747 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:10:42
大陸SEEDネタ支援SS プラントの限界



 エルガー・ファティエントは自分がなした成果を見ていた。
 目の前にはザラ派に属するエザリア・ジュール議員がおり、さらにその傍らにはユーリ・アマルフィ議員がいる。
 大きな空白が会議室を埋めていた。何しろ、エルガーがエザリアをビンタしたからだ。

「さて、目が覚めたかジュール議員?」

 エルガーは手を軽くひらひらさせる。
 殴るのはどうしても抵抗があり、平手打ちで妥協した。
 しかし、意外と手が痛いものだと、エルガーは思う。
 目を丸くし、茫然としている議員はやがて怒りに表情を歪める。

「30センチを超える大口径砲に耐え、尚且つMSが携行しやすく、それでいて量産性が高く、既存の製造ラインを崩さない防御システムか、武装を作れ?」

 だが、それを気にせず鼻で笑った。

「パルドフェルド隊から上がってきた報告を最初は握りつぶしておいて、後から持ってきたかと思えば、こんな要求を突き付けてくるとはな。
 いい度胸だ。ザラ議長のテコ入れか?それとも、点数稼ぎか?あ?」

 揶揄するような口調のエルガーに、当然エザリアは激昂した。

「貴様も知っているだろう!ナチュラルは火力任せの戦術を展開して被害が出ているのだ!
 破壊されたジンやバクゥなどの分析結果から、最低でも120mmから300mmという口径の砲と推定されている。
 姑息なナチュラルらしいやり方だが、ジンの装甲も耐えきれているとは言えないのだ!」
「ああ、知っているとも」

 端末に資料として送られてきた写真を表示する。

「自走砲の様なMAに、MSの上半身を戦車に乗せたかのようなMSモドキ。
 機動力はそこまでないが、圧倒的な火力でねじ伏せてくる。おまけにこちらの重突撃銃も無反動砲も効果がない。
 そして、ジンより小型なMSゴブリンの投入。なるほど、苦戦するわけだな」
「ああ、だからこそ打開策が必要なのだ!」
「どうにか知恵を絞ってもらえないか?この通りだ」

 対照的な二つの要求に、エルガーは暫く考える。
 それは、答えるべきかどうかを含めてだ。既に報告は閲覧しているから、対策については考えがないわけではない。
 だが、このタカ派議員の要求に応えてやるのはどうにも腹立たしい。揶揄したように、一回は報告が握りつぶされた。
その事が察知できないわけではない。技術屋としてのつながりは時に思いもよらない範囲に伸びているのだから。
同時に、義務を果たさねば、とも思う。どうしたものか。

749 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:11:17

 腹を決めたエルガーは、簡潔に結論を言った。

「真面目に言うが、無理だ」

 その答えへの反応は実に対照的だった。
 エザリアは一気に激怒した。色素が薄いからわかりにくいが、それでも肌は紅潮し、視線が鋭くなった。
 ユーリはといえば、驚きが殆どだった。純粋に驚いている。そして学者らしく興味の色があった。
 それを観察しながらも、エルガーは淡々と答える。

「第一に、生産能力が追い付かん。既存の生産ラインは今キャパシティーの限界に突き当たっている。
 分かるか?ジンの生産を一部縮小させ、地球向けのバクゥやグーン、ゾノといったMSの生産に割り当て、さらにゲイツの量産の準備をする。
 さらに既存のジンに戦訓や地球での運用から得られたシステムや武装面でのフィードバックを行って、連合のMSの解析と既存MSへの反映を行う。これがどれだけ大変かわかっているのか?」
「それは……」
「人の数が足りないんだよ!こちとら3徹目に突入しているだぞ!
 正確に言えば1日当たり1時間の睡眠と合計で3時間の食事などもしているが、それ以外はデスクに張り付いているか、工廠で作業をやらなきゃならん。
 そんな休みは何の慰めにもなりゃしねぇ!
 オートメーション化が進んだと言っても、結局のところ人間が手を入れてやる必要がある!
 機械をメンテナンスする機械を作っても、それは無限ループに陥るんだぞ!」

 機械をメンテナンスする機械。つまりそれは、どこかしらで人がメンテナンスしなければならない。
 そして、その人間の数が足りない。プラントの人的資源の限界だ。それを補うためにエルガーはオーバーワーク気味だ。何時倒れてもおかしくない。

「いいか?機械の導入は確かに効率化を進めることができる。だが、効率化も限界に突き当たる。
 下手をすれば、効率化のための行動が肥大化をして、やがては元々の労力を上回ることもある。
 効率化すればいい、なんて甘い考えでいたのか?」

 しばし迷ったユーリだが、第一に、という言い方に気がついて尋ねた。

「ほかに何か理由があるのか?」
「当然。生産ラインでの労働者は徐々に若年化の一途をたどっている。
 開戦以来、10歳近く平均は下がっている。その意味が分かるか?」
「10歳……?」

 信じられない、という表情をするユーリにエルガーは皮肉気に笑う。

「MSに依存するから、こういった生産ラインの人員もパイロットに転向するやつが多いってことだ。
 そうなると人員はより下の年齢層、つまりザフト志願に適さない年齢の奴らに任せるしかない。
 だが、成人するかしないかの、悪く言えば世間知らずの坊ちゃんに務まるわけがない。
 現場に不和をもたらし、挙句に、MSに乗りたいと駄々をこねる。生産効率は辛うじて落ちていないが、いつか致命的になる」

 プラントの制度において、成人とされるのは15歳。大体志願が許されるのもそれくらい。
 だが、本当の意味で成人したと言えるかどうかに関わるのは精神的な成熟だ。
 15歳。まだジュニアハイスクールを出たばかりの年齢だ。

「そこまで新世代の遺伝子はコーディネートされているのかい?」

 意地悪するように問いかけてみる。
 その答えなど最初から期待していない。
 そんな遺伝子など、まだ同定されていない。存在しない遺伝子は、弄ることができない。

750 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:12:11

 おほん、と咳払いしたエルガーは次の理由を述べる。

「第三に、PS装甲は通電しなければ意味がないってことだ」

何を当たり前のことを、と思う議員二人だったが、エルガーは至極真面目だ。

「いいか、何時襲撃してくるかもわからん敵に対してジンのバッテリーを馬鹿食いするPS装甲の盾なんてのは使ってられないんだ。
 もちろんシールドにPS装甲用のバッテリーを載せることもできる。
 だが、そうするとジンは自重の半分近くにもなる重い盾をバッテリー駆動によって動かさなきゃならん。この無意味さ、分かるな?」
「う……」
「報告によれば、狙撃は10km、あるいはそれ以上の距離から行われている。
 相手がアンブッシュを仕掛けてくるからには、見つからないように隠れていたりカモフラージュをしている可能性は十分にある。
 それを100%発見できるセンサーなんてのは無理だ」
「だがそれは……」

反論しようとしたエザリアだが、エルガーの目を見て押し黙る。ユーリも目でそれを制した。

「つまり、先制攻撃をされることがほぼ確定状態で、何時発動すればいいかを分からないPS装甲に防御を委ねるのは危険すぎる。
 むしろ、無意味だ。現状ではシールドの携行を推奨することしか対策はない」
「推奨、か」
「パイロットの我儘もあるが、さっき言ったようにシールドを携行することは運動量の増加につながり、バッテリーの消耗を加速させる。
 作戦時間を長くせざるを得ないザフトにとっては、デッドウェイトになる可能性の方が高い」
「だがそれでは……」
「その通り。そうすればパイロットの死亡率も跳ね上がる。シールドの有無は、存外大きい。
 ハインリッヒの法則に当てはめるならば、MSパイロットがシールドがあっても死亡したケース1件に対し、
 シールドのおかげで助かったというケースは統計的に329件はあるはずだ。いや、戦闘中のことも含めればもっとあるか。
 では、シールドの標準装備化が必要かと言われれば、そうとも言い切れない」

 二律背反。
 パイロットの安全性と作戦行動に影響する要素。どちらも重要。しかし、どちらもとることはできない。
 思わず、エザリアは呟いた。

「どうすればいいのだ?」
「それを決めるのが政治家、否、軍政家だろうよ。ただ俺たちはデータを集め、こういった結果となりました、としか言えない。
 それが分業ってやつだ。ナチュラルは自己の能力を超える事象に対応するために、複数人で分担して危険を排除してきた。
 数任せだ、と断じるのは簡単だが、その数があるからこそ成り立つこともある。そしてザフトが数に任せ始めたら……」

 そこでエルガーはコーヒーをがぶ飲みする。
 旨くない。一度、地球のそれを飲んだことがあるが、あれはまさに別格だった。
 効率的に栽培できるからという理由で、大量生産される多様性を失った品種。故に、味は何処でもほぼ同じ。
微妙な差異はあるのだろうが、そんなことは慰めにならない。多少アレンジしても意味がない。
 その事をぼやいてから、エルガーは結論を言った。

「その時こそ、ザフトは、否、プラントはおしまいだぜ?」

 その言葉に、反応するための言葉はユーリもエザリアも持っていなかった。
 ザフトの、そしてプラントの勝利は約束されていると喧伝され、事実勝利を重ねてきた。
 だが、それが本当なのか。答えられるコーディネーターはいなかった。

751 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:12:46

「いまだにMIAか。レオ、お前は……」

 プラントの議員二人を送り出したエルガーはカバンから取り出した新聞を手にして一人呟く。
 戦地に勇ましく赴いていった友人のレオ・ウォーリーは作戦行動中に行方不明となったとされている。
 行方不明。初期こそ、それこそ、宇宙での戦闘が行われていたころは回収が出来なかったジンがいくら書いても不思議ではない。
 だが、膠着状態に入って以来、行方不明の意味は徐々に変わりつつある。連合もザフトも、互いに守るべき戦時条約も何もない状態。
戦闘中に捕虜となる可能性は限りなくゼロに近い。また、アフリカ戦線でも南アメリカ戦線でも、あるいはザフトの占拠地において占領政策がまずいというのは伝え聞いている。
 無事に脱出出来て追っ手を撒いたとしても、果たして無事に帰投できるかどうか。

「すまんな。俺は、プラントにいるしかない。だから頼む……」

 謝るしかない。
 コーディネーターの中でも珍しい40代を迎えたエルガーは、第一世代のコーディネーターだ。
 しかし、その遺伝子発現は設計図通りとはいえず、やがて心肺機能に障害が出た。
それ故に環境が管理されたプラントにいるしかない。プラントの医療技術は確かに進んでいるが、全てを解決できるわけではない。
 だから、MSにも搭乗できず、兵となることもできない。技術者として働くしかない。

「ここが俺の住処と、そう覚悟していたが……やはり楽園は暗黒郷なのかもなぁ」

 コーディネーターのユートピア。そのように信じて、エルガーはプラントに移住した。
 環境がよく、医療体制も即応体制が良かった。おまけに、こんな弱い体でも働くことができる。
確かによかった。よかったはずなのだ。そのように受け入れるしかなかった。

「くそっ……」

 憤りしかない。
 そうだ、地球にいたときに読んだ小説や著作がリフレインする。
 ユートピア。その意味は理想郷とも呼ばれるが「どこにもない場所」である。
 イギリスの思想家トマス・モアの述べたユートピアは、あくまで当時の欧州の情勢を議論するために想定された場所に過ぎない。
 つまり、何処にもない。既に、プラントという存在を知った時の高揚感は遥か忘却の彼方。今は絶望を通り越して諦観がある。
今はただ、生きる事しかできない。無意味に生きて、そして無意味に死ぬ。どうせ、遺伝子を残すことさえ許されていない身だ。

(くそ……なんでだよ、神様)

 存在するはずもない神を呪う。
 問いかけても、答えがあるわけではなかった。
 窓の外を見る。戦争が始まってから、徐々に人の密度が減り始めている。
 工廠に立つ人間も若く、というより幼くなっている。当然、街で見かけるのも幼い人間ばかり。
 旧世紀の戦争は、発達に伴い総力戦というものに移行したと知っている。

「どこまで持つかな……いっそ、すぐに終わってほしいが」

 そのつぶやきは、誰にも届かない。
 自分に言い聞かせ、慰めているのかもしれない。
 今日の天気予告は晴れ。憎らしいくらい、今日の天気は良かった。
 この狭い砂時計の限界は、案外すぐそばなのかもしれない。

752 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:13:48
登場人物紹介

〇エルガー・ファティエント 人種:第一世代コーディネーター 年齢:42歳

 プラントの技術者。
 遺伝子コーディネートの欠陥から、心肺機能と生殖能力に欠陥を抱えて生まれてきたコーディネーター。
 容姿こそ優れているが、身体能力はナチュラルとはさほど変わらない。
 故に差別はほとんど受けなかったが、両親がブルーコスモスによるテロで命を落としたことをきっかけに移住を決意した。
両親を殺されてしまったことは怨みこそすれ、彼自然に生まれてきたナチュラルの方がむしろ羨ましいほどだった。
よって、ブルーコスモスだから、というよりも、一人の子供として恨んでいる。

 若干年が離れているが、レオとは良き親友関係にあった。
 コーディネーターとして出来そこないと迫害されていたエルガーを結果的に庇ったのがレオであり、それがきっかけで親交を深めていた。
レオが地上戦線で適応できたのも、コーディネーターの中でも例外的なエルガーのことを知っていたからこそである。

753 :弥次郎:2016/10/11(火) 18:14:32
以上となります。wiki転載はご自由に。
案外プラントの実情ってこんな感じじゃないかなーと思ったり。
人口が少ない国が無理やり総力戦をやったらどうなるかの、端的な例ですな。

悲しいけど、これって戦争ですからね。
まったく、やるもんじゃないですよ。

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最終更新:2023年09月08日 23:43