509 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:25:58
11―――反抗(前編)
CE71年5月5日。
この日、大洋連合、ユーラシア連邦、南アフリカ統一機構の地球連合に属する三つの国家軍による軍事作戦。北アフリカに駐留するザフトの駆逐と、北アフリカ共同体政府…正確には親ザフトを標榜する現政権の瓦解を目的とした北アフリカ制圧作戦が実行された。
Operation―――Wüste Taifun《ヴュステタイフーン》…砂漠の台風作戦。
後にそう名付けられる反抗作戦の幕が開けた。
北アフリカとアラビア半島の境にある要所…スエズに戦力を終結させたユーラシア軍は、そこから北西凡そ20kmにあるアグロットの前線基地に駐屯している部隊と合流。そして侵攻の足掛かりとして旧エジプトの首都カイロへと軍を進めた。
その先陣を切ったのは、ユーラシア陸軍でも名を馳せる知将ノイエン・ビッター少将直下にある新型陸戦MAのガンタンクやMTヒルドルブ、同じくMTケンタウロス突撃砲等…これらで編成された重砲撃部隊であった。
これは凡そ七か月前、砂漠の虎アンドリュー・バルドフェルドの侵攻と策略によって壊滅の憂き目に遭ったMS部隊の損失が軍上層部に衝撃を与え、若干のトラウマとなっており、当時において貴重なMSパイロット失う事を恐れた軍上層部の強い意向によって、この大洋と共同開発された新型MAやMTを前面に立たせたと言われている。
だが旧ドイツや旧ソ連の流れを汲むユーラシアにとって高い火力を持ち、戦車と自走砲と共に何百両と並んで火力を叩きつける戦術は非常にマッチしており、ザフト軍に尋常ではない損耗を与えた。
そこにはリニアガン・タンクとは比較にならない火力に加えて機動性もあるだろう。重装甲で鈍重そうな外見に見えてガンタンク、ヒルドルブ、ケンタウロスは100km/h以上の速度で砂漠や荒野を走破するのだ。よってその進行速度は早く、さらに―――
「連合のMSだと!不味い、この数では不利だホワイト、てった…」
「へっ連合のMSなんかバクゥの敵じゃねえ! 叩きこわしてやる!」
「ホワイト、止めろー!」
さすがはバクゥと言うべきか、大火力を持って投射された鉄の雨を掻い潜って彼のいる部隊に到達し、猛然と一機のバクゥが彼の搭乗する青い機体に迫るが、
「迂闊だなっ!」
彼は叫ぶと、自らも機体を突貫させてマシンの右腕に内蔵された強力な電流を流す特殊なワイヤー…ヒートロッドを迫る鋼狼に向けて放つ。
「な…―――」
ロッドの先端にある顎がバクゥの装甲に食い込こむと、一瞬彼の機体に敵パイロットの驚く声が聞こえたが、電流で機体の回路を焼かれたせいかその一瞬だけで、彼はそれを気にせず突貫の勢いのままに敵機のコックピットへ右手に持つ焼けた刃を突き刺した。
その敵機が崩れた直後、
「見たか、このヒルドルブの力を! 主力はMSに譲ったが俺達は、戦車はまだ、戦える!」
彼のいる中隊の指揮官であり、生粋の戦車乗りであるヴィットマン大尉が通信でそんな勝鬨めいた声が上げた。
その言葉の内容に余程、鬱屈していたのだろうと彼は僅かに同情しつつも隊長に声かける。
「大尉、まだそう勝鬨を上げるのは早いでしょう。急ぎ隊を進める必要があります」
「……すまない。確かに少し気が早すぎたようだ。他の隊に遅れて足並みを乱す訳にはいかないからな。進言感謝する」
「いえ…」
「それからさっきは良い援護だった。その調子でこれからも頼むぞ〝ドナヒュー〟中尉」
〝ドナヒュー〟…ビッシュ・ドナヒュー中尉。
彼は、この戦いおいて新型MAガンタンクとMTヒルドルブ、ケンタウロス、そしてそれらを護衛するMSで混成されたこの部隊にて、的確なカバーと連携と上官達への助言を行い。彼のいる中隊と大隊は異様なまでの進撃速度と、他の同様の混成部隊と比較して3倍もの戦果を挙げる事となり、さらに表裏のないその高潔な在り方故か、上官達は余すことなく彼の功績を讃えた為、上層部の眼にも止まり、電撃的な進撃速度の早さと後に従事作戦での戦いもあって〝荒野の迅雷〟と呼ばれることになる。
このエースを始めとしたMSによる直援部隊との連携もあり、ザフトはかつての戦いのように戦車やMAとMTなどの機甲部隊を蹂躙する事は叶わず、多大な損害を被り連合の反抗作戦から僅か四日目にして後退を開始。
これにより当初の想定よりも早くユーラシア軍はカイロを制圧。弾薬の消費量こそとんでもないものがあったが、補給体制は万全であり、損耗も低くさもあってその勢いのまま迅速に作戦を進める。
その為、ユーラシア軍はカイロからナイル川沿いに南下しつつ、支配域の拡大や各都市の制圧しながら北上する大洋及び南アフリカの合同軍との合流を図る部隊と。後退したザフトを追って北上し、地中海に面する要所たるアレクサンドリアを始めとした北部を制圧する部隊の二つに別れる事となる。
510 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:27:32
■
「―――…のことから、この追撃とアレクサンドリアの制圧は我々MS部隊が先鋒を務める。今度は我々が主役という訳だ。先の戦いで見事戦果を示した混成部隊の連中に後れを取る訳にはいかんぞ」
中佐…いや、昇進してアフリカ方面のMS部隊を預かる事となったロンメル大佐がスクリーンの前で僕達に説明を行った。
先の戦い…カイロ制圧までの戦いは基本的に出てくる敵を迎え討つのが主であり、前進しながらも待ち構えて接近してくる敵をガンタンクやヒルドルブの大火力で薙ぎ払うだけでほぼ事足りた。
しかし、後退した敵の追撃となるとそういう訳にはいかない。追ってくる此方を待ち構えてくれるだけなら良いが、自分達がかつて使ったような待ち伏せなどのゲリラ戦を使われては護衛のMSがあっても白兵戦が不得手なガンタンクやMTには大きな被害が出る可能性がある。
それにこちらの火力投射や爆撃等を警戒しているのか、散り散りに後退しているのもある。これでは先の戦いのように鉄の暴風で薙ぎ払おうにも大した効果は得られないだろう。
「…何か質問はあるか?」
大佐の問いに返事はない。
「うむ。なら解散だ。出撃は20分後だ。それまでに各員は準備を済ませろ。それと油断は禁物だ。敵は打撃を受けて疲弊し、数も減ったが、そうして追い詰められた時ほど力を発揮する事もある」
〝窮鼠猫を噛む〟という奴だろう。大洋……ニホンにあるという諺を思い出す。
「では、各員の健闘を祈る」
念を押すようにした大佐が敬礼をし、僕達も答礼して…ブリ-フィングは終わった。
「フレッド!」
ブリーフィングルームを出て暫くすると背後から野太い声が掛かった。そしてガシッと肩をしっかり捕まれる。
「何でしょうか? カミンスキー大尉」
振り返って敬礼すると、目の前には燃えるような赤い髪を持った2mにも達する巨漢の男性がいる。一言で言えばマッチョ。大昔のハリウッド映画に出ていたアクション俳優を思い起こさせるような体格の持ち主だ。……そういえばロンメル大佐の声はその映画俳優に似ている気がする。
「うむ、出撃を前に…フレッド、お前さんに心構えを一つ聞こうと思ってな」
フレッド…フレデリックを短くした僕の名前の愛称だ。
この大尉殿は、初対面から一時間もしない内に僕の事をそう呼ぶようになった。時折、それに少尉と階級を付けて呼ぶ事もある。
野太く、巨漢で、やや強面な顔つきなのにどうも人懐っこいのだ。どんな人間でも物怖じせずに、偏見を持たずにおおらかに接する。だがそれがこの大尉の魅力なのだろう。多くの人間が慕い。自分もそんな大尉を嫌いではない。ただちょっと強引な所があるのが玉に瑕だが……。
「…心構えですか?」
「ああ、先の戦い…ここカイロを制圧する戦いに出撃する前に聞きそびれてしまったからな。それに我々は殆ど出番がなかったしなぁ」
やれやれと、残念そうに大尉は深くため息を吐く。
そう、大尉の言う通り自分達…生粋のMS部隊は先の戦いで余り出番がなかった。
カイロ及びその近隣の基地を制圧する際の歩兵部隊の援護ぐらいだった。敵の殿もMS、MA、MTで編成された混成部隊が撃破している。
都市部やその近郊や基地内で戦闘が発生していれば、また違ったのだろうが、それは起きずに北部の都市郊外で敵の殿は展開して、そして混成部隊に狩られた。
聞いた話では砂漠の虎が民間人を撒きこまないように徹底した命令を下しており、敢えて基地を無防備に開放する事でこちらの疑心暗鬼を誘ったらしい。
前者は事実かは分からないが、後者に関してはまあ、少し上手くやられている。爆薬の設置などの何かしらの罠を警戒して基地への進駐に若干時間が掛かったのだ。
つまり―――
「―――次でようやく我々の多くは、本当の意味で大規模な戦闘を経験する訳だ」
大尉がそう言った。
ふと思った。大尉は大尉で緊張しているのかも知れないと。
大尉の以前の所属は欧州方面の戦車部隊であり、シュバリエ大尉のように戦車での大規模な戦いは経験していない。ザフトとの戦争が起こるまで大きな戦争が無かったからだ。
それでもバルク大尉やハウンズマン曹長のような貫録を彼から覚えるのだから、実戦経験は豊富だろう。
そんな大尉が敢えて訪ねてくる。
511 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:29:01
「この大きな戦いに挑む際、お前さんはどんな心持ちでいる?」
気付くと周囲には同僚のパイロット達が立ち止まっており、此方に目を向けている。―――なるほど、と思った。
「……………」
少し考えるが、実は昨日も自分が預かる中隊の皆に同様の事を尋ねられて、答えていた。
「―――これまで受けた訓練と経験した戦いで培ったものを信じて最善を尽くす。そして傍にいる仲間と隊を信じて戦う。自分が仲間を信頼するように、周囲の仲間もきっと自分を信頼してくれているのだから……なら過度に恐れる必要はない。自分は仲間を守り、仲間も自分を守ってれるのだから」
そう、迫りくる戦場で、自分が身を置く戦場で、そこで戦い抜くのに必要なのは大義でも国家への献身でもない。無論、それが戦いに身を置く為の自分達、兵士の意義である事は否定しないが、それでも何よりも必要なのは―――己が力と共に戦ってくれる仲間だ。それを信じる。
「だから、これまでの戦いとやる事は何も変わりありません。ありきたりの言葉ですが自分の力と仲間を信じて戦う。その信じる仲間の為に戦う。それだけでしょう」
そう告げると、大尉はうむ…と力強く頷いた。
「そうだな。その通りだ。自分を信じてくれている仲間の為に最善を尽くす。言うなればそれだ。隊の仲間が皆そう考えれば、戦場の中で意味なく死に行くことは遠ざけられるだろう。仲間の為に、戦友の為に戦う。皆も覚えがある筈だ。次の瞬間には自分が凶弾に倒れるかも知れない中、己自身よりも共に戦う戦友の身を案じる事。仲間を死なせない為に、その為に最善を尽くそうとする事。それを果たす事を己の命以上に重く感じる事」
大尉は、周囲にいるパイロット達…いや、パイロットだけではない。所属関係なく多くの兵が居た。
「フレッド―――ブラウン少尉の言う通りだ。いつもと変わらない。自分の力を信じて最善を尽くす事。仲間を信じて戦う事。その仲間の為に戦う事。それが戦場で生き抜く為の唯一にして至上の手段だ」
大尉が周囲を見渡しながら言った。
「ここに居てこれを聞いていた者はそれを忘れるな。そしてこの場に居らず耳に出来たかった者達にも聞かせると良い。中には何を当たり前な?と思われるかも知れんが、その言葉を戦場の中で迷い、恐れを感じた時に思いだせば、奮い立ちあがる事が出来るやもしれん。その言葉が戦友を救う事に繋がるかも知れん。自分を助けるかも知れん」
一拍老いて、大尉はさらに強く重々しく告げる。
「これまでの厳しい訓練や戦いの中で培った己が力を信じろ。共に戦う仲間…戦友を信じて戦い、守れ。その為の最善を尽くせ。決してそれを忘れるな」
そう言うと大尉は静寂の中、僕の肩に手を回して半ば引っ張るようにしてこの場を後した。何となく背中に視線を突き刺さっているようでむず痒かった。
「…これで少しはマシになるだろう」
暫く歩いて周囲に人気が少なくった途端、大尉がポツリと言った。
僕はそれに頷く。
「やっぱりそういう事ですか」
「ああ、うちのパイロット連中の…特に若い奴らがな。どうも不安そうにしているので見ていられんかった」
「だから僕を出汁にしたと」
「そうだ」
肩を竦める僕に大尉は悪びれる様子もなく頷いた。
「英雄となったお前さんの言葉は例えありきたりな物であろうと重い。あの激戦…俺はあの場に居なかったが、話は聞いているし、何度も記録を見ている。あの戦いの後に入ったパイロットの奴らは皆そうだろう」
「…………」
「多くの仲間を失ったお前さんにはあの記録は辛いものばかりだろうが、それを見た奴らはあの激戦を生き抜き、多くのMSを屠り、虎と戦ったお前をやはりエースと崇め、英雄視している。若手や新米だけでなくその一戦を共に戦って生き残った先達たちもだ」
大尉は厳しく重々しく言っているが、言葉にはどこか憐憫が含まれているように思う。虚飾に満ちた英雄を役割を背負わされた自分…そして多分、クルツに対してもだろう。
僕はそんな大尉に笑って見せた。
「大丈夫です。分かってますから。それが僕とクルツの役割だっていうのは」
「そうか…そうだな。すまん、今さら言うまでもない事だったな。余計な気遣いをした。許せ」
大尉は自覚を促そうとした事と憐憫と同情を向けた事を謝った。その後は格納庫まで僕達は無言で歩いた。
ただ正直、大尉の気遣いはありがたかった。シュバリエ大尉もそうだが、こうして英雄視されることの重みや苦しさをなど、色々と理解してくれる上官の存在は本当にありがたく、とても助かっていた。
512 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:30:19
■
あの後、格納庫に赴くなりクルツが演説めいた事したのをからかってきて、同じ隊に所属する直属の上官であるカミンスキー大尉に何故自分を出汁にしなかったのか? とやや不満気に尋ねていたが、
「お前さんじゃあ、場が締まらんからなぁ」
と、真面目に言って容赦なく切り捨てていた。クルツの軽い性格を遠回しに指摘したようなものだ。。
流石にバッサリ切られた事に少しショックを受けたのか、クルツはガックリと肩を落としたが…まあ、仕方ないとも思う。
英雄視されることに辛い所があるのは根本的に自分と同じなのだが、それでもその性格が災いしてクルツは調子に乗ってしまう事があり、この前のメディアのインタビューで馬鹿をやらかして僕が尻拭いする事になったのだ。
その為、クルツの株は隊内で少し下がっている。とはいえ、多少下がっても基本、社交的で憎めない人格なのだから問題と言うほどでもないのだが、大尉にとってはあの場に沿わないと落第点を付けたようだ。
そんなややコメディめいたやり取りがあったものの、MSの整備と補給が済み。
「各員準備は良いな? デア・イェーガ中隊出るぞ」
僕はコックピットの中、パイロットスーツを着込んで部下達に告げる。
「了解」「問題ありません」などの返事があり、
「よし…、出撃だ」
機体をゆっくり歩行させて格納庫を出て、ヒュウンッと何処か軽い音が響いてホバーで地面を滑るように高速移動を始める。
〝デア・イェーガー《狩人》〟は僕の中隊のコード名だ。
不本意なことながら砂漠の虎…敵のエース《切り札》と戦い、抑えたようとした事からスポーツ同様に相手のエースを封じる意味での例えに使われる〝銀の銃弾〟というよくフィクションで用いられる言葉が僕とクルツに向けられ、何時の間にやら〝銀弾を持つ狩人〟などという恥ずかし気な二つ名が僕に与えられていた。
…まあ、その原因も必要性も分かっているのだが。……兎に角、そこから取って僕の中隊のコードが付けられた。
〝銀の銃士〟と呼ばれる事となったクルツも同様だ。ただこちらは有名な〝三銃士〟の出典元からフランス語の〝ムスカテール《銃士》〟中隊と付けられている。
基地のゲートから中隊のMSを率いて出ると、先行していたシュバリエ大尉率いる中隊の姿が見えて、速度を上げる。
「デア・イェーガー中隊、配置に付きます」
『おう、左翼を頼む』
「了解」
凡そ距離3000を保ち、シュバリエ大尉が直接指揮する中隊の左後方に陣を取る。
そうしている間に右にも別の中隊が配置につく。
一個12機編成の中隊が三つの計36機。これを大隊としてさらに三つ揃えて108機で構成される連隊と成し。シュバリエ大尉が連隊長を務めて指揮を執っている。
この連隊は全機がドムタイプで編成されており、その快速を持って先陣を切り、敵ザフト軍に楔を打つ事を目的としている。
「………」
この機体に乗っていると時に思う事がある。バクゥの機動力をも優に上回るこの機体が――ドムが〝あの時〟にあれば、と。
だが、それは無理という物だ。
あの頃は漸くMSという兵器に慣れが出たばかり頃で、前線では配備されたゴブリンの扱いに整備兵は手一杯で、後方あったザクの扱いも同様で、ドムにしても配備が決定してもユーラシアに回ってくるのは大分遅れていたし、我が軍でのテストはそこそこだった。とてもではないが前線に投入できる段階ではなかった。
それでもその〝IF〟を考えてしまうのは、まだまだ自分が未熟という事なのだろうか?
「ほんと、考えても仕方ないのな」
ポツリと呟いて、女々しい考えをふり払う。
兎に角、このドムタイプで編成された隊の他に、ザクとドムで編成された連隊が二つあり、この一つが僕達の連隊に続いてロンメル大佐も居る陸上艦隊や機甲部隊などと共に移動する予定だ。こちらはカミンスキー大尉が指揮を執っており、クルツもいる。
残りのもう一つの隊はカイロに残り、治安維持を兼ねて当面予備として扱われる。
また先の戦いで目覚ましい戦果を挙げたガンタンクとヒルドルブ、ケンタウロスに加えて護衛のグフが付いた重砲撃部隊―――特殊混成機甲師団は北上する部隊と南下する部隊の二つに分かれる予定だ。ただ弾薬の消費だけでなく、前面に立って戦闘を行った為に整備に念を入れるらしく。出撃は少し遅らせるようだ。
つまり僕達108機のMSで先ず後退した敵にぶつかる訳だ。
「…それでも問題無いとレビル大将は考えたのだろう」
アレクサンドリアの制圧に上層部…主に背広組の方針に反してMSを前面に立てたのは、カイロ制圧までの敵の損害を鑑みて問題無いと考えたのだろう。
加えて言えば、我が方のMSの性能と練度も信じたのかも知れない。
513 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:31:37
さて、カイロとアレクサンドリアまでの距離は直線では凡そ170kmほど。あくまで平面な地図上で見た限りの事であり、地形等の起伏までは含んでいないがそれでもそう遠くない。鉄道は元より幹線道路などを使えばごく普通の乗用車でも片道2、3時間程度のドライブで互いの都市の中心部にまで行ける。
では、このドムではどうだろうか? この機体はその外見や重装甲に反して全速を出せば400km/h前後の速度で地上を走破できる陸戦型MSだ。しかも砂漠や荒野など多少地形が悪くともホバー走行の為、速度は殆ど落ちない。
無論、常に全速力で移動する訳ではないが、巡行でも200km/hほどの速度で問題なく走れる。多少起伏があったり、迂回することがあっても一時間ほどでアレクサンドリアに到着できるだろう。
ただし何の障害もなければだが…。
『…〝ヴィリー・イェーデ〟よりMS第1連隊へ通達。敵アレクサンドリア基地より無数の航空機及びディン部隊の発進を確認。我が方も第4戦闘機連隊、第6戦闘機連隊が出撃。敵航空機部隊の対処に当たるもディン部隊の対処までは困難と判断。また後退中の敵部隊が一部反転。そちら向かう模様。さらにアレクサンドリア基地の地上部隊にも動きアリ。注意されたし』
ロンメル大佐も乗る後方のビックトレー級ヴィリー・イェーデからの通信だ。
カイロから高く上がる観測バルーンや高々度偵察機から得た情報を伝えてきた。
『動きがあったか。…ブラウン少尉、どう思う?』
「は…」
シュバリエ大尉からの通信に少し考える。
後方から送られた情報を写すディスプレイを見る。上がった航空部隊はともかく、ディン部隊は低空で素早く真っ直ぐにこちらに向かったようで、地上で散り散りに後退する各敵部隊は更に後退を急ぎ慌ただしく見え、その中から反転した奴らは隊列を整えるのが鈍く、部隊間の連携も乏しいように思える。
「…この動きから見るに慌てているように思います。こちらの追撃と移動が思いのほか早い為に動揺があるのではないかと…」
敵は凡そ50~60km/hで後退していた。バクゥなどは足が早いだろうが、ジンやその他車両が一緒では移動に時間が掛かる。
我が軍のカイロやその周辺基地の制圧に掛かった一時間程度。僕達の出撃はそこから更に凡そ一時間。
そして敵は後退しながらの警戒の必要やトラブルがあったりして時間を食ったのだろう。散り散りに後退している敵は、アレクサンドリアに入るまでまだ70kmほどの距離があった。
『そうだな。ふむ………この反転した奴らはこちらの足止めか。後退を続ける味方を逃がし、アレクサンドリアから出た部隊との合流及び防衛線の構築が目的だな…恐らく』
「同意します、大尉」
『ならむざむざその時間をくれてやる必要はないな。連隊を各大隊ごと三つに分けて速度を上げる! 分散して足止め部隊を手早く片付け、そのまま各大隊は散り散りに後退する敵部隊の後背を突け! 散開…行くぞ!』
大尉の命令に了解と隊の皆が応え、連隊はその移動速度を上げて砂を更に舞い上げて砂漠の大地を駆け抜けた。
514 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:34:15
■
彼、ロニー・アンダーヒルはどうしてこのような事になったのか分からなかった。
いや、こうなった原因は分かっているし、こうなった経緯も理解している。しかし…
(なんでだ?)
それでも分からなかった。
だってそうだろう。相手はナチュラルで、進化した新たな種である自分達より劣っており、勝る筈がないのだから。
(なら、なら、なんで自分は…自分達はこうなっているのか?)
外を映すカメラを使って周囲を見る。
モニターに映るのは荒涼とした砂漠の大地と、装甲のあちこち傷つき、ひしゃげ、弾痕が刻まれたボロボロの僚機達と同様に破損している戦車や装甲車、それに負傷兵を満載したトラックなどの車両の群れだ。
恐らく自分の機体も同様に見られたものでは無いだろう。
理解できなかった。こんなのあり得ない光景だから。自分達がナチュラルに負け―――
(―――負け…なんだ? そんなことはあり得ない! あり得ないんだ!)
心の中で必死にそう叫び、ロニーは目の前の現実を否定し受け入れようとはしない。
プラントに居た頃は、毎日のように政府広報も各報道メディアも言っていた。自分達は勝っている。優勢だと。いずれ理事国…連合の連中は己の過ちを認め、ザフトに、コーディネーターに挑んだ愚かさを後悔しながら降伏を申し出てくると。
だからみんな笑っていた。どうして早く負けを認めないのかと? ナチュラルが自分達に勝てるなんて幻想に何時までしがみ付いているのか? 理事国という大国のプライドか? そんなものの為に現実を受け入れず同胞を死なせ続けるなんてナチュラルはやっぱり野蛮で愚かで、碌な知性も理性が無いんだな……って。
「くくっ…」
ロニーの口から笑いが零れる。
だから、大袈裟だと、頼りないと思って失望した。
志願し、訓練を終えて地球でナチュラルに、自分達に歯向かう愚かさを先任の方々と教えてやろうと思っていたのに……情けなくも勇敢なるザフトの兵士にあるまじき事に地上のザフト兵は皆、ナチュラルが手強いと本気で恐れ、警戒していた。
そんなことある筈ないのに……何度も何度もしつこくそう言う上官達を自分は一緒に地球に来た同期の奴らと陰で笑っていた。堂々と言えば激しく怒鳴られ、酷い時には修正を受けるからだ。……馬鹿げている。
『…こちらアレクサンドリア基地。後退中の各部隊に告ぐ。南方、カイロ方面から敵MS部隊の接近を確認。後退中の貴官らの追撃及び当基地の攻略を目的とする先遣部隊と思われる。我が方も迎撃と救援に部隊を出すも敵の動きは早く、現状のままでは間に合わない可能性が高し。速度を上げ、急ぎこちらに合流されたし』
追撃? 追っ手? 通信から聞こえた言葉にロニーの頭にそんな言葉が浮かぶ。その意味を考えようとするも…それよりも早く、
『……くっ、やむを得んな。MSは反転し敵追撃部隊に向かい、足止めを! 残りは全力でアレクサンドリアへ向かえ!』
了解という言葉がロニーの耳に入る。
『ロニー、どうした? 返事をしろ!』
「!…了解」
上官から自分に向けられた怒声に反射的に彼は答え。自機を―――ジンを180度旋回させてここまで来た道を引き返す。僚機と共に。
同時に迫る敵という言葉に思いを馳せ、ふつふつとしたどす黒い感情が胸の奥から湧いてきた。
敵…ナチュラルがやって来る。劣った連中が生意気にもMSに乗って進化した新たな種である自分達コーディネーターに歯向かってくる。
なら今度こそ、今度こそは教訓を与えなくては。自分達に逆らうのは愚かだと、馬鹿な真似なのだと、今度こそは!
「そうだ! あんなのは何かの間違いだ! でなくて何だっていうんだ!」
ロニーは湧いてくる感情のままに叫んだ。
だが―――
515 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:35:24
『―――うわぁあぁあああ!?』
『ラーク!』
『わっ! わっ! だ…誰か援護をっ! ヒッ…!』
『て…敵機が速すぎる! 照準が…機体が追いつかない!』
『くそっ! なんであんな鈍重そうな機体がバクゥよりも速い…! 早く動けるんだ!?』
ロニーは再び現実を叩きつけられた。
「ハァ…ハア…ハァ…」
呼吸が乱れる。自分がどう操縦桿を動かし、フットペダルを踏んで、どのように機体を動かしているかよく分からない。
そう意識している余裕がない。必死に必死にシールドを構えて、火線の雨を防ごうと、躱そうと…ああ、でもコックピットに伝わる衝撃でシールドが穿たれ、装甲に穴が開くのが分かる。
脳裏に蘇る。迫る無数のMSモドキ。それらが放つ砲火。そして激しく砂を舞い上げて衝撃に揺れる大地と自機。
今のように必死に必死に盾を構えて逃げ惑った。近くで馬鹿にしていた上官が吹き飛び、その上官を一緒に嘲笑っていた同期の仲間も吹き飛んだ。生き残ったのは自分だけで………――――
「ああ、あああ、あああ、あああ――――」
気付いたら目の前に十字の眼が…いや、眼はその中心にあって赤く発光して、それが間近で自分を見ていて―――直後、真っ赤な熱がロニーのいるコックピットを融解させて彼の身体ごとその意識をも溶かしていった。
■
『周囲に熱源反応なし、レーダー、ソナーも同様、これといった動体反応はありません。今のジンで最後のようです少尉』
「分かった。大尉に連絡する。…こちらイェーガー01、左翼の敵機の撃破を完了しました」
ブリックの報告に頷いて、シュバリエ大尉に連絡を入れる。
『ドック01了解。…流石に早いな。こっちももう直に片付く。右翼もそうだろう。直ぐにこちらに合流にしてくれ。予定に変更はない。後退する敵を追う』
「了解……よし、聞いていたな。急ぎ連隊長たちと合流するぞ」
了解との返事を耳にして、ふとブリックが最後に撃破したジンを見る。
「…新兵か。やはり若いんだろうな」
最後に見せた狂乱したような動きからそう思った。
あの戦いの後、幾つか似たようなものを見た。それを示した敵機のパイロットは例外なく若い兵士…というには若すぎる十代半ばほど少年だった。少なくとも遺体を確認でき、捕虜となった者達はそうだった。
「これからまだまだ増えるんだろうな」
覚える嫌な、不快な感覚を吐き出すように呟いた。
人材に乏しい故にそうせざるを得ないのだろう。そんなザフト軍の事情と若くして戦場で散る彼等に同情はあった。けど、
「だからと言って容赦する気もないが…」
そうしなければ自分が死に、仲間を死なせることになる。だから手を抜く気はしない。
『少尉…どうしました?』
命じながらも移動しようとしない為、通信からブリックの訝しむ声が聞こえた。
「ああ、すまない。行くぞ」
『は…』
移動の為、背を向けた先にあるジンは、何かを掴もうとするかのように巨大なマシンの腕を高く空へと伸ばしていた。
倒れ伏したそのマシンの目は、或いはパイロットは最後に何を見て手を伸ばしたのか…ふいにそう思いながらも僕は機体を皆の方に向けた。
516 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:36:59
■
手早く敵の足止めを片付けた僕達…大尉率いるMS101大隊(MS第1連隊・01大隊)は、後退中の敵部隊…と言ってもその一つなのだが、それに追い付いて捕捉したのだが、
『チッ…今度はディンか! タイミングが悪い』
大尉の舌打ちと毒づく声が聞こえた。
アレクサンドリア基地から出たディンの姿が今になってセンサーに捉えられたのだ。
『妙ですね。このタイミングなら先程の敵を足止めに動かさずにここで連携して戦えば、少しは善戦できたのに…?』
鈴を転がすような声が疑問気に言葉を紡ぐ。
自信家で気の強い彼女らしく、さっきの敵にディンが加わっても大して脅威でないとそれとなく言っている。
だが大尉は、その驕りとも取れる言葉を気にせずに彼女の疑問に答える。
『マイヤー准尉の言う通りだな。…恐らくさっきの足止めは後退していた連中の独断なのだろう』
「アレクサンドリア基地から発せられた命令では無いという事ですか?」
『多分な。ザフトの悪い部分が出たんだろう』
『ああ、なるほど…』
大尉の言葉にやはり鈴を鳴らすような声でマイヤー准尉が応える。
僕も頷く。つまり階級の無い指揮系統や序列が曖昧なザフトの制度と個人主義が強いコーディネーターの悪癖が出たという事だ。
何というか。コーディネーターは自身の能力に妙な自負がある所為か、独断専行のきらいがあり、そこに階級という明確な上下区分が無い事が加わって、他の部隊どころか隊全体の事も考えずにスタンドプレーに走る傾向があるのだ。軍隊としてはあってはならない最悪の問題だろう。
『とにかく、迎撃だが……ディンの数は12…いや、16か。よし、イェーガー中隊にディンを任せる。残りは敵後退部隊を抑える』
了解と応えて、機体をディン部隊へ向ける。
途中、後退部隊の中にいるリニアガン・タンクや自走砲―――北アフリカ軍のものだろう―――の脇を抜ける為に砲撃を受けるが無視する。
此方の機動力に対応できずに的外れ場所に着弾するのもあるが、大尉達を始めとする残りの24機のドムが猛攻を加え始めたからだ。
「…あの時の奴と同じだな」
拡大したモニターに映る敵機の姿が自分の記憶と、コンピュータの中のデータが一致した。
〝陸戦型ディン〟と我が軍に―――連合側に正式登録された敵機。あの砂漠の虎との一戦で見た奴だ。
戦場に突如姿を見せた橙色の剣虎と共にこちらの敗北を決定づけた僕に…いや、クルツを含め、あの戦いを経験した仲間にとって忌まわしい敵。
「仇討ちという訳じゃないが…!―――全機散開! 小隊単位に分かれろ!」
部下達に命じると、
「…遠いな」
呟く。
ディンは新型のこちらを見て警戒しているのだろう。高度を落とさずに距離を保っている。
凡そ高度300mといった所か。陸戦型と言ってもディンはディンだ。飛行能力は相応にある。それに機動力はバクゥどころか飛べる分このドムよりも高い。加えて迂闊に突撃せず、降りようとしない事からベテランが搭乗していると思われる。
しかし、やれるだろうという自信はある。
517 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:38:11
「各小隊、ランチャーを準備!」
高速で移動しながら再び命じる。各小隊一機に必ず持たせているミサイルランチャー。
自分に続く3機…マイヤー准尉《イェーガー03》、パウロ伍長《イェーガー05》、ターキン伍長《イェーガー07》の内、07がランチャーを左背部のアタッチメントから抜く。
この動きを見た敵ディン部隊は距離が縮まった事もあって、重突撃銃で攻撃を開始、火線が伸びて自機と隊の周囲に着弾。当たる事はない。まだ距離は遠いしホバーによる高速移動に加え、フィギュアスケートのように地面を滑るように蛇行した機動を取っているからだ。
だが幾つかの敵機が胸部のミサイルポッドを開く。NJの影響があれど熱源誘導が利くミサイルでこちらを撃破しようとつもりだろう。此方と同じく。
『…少尉!』
「ああ、ランチャー、四発、撃て!」
詰まる距離、とっくにランチャーの射程内である事、それに焦れたターキン伍長が叫ぶように言うと僕はトリガーを許可した。
放たれるのは各小隊から四発のAMSM《対MSミサイル》…高速で飛行する航空機に対処する対空ミサイルと、硬く分厚い守りを持つ拠点や装甲を射貫く他の対地・対戦車ミサイルの、その両方の特性を持つ今大戦で開発された新型ミサイルだ。
同時に敵からもミサイルが放たれるが、此方はそう機動力はない。ザフトは地上での仮想敵に戦車などを想定している為に、未だに双方の特性を持ったミサイルを配備していないのだ。故に―――
「全機、全力機動、回避! 02…フラッシュ!」
ホバーを最大。一瞬にして400km/hを越えるドムに対して想定通り敵機のミサイルは追尾しきれない。機動力が足りずにドムを追いきれないミサイルは、あらぬ方向へ着弾し砂漠の砂を舞い上げるだけだ。
しかし、同時にディンも回避機動を取りながら、チャフとフレアを放ってこちらのミサイルをやり過ごそうとしている―――が、
「全機、対閃光防御!」
これも想定していた。叫ぶと同時に機体胸部から取り外していたフラッシュバンをブリック《イェーガー02》と共にディンの方へ投げてカメラを遮光モードにする。直後、眩しい光が上空で炸裂した。
ミサイルと敵機自らが撒いたチャフとフレアに紛れ込ませての閃光弾。これを敵はまともに受けた。
カメラを焼かれ、パイロットの視界も一時的に閉ざす閃光によって敵の動きが鈍くなったのが見えた。
「よし!…僕は突貫する! 各機、ランチャー以外の武器使用自由! 援護頼む!」
言うや否や、右腕のラケーテンバズを放り捨て、代わりに右スカートにあるヤクトゲヴェール…197㎜MS用ショットガンを持たせ、全速で突貫しながら操縦桿を引き上げてフットペダルを大きく踏み込む。
「う…おおぉぉぉぉぉっ!」
飛ぶ。背中のスラスターと足裏のスラスターを全力で噴かせる。モニターに映る光景が下に流れ、身体を抑えつけるGが一気に強まる。大出力のスラスターに任せて空高くへ舞い上がる。
「―――墜ちろっ!」
目の前直下、ふらつき高度が下がったディンの姿があり、勢いのままに踏みつけるように機体を叩きつけた。
518 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:39:29
■
「なっ!?」
焼き付きから戻りつつあるモニターの端から除き見える光景に思わず声上げた。
此方の視界を奪った間に飛び上がったのだろう。このディンやジンに比べて太く重厚な躯体を持つ十字目のMSの一機が空にあり。高度の下がった味方のディンを足蹴にしていた。
「くそっ…!」
踏み付けらえるように足蹴にされた味方機は、軽量化の為に薄くした装甲―――追加した中空装甲で多少マシになっているとはいえ―――を持つ機体ゆえに、敵機の重量と打撃に耐えられず酷くひしゃげてコックピット部も歪に変形していた。パイロットは即死だろう。
そして敵機は足蹴にした味方機が墜落に移る前に、それを踏み台にするかのようにさらに高く舞い上がり、右腕の銃を構え―――!
「!…全機回避機動ッ! とにかく動け!」
とっさに叫んだ。敵機の高度はこちらに並んでいた! モニターの焼き付きはまだ残って完全ではないが、僅かでも見えていれば、ディンの機動力を活かせば…躱せるはずだ! 空中でディンの機動に勝るMSなどないのだから!
そう思ったが―――秒間隔で3回重い音が響き、
「ば、馬鹿なッ!」
敵機は背中と足裏のスラスターを噴かし、器用に空中で狙い定めてディンの機動…否、軌道の先を読んでいるかのように銃口を向けて火線を、しかも散弾を吐き出して回避を試みるディンをズタズタに引き裂いて撃墜した。それも3機。
「ぐ…ッ!」
敵機の異様な機動や先読み良さと、増加した装甲が散弾程度に貫かれた事への驚き以上に、部下をやられた事に怒りが思考を占める。
「おのれ!」
その怒りに応えるかのようにモニターが正常な映像を取り戻し、自機の両腕にある重突撃銃を向ける。
同時に部下達も視界を取り戻したのだろう。忌々しい十字目の敵機を素早く半包囲して一斉に銃を向け……それを確認して叫んだ。
「撃てぇ!!」
だが、
「―――!」
その光景に声にならない声が出た。殺意と報復の意思が籠った火線は十字目の敵機に当たらない。届かない。
驚愕する他ない。10機以上のディンによる半包囲下、空中と言う立体的空間を活かした濃密な十字射撃《クロスファイア》。
それを敵機は、背中と足のスラスターだけでなく、恐らくスカイダイバーのように四肢の使った空力操作をも使って空中で踊るように自在に機動し、無数の火線を避け、或いは左腕のシールドで弾く。陸戦用の、重力下にあるMSの動きにはとても思えない。加えて―――
『うわ…ああぁ!』
『―――がぁああ!』
ノイズ混じりの悲鳴が通信で聞こえた。
「っ…迂闊!」
十字砲火に一瞬遅れて下から火線が伸びた事に気付き、射撃しつつもとっさに自分も部下達も回避を行うも2機がそれに絡め捕られて爆散した。
この奴に対する援護射撃もこちらの火線を当たられない理由だ。回避の為に照準がが定まらない。だがそれ忌々しく思う以上に、
「…奴に気を取られ過ぎた!」
ほんの数秒の事とは言え、気を取られ、怒りに呑まれて下の…他の敵の事を忘れるとは! 馬鹿か!と。そんな間抜けな自分を罵りたかった。このままでは……拙い。今ので6機喰われて我が飛行隊は10機にまで落ち…!
『ッ!…こんなっ!』
『がふ、…ナチュラルに…な、んであんなうご…き…が…!』
今度は下から伸びた火線に動揺し、注意を取られた所為でに更に二機の味方があの空中の十字目…〝奴〟の放つ散弾に喰われ―――
519 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:40:39
「―――!?」
そこで遅蒔きに気付いた。思わずモニターの映像の一部を拡大して一瞬見入る。
銀の弾丸を背景に弓を構える男性…狩人を思わせるソレ! 〝奴〟の左肩にそのエンブレムが描かれていた。
「〝狼喰い〟!?」
連合で〝銀弾を持つ狩人〟などと呼ばれる奴。
単機で十以上の鋼狼を…バクゥを撃墜し、砂漠の虎とも渡り合った敵のエース!
その事実に驚いている間に〝奴〟は、弾切れになったのか、此方の弾幕を躱しながら散弾砲を放り捨てて、同時に近くいた味方機にスラスターで一気に接近。背にある棒を…いや、赤い熱を帯びる剣を抜き張って切り裂き、直後さらに何時の間に手にしていたのか、左手にあるマシンガンでもう一機ディンを撃墜した。
そこで〝奴〟のスラスターに限界が来たのか、高度を落とすが、
「ッ!…なんて事だ!! 全機高度を上げろぉ! 距離を取るんだ! 撤退だ! 奴は〝狼喰い〟だ!」
強張った喉を何とか振るわせて必死にそう叫んだ。
もう一度飛ばれたら……という恐怖があった。何しろ〝奴〟だけで8機のディンが撃墜…いや、〝喰われた〟のだ。それも僅か一分足らずで。
更に今、地上から伸びる火線で一機撃墜された。それは〝狼喰い〟の仕業ではないが……これで隊は自分を含めて5機だけになった。
『こ、こんなッ!?…こんなッ!?』
『あ、あの銀の!? 噂だけじゃなかったのか!?』
『ああ、肩のエンブレム…ま、間違いない! そ、それにあの動き…!』
『化け物め! 奴は本当にナチュラルなのか!?』
部下の恐れの混じった声を聴く。それをBGMに高度を上げて急ぎこの場を離れた。
やられた部下の無念を晴らせず、地上の味方を見捨てる心苦しさはあったが、こうも追い詰められて、敵のエースがいては……。
「…敵の戦力を完全に見誤った」
敵機は3個中隊相当で16機編成のこちらの倍以上だったが、陸戦機だと侮ったのが間違いだった。
「…撃破は無理でも、基地からの増援が来るまでは持たせられると思ったが―――」
あの〝奴〟の…〝狼喰い〟の異常さは元より、地上を高速で走破する十字目の新型も脅威だ。鈍重そうな見た目ながら機動力は明らかにバクゥ以上、この分だと―――
「無事ではないだろうな」
ここ以外の後退する味方の救援に向かった他のディン部隊も恐らくは……
そう内心で呟き、彼は憂鬱げに愛機のコックピットの中で静かに溜息を吐いた。その気分に反して見える清々しいまでの青い空と、燦燦として輝く太陽が妙に憎く感じた。
520 名前:ゴブ推し :2016/11/29(火) 21:41:41
■
「…逃げるのか?」
敵に怯みが見えたので今度は隊全体でジャンプを仕掛けて、一気に畳み掛ける積もりだったが……不利な状況に陥った為か、敵ディン部隊は急速に高度を上げて後退を始めた。
「…追撃は、…無理だな」
高度の問題もあるが速度もある。
音速や亜音速にも達する事はないが、それでもディンは仮にも空戦MSを謳うだけあって600km/前後の速度で空を飛ぶ。重量が増した陸戦型でも余りそれは変わりないらしい。或いは前回よりさらに進んだ改修が行われたか?
「まあ、良いか。検証はアレクサンドリアの攻略が済んだ後だ」
操縦桿から手を放して身体の力を抜くように軽く息を吐き、大尉に通信を入れようとした途端…、
『…少尉』
「少し待て、大尉に連絡を入れる」
マイヤー准尉が通信越しに声を掛けてくるが制止させる。
『……………』
自分の言葉を受けて黙り込むが―――……モニターに映る彼女の顔を見ると追撃したがっているように見えてしまうのは気のせいだろうか? いや、気のせいだろう。気のせいの筈だ。彼女とてディンに追い付けないと分かっている。……多分。
「こちらイェーガー01、敵ディン部隊に損害を与えるも撤退を許しました。追撃は困難と判断。我が方に損害は無し」
『ドック01了解。こっちでも確認した。良くやった。イェーガー中隊は直ぐに……いや、その場で待機だ。敵の再来襲を警戒してくれ』
「? 了解、しましたが…」
指示に頷くが疑問にも感じる。このまま直ぐに前進をすると思っていたからだ。
それを訪ねようとして続けて口を開こうとするよりも早く、大尉がこちらの様子を察したらしくそれに答えてくれた。
『こっちの敵が投降した、捕虜がいる。これの監視の必要もあるが…先の戦いでの負傷者も多数あって放っておくのは些か拙い。この分だと他の隊もそうだろう。後続が追いつくまで待機する他ない』
「…なるほど、仕方ありませんね」
『ああ、だが途中撃破した足止め部隊も合わせれば、後退中の敵の捕捉・無力化はほぼ達成できたといえる。最低限の目標は果たせたのだから、とりあえずはこれで良しする事にしよう』
「…同感です。では、待機に入ります」
僕が答えると大尉はおう…と頷き。通信が切れた。
「中隊各機、別命あるまでこの場で待機。周囲の警戒を怠るな」
大隊内で今の通信が共有されていた事もあり、敢えて説明せずに僕は皆にそれだけを口にした。
一瞬、ローテを組んで隊員に休憩を取らせることも考えたが、後続は40分もしない内に到着する。多分、休憩はその後に取る事になる。
なら今は戦闘で昂った高揚感を落とさずに警戒をした方が良い。部下には悪いかとも思ったが…まあ、もう少しの辛抱だ。我慢して貰おう。
大尉達も捕虜の相手で苦労しているのだから。
521 名前:ゴブ推し:2016/11/29(火) 21:42:55
以上です。
予定では出だしのようにダイジャスト風にするつもりだったのですが、書いている内に何故かいつも通りに……。
今回はお借りした霧の咆哮氏のオリジナルキャラであるボルス・カミンスキー大尉(原案では少佐、後に出世との事)とブラウンとのやり取りが結構難しかったです。特に心構えの部分が。
…まあ、現実の戦場も知らないのだから仕方ないのですが。
彼の性格や口調、外見は某征服王だそうなのでイメージCVはやはり大塚明夫さんと自分は考えてます。
その所為か、書いていて台詞が征服王のイメージに引っ張られた感があります。正直、こんな感じで良かったのかと悩んでます。
お借りしておきながら、活躍させられなかった事と出番が少なかった事も含め、霧の咆哮氏の考えるイメージと違ったら申し訳ない所です。
ついでに今回台詞の少なかったマイヤー准尉のイメージCVは川澄綾子さんと考えてます。外見は騎士王ではなく、影の国の女王様を幼くした感じとイメージしてますけど。
あと今さらですがブラウンは、外見はMS戦記のまま…としたい所ですが、古い作品で絵も今風ではなくてピンと来ず、童顔という設定にしたので背を高くしたサクラ大戦の新次郎に近い物を、声は叔父の大神隊長をイメージしてます。
クルツの声と口調はやはりフルメタの同名の彼でイメージ、外見は神性持ちの攻撃しか通じないというトロイア戦争のチート野郎です。
戦闘シーンに関しては、ドムで空中戦を行えたのは、種世界の推進系技術とUC系MSの機体の軽量さと出力が合わさり、エースが乗れば可能と考えてああしました。
ブラウンの技量も、モーガンに加えて同じくエース級の腕前を持つというボルス大尉の赴任によってバタフライ的に上がっている、としてます。
反抗作戦までの空白期間でブラウン、クルツ、モーガン、ボルスのエース級四人がほぼ毎日、タッグを組んだり、組み替えたりして訓練や模擬戦に励んだが為に、互いの技量が高まったという訳です。
またこの四人で小隊を組んでちょっとした演習を行い、MS部隊全体に地獄を見せたりもしてます。
乗機についてはブラウンとモーガンなどのエースや隊長クラスがドム・トローペンとし、他は通常のドムですが、背部は武装の事も考えてアタッチメントを増やすためにトローペンに近しくなっているとしてます。
あとそのトローペンですが、原作設定と違い大陸種では正式な上位機種と自分は考えてます。
ちなみに今回のブラウンの装備ですが、
右腕:ラケーテンバスーカ
左腕:シールド(ジムコマンド風、裏にシュツルム・ファウスト×2)
背部右マウント部:ヒートサーベル
背部左マウント部:シュツルム・ファウスト×2
スカート前:90㎜マシンガン用マガジン×6
スカート右:ヤクトゲベェール×1
スカート左:ラケーテンバズ用マガジン×1
スカート裏:MMP80マシンガン×1 ハンドグレネード×2
胸部アタッチメント:フラッシュバン×2 スモークグレネード×2
となってます。
シールド裏のシュツルム・ファウストは、描写しなかった足止め部隊相手に真っ先に使ってます。
盾に爆発物を付け続けるのはやはり危険なので、ブラウンは手数を稼ぐために持たせるものの必ず戦闘の初っ端に使います。先手で確実に一機は撃墜したいという思惑もあるようです。ブラウンなりの癖みたいなものです……囮になりたがることも含めて。
胸部のフラッシュ及びスモークグレネードの装着は…スカートアーマ―同様にまあ、出来るのではないか、と思って付けました。
実際の軍人さんが胸の前に下げているのと同じです。ただ一応被弾も考えて爆発しても危険がないように非殺傷タイプの物にしましたが。
あと、脚部にもアタッチメントがあり、ザクのようにミサイルを装着できる事にしてます。
と、一部場面をお借りした事といい、作戦名といい、今回は何時にも増して独自解釈や設定を行いました。その事について謝罪を……好き勝手やってすみません、ナイ神父氏。問題と感じられる部分があれば、修正致します。
他にもまだ捕捉や説明が不足している事…指揮を執る部隊規模に釣り合わない階級や盾持ちのジンなどの事がありますが、長くなったあとがきがさらに長くなってしまいますので次回に持ち込みます。
その次回ですが、一応後編としてますが、もしかすると中編となるかも知れません。
ダイジャスト風できなかった以上に結構書く場面があるように思いますので。
537: ゴブ推し :2016/11/29(火) 23:43:08
ゴフッ!? これは結構大きなミスで北アフリカ軍の間違いです…
誤字脱字修正
飛行連隊をロシア風に戦闘機連隊に修正
最終更新:2016年12月05日 23:04