「1962年10月27日」



「天佑まさに我らの手にあり!全艦突撃せよ!」

やけに男前な司令長官が左手を振り下ろす。
ああ、これは東郷さんのエピソードを引用したのか。

しかしキンケード艦隊が堅実だが凡庸扱いされているのは少しひいきの引き倒しというものだろう。
彼は水陸両用戦の大家だし、ソロモンでは自分達も大いに苦しめられた。
知的な計算とパイロットの心を掴む機微を見せつつも、鬼気迫る勢いでレイテ湾へ突撃を開始したハルゼー提督の演技は新鮮な印象だ。
近年の研究のおかげでレイテ沖の資料がそろいつつあるため極めて公平といっていいだろう。
円谷組の神髄ともいえる臨場感あふれる海上ジオラマ――たしか海に見立てた部分を寒天で描いたのだったか。
その上からみるレイテ湾は迫力満点だ。

ちらりと後ろの席を見てみる。

多くのアメリカ人が絶望的な表情をしているのがわかった。
それはそうだろう。
こんど製作されることになった「バルジ大作戦」における大敗北とならんで、このレイテ沖海戦はアメリカ人にとってトラウマそのものなのだ。
一周回って敵愾心が恐怖心に変わるほどに。


「ミフネ…」

米国人の婦人が、日本一有名な俳優の名を呟く。
あの「七人の侍」とはちがってどちらかといえば志村喬演じる官兵衛のような役柄であった彼がレイテへの進撃命令ではじめて感情をあらわにしたのだ。

近衛…もとい徳川さんが黒沢さんでなく岡本さんを無理をいって呼んだらしいがそれは大当たりといったところだろう。
テロップ満載であり、それがすべて英訳されているのは米国側スタッフの努力の賜物だろう。
黒沢監督と一緒に仕事をしたがっていたあの監督には悪いが、総監督という形で黒沢さんが関わり、脚本のチェックや一部演出をお願いしたのだから許してほしいものだ。

そして、燃え上がるレイテ湾。
火災旋風の発生とともに日本側登場人物の顔も青ざめる。
関東大震災の説明と、アメリカでの事例もさっと紹介しているが、この大爆発はどう見てもアレだろう。
テラー博士いわくおしゃれなマッシュルーム。
今の時期にこれはかなりタイムリーである。

「戦いは、これからだ!!」

米国側主人公とともに、スプルーアンス提督が吼えて映画は終わる。
以下続編へ、というところだろう。
席を立つアメリカ人たちの顔色は、恐怖と衝撃、そして興奮に染まっていた。
少なくとも陽性の気風であるが、半分やけをおこしているともいえるかもしれないが。


西暦1962年10月27日。時刻はすでに0時をまわったところだ。
映画館を出て、ポトマック河畔を歩く。
すでにいたるところで退避壕であるらしい穴が掘られ、対空機関砲らしきものが据え付けられている。
そんなものを配しても、音速の7倍以上で突っ込んでくる弾道弾にはまるで役には立たないのだが。

目的のベンチでは、すでに黒ずくめの服装であるいかにも事務方らしき男が待っていた。


「ジュピターやアトラスは準備を完了済み。海軍艦艇の展開も…あのイリノイとケンタッキーが出撃するあたり、泥縄的な印象がぬぐえませんな。」

「提督にそうおっしゃられると、立つ瀬がありませんよ。」

男の顔色は悪かった。

77 :ひゅうが:2016/09/17(土) 15:26:52
「キューバ情報筋からの報告では――」

「かのパパ・ドクは最後の一兵まで戦い抜く覚悟らしいですな。ヨウ素剤が配布されたとか。」

「耳が速い。枢機卿、ですかな?」

そのようなものです。
阿部俊雄という名になっている男は微笑した。
それで気おされる様子である男は、若い。
司法長官 ロバート・ケネディ。
現大統領の弟である。

「エクスコムでは――」

ぴくりとロバートが身じろぎする。

「おそらく侵攻派が優勢でしょう。」

「ですな。」

少し恨みったらしい目でロバートがこちらを見る。
今回の、通称「ハイチ危機」において、もっとも機敏に反応したのは極東に展開する日本国防軍だったからだ。
それで事態がエスカレートしたのでは、という疑いを彼らが抱くのも無理はないだろう。

「まずは、これをご覧ください。」

東洋的微笑を保ったまま、阿部は英訳した数枚の文書を手渡した。
情報の裏付けは、意外に簡単だった。
何があるのか知らないで手当たり次第にひっくり返すのと、何があるかを知っていてその命令を確認するのは非常に簡単なのだ。

特にソ連軍という巨大な官僚組織の中にあっては。

「…!」

ソ連軍事顧問団は、すでにハイチ国内に30発の戦術核弾頭とそれを搭載するIRBM(中距離弾道弾)を配備済み。
加えて、4発の大威力戦略弾頭も配備されている。
これらは、ドミニカ駐留米軍の越境か攻撃が開始されると同時に米本土へ撃ち込まれる。
そして、朝鮮戦争における核報復合戦を教訓にしてソ連軍は動き出す準備を整えていた。
そうした内容がその数枚の紙には記されていた。

「つまるところ、我々の真意は大統領閣下と同様です。」

「つまりは――海上封鎖すべきだと?」

「どこぞの補佐官殿が胃穿孔で倒れる前から主張していたように。侵攻を前提とした封鎖ではなく、強力な海上艦艇による封鎖です。五月雨式に兵力の投入量を増やしては、暴発の危険性をあおるだけです。」

「ますます耳が痛い。」

ロバートは、参ったといいたげに苦笑した。

「ですが、これはいいことを教えていただいた。侵攻作戦推進派に対する強烈な一撃になります。」

「枢機卿も、おそらく核による全面的な潰しあい(ドゥームズデイ)は避けたいという意向なのでしょう。そして――」

「フルシチョフも同様。ええ。わかります。これを見た今では。どう見てもおびえたハリネズミが毛を逆立てている状態だ。」

ロバートの顔に血色が戻った。
伊達男らしい不敵な笑みが彼の持ち味。それが復活している。

「ならば、交渉されることです。世界は十分恐怖を味わいました。
あとは、西側自由世界にとって代替手段がありながらもソヴィエトにとっては恐怖の対象である何かを取引材料にすれば、案外あっさりフルシチョフは折れるかもしれませんよ。」

ええ。確かに。
ロバートはそういって、やっと自分が膝上においたままになっているものに気付いたようだった。
サンドイッチだ。

「いかがです?提督。」

「いただきます。」

新鮮なサーモンを朝スモークしたばかりであるものに特有なあの幸福な感覚。
レモンソースは、同じく北米東岸名産のエビのスモークともよくあう。

「明日も、明後日も、これが食べられる。幸福なことですな。」

「ええ。――戦いはこれから、ですよ。」

78 :ひゅうが:2016/09/17(土) 15:28:07
【あとがき】――久しぶりに一本書いてみました。
最終更新:2016年09月22日 08:10