16 :ゴブ推し:2016/10/03(月) 01:10:11
ここからが前回の続きになります。
ほんと幕間のようなものですが…

3―――予感



「ありがとうございました」

そうお礼を言ってその部屋を出る。
何となく、ほう…と溜息を吐く。

「よう」

踵を返して自室へ戻ろうとした途端、背後から声が掛かった。

「…クルツ」

振り返ると自分よりもやや背が高い、やや燻った色の金髪を持った僕と同年代の青年がいた。
彼は、自分とは同じ大隊だが、別の中隊に所属するMSパイロットだ。訓練校時代からの同期でもある。また自分と同じく軍曹となって小隊を預かっている。

「カウンセリングを受けていたのか?」

彼は僕が今出てきたばかりの部屋に掛かるプレートを見ながら言う。

「……ああ」

僅かに沈黙を置いてしまったが素直に頷いた。何も恥じるような事ではない。
戦争という過酷な環境。何時己が銃火に倒れるか分からない恐怖。倫理を犯す殺人という忌避的行為。それらによって齎される精神の病…PTSDの発症を事前に抑える為に、カウンセラーに掛かるのは推奨されていることで、今の時代では当たり前のことだ。
そう、肉体の負傷を治すだけでなく、そういった精神の傷を癒す専門の軍医もCE以前の旧時代から軍隊には存在しているのだ。

「はぁ、お互い大変だな」

頷く自分にクルツはやれやれと肩を竦めながら同情するように言った。
その言葉と様子を見るに、彼もまたここの精神科医にお世話になった事があるのだろう。
頭に先の戦闘の事……〝罠〟の事が過る。
それに同じ苦しみを抱いているのだろうと思い、肩を竦める彼に同意した。

「まったくだ。で、クルツ何か用か?」
「ん、ああ…いや、たまたまお前さんの顔を見かけたから声を掛けただけだ」
「なんだよそれは…?」

何も用が無いのに声を掛けて来たことに呆れる。

「いいじゃねえか。ここの所、出撃ローテが合わなかった所為か、互いに顔を見れてなかったんだし」
「……」

そう言われるとクルツの言いたいことが分かる。
日々変化するあやふやな戦線に出撃し、哨戒任務や漸減を目的とした迎撃任務を各隊でローテーションを組んで出ている以上、同じ大隊に所属しているとはいえ、別の中隊に居る仲間と顔を合わせる事はめったにない。そんな事情の中で馴染みある同期の姿を見れば、声の一つも掛けたくなる。

―――次も生きて会えるかどうかも分からないのだから尚更に。

「分かったよクルツ、お前が僕の事が大好きだっていうことは理解した。僕も大好きなお前の顔を見れて嬉しいよ」
「おお! ブラウンお前ならそう言ってくれると思ってたぜ。持つべきものはやっぱり理解ある友人だよな。という訳だから付き合え。パーッと飲もうぜ、次の出撃までまだ時間はあるんだろ?」

若干皮肉気にしてふざけて言うと、クルツも大げさな反応を示してそれに乗ってきた。だが、

「付き合うのは良いが、酒は勘弁してくれ。時間があるっていっても酔いを残す訳にはいかないだろ?」
「何ノリの悪い事を…いざとなったら、アルコール分解剤を飲めばいいだろ」
「僕がそれを苦手なのは知っているだろ。あのアルコールが急速に抜けてゆく感覚はどうにも慣れない」
「ちえ…じゃあ、どうするんだ。こんな前線近くにある基地じゃ、飲む以外の娯楽なんて碌にないぞ。街に出る許可なんて出ないだろうし」

この様子を見るにクルツは一人で飲むという選択肢を持っていないようだ。多分、珍しく僕…同期の仲間と顔を合わせたから一緒に羽目を外したいのだろう。

「ビリヤードとかは?」

士官・下士官用に開かれている酒場にあるビリヤード台を思い出して言うと、クルツは首を振った。

「酒も飲まないのに酒場に行く気はねえし、カモになる気もねえよ。最近あそこには情報科の連中が陣取っているんだ。あいつらとはもう二度と遊ばねえ」
「ふーん」

毒づく彼は言葉通り、情報科の士官と下士官達に身ぐるみを剥がされたのだろう。気のない返事をするが少し同情する。

17 :ゴブ推し:2016/10/03(月) 01:12:31
「釣れない態度だな、懐が寂しくなった友人の為に仇を取って倍にして取り返してくれるとかない訳? お前結構強いだろ? ああいう賭け事に」
「ゲームが上手いって訳じゃないよ、運が良いだけさ」
「…それはそれで羨ましい限りだが、……訓練校時代にお前が土壇場で良い引きしたり、大逆転したりして先輩どもに逆恨みされたのを思い出したぜ。なんでか俺まで睨まれる事になったし…」

クルツがぶつぶつ言う。
そんな馬鹿な会話をしている間にも自分達は、医療棟を出て歩き―――

「―――うん、こっちはハンガーじゃないか?」
「ああ、ちょっと整備の様子を見ておこうとね。あと整備の人達に用があって」

話をしている間に、ふと思いついたことがあって僕はハンガー…MS格納庫に赴いた。



鉄と油、電子機器の焦げる匂い、喧々とする機械の作動音に整備員の声。そんな場所に足を踏み入れる。
否応なく、すぐにその巨体が目に入る。

「小さい、小型だとか言われてるけど、改めてこうして見るとデカいよな」

クルツが全高14mほどの機体を見上げてそう言う。自分も頷く。

ゴブリン―――ヨーロッパではメジャーな妖精、小悪魔として知られる幻想の生き物の名前を持つ機体。
小柄な身体を持つと言われるその幻想種を連想する為に、そう名付けられたと聞いているが、

「これでゴブリン《子鬼》っていうのはなぁ」

クルツが小さく呟く。
その気持ちは分かるが、ザフトのジンや大洋が採用している06型―――MS06ザクなどの通常のMSと比べると、一回り以上小さいのだからそう名付けられるのも分かる。
そう思い、呟くクルツに言う。

「そりゃ、ジンとザクに比べたら小型だからね」
「まあ、な」

だが、小さいから言ってその性能は決して侮れない。
ザクの廉価版として製造されたゴブリンであるが、駆動系のパワーはザクとほぼ同等で小型で身が軽い分、かなり素早く動ける。ザフトのジンはもとより、上位機種であるザクよりもだ。
勿論、欠点はある。搭載した動力炉の無理な小型化の所為でジェネレーター出力が低く、稼働時間もぐっと短くて、駆動系のパワーもザクよりも長く全力では維持できない……つまりスタミナが小さいのだ。
だから仮にザクと四つ手に組み合えば、簡単に押し負ける。重量の差もあるから余計にそうだ。

「それでお前さんの用っていうのは?」

ハンガーに並ぶ機体を見上げていた視線を下してクルツが訪ねてくる。

「あ、そうだ―――えーと」
「お、坊主じゃねえか」
「あ、中尉」

人を探してハンガーを見回していると、その探し人に横から声を掛けられた。
油汚れが目立つ繋ぎを着た安全帽をかぶった初老の男性。このハンガーを取り仕切る整備中隊長だ。

「おやっさんで良い」

やや変わり者でハウンズマン曹長のような事を言う彼だが、その腕は確かで装甲車や戦車、ヘリや戦闘機などの航空機の他に艦船の整備まで出来るという凄腕の技師《エンジニア》らしい。その腕と幅広い知識を見込まれてこの新機軸の兵器―――MSの整備員に抜擢されたとのことだ。
まあ、本人曰く、一からMSを設計したり、倍々に性能が上がるような無茶な改造出来ねえし、パイロットもこなしてエースのような活躍は出来ねえし、況してや馬鹿デカい包丁を振るってでっかいゴミを切り裂いたりなんて事はもっての他だ、とヘンテコな言葉を嘯いている。
……いや、本当に訳が分からないヘンテコな台詞だが。

「なんか用か、若手のエース二人が揃って雁首並べて」

おやっさんのその言葉に慌てて思わず首を振る。

「止して下さいよ! 自分達はまだエースだなんて呼ばれるほどじゃありません!」
「そうかぁ? お前さん達は歳の割にはよくやってると思うが。若いのを余り褒めるもんじゃないが…実際、今のところ、単独での撃墜数は南アフリカの連中も含めてMS部隊の中ではお前ら二人がトップだ。それにバクゥと2機以上同時にやりあえる事を思えば、そう呼びたくもなるだろう」
「おやっさんがそう褒めてくれるのは嬉しいけど……でもなぁ」

クルツ半ばぼやくように言う。

「大洋から派遣された教官殿達と比べると……」

彼の言いたいことを察して無言で頷く。
黒く塗装された機体を駆る3人。単機では勿論、その三位一体となったコンビネーションは模擬戦にて自分達…バルク大尉とハウンズマン曹長を含めたパイロット達をまとめて同時に相手しても余裕で撃退していった。
まだMSに完熟していない頃の話ではあるが、今でも彼等に勝てる気はしないし、同じ事が出来るとは思えない。

―――何時かあの人達に追いつける時が来るだろうか?

自分の身体のように、華麗…そして苛烈に鋼鉄の巨人を扱うさまを脳裏に思い起こしてそう思う。

18 :ゴブ推し:2016/10/03(月) 01:13:44
「まあ、そうだな。エースっていうのはあの3人のような人達の事を言うんだろうな」

おやっさんが納得するようにウンウンと頷く。

「しかしお前らも自信を持て。そう過信せずに謙遜するのは結構な事だが、事実、才能があるのも確かなんだからな。ブラウン、クルツよ」

そう言っておやっさんは俺達の肩を叩いた。大尉ぐらいまでには昇進できる筈だぜと、奇妙な事を言いながら。
僕とクルツはそれに、はぁ?と声を漏らすしかなかった。MSの腕にそれなりだと自負はあるが、おやっさんが期待をかけるほどの自信は今一つ無かったからだ。
けど、おやっさんは俺達の気の抜けた返事にまあ、良いか、と不満は然程持たなかったようで、改めて自分に要件を訪ねてきた。
それに僕は答える。

「えっと、用があるのは僕でして」
「ん」
「次の出撃なんですけど…―――」

そうして僕は用件を伝える。次の出撃の際の装備に関して幾つか提案を行い―――

「―――分かった。装備の方はしっかり整えといてやる。あとソレに関しても試しにやってみよう。そう手間がかかる事はじゃねえし、応用の利くものはあるからな」
「はい、お願いします」
「応、…と、そうだクルツ」

快く引き受けてくれるおやっさんに頭を下げると、おやっさんはクルツの方へ視線を送る。

「お前さん足は大丈夫だったか? なんか派手にすっ転んだって聞いたぜ」
「ああ、大丈夫です。軽い捻挫で済みまして、次の出撃まで良くなるそうですから」

それを聞くとおやっさんはそうか、と言ってハンガーの奥の方へ歩いて行った。じゃあな、と背中を向けて手を振っている。
それを敬礼して見送る。

「で、足の怪我って?」

ハンガーを出て、少し気になったのでクルツに尋ねる。

「…別段、大した事じゃない。MSから降りるときに躓いて転んだだけだ。どうも傍目から見たらすごい転び方だったらしくってな。それを見ていた整備の連中になんかすげー心配された」
「…だから医療棟に居たのか」

クルツと会った時にどうしてあそこにいたと思ったら……そういう理由か。





「まあ、実際足も少し痛かったし、一応心配してくれた奴らを安心させる為にも、な」

納得する僕にクルツはそう言う。

「パイロットは身体が資本だからな、整備の奴らもそりゃ心配するさ」
「それはパイロットだけの話じゃないだろ。兵隊なら皆そうだ」

その指摘に違いないと僕は頷く。

「んで、この後はどうするんだ?」
「特に考えてない。宿舎で読書をするか、身体を休めるかのどっちかだな」
「…………」

答える僕にクルツが嫌そうな顔をして、空を仰ぐ。

「かーっ! やっぱ飲みに行こうぜ! 健全なのは結構だが、せっかくの非番がそれじゃあ、健全どころか返って毒だ!」
「お、おい!?」
「ほら行くぞ!」

吠えるようにして言うクルツに、半ば引っ張られて僕は酒場に行くことになった。




酒にビールを頼み、つまみを適当に頼むと、なぜかドネルゲバブが出てきた。ハムとチーズで十分なのだけど……と、チーズとナッツも付いてきた。
お待たせ、というそれらを持ってきた店員を無視するようにしてクルツはビールジョッキに手を伸ばし、

「よし、飲もうぜ!」

そう言うや否や、さっそく口に運んでいた。
そうして暫く、酒を楽しみながら他愛のない事をくっちゃべっていた。訓練校時代の思い出などを主にして。
そして最近の事になり、

「そうだ、クルツ」
「ん」
「前回の出撃はどうだった?」
「どう?…って、いつも通りさ。例の待ち伏せを使って撃退、敵は全滅。こちらはほぼ損害無し、さ」
「いや、そうじゃなくて敵の編成だ」

僕の言葉にクルツも気になることがあったのか、何処か投げやりだった態度を改める。

19 :ゴブ推し:2016/10/03(月) 01:15:07
「……ブラウン、そういうお前はどうだった?」
「…敵の編成は六機、ジンタイプが三、バクィタイプが二、指揮官仕様と思われるザウートが一…だ」
「…そうか、俺のところはジンが四にザウートが二だ。その内、ジンは陸戦仕様だったが、ガソリンエンジンじゃなくてノーマルと同じスラスターを背中に背負ってやがった。ザウートタイプの指揮官機は一機だったな」

クルツの返答に顎に手をやる。

「やっぱり六機編成か」
「ああ……そういう事だろう」

クルツがジョッキをあおりながら頷く。
ザフトは通常3機一個小隊だ。そしてそれで哨戒任務に付いていた。これまでは。
なのに六機…二個小隊分となり……けれど指揮官仕様機は一機。

「こっちは四機で一個小隊編成だから、数の上で対処しようという腹積もり…に見えるな」
「同感、罠を使った奴以外の遭遇戦でも負けが込んでいるからな、向こうさんは。少しでも勝率を上げようって事だ。数頼みのナチュラルと蔑んでいた奴らがナチュラル相手に数頼みとはな」

クルツは思いっきり皮肉気に笑う。

「あまり笑っていられない事だけどね。ゴブリンの性能が基本ザフト機より上でも数で押されると厄介だ」
「そうだな。けどザフトにそこまでの余裕があるか? プラントの人口はせいぜい二千万人ちょい、動員できる兵力は圧倒的にこっちが上だ。生産力だって大洋の融合炉のお陰で直ぐに戻った。数で上回ろうなんて無理だろ」

クルツの指摘に黙り込む。
それをザフトが分かっていないとは思えない。しかし現状そうしなければ対処できないと、ザフトは……正確にはそのアフリカ方面軍は考えているのだろう。問題は―――

「そのジリ貧の状況で何も手を打たないとは思えない」
「ああ、それも同感だな。情報科の連中もそれを警戒してか、気になることを言ってたし…」
「ん?」

クルツの思いがけない言葉に思わずまじまじと彼の方を見る。それに気づいてクルツが気まずげに頭を掻く仕草をする。

「……賭けで身包みは剥がされたけど、連中なりに誠意はあったってことさ」

つまり色々と情報を落としていってくれたって事だろう。
通常の伝達網ではなく、そのようなプライベートで問題のないレベルのものを……分析が済んだ情報を俺達パイロットなどの戦闘職に逸早く伝えてくれる事があるのだ。

「それでその気になる事って?」
「なんでもバクゥの数が少ないらしい。お前さんは遭遇したようだが、俺の所は一機も無しで、どうも他の隊でも見かけない事が多いらしい」
「ゴブリン相手にジンやザウートじゃキツイのに?」

それまた妙な事だ。
まだ小隊を預かっていない頃は、バクゥ3機編成の小隊とぶつかる事はざらだったのに…そうでなくとも前回のように必ず一機か二機はいた。

「これまでの戦闘でバクゥの数が不足したのか? それで損耗を嫌ったとか?」
「いや、それもあるかも知れないが、情報科では温存しているんじゃないか。と見ているそうだ」
「…温存」

思わず眉を寄せる。余りにも嬉しくない話だ。何の為にそれをしているか考えると頭を抱えたくなる。
クルツはそんな自分の思考を呼んだのか、同様に眉を寄せて頷いた。

「多分、ザフトの連中は近々バクゥで大きく編成した部隊を中核に仕掛けてくる。ただ一大攻勢という程ではないだろうが、連合のMSに対処する部隊を作り、俺達を狩る為に動く。そしてその対MS部隊ともいうべき軍を指揮するのは……ここまで言えば分かるだろ?」

クルツの言葉に重く口を開いた。

「―――ああ、砂漠の虎だな」

そう告げると、ジャッキにあったビールを一気に仰いだ。
そう遠くない内に来るであろう厄介な戦いを想像し、思いっきり酔いたくなったのだ。

果たして自分はその戦いで生き残れるのか? 部下達を生きて返してやれるか?

とても、とても不安だった。

20 :ゴブ推し:2016/10/03(月) 01:16:27
以上です

クルツはジオンの興亡に出てきた量産型ササビーに乗っていた彼から名前を取っていますが、その名前の所為でどうしてもフルメタのウェーバー君の事が過ってしまい、彼のほどでないですが、若干軽い性格になってます。
生真面目なブラウンにとっては良い相方になると思ってます。

大洋から出向してきたMS教導官。ナイ神父氏すみません。勝手に彼らの存在を匂わせてしましました。
近藤作品のMS戦記に出ていたので、こちらの世界でも顔見知りという事にしました。
問題があれば、違う人物達という事にします。

あと前回忘れましたが、wikiなどのまとめサイトへの転載は自由です。

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最終更新:2016年10月17日 22:23