113 :サリー型重巡洋艦:2015/06/10(水) 20:25:20
641,642先生の作品が再開したと聞いて、支援
※641,642先生の作品に登場する艦を勝手に妄想してるだけなのでお気を付けください
※出典については前スレ987参照
イギリス版利根、と言う話なのだが英海軍の性質に寄せまくった結果がこれだよ

サリー型重巡洋艦
基準排水量 10,200t 全長・全幅186.9×19.3m
機関:パーソンズ式ギヤードタービン4基4軸 アドミラリティ式重油専焼三胴型水管缶4基
最大出80,000HP 航続距離:12kt /12,200浬 最大速力:32.5kt
装甲―タウン級第1、2群に準ずる
武装
50口径20.3cm砲MK.VIII 2連装2基(前部のみ) 45口径10.2cm高角砲Mk.XVI 2連装6基 
40mmポムポム砲 8連装2基 水上機 8機

1930年代後半に計画された、大英帝国では凡そ10年ぶりとなる重巡洋艦。
元来、重巡洋艦という艦種は巡洋艦の規模と比較して大口径な砲により必然的に攻撃的な艦種になる。
防衛と汎用性、そして長期活動能力を優先する英国海軍に重要とは言えず、エクセターの竣工を持って打ち止めとなる筈だった。
しかし、盟邦とは言え米海軍が大量の重巡量産を企図していると言う情報が入るにつれ、
罷りなりにも世界一等を自負する大英帝国海軍としては、ある程度重巡を建造し体裁を保つべきでは?という声が上がった為「一応新鋭重巡も作ってる」という実績の為に建造される事となる。
そしてこんな理由で作っただけにその性質は非常に軽巡的なものとなるのは、当初から決まっており、当初はそれこそタウン型軽巡の主砲を8インチ連装砲に替えただけのものが有力視されていた程である。
だがここで「どうせ設計弄るのだから、少しは冒険して経験を得た方が良いのでは?」という意見が上がり特に、かつて航空戦艦案を発表した事もあるサーストン卿が航空巡洋艦の概略図を描いたものが好評を博したため、タウン型軽巡の設計を極力生かしつつ、航空巡洋艦としての性質を持った重巡、なるものの計画が始まった。

いざ本格的な設計が始まると、こんな経緯だけあって重巡の所以たる主砲は一番コストが削られた。
まず砲自体が10年前のエクセターとほぼ同様の主砲を搭載するに留まっている。
その上、当初はまだしも砲戦力も期待されていたせいか「前部3連装砲3基が理想」「せめて前部2連装砲3~4基」
と、サーストン卿の概略図からしてもあくまでいっぱしの重巡並の火力を前部に集中するつもりだったが、3連装砲の新規開発はコスト上却下され、連装砲前部集中すらほぼ一からの設計になる為却下され、結局、タウン型軽巡の設計ほぼそのまま、前部だけ連装砲を2基、つまり20cm砲4門という異例の低火力重巡となってしまった。
その分、空いた後部スペースには大柄な格納庫付きの水上機運用設備や最新型のカタパルトが搭載し、水上機を最大8機運用でき、この世界では最高の航空機運用能力を持つ上にタウン級の汎用性を持つ巡洋艦として結実する。
水上機スペースを広くとる為船体が延長され、あまりに少ない火力を多少なりとも補助する意味合いで対空砲の増強も図られた。

こうして1940年前後に今一つ使い方もはっきりしないまま竣工しだしたサリー型重巡であった
当初は偵察巡洋艦として計画されていたが、砲数を減らしすぎた為に前衛に置くにはあまりに頼りない。
しかしながら、いざ竣工してみればドイツのUボートが猛威を振るっており、哨戒装備を施した水上機を満載したサリー型は、まるで当初から対潜巡洋艦であったと言わんばかりに世界中で対潜任務における優秀な運用性を見せつける事となる。また、大戦前半には水上艦による通商破壊も行われており、おまけとばかりに積んでいた8インチ砲も、襲来する軽艦艇や仮装巡洋艦相手にその威力を発揮した。
この為、後に世界からは「英国海軍の先見の明の一例」と賞され、当の英国海軍もそれに便乗し体裁を取り繕っている。

そして、振って湧いた日本との戦いに際してはドイツからの技術奪取により、最新鋭の対潜哨戒ヘリコプターも一部で搭載が始まっていると噂されるが、果たして・・・

(本来だとイギリスは積極的に重巡を作らないので色々理屈こねてます。中身は殆どタウン級、そこまで弄るカネもない)
(史実のスケジュールだと、最上型軽巡に対抗して少し弄ったタウン級第3群に相当するイメージ)
(来る日本海軍との戦いでは、とても殴り合い出来ないからやっぱり対潜作戦に励むしかなさそう)

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最終更新:2016年10月10日 22:21