427 :yukikaze:2016/09/22(木) 22:34:33
T-80神を讃えよ。オブイェークト(敬虔に十字を切る)

 

西側戦車を撃破せよ――T-80物語


冷戦期において、ソ連は姿の見えない巨人であった。
元々この国は、他国に情報が漏れることが少ない国なのだが、『クレムリンの枢機卿』の存在が明らかになって以降は、ますますその傾向を強めることになっていた。
故に、西側の軍事関係者は、ソ連の動向を万難を排してでも獲得しようとしたし、その厚いベールに隠れた新型兵器の存在の不鮮明さに恐怖することになる。

そしてその中でも、もっとも西側諸国の軍人に警戒感を与えたものこそ、秘匿名称「オブイェークト219」

西側戦車を叩き潰すために産み出されたその存在はT-80と呼ばれることになる戦車であった。

さて・・・T-80を語る前に、ある戦車について語らなければなるまい。
オブイェークト430。仮に正式採用されたならば、T-64と名付けられるはずだった中戦車である。
戦車設計の名門中の名門と言っていい、第60設計局が作り出したこの戦車は、水平対向エンジン採用による機関室のコンパクト化、M60戦車の105mmライフル砲を凌駕する威力と遠射性能を保証し得ると見なされた115mm滑腔砲D-68Tと高い発射速度を保障する「コルジーナ」自動装填装置、西側のあらゆる砲弾を跳ね返す「耐砲弾複合装甲」を備え、世界最高の速度性能と装填手がいらなくなったことで、内部のコンパクト化を果たし、36t程度で納めた同戦車は、間違いなく傑作戦車になるはずであった。

だが・・・結果は散々だった。
あまりにも新機軸を導入しすぎたお蔭で、稼働率は整備兵が真っ青になって寝込むほどになり、長距離での当たらない打ち合いより中~近距離での戦闘を重視したことで、滑腔砲の遠距離での命中率は散々なレベル、しかも西側で採用されることが確実視されていた、M60やレオパルド中戦車が、諜報の結果、彼らの想像を上回る戦闘力を発揮しており、当初予定されていた交戦距離では、必ずしも有利になるとは言えないことが判明したのである。特にFCSがソ連の予想よりも優れていたことも判明した時点で、この戦車の価値は一気に激減することになる。
そして止めを刺したのが、「コルジーナ」自動装填装置と水平対向エンジンで、コルジーナは、信頼性をどこかに置き忘れたように不具合を連発し、戦車兵から「こんな危険な装置を載せる位なら、装填手を今すぐ乗せろ」と怒鳴られ、エンジンについても「どこのどいつだ、こんなクソのようなエンジンを設計したのは。V-54持ってこい!!」と、整備兵がスパナを投げつけるレベルであった。

史実だとここまで炎上しても尚『西側諸国を凌駕する最新鋭戦車』というブランドを守るために、ブレジネフが採用を認めたのだが、この世界では、ブレジネフが戦車学校で同戦車を見学した際、大祖国戦争時代からの知り合いであった一人の戦車教官が、意を決して直訴したことで(教官曰く『貴方が勇敢な心でナチ相手に突進した時に乗った偉大な戦車ではありません。これはただの鉄クズです』と叫んだとされる。

軍の指揮経験が全くなく、武勲に対してコンプレックスを持っていたブレジネフにとってこのセリフは、彼の虚栄心を満足させると共に、その虚栄心を守るために、この問題を無視することは彼のプライドとしてできなかった)、とうとう引導を渡されることになる。
同戦車の設計者であるアレクサンドル・モロゾフが、これまでの功績から名誉までは剥奪されなかったものの、実権は剥奪され、おまけに「第60設計局は今後、戦車設計は禁止」という通達まで受ける羽目になる。
以後、同設計局は、ウラル設計局の下請け扱いになるという屈辱を受け、それが冷戦後にその時の因縁が噴出することになるのだが、それは別の話である。

こうしてオブイェークト430は、史実と違い、歴史の闇へと消えていくことになるのだが、その代わりに脚光を浴びた戦車こそ、オブイェークト172ことT-72戦車であった。
カルツェフ主任技師とS.ズヴェレフ輸送機械工業大臣の心温まるエピソード(カルツェフが横紙破りをする→ズヴェルフがキレてカチコミをする→拳での語り合い→ウォッカ片手に試作車両に乗って、戦車砲をぶっ放す」という行動を少なくとも10回はやっている:ちなみにこれ史実です)の元産み出された同戦車は、性能・信頼性・取得コスト全てにおいてオブイェークト430を上回っており、ソ連戦車兵は待望の新型戦車にウオッカ片手に「ハラショー」と叫び、ソ連陸軍上層部も満面の笑みで、カルツェフに対してロシア式のハグで親愛の情を表し、何も知らない西側諸国の同業者は、突如現れた同戦車に、恐怖の声を上げることになる。
(特に矢面に立たされるドイツ陸軍は酷かった。)
 

428 :yukikaze:2016/09/22(木) 22:35:29

もっとも、こうしたソ連の得意も終りを告げるのは早かった。
かつてと比べると協力者が激減することになり、海外の情報を手に入れることに困難を生じていたKGBが、
レオパルト2計画を入手したのだが、その情報によると、ドイツの新型戦車も又、防弾鋼板の箱の中にチタン合金で拘束したセラミック板をハニカム構造に何層も敷き詰めた複合装甲を採用し、更には射距離2,000m以上で新世代のソ連製MBTを撃破するのが目標とされていたことが明らかになったのだ。
おまけに、同戦車はアメリカも深く関心を持っており、西側の標準戦車になる計画すらあると結論付けられていた。
それを知ったブレジネフは、即座にT-72の強化と、西側戦車を打ち破る新型戦車開発を下命した。
戦車王国であるソ連は、常に最強の戦車を配備しないといけないと信じて疑っていないブレジネフのこの発言に、ソ連陸軍の上層部も同意したのだが、問題は、つい先日場外ホームランをかっ飛ばしてくれたウラル設計局は、T-72の改良と、東側諸国へのライセンス生産でのやり取りが忙しく、第60設計局は、前回の失態があまりにも大きすぎて、ブレジネフの不信を買い、今回使うのは不可能であった。
故に、ソ連陸軍は、KV戦車以降、重戦車設計の老舗というべきレニングラード・キーロフ工場(LKZ)設計局に「西側の戦車を完膚なきまでに叩き潰す戦車」の設計を厳命することになる。

さて・・・久方ぶりに新型戦車の設計を任されたLKZ設計局であるが、ハードルは極めて高かった。その最大の理由は、現状、T-72で使われている戦車砲や装甲材は、量産できるタイプの中では最良と言っていいものであり、基本これらを利用して強くしないといけないのである。
更に言えば、オブイェークト430の大失敗を目にしている事から、新機軸の導入を最低限にしつつ、且つT-72との差別化を図らなければいけないのである。
主任技師であるポポフが、ヤケ酒を飲みたくなるのも無理はなかった。

こうした状況から、ポポフが到達したのは以下の特色であった。

・ 直接防御だけでなく間接防御の強化
・ 対戦車誘導ミサイル・システムの採用
・ ある程度の助長性を持たせることにより、長期間改修することでの戦力維持
・ 技術的に無茶な冒険はしない

故にポポフは、ソ連上層部が当初求めていたガスタービンエンジンの使用をあっさりと諦めていた。
出力/重量比の良さからくる路外踏破性能の向上や、機関室の大幅削減、加速性能の良さは魅力的であったが、燃料消費量のすさまじさや、整備兵に対する教育や、安定した部品供給等の兵站上の問題を考えると、あまりにも爆弾過ぎた。

「我々は、オブイェークト430の失敗を繰り返すわけにはいかんのです」というポポフの言葉にブレジネフを始めとするソ連上層部も、それが正論であるが故に、自論を押し通すことは不可能であった。

そしてそれは他の項目においても同じであった。
以下、同戦車の特色を上げてみる。


基本構造については、圧延鋼板の溶接構造で、前面の上部装甲分に圧延鋼板+グラスファイバー積層樹脂板+圧延鋼板の複合装甲を採用している。
RHAに換算した対APFSDSでの防御力は砲塔前面で500mm、車体前面で420mm程度とみられているが、
1982年には、イスラエルから奪取したERA(爆発反応装甲)を基に開発が成功した「コンタークト」を装備することで、その耐弾性能は増すことになる。
車体側面のスカートは防弾鋼板とラバー薄板を組み合わせたもので、さらにERAのボックスが装着されている。
砲塔前面と車体前面下部にも、成形炸薬弾対策のラバー薄板が取り付けられている。

足回りについては、トーションバーサスペンションで懸架されたアルミ鋳造製の転輪(ソリットゴムタイヤ付、片側6個)と、リターンローラー、誘導輪、星形駆動輪を組み合わせたもので、各側第一、第二、第六転輪のアームには油気圧式伸縮式の緩衝ダンバーが接続されている。

 

429 :yukikaze:2016/09/22(木) 22:36:07

ソ連の戦車として最も変化があるのが砲塔である。
ポポフは、従来の御椀型の鋳造式砲塔を取り止め、砲塔下部に半燃焼式薬莢と弾薬を充填する自動装填装置も廃止し、代わりに砲塔後部に即用弾22発入りの自動装填装置を収めるバスルを追加している。
どちらかというとチーフテンに近い砲塔の形状となっており、ソ連陸軍においても「砲塔が大きすぎる」と難色を示していたが、車内及び砲塔の容積を増やしておかないと、改装に限界が生じると主張し、最終的には「長く使える戦車を」という財務当局の意向もあって渋々認めている。
新型砲塔には前面と側面に複合装甲が封入されているが、この複合装甲は防弾鋼板と非鉄装甲材料の多層構造となっており砲塔前面で6層、砲塔側面で5層となっている。
車体・砲塔の各部には、多数の増加装甲板やERA(爆発反応装甲)のボックスが取り付けられている。
車体前面と砲塔前面にはERAのボックスがボルト止めされているが、このERAはHEAT(対戦車榴弾)や対戦車ミサイルなどの成形炸薬弾だけでなく運動エネルギー弾にも効果があるとされている。

なお、湾岸戦争でのT-72輸出モデルの悲惨な最期を目の当たりにして、LKZ設計局は心底安堵の溜息をついたとされる。

主砲の51口径125mm滑腔砲は、T-72戦車に用いられた2A26M2から改良型の2A46に変更されていたが、更に同車両では、遠距離での命中精度を上げる為に、熱による歪みを補正するためサーマル・スリーブで覆われており、途中に排煙機が取り付けられている。
使用弾種は基本的にAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)、HEAT、HE(榴弾)であるが、西側戦車に対して完全なアウトレンジ攻撃を可能とすることを狙った対戦車誘導ミサイル・システム9K112「コーブラ」(コブラ)を搭載している。
コーブラ・システムで使用される9M112対戦車誘導ミサイルは、通常の砲弾と同じように主砲薬室に装填されてから発射されるようになっており、誘導方式は無線式半自動(誘導照準環の十字線に目標を捉えていれば、自動的に成形炸薬弾頭を持つミサイルが指向する)である。
有効射程は100~4,000mで、当時の西側MBTで最も脅威であったドイツ軍のレオパルト2戦車が装備するラインメタル社製120mm滑腔砲をアウトレンジできる能力を持たせようとしている。
火力面でもレーザー測遠機付き照準機1G42を搭載した他、対戦車誘導ミサイル用の照準誘導システム1A33を導入している。

もっとも、昼戦においては交戦距離は高性能炸薬を用いたならば4,000mまでは可能であったが夜戦においては1,300mであり、これはこれ以降も最優先で改良されることになる。
(最新型では3,000mの範囲までカバーすることができている)

エンジンについては、当初はT-72で使われたエンジンの改良型を導入しようと考えたが、アンダーパワーであることが見込まれたため、オブイェークト430で採用され、同車両の不採用の原因ともなった6TD 水平対向6気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力1,000hp)を採用している。
5TD 水平対向5気筒液冷ディーゼル・エンジンの改良型であるが、こつこつと実用に向けて改良をしていたこともあって、原型と比べるとトラブルは比較的少なく、幾分アンダーパワーであるが実用上問題なしとされている。

1980年に対独戦勝45周年に合わせて公開された同戦車は、これまでのソ連戦車から一新されていたことから、西側諸国関係者に多大なショックを合わせることに、またもや成功する。
特に日本においては、「伝えられていた情報とまるで違う」と、パニックを起こされ、陸軍の長老である林将軍は「何が起きているというのだ・・・」と、呆然と呟いたとされる。
(なおソ連側は、吉田機関の反応に『遂に枢機卿から一本取った』と、お祭り騒ぎであったという)

一方で、同戦車は、FCSや各種機器の費用に予算をかけた事で、T-72よりもコスト的には1.5倍以上しており、さしものソ連もハイローミックスで対応するしかなかった。
また、同車両は、ウクライナのV.A.マールィシェフ工場と、レニングラードで作られることになるがソ連崩壊に伴い、ウクライナ側はロシアに無断でT-80の生産販売を行い、ロシア側の怒りを買うことになる。

2000年以降は、ロシアの主力戦車として製造が再開され、(T-72の改良型であるT-90は、ローとしてT-72を改修することで対応することが決定)主にヨーロッパ前面及び満州駐留のロシア極東軍に配備されており、アルマータの発表以後も、しばらくはロシアの主力戦車として君臨する予定である。
 

430 :yukikaze:2016/09/22(木) 22:46:02

本日二個目の投下終了。

T-80がT-84「オプロート」相当の戦車になっとるやんけと・・・

まあなんでこうなったかというとですね。

・ 極東危機により、共産中国の戦車は史実「アル・ハリード」相当に進化
・ 満州共和国はT-84「オプロート」に、北も「アル・ハリード」相当
・ ロシア? 主力はT-90ですが何か?

これだと幾ら何でも拙かろうというのが、今回の発端。
じゃあロシアの戦車を強化しようとした場合、何かしらのインパクトは必要。
だが、湾岸ショックは幾ら何でも遅すぎるし、かといって中東にT-72持って行って大惨敗させるにしても、1970年代後半にはT-80は量産している状態。

そして考えた。T-80は、T-64を基にしてできた戦車である。
逆に考えるんだ。T-64が試作のままぽしゃれば、T-80は全くの新設計で作ることができるじゃないか。ついでにいえば、技術的に無理に無理を重ねてぽしゃった先例があれば、ある程度の技術の暴走は防げるはず。

まあソ連は、ペーパープランとはいえ、レオ2に似た戦車なんてのも、冷戦時に提案したりもしているんで、西側に近い砲塔を設計するのもあながち無茶ではなくしかもその砲塔が、ソ連側も高く評価していたチーフテン類似ならまだ採用の芽はあると。
そして主要工場を二つにする事で、ロシアが冷戦以降も取得できる可能性を残すと。

まあT-64は、あの時代ではあまりに早すぎた戦車ですので、あれがポシャった場合ソ連戦車の系譜も変わるんじゃないかなと思った訳です。はい。

437 :yukikaze:2016/09/23(金) 00:40:47
ちなみに拙作世界のT-80(暫定版)の能力ですが、2000年代以降は

・ FCSはサーマル式視察・偵察装置を備えた西側第3世代MBT並みのものが装備
・ 映像情報は車長と砲手がモニター画面で共有。
・ 防御システムのオプションとして各種新型ERAボックスの追加
・ シトーラ1誘導弾攪乱システムは標準装備
・ エンジンは6TD-2ディーゼル・エンジン(出力1,200hp)が搭載。なお、改良型の6TD-3ディーゼル・エンジン(出力1,500hp)も開発済

と、なっていますので、能力的にはFCSや電子機器でやや劣りますが、レオ2A4レベルなら十分に勝てるレベルにまで進化しています。
ついでに言えば、総生産数は史実では4,500両とも言われていますが、こいつは維持費用コストの低減していますからねえ。
冷戦時代で5,000~6,000の間、2000年から10年間で500両は確実に増えているでしょうから東西に分けたとしても、欧州側にT-80装備した戦車師団(定数300程)と自動車化狙撃兵師団(定数200程)が、最低でも16個(戦車師団6、自動車化狙撃兵師団10で、定数4,000程度)はいるでしょうから、ドイツにしてみたら、過度の軍縮なんて唱えたら、ポーランド辺りから「馬鹿なの死ぬの」と言われるかもですねえ。

 

最終更新:2016年10月03日 13:22