713 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:21:27
では投下します。


9―――離脱



『おっと、逃がす気はないよ。ここからは先は通せんぼだ』

何の積もりなのか? 目の前の絶望はそう僕達に告げた。オープン回線で。
圧倒的強者故の余裕か? それとも挑発か?

『どうした? 来ないのか? ―――ふむ? では!』
「!…ッ」

ハッする。何をぼうっと突っ立ているのか!? 砂漠の虎とそれが率いる八機と六機のディンは動いていないのに…。

「各機散開!」

この場において自分の階級や指揮権が最上位ではないが、部下を含めた周囲の味方に慌ててそう命じるように叫んだ。

「くぅ…」

傍を掠め、着弾するバクゥのレールガンにディンの銃撃。それを必死に避ける。

『う、うぁあぁぁあ!』

聞きなれた声の…悲鳴が通信機から聞こえた。

「モーデル!」

声に視線を向けるとモーデルの機体がレールガンに貫かれていた。その射線の先は……

「く、くそぉ!」

虎だ! あの橙色の鋼鉄の剣虎! 百発百中と言える奴の砲撃にモーデルは捉えられた。回避に徹するMSを遠間から見事射貫いている。
まるで噂に聞く〝黄昏の魔弾〟だ。将の資質に優れ、MSのエースパイロットしても優れ、さらに射撃も一級だというのか!?

「モーデル…」

初めての部下の死に心に動揺が揺れるを覚え、感傷に捉われそうになるが―――歯を食い縛って無理やりそれを押し込む。
それに捉われては自分も死者の仲間入りする事になる。薄情だろうと今は死を悼む暇は無い。それでは今も自分達を逃がすために戦ってくれている筈の曹長に顔向けできない。

「おおっ!!」

叫び、悔しさと悲しみを堪えて目の前の敵機に銃を向ける。……だがそれも出来ない者もいる。

『た、大尉が、曹長もいなくなって……モ、モーデルまで…』

絶望に呑まれた声が通信機から聞こえる。

「ナウマン止まるな!」
『動くんだ! ナウマン!』

震えた声と共に動きが止まるナウマンの機体。それに叫ぶ自分とブリック。しかし、

『嫌だ! 嫌だ! こ、こんなのっ! か、かあさ…―――』

それが彼の最後の言葉だった。
戦場の中で死の恐怖に飲まれたナウマンは、死神の手に捉われてしまった。

「な、ナウマン…!」

爆発する機体。モーデルに続き、ナウマンも逝ってしまった。幾多の戦いを越えた仲間があっけなく。

「ぐ…!」

それでも悔しさと悲しみは堪えた。正直、溢れそうなる感情で頭がどうにかなりそうだった。
だから代わりに怒りを燃やす。けど冷静に。曹長が言ったのように熱くなってはいけない。

「クルツ!」
『なんだ!』

自分と同様、ジリジリと味方の陣地の方へ向かいながら周囲の敵機に対応するクルツに半ば叫ぶように言う。

「俺達で突破口を開くぞ!」
『何!?』
「見たところ、此処を塞いでるのはたかが14機だ」
『そうだがよ、向こうには虎の野郎が―――』
「だからだ。逆に言えば虎の動きさえ封じれば、後は…」
『! そうか。あとは数で押し込めば脱出できる』

そう、こちらは曹長達三個中隊が殿を務め、残りの五個中隊が逃げに徹している。一個16機編成の自分達は圧倒的に数が多い。勿論、撃破された機体多いからその半数が良い所だが、なお圧倒している。

「それでも推進剤は少ないし、弾薬も尽きている機体もいるから、かなり喰われるだろうけど…」
『…やらないよりはましだな。良いぜ、乗るぜ!』

クルツは不敵に笑って僕に頷いた。そこに―――

『それなら自分も同行します』
『自分もです。流石の軍曹達でも砂漠の虎が相手では無理がありますから』
『そうです。例え来るなと言っても付いて行きますよ』
『その方がより多くの味方を逃せますし、軍曹達が生還できる確率も上がりますからね』

ブリックを始め、クルツの部下がそうそれぞれに口を出した。
それに一瞬クルツとモニター越しに視線を合わせ……苦笑した。仕方ないと、彼等を危険に付き合わせたくはないが、この状況では今更だし、自分達だけでは虎をどうにかできないのも事実であろうから。
だから、

「よし、分かった。なら行くぞ! 時間が惜しい!」
『応! 虎さんに一泡吹かせてやろうぜ!』

715 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:22:33
そう皆を鼓舞するように言って、砂漠の虎に向けて自分達は機体を突撃させた。同時に味方に、自分達が虎を抑えるから何とか隙を見つけて離脱してくれ、と通達して。






その動きはバルドフェルドにも見えていた。
自分という存在が抑止力となると分かっていたからだろう。自然と味方はこの地点を自分だけに任せ、敵を包囲するようにこの左右へ大きく間を空けて展開していった。
だから何も遮る物もなく、彼は戦場を広く眺める事が出来た。

「ほう」

思わず感心した声を上げる。
五人の子鬼―――五機のMSが恐れる様子もなく自分の方へ向かって来ている。しかも味方が自分を信頼してこの地点の守りを預けた為に、それを阻む者が殆どいない。
味方にしても僅か五機程度で自分をどうにか出来ると思っていないのか、ほぼ無視している。或いは馬鹿だとか、無謀だとか、絶望の余りとうとう狂ったのかと嘲笑っているかも知れない。
だが―――

「英断だな」

砂漠の虎は笑わなかった。
その五機の狙いを明確に察知したからだ。

「ええ、壁となる貴方を抑えさえすれば……可能なら撃破できれば、状況を変えられると考えたんでしょうね」

言葉にするまでもなく聡明な相方もまた、敵の狙いを理解したらしい。

「恐らくな。この状況で退路を塞がれた絶望と恐怖に吞まれずに……うむ、中々どうして、しかもこの〝砂漠の虎〟に挑もうと考えられるとは、ね」

自分の勇名も然程当てにならないものだ、とふざけめかして言う。
アイシャはそれに同意しているのか、はたまた単なる苦笑なのか、ふふ…と笑みを零すのみだった。

「さて、この敬意に値する勇敢な戦士達をどう歓迎すべきか? アイシャはどう思う?」
「アンディ、貴方の好きにした方が良いと思う。きっと彼等もその方が喜ぶわ」
「そうか、ではそうすることにしよう。アイシャ、此処からは手出し無用だ!」

そう、相方に答えると彼は操縦桿の握る手の力をより強くした。本番はこれからだと言わんばかりに。






バクバクと心臓が強く鼓動を打っているのを自覚する。
戦場に立つようになってから此処まで緊張するのは初陣以降無かった。

「ふっ…!」

緊張を抜く為に強く短く息を吐く。
だが、身体の震えは一向に消える気配はない。
もう、直に距離3000を切る。何故かここまで他の敵機から邪魔は入らなかったが、今その理由がなんとなく分かった。恐らくそれだけザフト兵は信じているのだ。〝砂漠の虎〟を。自分達の誇るエースがたった五機程度のMSにやられる訳がないと。
そんな事を考えている内に距離3000を切った。

「散開!」

緊張を殺して叫ぶ。同時に橙色の剣虎が背負うレールガンに電光が迸る、直撃が来る!―――だが、

「え?」

外れた? 外した? 百発百中だった砂漠の虎の砲撃が!? その意外な事実に惚けた声が漏れて、機体の動きを止めてしまいそうになる。
一機は確実に食われると思っていたのに…どういう事だ? 続けて二射来るが…それも外れた!
まぐれか? わざとか? 理由は分からないが……好機だと考える事にする。 

「クルツ! ブリック!」
『応!』
『了解!』

指示を出し、盾を持つ二人が突出する。
その間に自分は最後のクラッカーを自機の左腕に握らせ―――直後、ブリックの盾が吹き飛んだ。今度は当たった―――クルツの部下達の二機が持つクラッカーを投げた。
放物線を描いて飛ぶそれに気付いた敵機は僅かに下がり、右へ大きく動き出すが、三つのクラッカーは間を空けて敵機に届かず、かなり手前に落ちて起爆した。直後、爆炎と共に大きく砂煙が舞い上がる。

716 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:23:54
「今だ! 全機! フルブースト!」

その瞬間、叫んだ。
爆炎と舞い上がった砂煙で敵機の姿は見えない。だがつまりそれは…敵からもそうだという事だ。このまま距離を一気に詰める。レールガンの一方的な砲撃から逃れる。その為にクラッカーをスモーク代わりにしたのだ。しかし―――

「―――な!?」

予想外にも爆炎と砂煙の向こうから橙色の影が飛び出した。
自ら間合いを詰めに!? 遠間の有利を捨てるという予想外な敵の行動に驚愕し、そう思う間にも影は高速で迫り、

『うわぁあ!?』
「ブリック!」

突出していたブリック機に剣虎は組み付いた。部下の危機に一瞬焦りを覚えるが、

『―――野郎ッ!』
『わぁあ…あ…ああ!?』

焦りが唖然に変わった。何と! クルツが剣虎ごとブリックに射撃を加えたのだ!
ブリックのノイズ混じりの悲鳴が聞こえた。
しかしさすがは砂漠の虎というべきか、その味方ごと撃つ暴挙にも慌てた様子もなく、ブリック機から離れてサッと射撃を躱した。

「な、なんて真似を!」

ホントとんでもない奴だ。
唖然としながらも牽制射撃を行いつつクルツに言った。

『悪かったよ! でも仕方ないだろ!』
『あんな援護射撃を受けるとは思いませんでした!?』
『だから悪かったって! 命助かったんだから良いだろ!』

ブリックの非難に謝っているのか、恩を着せてるのか分からない言いようをしながら敵機へ射撃を続けるクルツ。
立ち直ったブルック機も射撃を開始するが、その機体の装甲には無数の弾痕がある。組み付いた敵機を的に撃っていたから数は多くないし、内部機構にダメージもなさそうだが……味方殺しの瞬間を目撃しそうになるだなんて本当に勘弁して欲しい。勿論、あれはあれで味方を助けようとした行為なのだろうけど…。

「くっ…」
『当たらねぇ! これだけの弾幕なのに!?』

回避機動を取りながら射撃とはいえ、クルツの言う通りだ。三方から囲んで攻撃を加えているのに掠りもしない。残像を作るよう勢いで駆けながらこちらに攻撃を加えてくる。
しかし、向こうからの砲撃もやはり何故か精度が落ちているらしく、此方も躱せている―――

『―――あ、』
『―――ぐぁあッ!?』

―――躱せている、と思った瞬間、クルツの部下が直撃を貰った。一機は胴体を貫かれ、もう一機は左腕を持っていかれた。

『! くそっ! うおおおお!!』

部下をやられたクルツが声に怒りを滲ませて射撃しながら突撃した。制止する間は無かった。
クルツはシールドを前に射撃を加えながら剣虎へ向かう。だから僕は仕方なくクルツを援護する為に敵機の死角に回り込みながら射撃を行い―――クルツ機に向かい合いながら、剣虎の背負うレールガンの砲身がクルリとこちらに向くのを見て、

「!…ッ」

スラスターを強く噴かせて回避機動を取った。
レールガンの軌跡が傍を撫でるのを捉え、次にブリックに向いた砲身が電光を発して、自分同様に気付いたらしいブリックがそれを躱すのを見たが、大きく回避行動を取った為に、クルツはこの瞬間だけ一対一で剣虎と向かい合う事となっていた。
ドクンッと心臓が一際大きく跳ねる。

―――クルツ!

叫ぼうとするが声にならない。
剣虎はクルツ機に爪と牙を突き立てようと踏み出し、クルツ機もヒートホークを抜いて振りかぶるが……無理だろう。斧を振り抜く前に敵機はクルツ機の構える盾を前足の爪で弾いて牙を突き立てる。その方が早い。そうなる事実が分かってしまう。

―――クルツは次の瞬間に死ぬ!……そう思っていた。

『軍曹ーーーッ!』

通信機に響いたその声に気付いたのは一連の事が過ぎた後だった。
自分とブリックがレールガンを躱した直後、クルツの部下である彼は叫び、フルブーストで剣虎へ吶喊していた。残った右腕でマシンガンを撃ちながら。
無論、それに気付いた敵機はブリックの次に彼に砲撃を行ったが、彼は右腕を盾にして胴体へのダメージを抑え、さらに加えらえる砲撃で頭部を吹き飛ばされながらも止まらず―――クルツ機に飛び掛からんとした敵機へ激突した!

『な!』

クルツの驚愕の声。僕も声には出てないが、非常に驚いている。そしてそれは恐らく砂漠の虎もだろう。砲撃を受けて半壊しながらも止まらなかったのだ。だから敵機はこの予想外な特攻を躱せなかった。

『取っ…ぞ! 砂…の虎!』

717 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:25:32
ノイズ混じりの声。まるで勝鬨にも聞こえ…その声と同時に爆発が起きた。

「自爆! 残っていたシュツルム・ファウストと予備弾薬を起爆させたのか!?」

そう、シュツルム・ファウストやクラッカーなどもそうだが、マシンガンの弾薬も撃ったり投げたりするだけでなく、そのまま爆弾代わりに起爆させる事が出来るのだ。
先の逃亡の際、閃光弾を投げずに切り離すだけで爆発させたように。
クルツ機が突如起こった爆発に距離を取ると、残った推進剤に引火したのかゴブリンは派手に爆散して原型を失った。恐らく無事なのは融合炉周りだけだろう。それも直に停止するだろうが…。





「痛…やってくれたね。…アイシャ大丈夫か!?」
「え、ええ…大丈夫よ。けど…」

アイシャは複座席でサブディスプレイのタッチパネルやコンソールを操作して機体の状態をチェックする。

「……右側のキャタピラは完全に脱落。くっ…右スラスターも駄目ッ! 同じく前足と後ろ足の関節のダメージも大きい! 砲塔は使用不可! 右スラスターの推進剤とレールガンの弾薬に引火しなかったのは殆ど奇跡だわ!」

コンディションを確認したアイシャの声は悲鳴じみている。冷静な彼女にしては珍しい事だ。

「参った。機動力は4割以下かって所か。飛び道具も使えないとはねぇ」
「どうするの?」
「さて、逃がしてくるとは思えない。…ま、なんとかやってみるさ。ダメコンを頼む」
「分かったわ」

アイシャが頷くのを見て、バルドフェルドは笑みを浮かべた。まるでこの危機を楽しんでいるかのように。
事実、その眼には諦めなどない強い闘志が宿っていた。






クルツの部下とはいえ、顔見知りで同じMS部隊の仲間であり、それなりに親交のあった友人ともいえる人の壮絶な最後を目撃し、呆然としていた。……だからそれに気付いたのは、クルツが先だった。

『まだだ!』

未だ燃える残骸の炎の中で動くものに気付いたクルツが叫んだ。同時に―――

『―――このっ! 犬ッころがぁ!!』

距離が近かったお陰だろう。逸早く気付いた彼は赤く灼けた斧を振りかぶる。しかしそれは空を切った。
橙色の影が大きく跳躍してクルツ機を飛び越える。

「! まだ動けるのか!?」

遅まきに気付いた僕は慌てて銃を向けて敵機に射撃を加えるが、跳躍した勢いのままに剣虎は砂上を駆けて抜けて、火線を躱す。

『く…しぶとい』
『だが、見ろ! レールガンは使えないし、動きもぎこちない! 行けるぞ!』

ブリックが苦々し気に言い、クルツがそれを指摘する。
確かにクルツの言う通り、背中のレールガンは二本とも大きく曲がり歪んでいる。体当たりと爆発を諸に受けた右側の装甲も歪みがひどく、脚部ダメージがあるようだ。右のスラスターもキャタピラも無い。

「…機動力は半減って所か」
『ああ、これならやれる!』

呟きにクルツが応える。部下の犠牲を無駄にしたくない為か、それに報いたい為か、クルツは何時になくハイになっているように思えた。
やはりそれは危険だったのだろう。

『うおぉらぁあああッ!!』

止せ!という間もなく、またクルツが突っ込んだ。
このまま射撃で追い込むのが正解なのだが、マシンガンを放ってヒートホークを握った所為もあるのだろう。クルツは剣虎へ接近する。

「クルツ!」
『クルツ軍曹!?』

ようやく制止の声を掛けられたが、その時にはもう遅かった。

『―――ぁあああ!……何!?』

クルツ機の接近に伴い、援護射撃が出来なくなった僅か一瞬、素早く旋回してクルツ機に向き合った剣虎は猛然とダッシュし……ヒートホークを握るクルツ機の右腕を半ばから切り裂いた。
何が起きたのか? クルツがもう僅数メートルといった所で斧を振り被った瞬間、剣虎は姿勢を低くして左のキャタピラで片輪走行、同時に残った左スラスターを噴かして…正直、此処からはよく分からない。ネジを切るような動きと言うか、機体を捩じるような動きをして、跳躍すると同時にすれ違いざまにクルツ機の右腕を切り裂いた。
多分、バランスの欠いた機体ではそうでもしないと攻防を含んだ跳躍が出来ないからなのだろう、が……あんなアクロバティックな機動がMSに可能だと思えなかった。

718 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:27:38
「ブリック、援護を!」
『はっ!』

右腕と共に完全に武器失ったクルツを救うために二人で援護射撃を行うが……こちらも残弾が心許ない。マガジンはもうあと一つだけ。ブリックも今交換したのが最後だ。
クルツに近づけ避けないように、此方へ接近させないように射撃を続け―――

『こちら臨時第5MS中隊。モーガン・シュバリエ大尉だ。これより貴官らの離脱を援護する!』

突然、聞き覚えのない声が通信に入り、状況が変化したのを察知した。






「上空、航空部隊から連絡! 9時方向…左舷より未確認のMS部隊接近! え? さらに二時方向…右舷より大型の自走砲らしきもの接近しつつアリ、との事です!」
「未確認MSの照合取れました! バクゥです!」
「バクゥ!? 味方ではないのか?」

後方…レセップスのCICにて。オペレーターの報告にダコスタが叫ぶように尋ねる。
この艦…艦隊の周りでは執拗に連合の機甲部隊やヘリ部隊の他、味方制空機やザウートの対空砲火を振り切った敵航空機が攻撃していた。
しかし今のところ状況は空では互角であるものの陸では優勢だ。直援のジン部隊と艦隊の艦砲射撃で敵機甲部隊とヘリ部隊をほぼ一方的に削れている。時折降ってくる敵航空機の対艦ミサイルも上手く凌いでる。
しかし、十数分前から状況に奇妙な変化が起きた。敵の陸上部隊が徐々に右舷の後方…3時から4時、5時の方へ移動し、航空部隊が左舷から集中的に入るようになっている。

「…! チッ、拙い! 急いでザウートを下げろ! 左舷から来る〝敵のバクゥ〟にやられるぞ! ジン部隊は二手に分かれ、これの阻止及び新手の自走砲部隊を迎撃しろ! 指示急げ!」

敵の狙いを看破してダコスタはCICで矢継ぎ早に指示を出す。
だが、ソレは間に合わなかった。
砂漠ではありえない。いや、砂漠以外でもありえない白く塗装されたバクゥを先頭にして突撃したその巨狼の群れは、艦隊の砲撃と弾幕を易々と突破し、守りのジン共々鈍重なザウート部隊を食い荒らしていった。
そして―――

「右舷に展開したジン部隊が撃破されています! あ、右…ヘンリー・カーター被弾! 右舷前部、スケイルモーター停止! 速度低下します!」
「な!? 何が起きている!?」
「遠距離砲撃です。新手の自走砲部隊が十キロ以上先の地点から移動しながら砲撃を行っています! 早い! こちらの艦砲射撃当たりません!」
「残ったジン部隊に対応させろ! 自走砲なら接近さえすれば…」
「了解…! あ、だめ…! ヘンリー・カーターに再度直撃弾来ます!」

直後、外部を移すモニターに艦橋が吹き飛ぶ右舷のピートリー級が映った。
それを見た瞬間、ダコスタは指揮卓に拳を叩きつけていた。
その彼の耳にザウート部隊壊滅とのさらなる凶報が入っていた。






前線司令部にてその状況を見た。彼等はホッと安堵の息を吐いていた。

「間に合いましたな司令」
「ああ、MS部隊がディン部隊の攻撃に晒された時はどうなるかと思ったが……良く保ってくれたものだ」
「……」
「気に病むな、とは気軽に言えんが、中佐、…壊滅は避けられたのだ。君の鍛えた彼等の技量と、君自身の先見のお陰でな。その事は誇りに思いたまえ」
「は、ご配慮ありがとうございます」

大隊長は基地司令に軽く頭を下げる。
確かに気落ちしている場合ではない。まだ状況は予断を許さない。
ディン部隊が動いた時に後方から呼び寄せていた彼等―――まだMS教習訓練中であった者達から実戦に耐えられる者を選抜し、臨時に編成したユーラシア軍01大隊第5MS中隊の16機。
そしてある問題から謹慎を申し渡されていた奴ら―――ユーラシア連邦のコーディネーターと鹵獲したザフト機で編成した第0…つまり番外のMS中隊の12機。

719 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:28:42
前者を砂漠の虎が率いる敵MS部隊と交戦する味方の救援に送り。

後者を陸上艦隊付きの敵対空部隊の排除に向かわせた。

前者はMSでは初陣だが、実戦経験ある者から選び、その技量も抜き出ていたから問題は無い…特に中隊長であるシュバリエ大尉は。
だが、問題は後者だ。同朋意識からではないようだが(或いは反戦軍人か?)、軍に志願しておきながら人を殺したくないという、隊長の信じられない我儘の所為で謹慎させざるを得なかった。
隊長であるジャン・キャリー少尉だけの問題かも知れないが、その部下達も影響を受けていないとは断言できなかった。
しかし今の所、問題は無いようだ。順調にザウートを排除し、艦隊の対空砲も潰している。直に任務を完遂させて離脱するだろう。腕前と練度は一流なのだ。

ヒルドルブ小隊も施設の整った後方基地でのメンテを無理に繰り上げて来て貰った甲斐があった。お陰で敵艦隊の足を止められる。
この戦いの後で、彼等とその直属の上官に直接礼を言いに行く必要があるだろう。

「兎に角、シュバリエ大尉達の救援は間に合った。対空兵器の排除も直にできる。……後は―――」

我らMS部隊がおこなった初陣での戦いの焼き直しだ。
大隊長は正面の大型モニターに映る戦況図を見ながら呟き……司令に最後の手を打つように意見具申した。






バルドフェルドは愛機のコックピットの中で己の無様さに憤りを覚えていた。

「まさかここに来て、敵に予備のMS部隊があるとはな! しかも後ろを襲ったのはうちのMSだっていうのは…!」
「アンディ!」
「分かってる。アイシャ、ここまでだ。恐らく敵の狙いは…」

新手のMS部隊の隊長機らしき機体の猛撃を躱しながら、バルドフェルドの脳裏に過るのは緒戦にて自分が勝利した後に行った連合軍への追撃戦だ。
あの戦いで連合は初めてMSを投入し、我が方の後方部隊を襲撃。物資及び対空兵器を破壊し―――


「制空権の一時的な掌握、その後の爆撃だ! アイシャ、敵爆撃部隊への警戒を航空部隊へ通達するようダコスタ君に! あと撤退命令もだ! この予備選力の投入で離脱に移った子鬼どもは殆どが戦域の外へ出ている! このままだと連中の殿部隊と一緒に心中だ! 艦隊にも援護が必要だろう!」

バルドフェルドは、目の前の新手に対処しながら命令を淀みなく相方に伝える。
アイシャはそれに頷き、レセップスに連絡を取る。同時に彼女は後退信号を電波と発光弾の両方で打ち出して周囲の味方に知らせる。
バルドフェルドは、その彼女の手際を尻目に機体を後退させる。それを見て取った敵機は、

『逃がすかぁっ! ここで借りを返してもらうぞ! 砂漠の虎!』
「おやおや、随分と恨みを買われたものだ。けどね、覚えはいくらでもあるが、その取立てに応じる気はないよ、悪いけどね」
『逃がすと思って…そんな機体の状態で逃げれれると―――!』
「―――思ってるさ。勿論」

そう告げると彼は操縦桿の脇にあるコンソールを素早く操作し、

『なに!?』

それによって出来た隙に相手に一撃を入れて離脱に徹した。

「どんな相手であれ、ただ逃げるだけじゃ虎の面目が丸つぶれだからね」

既に後ろ遠くにある敵に向かって言い、彼は遮光モードに切り替えたカメラを戻す。
そう、ブラウン達も使ったフラッシュバンを彼も使ったのだ。そしてそれによって出来た相手の隙を突いてその頭部を牙でギロチンのように落としてやった。
今頃あの相手は、また借りが増えたと地団駄踏んでいるかもしれないな、とバルドフェルドは砂漠を駆ける剣虎のコックピットの中で他人事のように思った。

ともあれ、状況は収束に向かう。

720 :ゴブ推し:2016/10/16(日) 20:30:46
中途半端ですが以上です。

イベント戦闘だったのでブラウン達はボス戦から生還。無事とは言い難いですが。
またイベント戦闘なりの手加減があったので何とか戦えたとも言えます。
手加減なく、もしアイシャが手を出していたらブラウン達は救援を来る前に全員死んでいたでしょう。
そして救援が来なければ手加減したバルドフェルドに敗れていました。

なお救援部隊ですが、モーガン達はこの時点ではまだゴブリンです。ザクかドムに乗るのはナイ神父氏の作中通り翌年の五月の反抗作戦前でしょう。
本当は彼の活躍は黒い三連星と共に描きたかったのですが、お預けとなりました。虎さんも思いの他ダメージを受けてしまい、逃げに徹しましたので。

ジャンについては、原作同様に両親の死後、大西洋から一時プラントに移ったもののナチュラル蔑視の高慢な考えに嫌気がさし、比較的コーディネーターにも穏和なユーラシアに移住したという感じで考えてます。
大洋に移住する可能性の方が高いと思うのですが、日本勢力圏より馴染み深いと思ってユーラシアを選んだといった所です。
あと少尉と、まあ士官なのは大西洋にいた頃に軍歴があり、戦時志願による特例措置という風にしてます。
ちなみに彼が妙な信念を持っておらず、謹慎を受けてなければ、戦術面でブラウン達はもう少し楽に戦えたと思います。バルク大尉とハウンズマン曹長も死なずに済んだかもしれません。
彼についてはナイ神父氏のシナリオに都合が悪ければ変更いたします。

次回は第一部の最終回という事になります。それ以降の予定はアフリカでの反抗作戦を挟んで南米編とする積もりですが…構想も出来ていないので何時になるかは完全に未定です。

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最終更新:2016年10月17日 23:25