917: 時風 :2016/12/11(日) 23:27:27
それでは投下を開始します。時系列的にはアフリカ反抗作戦後、南米戦線が少しずつ騒がしくなっていく時期を想定しております。


大陸SEEDネタ支援 「Zの咆哮––ある転生者の物語–––」


––––––ここがガンダムSEEDの世界だと気がついたのは、何歳の頃だっただろう。
物心がついた頃からコロニーで育てられて、当たり前のように宇宙(ソラ)を見続けていた気がする。
少なくとも、俺が「前世」の記憶を思い出すまではそれが日課。
父と共にコロニーで暮らしていたのは七歳まで、それから地球に降りて、「前世」を思い出した。
記憶は三つあった。一つは、「史実の平成」。俺はそこでアニメを見て、小説を読み、勉強して、生きていた。少しばかり退屈だったけど、それでも確かに平和だった。
あとの二つは、戦争の記憶。どこか少しずれた、いや「自分たちがずらした」昭和の時代。思えばあの時は戸惑ってばかりで、父や母、妹に迷惑をかけていた。そして戦争が始まって、戦闘機を駆り、闘った。
国を、家族を、戦友を守る為に。史実であった悲劇を起こさぬように。
そして今。俺は転生という世にも不思議な現象を二回は経験し、生き抜いて––––––––––三回目の今に至るわけだ。

「……不思議なもんだなぁ」

アーガマ級強襲巡洋艦ニ番艦「ニカーヤ」の重力ブロック。その廊下にある小さな窓から、俺––––笹原明人––––は手すりに体重を預けながら眼前に広がる宇宙(そら)を見続けていた。宇宙を小窓から見るのは娯楽の少ない軍艦の中での数少ない趣味の一つだが、それ以上に–––––––。

「あ……!」

思わず、身体を乗り出した。
一瞬、ほんの一瞬だけ、宇宙が蒼く見えたのだ。それはとても言葉にできないほど美しく、目を奪われるほどに幻想的で……瞬きをした瞬間には、元の色に戻ってしまった。
前回見た時より長かったけど、それでも、落胆は抑えきれなかった。
ニュータイプは、宇宙が常に蒼く見えていたらしいから。
––––––––自分に素質があるのかどうかなど分かりもしないけど。

「よく飽きないな、笹原少尉。私は変わりばえがなさすぎて三日で見るのをやめたぞ?」
「時々、宇宙(そら)が蒼く見えるんだ。本当に一瞬。それを何度も見たくて、こうやって」

そう言いながら、隣にいる女性を少し見やる。
視界に僅かに映る銀の髪。白い肌。
どこをどう見ても欧州人な彼女––––––坂川水希少尉は、自分の返答に対して不思議げに首を傾げて、そうかと呟く。
––––––転生した後しばらく経ってからこの世界のことを調べたが、日本が大陸になった影響によって彼女のような、いわゆる銀髪美人などが少なからずいるのだと知った時はひっくり返りそうになったなぁと思い出して。

「……そうだ。ニカーヤには慣れたか?」
「まさか。今でも緊張で眠れない。快適さと、自分の感じる重圧が反比例してるようで」

それに気づいたのか、彼女は小さく微笑んできた。悪戯っ子そうな微笑みだ。
––––––嫌な予感がして、俺は彼女の口元を注視する。
笑みを浮かべていた。冷や汗が流れる。そして。

「あの松永慎大尉直卒の部下が着艦をミスるくらいだからな。相当だったようだな?」
「それは言わないでくれ……!」

あぁ、やっぱりこの方向で攻めてきた。思い出すだけで顔が赤くなってくるのが分かる。俯くことしかできない自分が情けなく思える。
着任当日にやらかした着艦ミスなど、こちらが忘れ去りたいくらいなのだ。

「ははは。ほら、明人少尉。早くPXに行くぞ。近藤大尉達が待ってる」
「ああ、分かったよ––––––坂川少尉」

こちらが恥ずかしくて死にそうなのを見て満足したのか、坂川少尉は女性らしい笑い方をしながらPXへ向かって行くのについていく。

「ははは。水希で良い、階級も同じだしな。そういえば、キミがウチに配属される時、松永大尉と中々に語り草なやり取りをしていたそうじゃないか。良ければその時の話でも聞かせてくれないか?」
「なんだそれ。まぁ、確かにあれはガツンときたけど……そんなに聞きたいならな」

そう言いながら、俺はここ–––––––〈第十六広域特務部隊〉に配属される前のことを思い出しながら、話すことにした。

918: 時風 :2016/12/11(日) 23:30:52

「笹原明人少尉、入ります!」

努めて力強く声を張り上げながら敬礼して、その場に直立する。

「ああ、笹原。来てくれたか、まぁかけたまえ」
「はい!」

自分が入って来たのに気づいた部屋の主、松永慎大尉はその顔を少し緩めながら、椅子に座るように促してきたので、失礼しますと言いながらできるだけ素早く、丁寧に腰掛ける。

「松永大尉。話とはなんでしょうか?」
「ははは。そこまで固くならなくても良い。私的な話だからな」

そう言って、大尉は笑いながら湯気の出ている緑茶をこちらに渡してきて、自分用の緑茶を飲みはじめていた。
武人らしい静かな笑い方が白の軍服–––––転生者たる自分目線だと、どうしてもネオ・ジオンの軍服にしか見えない––––––にとても合っていると思うのは、彼の部下としての贔屓目だろうか?

「笹原少尉。明日〈第十六広域特務部隊〉のアーガマ級がここのドッグにやってくるのは知っているか?」
「はい。補給と、補充人員の確保ですよね?」
「そうだ……」
「……?」

言うなり、松永大尉は黙ってしまった。
沈黙。自分と、大尉が茶を飲む音だけが響く。
そんな時間が何分か続いて。

「笹原少尉」
「はい?」
「実はな、君をアーガマ級強襲巡洋艦『ニカーヤ』のMS部隊に推薦しておいた」
「ぶっっ!!?」

むせた。そして混乱した。ついでに茶も噴き出した。軍服で口を塞いでなかったら即死だった。

「はははは。君の茶噴き芸を見たのは久しぶりだな。そんなに驚くとは」
「けほっ、げほっ!どういうことですか!なぜ自分を!?」
「特務部隊のMS隊隊長、近藤大尉が三日前の戦闘記録を見たようでな。お前を補充として寄越してくれないかと直接言いに来てな」

そう言いながら、松永大尉はどこか誇らしそうにパソコンの画面をこちらに向けて来た。戦闘の記録だった。三日前、段々と珍しくなってきたザフトの散発的な侵攻––––––恐らくは威力偵察––––––を『白狼』率いる大洋MS隊が迎撃した時の映像。
宇宙を縦横無尽に機動するMS達の姿を映し出している。その中に何か、こう、何か形容しがたい機動を取りながら敵と交戦する一機ハイザックがいた。
AMBACとスラスターを最大限に活用して、敵機のビームを躱し、ビームライフルで的確に反撃して撃墜。それでも止まらずに鋭角的に動き回る機動はどこか異質で、気持ち悪さすら覚えてくる。

「これ、自分ですよね。一週間前の……」
「戦闘がひと段落していた平山少尉機のメインカメラの映像だ。近藤大尉はその動きに惚れ込んだようでな……」

映像で見る自分の動きを見ながらそんなことを言っていくうちに、戦闘はこちら側が優勢になっていた。松永大尉の白いZプラスを中心として、味方のハイザックやマラサイがザフトのジンやシグー、時々ゲイツを撃墜(お)としていく。もちろん、自分が撃墜したものもあった。そして。

「特に気に入ったのが、この時の動きだそうだ」

赤、黄色、緑。幾つもの光条が襲いかかる。自分達はそれを散開して回避、記録映像を撮っていた平山少尉のカメラが、光条への発生源へ向くのが分かった。
赤のトサカの機体と、蒼の羽の機体。V字アンテナとツインアイ。ザフトの作り出した核動力MS、フリーダムとジャスティスだった。
ジャスティスが銃弾のように散開した部隊に襲いかかり、松永大尉達は囲い込むように機動することで対応、多対一に持ち込む。
その輪から外れるように、フリーダムの側面をつくように大回りに向かっていく機体が一機。あの時の自分だった。
勿論、命令違反ではない。松永大尉に羽根付きの––––––––まだこの時、大洋の現地部隊はフリーダムとジャスティスの名前を転生者である俺以外は把握していなかった、気がする––––––––足止めを命じられたからだ。
告げられたノルマは最低三十秒。たとえ撃墜されようと達成するつもりだった。あの時は、大尉の期待に応えようと気分がハイになっていた記憶がある……フリーダムの繰り出すフルバースト射撃を何度を縫うように–––––同僚曰く、この時の連続鋭角機動がとても変態的だったという–––––回避して、俺はフリーダムへ接近。
勿論、相手も距離を開けようとしているが……。

「こいつ、スラスターの扱い下手だったんですね。加速がなってません」
「君からしたら、ザフトの大半の動きは遅く見えるだろうな」
「まさか。白狼たる大尉には及びませんよ」

919: 時風 :2016/12/11(日) 23:33:14
そんなことを言っている間に、近接距離にまで差が縮まる。この時点で十秒が経過。俺とフリーダムの戦闘は近接格闘戦(ドッグファイト)に移行。撃ち込まれたライフルを右に躱し、反撃に一発入れてクイックターン。そのまま前方宙返りの容量で相手の直上に位置どり二発追加。機速を利用し、ハイザックを縦に一回転させ、上下逆さまの状態で回避運動により体勢を崩したフリーダムを正面に捉えて、目眩しに腰部のミサイルポッドを四発ぶち込む。
直撃し、爆炎が起こる。ここで十五秒。 この時点で、松永大尉達はジャスティスを追い込んでいたらしい。
まぁ、大尉達なら当然というべきだろう。

「PS装甲でなければ、ここで勝負ありだったろうな」
「まぁ目眩し用として割り切ってましたし」

炎から逃れるように煙を引きながら現れたフリーダムが下方へ抜けた俺の乗るハイザックへ三発射撃。自分はAMBACを利用して機を捻り、最小限の動きで回避、一発だけシールドに掠らせながらサーベルを抜き、突進する。スラスターの全てを利用して機体を前方に吹っ飛ばすように、ハイザックがフリーダムへ接近した所で、大尉はパソコンを閉じた。

「この後の結果は分かってるだろう?」

確かにそうだ。あの後俺は残りの十五秒を稼ぎきり、ジャスティスは損傷過大で撤退。その後に松永大尉達が援護に来たことでフリーダムも脱兎の如く逃げ出したのだから。
もっとも、ジャスティスの方はベテランが乗っていたらしく、マラサイが一機、ハイザック二機が中破となったが、被撃墜はゼロ。実質完勝であった。

「この記録映像を見た時の顔は見ものだったな。近藤大尉を除けば、予備人員を含めて全員口を開け放しでな」
「それで、近藤大尉から自分を寄越してくれと……?」
「初めは、反対だったがな。だが……」

ややあって、大尉は小さく笑った。

「最近の君はどうも己を過小評価する癖がついているように思うのだ」
「……」
「若く力強い芽といえど、日光と水がなければ枯れるだけ。今の君は己に水を与えていない……己に自信を持っておらぬようだからな」
「だから自分を、松永大尉の部隊から外すと?」
「そうだ」

……視線を外して、己を手を見る。これまで、何度も見てMSを動かしてきた己の手だ。だがなぜか、今だけはこの手が、自分のものではないような気がしてきた。
よく見ると、少し震えているのが分かる。そう、震えているのだ。
松永大尉の、『白狼』の部下として恥じぬようにやってきたつもりだった。相応の戦果も上げた。だが––––––––自分は、そのことに自負を持っていたのだろうか?
そんな考え方が、ぐるぐると頭の中を回り始めてくる–––––––。

「私は、君が部下であったことを誇りに思っている」
「……!」

その言葉は、唐突だった。

「君は、自分が思うよりも強い。仲間を守りながら敵を撃ち、危機を切り抜けてきた。そんな存在を何というか、知っているだろう?」

穏やかな声色で松永大尉が語りかけてくる。
もちろん、知っている。けど、自分は––––––––。

「エース、撃墜王。様々な呼び方があるな。だが……君は、自分がそう呼ばれることに自負を持っていない」
「!」

図星だった。自分がエースと呼ばれることに疑問に思っていたことを、大尉には知られていたのだ。

920: 時風 :2016/12/11(日) 23:34:27
「大方、アムロ少尉やイオ・フレミング少尉と自分を比較していたのだろう?」
「それは……」

アムロ・レイ。イオ・フレミング。
どちらも、特に前者は転生者である俺の憧れのようなものだった。天才的なMSに対する才能と実力、そして努力によって戦果を挙げ続ける二人の姿が、今も陽炎のように焼きついている。

「だがな、他のパイロットからすれば君もエースの一人だ。味方からは尊敬を、敵からは畏れを一身に受ける存在だ。謙虚なのは良いが、それで自信をなくすのは本末転倒だろう?」
「…………」

そうだ。確かに自分もエースの一人だと、多くの人に言われている。そのように期待されている。
だが……俺は、彼らが期待するような動きができるのかすら分からない。
自分に、自信があるのかすら。自分が、どこまで行けるのかすら。
己に、どんな価値があるのかなど–––––––––

「自分には、まだ……」
「……なら、やってみるべきだろう」
「……!」

大尉の手が、己の手に重ねられたのを感じた。自分の手は思うよりも固く、握り締められていた。

「己がどこまでやれるのか。それが分からぬというのなら、試してみるべきであろう。己の限界を決めず、恐れずに」

大尉の言葉が、固く握られた手の力を緩めていくように伝わってくる。

「戦争というものは恐ろしく、無慈悲なものだが……己の価値を求めるならば、生き抜かねばいかぬ戦場には多くの価値がある」
「……」
「試せ。己にどのような価値があるのかを。そして生き残れ。己の誇りを胸に。今の君なら、それができるはずだ」

試す–––––––––その言葉が、己の胸に染み込んでくる。
己の価値が判らぬなら––––––––己を試すしかない。自分がどこまで高みに行けるのか。それを知りたいのなら、闘い、試すしか。
そして心の中で呟き、気づいた。
––––––––同じだ。同じなのだ。前世と。
MSと戦闘機。乗る兵器も、操縦の仕方も違うだろう。だが、必要なのは同じなのだ。己を高める為に、戦い続けること。
その先に、自分の目指しているものがあるのなら––––––––試すしか、ないだろう。

「……はい!」

立ち上がり、敬礼する。
意は決した。今まで漂っていた暗雲が取り払われたような心境と言ってもいい。

「良い眼になったな、笹原少尉……行ってくれるか?」

「はっ!松永大尉の部下として、期待に応えられるよう尽力します!」

即答する。もう、迷いはない。
その言葉に安心したのだろうか。松永大尉は穏やかに、誇らしげに笑い、机に置いてあった書類をこちらに渡してきた。

「これは……!」
「〈第十六特務部隊〉への異動に伴って受領するMSについての書類だ。目を通しておくと良い」

無駄にならなくて良かったと笑いながら言う松永大尉の声を聞きながら、俺は受領するMSに関しての書類に目を通して……。

「…………あの、松永大尉……」

思考を停止した。
というより、受領されるMSがぶっ飛んでいた。
なぜなら––––––––。

「なんで俺、Zガンダムに乗ることになってるんですか……!?」
「ああ、近藤大尉のほうからの餞別のようなものだ。良いパイロットは良い機体に乗るべきだ、とな。元々は彼が乗る予定だったらしいが、君を見て考えが変わったらしい。良かったな?」
「まぁ、それはそうですけど……」

––––––––期待されてる、ってことで良いんだろうか……?

「アーガマ級にZガンダム、か……」

なんの因果なのだろうか、これは。
–––––––できることなら、新しい部隊でも上手くやれますように。

「では、これで失礼します!」
「うむ……期待しているぞ、笹原少尉」

敬礼して、松永大尉の士官室を出る。
左から、パイロット二人がやってきて、自分とすれ違うように通り過ぎて。

「なぁ、お前Z乗りのことどう思ってるよ?」
「俺は苦手。高性能機使ってさ、なんかエリート風吹かしてる感じがな……」
「おいおい、叩き上げだっているの知って……」

盗み聞きしてしまったように、そんな会話を聞いて。

「Z乗りって、嫌われるのか……?」

少しだけ、異動するのが怖くなってきてしまった。

921: 時風 :2016/12/11(日) 23:35:36
––––––––––で、そんなことを水希がありのままに話して、近藤大尉達が腹をよじるようにして目の前で笑っているのだった。

「いや、お前……くくくっ。そんなこと気にして着艦ミスったのかよ……!」
「いやー傑作傑作!ここまで面白いエースは初めてだ!がははは!」
「良かったな、嫌われてないぞ、エース殿?」
「死にたい……!」

着艦でヘマすることも恥ずかしいが、人が目の前で自分のことを笑っていると死にたくなるほど恥ずかしいものだ。
極力大尉達の顔を見ないようにして、皿に乗っているベーコンを齧る。
肉の旨味と油が程よく乗っていて、何枚でも食べられそうな味わいだ。

「しかし、アレだ。話を聞くにお前さんどれくらいのエースに会ったんだ?なんか結構共闘してるって聞いたんだが……」

そう聞いてきたのは、福田少尉だ。牽制と本命を織り交ぜた射撃術でのサポートが持ち味。部隊の潤滑剤のような存在だ。あと、右頬のホクロが特徴。
とりあえずベーコンを飲み込んで、答える。

「エースっていったら松永大尉とアムロ・レイ少尉だろ。あの二人が別格。それ以外だと……イオ・フレミング少尉かな。サンダーボルト師団のFAガンダムのパイロット」
「ほえぇ。どんな動きするんだ?」

茶を飲み、乾いた喉を癒して続ける。

「恐ろしく大胆かつ繊細っていうか……火の中に水が入ってる感じ。一回だけ共闘したけど、あの滅茶苦茶な鋭角機動は誰にも真似できない。というか、誰がやっても吐くな、あれは」
「お前さんの機動も恐ろしいと思うがなぁ……」
「あんまり無茶やるとおやっさんに怒られるから。余程のことがない限りはやらないぞ?」

AMBACを利用した動きは関節の負荷が大きいからな。そう言いながら、皿に乗せられた料理を平らげたときだったか。

「そういや、隊長と坂川が試験運用ってことで乗ってる機体なんだったかな……?たしか、ドー……」

福田少尉が、何度もドと言いながら答えに詰まっていた。
まぁ、どちらも頭文字はドだし、間違ってはない。

「ドーベン・ウルフとドライセン。ドーベン・ウルフは水希が、ドライセンは近藤大尉が試験運用してるんですよね?」

言いながら、隣の机で食事をとる近藤大尉に視線を向ける。

「ん?まぁな。癖はありそうだが、まぁ中々いい機体だぞ。近接寄りだが堅実だしな」
「私のドーベン・ウルフはインコムを取り外した射撃支援機としての試験運用だな。メガビーム・ランチャー兼用ビームライフルの狙撃に対する有効性をテストしたいということでな」
「へぇ……」

自分はドーベン・ウルフと言えばインコムだと思っていただけに、その言葉は意外だった。

「まぁあれだ。サンダーボルト師団にいるらしい例の義足エースにゃ劣るが、水希も相当な狙撃術の持ち主だからな。技術屋はビームライフルとメガ粒子砲を連結したときの最大射程でも知りたいんだろうよ。近々インコム装備の機体もパイロット込みでニカーヤに来ることになってるしな」
「なるほど。まずは射撃データを取って、その後にインコム装備か……」

得心しながら、少し考えてみたが……インコム装備だとして、それでも線が絡まる可能性を考えると–––––––やはり、空間認識能力を持っている可能性が高いだろう。
そんなことを考えながら、俺は時計をチラリと確認して。

「さて、そろそろ俺は行きますね」
「どうした?俺としてはもう少しお前さんと話したいが……」

まぁ、エースやMSの話をするのは自分もとてつもなく好きだが。誤魔化すように苦笑して。

「気持ちは同じなんですけど、Zガンダムの機体調整とか、最適化がまだ終わってないので……」
「ああ、なるほど。坂川、ついて行ってやれ。迷わないようにな」

席を立ち上がった水希が、穏やかな笑みを浮かべて先を行く。
近藤大尉達に頭を下げたのちに、俺は彼女について格納庫に向かう。
––––––––途中で見た宇宙(ソラ)は、どこまでも漆黒だった。

922: 時風 :2016/12/11(日) 23:38:35

––––––––最悪だ。
己と仲間と、そしてこの艦の置かれた現状を彼––––––アルフレッド・クラウスは、最終的にそう結論づけた。
白服として、仮にもエリートであった彼は、それに相応しい者の在り方を知っていた。
知識を収集し、積み上げ、己の物へと昇華させていくこと。そして隊長として部下の生存を第一に考えること。
その為に、多くの者が遅れていると蔑んでいた地球の書物、特に戦術書や戦史を読み漁り、そこから部隊を率いるための知恵を手に入れた。最前線で生き残れるだけの技量と、仲間を一人でも多く生き残らせるために。
しかし、それは同時に、刻々と悪化していくザフトの現状を目の当たりにするということでもあった。
アフリカ、そして自分のいる宇宙。
補給線は伸び切り、アフリカは陥落。南米、北米戦線は膠着状態が続きいていながらも、いつ均衡が崩れるか分からない。もはやプラントの評議会が思い描いているような終戦も、勝利もありえないだろうことを、アルフレッドは実感していた。
物資は不足し、人員は更に不足し、徴兵引き下げと促成過程によって、恐ろしく感じるほどの速さで兵学校を卒業した新米は一瞬で戦場という釜に放り投げられ死んでいく。
自分達のいるナスカ級はまだマシと言っても良い。変声期にすらなっていない少年も、少女もまだいない。
だが––––––––––。

「おいクラウス!貴様、またナチュラルの部隊を前にして逃げたらしいな!白が聞いて呆れるよ。部隊の連携が乱れたから後退するなどとナチュラルの劣等種どもと同じことを言って。貴様は自分がコーディネーターの恥さらしだという自覚があるのか?」

それ以上に厄介な存在が、ここにいた。ザルツ・フレッケン。今のザフトの兵士の大半を占める、コーディネーター至上主義者の一人だった。そして、アルフレッドが最も嫌う存在といっても良い。
いや、彼だけではない。このナスカ級「アクィナス」と仲間の乗るローレシア級「グルード」を囲い込むように艦隊を組んでいるだろうローレシア級三隻の中にも、評議会のプロパガンダを信じ込む赤や白服が大勢いるのだ。
そんな連中の考える無謀な作戦によって、部下を、そして自分自身ですら何度も使い潰されかけたことを忘れたことなど一時もない。
–––––––こういうのを、過去の戦史で見られた末期状態と言うのだろうな。

「戦争は部隊間の連携、そして戦術と戦略の駆使によって行うものだ。部隊の連携がどうしようもなく乱れた以上、戦闘の継続は困難だと判断しただけだ」

アルフレッドはザルツを睨みつける。前線を生き残っていた赤服としての、精一杯の抵抗であった。

「ハッ!連携連携と、まるでナチュラルみたいな負け惜しみだな!俺たちコーディネーターが、群れるだけのナチュラルと同じ戦術を取るはずがないだろう?」

そう言いながら、ザルツが顔を近づけてくる。目の前の美丈夫の容貌が、どうしようもないほど醜悪に歪んでいるのをアルフレッドは確認して、思わず顔をしかめた。

「そういう奴ほど、戦場では真っ先に死んでいったのだと言わなかったか?ザルツ・フレッケン。自分の知る限り、このことを言うのは五回目だが」
「こちらだって何度も言ってるだろう?アルフレッド・クラウス。コーディネーターは、ナチュラルの劣等共とは違う!奴らのMS五機が束になってかかってきても、俺たちなら一機で、一瞬で倒すことができるのだよ!群れるしか能のない奴らとか違うのだ!」

ため息を一つ、大きくつく。彼はザルツを嫌っていたが、彼のMSの操縦技術については認めていた。ザフトの切り札の一つたるジャスティスを扱うに相応しいほどだと。
それ故、フリーダムを扱うアルフレッドとザルツは必然的に連携を行う必要性があった。実態は狂犬を飼い慣らそうとする無謀な飼い主といったほうが良いが。

923: 時風 :2016/12/11(日) 23:40:22
「そこまで言うなら、早くご自慢の機体でも整備していればどうだ。さもなくばもう一度連携の価値を教えてやるが」
「そうさせてもらう。臆病者の言うことなど聞く価値もないからな。さっさと後釜に貴様の貴重なフリーダムも譲るといい」

鼻息を荒くしながら食堂を出ていくザルツを見送りながら、アルフレッドは椅子に深く体を沈める。彼らの言い争いはもはやこのナスカ級の定番と言ってもよく、ほとんどの船員はそれに気を留めることはない。
もっとも、それはアルフレッドの部下たちが神経を尖らせない理由にはならず。

「隊長、大丈夫ですか?」
「……ケインに、ハルコフか」
「はい」
「まったく!評議会の御曹司や本国からのエリート組ときたら、コーディネーターの優越論ばっかり振りかざして。アフリカでも、そして俺たちのいる宇宙でもまるで現場を知りもしない!うちの隊長を見習えってんだ!」
「そうです!俺たちが何回隊長に助けられたか知らないから、あんなことを……!」
「気遣ってくれるのは嬉しいが、そういう私も、もともとは本国のエリート組なのだかな」
「おっと、こりゃ失礼」

アルフレッドの苦笑に答えるように、ハルコフがわざとらしそうに頭を叩く行動が固まった空気を緩めたのだろう。食堂の様々な場所から笑いが聞こえてきた。
そう。ここの者達は、このナスカ級にいるMS乗りの殆どは皆そうなのだ。
アフリカでの戦いを客観的に分析して、この宇宙で実際に戦い。敵の恐ろしさを、精強さを知っているのだ。
だからこそ、ここまで生き残ることができたという自負もそして連帯意識も、また彼らにはあった–––––––––その意識を妬み、上層部が彼らの部下十八名を臆病者として南米へ送り、補充に監視させようと試みるほどに。

「本当に、あの坊主は大洋やユーラシアの恐ろしさを知らないのですかねぇ?ジャスティスに乗れるくらいには腕が良いのは、まぁ気に食わないとはいえ分かるのですが……」
「大西洋や東アジアの連中としかやりあったことがないんじゃないですか?あいつらはまぁ、大洋やユーラシアには劣りますからなぁ」
「とはいえ、油断は禁物だ。自負と驕りが違うことくらい、ここにいる者達は知っているだろう?」

立ち上がり、静かに言い切るアルフレッドに、誰もが頷き、先を争うように格納庫へ向かい始める。南米に飛ばされた仲間たちの分まで、宇宙で暴れまわってやるという気炎に満ちていた。

「ですね。さて、機体の整備の確認でも行きますか!」
「おう。あの坊主に会うの以外怠る理由はありませんからね!」
「隊長!早く行きましょう!原隊の連中には追い出されましたが、半壊したシグーを完璧に整備したこの腕で、フリーダムをクソ坊主のジャスティス以上の調子にしてやりますよ!」

––––––––本当に、良い部下を持ったものだ。
アルフレッドは、それだけを神に感謝した。
なぜなら、生き残るには必要なのは祈りではなく、己と戦友の腕と絆だと、よく知っている故に。
彼らは––––––––〈第四四三MS猟兵部隊〉。
末期化の進みつつあるザフトの中で生き残り続けた、異端の精鋭MS部隊である。

924: 時風 :2016/12/11(日) 23:42:19

––––––––嘗て、アニメで何度も聴いた警報音がニカーヤの艦内を包んでいた。
焦りと緊張が自分の体を急かしているのがよく分かる。
ブリーフィングが終わって走り出したタイミングは同じだったはずなのに、もう大尉達は前の角を曲がっていた。

《総員、第一種戦闘配置!繰り返す!総員第一種戦闘配置!MSパイロットは至急格納庫へ集合せよ!繰り返す、MSパイロットは至急格納庫へ集合せよ!》

「相変わらず焦らせるのが上手いなぁ……!」

無重力ゆえの遅さと床の軽さにイラつきを隠しきれないままにレバーを掴む。ガコンと少しの揺れを生みながら、さながらエレベーターのように直進、止まった所で壁を蹴って進む。

「っと、すまん!急いでるんだ!」
「少尉、気をつけてくださいよー!」

慌ただしく動き回る乗組員の間を縫うに進んで、ようやく格納庫へたどり着く。
ヘルメットのバイザーが閉まるのを確認して、開いている格納庫への扉をくぐる。

「おやっさん!遅れた!」
「おせぇぞ坊主!あと一分は早くしろ!」
「はい!」

ギリギリまでZを整備してくれていたおやっさんに怒鳴られながら、コックピットのシートに身体を沈めて、すぐに俺はシークエンスを起動。
機器を操作。
機体チェック……完了!

「ハッチ閉めます!おやっさん下がって!」
「おう!頑張れよ!」

ハッチを閉じるのを確認、モニター始動。
全周囲にメインカメラからの映像が映し出される。

「Zガンダム動きます!」
《おらお前らさっさと下がれ!坊主のZに蹴り飛ばされたいのか!》

ゆっくりと操縦桿を倒してZを前進させる。武器ハンガーに到達。ビームライフルとシールドを手に装備。
前方にいるガ・ゾウムがエレベーターでカタパルトまで上がっていくを見る。

《笹原、こちら近藤!聞こえるか!》
《はい!》

大尉からの通信が入る。メットを側面を抑えて、可能な限り聞き取れるようにする。
エレベーターは上がったまま、もう少しかかりそうだ。

《やることはブリーフィング通りだ!輸送艦隊を襲いにくるザフトのMSを進路上で迎撃、宙域を離脱するまでの援護だ!》
《ウチが行く理由は聞きましたけど、連中俺たちを便利屋かなんかと勘違いしてませんか!》
《輸送艦隊を護衛してるMSの連中はその前の戦闘で損傷してるから守りきれるか分からん!だから俺たちが止めるのさ!》
《なんか押し付けられてるみたいでムカつきますね、それ!》

軽く呆れながら、運び終えたエレベーターが降りてくるのを確認。すぐに乗り、カタパルトデッキまで上がる。

《けど了解です!足止めをすればいいんですね?》
《そうだ!頼んだぞ、Zドライバー!》

–––––––その言い方はやめてください。背中がむず痒くなります!
と言っても聞かなそうなので、その言葉を飲み込み、俺は眼前に広がる宇宙を見据える。
ガ・ゾウムを射出したカタパルトが戻ってくる。前進–––––––カタパルトに脚部を固定。カタパルトオフィサーが誘導灯で合図を送って来た。

「なんか覗き見されてるみたいで嫌だけど……」
《坂川水希、出撃(で)るぞ!》

呟いて、反対側のカタパルトから水希の機体––––––ドーベン・ウルフが射出されたのを視界に隅で確認。

「まぁ、やってみるさ……!」

操縦桿を握りしめ、機の膝を曲げる。スキージャンプの姿勢に近いだろうか?そして。

《笹原少尉、発進どうぞ!》

来た!

「笹原明人!Zガンダム、行きます!」

掛け声と共に操縦桿を押し込む。景色が背後に流れて行く。
カタパルトの加速でシートに押し付けられながらGに耐え––––––射出。宇宙が迫ってくる!
ペダルを踏み、スラスターを全開。その後すぐにウェイブライダーに変形して、前方に並ぶMS……第十六広域特務部隊の仲間達の編隊に合流する。
その数、自分を含めて二十四。ガ・ゾウムが十、ガザDが六、ドライセン四、そしてドーベン・ウルフ三に自分の乗るZガンダムで一機。
マラサイなどの非可変型の機体はドダイに乗ったり、ガ・ゾウムをSFS代りにすることで機動力を確保していた。

《こちら水希。乗っかるぞ》
「OK。バランスは崩さないでくれよ」

自分のウェイブライダーの上に坂川少尉のドーベン・ウルフが張り付くのを確認。揺れは、無し。

「ん!いい腕だ!」
《それはどうも》

通信映像から、彼女が微笑んで、つられるように自分もと微笑んでみる。
パイロットスーツで銀の髪が隠れてるのが少し残念だったが。

925: 時風 :2016/12/11(日) 23:44:10
《こちら福田。夫婦漫才でもしてるんですかい?》
「な訳あるか!」

こいつらにからかわれるから、絶対言わないと心に決めたあと、軽く怒鳴るように言って。

《こちら近藤。お喋りをするのは良いがそこそこに。接敵まで時間はあるが、索敵は密にやれよ?》
「了解しました、近藤大尉!」
「あ!こいつ……」

福田の参ったような声に小さく笑いながら、俺は索敵を始めた、その時だった。
レーダーに反応が走った。
IFF……応答なし。つまりは––––––––。

「……!大尉!」
「ああ、お客さんだ!」

回線を開くと同時に、操縦桿を握る手に力が入る。左右に展開していた味方が散開し、戦闘態勢に入る。
レーダーに映る赤の光点の数は、およそ三十。
まだ姿は視認できない。が、その全てが、自分たちに向かってきているのを、誰もが直感していた––––––––––。



「隊長……!」
「確認した。数は……二十四か」

––––––––数はこちらが多い、か。
アルフレッドは、フリーダムのコックピットの中で来るだろう敵の戦力を示す赤の光点を睨みつける。
味方は三十。殆どがジンハイマニューバやゲイツ、シグーで構成されている。性能的にも、練度的にもこれ以上はないほど万全だ。問題は–––––––敵の速度。アルフレッドの目は、レーダーに映る赤の光点の移動速度が明らかに通常のMS部隊よりも速いことを捉えていた。
異様な速度で迫り来るMS部隊。それができる存在を、アルフレッドは確信していた。
大洋連合だ。それも精鋭––––––––特務部隊。
厄介なことになってきた。こちらはただでさえ直卒の部下を除けば、コーディネーター優越主義に染まりきり、その通りに個人技巧にのみ注力しているのだ。そんな連中が、部隊としての戦闘を最重視している自分たちと連携をとるなど考えまい。
そして彼らは愚かしいことに、大洋連合と、そのMS部隊の恐ろしさを知らないのだから。現に。

《もうすぐ敵が見えるぞ!ナチュラルの劣等種どもだ!》
《大洋連合だかなんだが知らんが所詮はあの大西洋と組んでいるのだ。さぞ烏合の衆に違いない!》
《このゲイツで奴らに正義の鉄槌を下してやるさ!撃墜スコアにしてやる!》

通信回線に流れて来るのは意気揚々とした、自分たちが勝つことを疑ってすらない言葉ばかり。

《隊長……》
「ヤコブ。奴らの通信を鵜呑みにするなよ。大洋連合は……」
《分かってます。これまでの闘いで散々思い知りましたから。奴らは––––––大洋連合は、強い》
「ああ。……各機散開!二機連携を組め!」

頷きながら、部下に指示を飛ばす。『443』の部隊マークをペイントしたMS達が鮮やかにペアを組み、スタスター炎を吹かしながら散開するの確認して、ザルツへと通信を開く。

「……聞こえるか」
《なんだ》
「部隊を分ける。貴様は十八機を指揮しろ」
《なるほど……こちらとしては願っても無い提案だ。臆病者の部隊と共にいては、いつ背中を刺されるか分からん》

こちらの神経を逆撫ですることを狙っているかのように、ザルツが嗤う。
自分の隣を飛ぶジャスティスが、一瞬でこちらを離れ、団塊となっていた十八機の先頭に立つ。上か正面から見れば、丁度左右で分かれた形になる。

《せいぜい逃げ回ることだな》
「……好きにしろ」

それだけを言い、モニターを睨みつける。
––––––––遥か遠くに、敵の光を見いだしたのは、その次の瞬間だった。

926: 時風 :2016/12/11(日) 23:45:48

「見えた……!」

MSの光を視認して、唇を噛みしめる。
戦闘の瞬間が、刻一刻と近づいている感覚。それは前世で散々経験した空戦の前段階、敵機を自分の視覚でハッキリと確認した時のそれとほとんど同じだということを、俺はよく知っている。
ほぼ同高度––––––といっても、宇宙に高度という概念はほとんど無いが––––––で接近し、左右に分かれている敵の動きは、まるで対照的だった。
左はよく言えば思い思い、悪く言えばバラバラな編隊。数は十八機。これまで何度も見てきた、平均的なザフトのMS部隊の動きそのもの。
そして右は––––––––。

《明人少尉、お前は左の編隊にかかれ。どうも、右の連中は手練れ揃いのようだ。動きがまるで乱れてない》
「では、なぜ自分が左を?」
《敵のGタイプがいる。恐らくトサカ野郎だ》

近藤大尉の通信で、全身に緊張が走る。喉が急速に乾いていくような感覚だった。
Gタイプ–––––––ザフトが大西洋から強奪し、参考にした機体がGタイプであったことから、核動力MSのことを俺たち大洋連合はそう呼び、それぞれ機体の特徴で判別していた。ジャスティスは赤トサカ、フリーダムは羽根付き、という具合だ。
単独性能でいえばマラサイと同等程度の性能とされているが、エースが乗っているとすれば、これほど恐ろしいものはないだろう。現に、アフリカの反攻作戦ではザフトのエースが駆るフリーダムやジャスティスによってかなりの数のMSが墜とされたとして、全軍に警戒されているのだから。

《右には恐らく羽根付きだろうな。二機一組が基本な筈だが、仲が悪いのか?》
「そういうのじゃないと思いますけど」
《いや明人。もしかしらあり得るぞ》
《お、水希少尉もそう思うか?とにかくそんな訳だ。行ってくれるか?》

そして、ザフトの核動力MSに対抗する方法は現状ふた通り。数で押すか––––––––こちらのエースをぶつけるか。

「羽根付きの方はどうするんです?いくら大尉でも……」
《私のドーベン・ウルフと、福田のガ・ゾウムで援護する。簡単には墜とさせん》
《そういう訳だ。心配なら、さっさと墜として援護に来てくれ、な?》

そう言われると、俺は何も言えないのだ。期待されているというのが分かっていて、そんなことを言われたら尚更。

「了解。Z乗りとしてやってやりますよ!」
《その意気だ明人少尉!六、七、八小隊を左に寄越してやるから、敵のGタイプを見つけ次第墜とせ!》
「了解!」

がははと、大尉が豪快に笑いながら他の隊に指示をだし、ドライセンがガ・ゾウムの背から手を離し、他の味方もそれに続く。水希のドーベン・ウルフもだ。
自分はそれを見ながら離れて、ガ・ゾウム六機とガザD三機に一瞬追従、そして先行する形で十八の光を見据え、来るべき時を待つ。そして––––––––。

《各機、交戦開始!槍を放て!》

始まった!
ガ・ゾウムの9連装ミサイルランチャー二門とガザDのポッドからミサイルが放たれ、ザフトのMS部隊に襲いかかる。
反撃の火線がミサイルに突き刺さり、爆発を生む。
一瞬の静寂、そして。

「そこ!」

ビームを連射しながら爆炎を抜けて来たゲイツ二機へとウェイブライダー形態のまま射撃。
二発で一機を爆炎に変え、ロールを打ちながら射線を躱し、もう一機のコックピットを貫き、その横を通り抜ける。背後の爆風がコックピットをわずかに揺らした。

《お見事!》

仲間の言葉に呻きで答えながらジンハイマニューバーの下方へ抜ける。一瞬後に、ガ・ゾウムの砲火が貫き火球へと変えた。

「そっちこそ、ナイスキル……!」

残り十五機。心中で呟き、機体を変形。MS形態へと移行しながらシグーの突撃砲を躱し接近、スラスターの速度を乗せて顔を踏みつけて跳躍。一回転しながらビームをコックピットに命中させる。

927: 時風 :2016/12/11(日) 23:49:24
「グラハム・スペシャル!……とまではいかないか!」

前々から練習していた変形回避の批評を自分でしながら、右を見る。デブリに隠れていたゲイツがビームクローを構えながら突っ込んで来る。スラスターの全てを利用した加速で、弾丸の如く。とはいえ。

「邪魔!」

見えすいた突進ほど楽に対処できる機動はない。機体の上半身を右後ろに逸らして回避、脇の間を潜り抜けた一瞬で、ゲイツの頭部をスラスターで加速させた右脚で蹴りつける。自分の加速と、Zとの機体剛性の違いだろうか、首ごとゲイツの頭部が無残に千切れ飛び、頭部を無くした機体はバク宙をするかのように自分の横を通り過ぎる。そいつに一撃を加えた、その時。

「––––––––っ!」

直感が自分を動かした。
Zガンダムの出力を活かして、機体を強引に後ろへ飛ばす。強烈なGに呻きながら、自分がシートから放り出されるのをベルトとシートが阻んだ一瞬–––––––––自分がいた場所を、上方からの火線二つが薙いだ。

「上かっ!」

息つく暇もなく、今度は三つ。囮、本命、そして予備。射撃の基本と言われ教官に教わったものと同じように襲い来るそれを、Zの推力とAMBACで強引に躱す。

「ぐ、ぅ……!」

パチンコ玉のように機体を吹っ飛ばすことのできる推力が強烈なGを伴って視界に映る景色を置いていき、回していく。
それに耐えながらなんとか視線を回して敵機を探し……。

「いた……!」

赤トサカ、いやジャスティスだ。ザフトのGタイプが自分の下方に喰らいついている。
変形して味方と連携する–––––––?そう一瞬躊躇して、やめる。
ここで止めなくては味方に被害が出る。優勢だった戦場のリズムが変わりかねない。
だから止める。そう決めて、自分に追いすがるジャスティスを睨みつける。

「っ……!」

撃ってきた!火線が迫る。機を捻るようにして回避、そして反撃。一発、二発と射撃し、回避行動を取らせて。

「おぉ……!」

足を振り上げる。慣性とAMBAC、そしてスラスターを利用して推力の方向を変える。バク宙のように動き、体勢を変え、射撃してシールドを構えてジャスティスへと突進する–––––––!

「……っ!」
『ぐっ!?貴様ァ!!』

激突、衝撃。接触回線でパイロットの声が届く。
シールドバッシュで吹き飛んでいくジャスティスが体勢を立て直した。背部のユニットを稼働させて、砲身が露わになる。最初に撃ってきた火線の元から、緑の一撃が二発放たれる。
それを躱す。機体を右に吹き飛ばすようにステップさせて、一発射撃。相手も回避。互いに射撃し、未来位置を探り、回り合う円運動––––––––。

「……!」

その均衡を嫌うかのように、ジャスティスが突進してくる。右手にラケルタビームサーベルを構え、距離を詰めてくる。
牽制射撃を放つが––––––外れ。しかし、

「進路はずらした……そこ!」

すぐさま本命の一発を放つ。愚直なまでに直進してくるジャスティスへメガ粒子の矢がコックピットに迫り–––––––––左肩に被弾した。
装甲を融解、貫通し、左腕もろとも吹き飛ばす。それでも。

「ちっ……!」

仕留め損ねたことに変わりない。現にジャスティスはサーベルの間合いに入ってきた。止まらずに。そして。

「……!」

ラケルタを突き出してくる。狙いはコックピット。
一突きで終わらせるという意志がある。だが。

「死ねるか……!」

上半身を左に捻る。敵が必殺の意志を込めただろう一撃を回避、ビームの熱が脇腹を僅かに溶かす。アラートが鳴り響き、眼前でジャスティスが向き直りながら、機動力確保の為に水平にしていたファトゥムの砲門に光が収束する。
死神が俺の肩に手をかけるのを感じながら、生存の道筋を探して–––––––。

「オ……ッ!」

瞬間、左脚でジャスティスのコックピットを蹴りつける。実弾、物理による損傷を無効化するPS装甲といえど、衝撃までは防げない。スラスターで加速しながら乗せた一撃をさらにめり込ませる。
収束した光が消えて、再度収束する。今度は通じないだろう。だからこそ。

「––––––––––!」

928: 時風 :2016/12/11(日) 23:50:44
間髪を入れず、頭部を蹴り抜く。今度は右脚。蹴り上げの要領で顎をカチ上げる。乱した三半規管の次は、機体のバランス。顔面を蹴られたジャスティスは人型の宿命として上体をずらされ、一撃をあらぬ方向に放つ。
その瞬間を、見逃す理由はなかった。
蹴りによる慣性を利用、回転しながら、右手でサーベルを抜き放ち––––––––。

「あああああ–––––––––!」

未だ体勢を立て直しせないジャスティスを視界に納め、サーベルを振るう。サーベルが形成したメガ粒子の刃が、ジャスティスの左脇腹へと吸い込まれるように襲いかかり、融解し、溶断し、コックピットを焼き……。

–––––––ナチュラル、如きに………!
「……!」

胴体を、両断した。
上下に分かれたジャスティスの切断面から、火花が散って。爆発する。一つの火の華に、変わる。

「ハァっ!はぁ……ハ……っ!」

緊張の糸が切れたからなのか、全身が酸素を求めて喘いで、肩で息をしながら、その華を見た。
それがスラスターへの引火によるものなのか、それとも核分裂炉が誘爆したものなのかは定かではなかったが。

「時間をかけすぎた……!大尉!」

華が消えるより先に、ウェイブライダーへ機体を変形させる。僅かに焦りがあるのを知りながら、大尉たちの交戦域へとむかう。まだ、光は止んでいないのだから。
が––––––––気がかりなのは、サーベルがコックピットを焼く瞬間に聞こえた、男の声。
怨みと、憎しみと、そして侮蔑していた者に殺されることへの屈辱に塗れた声が、聞こえたのだ。
接触回線によるものか、あるいは……。

「ッ……!」

––––––––どちらにしても、それはこちらの神経を逆なでするもので。

「人を見下しながら戦うから、そんな風に死ぬんだよ……!」

かつて戦闘機乗りとして、誇りを抱きながら戦い、生き抜き、死んでいった者たちを知る自分にとってそれは、その考えは死者を、殺した者を冒涜するものだったから。
拒絶するように、血を吐くように叫んで。
振り払うように、Zの速度を上げた。


「ちぃ……!」

機体の肩を掠める閃光に舌打ちをしながら、近藤は改めて敵の恐ろしさを痛感する。正確な射撃、素早い反応、そして三対一でも動きを乱さない技量と胆力。
もし自分たちと同じ陣営にいたとしても、この敵––––––羽根付きのパイロットなら、間違いなくエースとして名を轟かせていただろう。
現に自分と、坂川の狙撃、そして福田の三人がかりでやっとこの敵を抑え込んでいる状態なのだから。誰かが墜ちれば、この危うい均衡が崩れ去ることは疑いようがなく、そして。

「くっそ!やっぱ俺狙うよなぁ、おい!?」
「福田、なんとか躱せ!」
「了、解……くっ!」

そのことは、相手も理解しているのだ。射撃を繰り返しながら、福田のガ・ゾウムに接近戦を仕掛けて行く。
勿論、彼も近藤が援護役として選んだパイロットだ。平凡なわけがない。AMBACを駆使し、スラスターを活用して致命傷を躱し、反撃も繰り出しているし、近藤もドライセンの腕部に装備されたビームランチャーで援護を繰り返している。
ただ、彼と敵の技量の違いが機体の性能差を埋めているという事実は覆しようがない。福田は確かに優れたパイロットだが、彼の役割は近藤や坂川、笹原の間を繋げる潤滑油のようなものだ。彼らほど馬鹿げてはいない。
彼らとて特務部隊だ。その過程でザフトの核動力MSと交戦したことはある。が、目の前の機体はこれまでの敵の動きが案山子に見えるほどに鋭く、恐ろしい。反応速度も桁違いだ。
そして、MSによる戦闘のほとんどは、個人技量と連携で占められていると言っても過言ではないのだ。だからこそ。
––––––––––まだか!?坂川!
この土俵を覆す天才の一撃を待ち望み。

929: 時風 :2016/12/11(日) 23:52:30
《見えたぞ!羽付き–––––––––!》

彼方から、雷鳴の如く一条の閃光が突っ走る。
狙い澄ましたという言葉すら物足りない超遠距離。乱戦の中で動き回る敵の姿勢と、スラスターの動きと角度を見極め、予測位置に銃口を向け、射撃する精度。文字通りの神業と言い様がない狙撃、いや砲撃が、坂川の乗るドーベン・ウルフのビーム・ライフルから放たれ、真横から羽根付きのコックピットに向けて突き走る–––––––––。

「な––––––––––」

その瞬間。
近藤は見た。いや、見てしまったというべきだった。乱戦の最中でもコックピットを外したことのなかった水希の一撃が、羽根付きの脇腹を掠めていくのを。そのカメラアイが、遥か彼方のデブリに機体を固定させていたドーベン・ウルフを捉えていたことを。そして。

「っ、不味い!?」

羽根付きのマウントが動き出す。肩と、腰の砲門を展開し、特徴とも言える青い羽根を広げる。狙いは–––––––福田と、坂川。

「躱せ––––––––!」

警告が間に合ったのかは、彼には分からなかった。その瞬間に、羽根付きは四条の砲撃を撃ち放ったから。
ビーム砲は意趣返しか水希の位置する方向へ、そして腰部のレール砲は福田のガ・ゾウムへと牙を剥く。

「っ……くっ、そ……!」

それを福田は回避する。ガ・ゾウムのスラスターを限界まで吹かし、機体を上へ弾き上げるように、加速された砲弾をギリギリで躱す。その判断は間違ってはいなかったが。

「福田!その動きは–––––––––!」

動きが直線的になったその一瞬を捉え、羽根付きは右手のビームライフルの銃口を予測位置に向けて、光弾を放っていた。
吸い込まれるように、それはガ・ゾウムの頭部へと加速して。

「ぐ––––––––––!!?」

直撃した。ガ・ゾウムの頭部が吹き飛ばされ、バランスが崩れる。
その瞬間に、羽根付きが飛翔する。両翼を広げ、猛禽のように加速し、ガ・ゾウムに迫る。

「ちぃ……っ!」

舌を打ちながら、近藤はなんとか福田から羽根付きを引き離そうと追い縋り、ビームランチャーを撃ち込み続けるも、それを半ば無視し、鋭角機動を行いながら躱していく羽根付き。
––––––––一機でも墜ちればこっちが不利になることを知ってやがる!
メインカメラをやられたガ・ゾウムの動きはぎこちなく、あと数秒で懐に入られるだろう。そうなればどうなるのかは、隊長である近藤自身がよく知っていた。
最悪庇ってでも。そう決意して、スラスターのスロットルを開けた瞬間。

《福田少尉!後ろに飛んでください!》

その声が聞こえた瞬間、福田は背後に飛ぶ。
桃色にも似たビーム光が、上から羽根付きへと襲いかかる。一つ二つ、三つ。ガ・ゾウムへの進路を阻むように空を切っていく。

「笹原か–––––––––!」

彼の、明人のZガンダムがウェイブライダー形態のまま突っ込んで、MSへと変形。ガ・ゾウムの前方で庇うように、羽根付きの前に立ちふさがる–––––––––。

930: 時風 :2016/12/11(日) 23:54:30

《笹原……!》
《メインカメラをやられちゃあ、ロクに戦えないでしょ!?早く退がってください!》

言いながら、俺はZガンダムの右腕部のグレネードランチャーからグレネードを発射。目眩しを嫌う羽根付きに回避運動を取らせ、反撃で放たれたビームをシールドで弾き返すように防御する。

「っ、大尉達は味方の援護を!ここは俺に……!」
《わかった!死ぬなよ!》

被弾の衝撃がコックピットを揺らし、光が目を眩惑させる。一発二発の被弾では、Zのシールドは破れないが……

「長くは保たないか……!」

顔をしかめながら、本命を連続で撃ち回避運動を強制、猛禽のようにZの前を横切る羽根付きは俺を脅威に思ったのか左腕でサーベルを抜き接近。

「……!」

対応するようにこちらも右の手でサーベルを抜き、振り下ろしてきた羽根付きのサーベルに合わせる。
振り下ろしと斬り払いがぶつかり合う軌道をとり–––––すり抜ける。咄嗟に動かしたシールドにぶつかったビームが反発し、スパークが走る。

「……っ!?」

……なんで鍔迫り合いができないんだクソッタレ!これだからSEEDの格闘戦は嫌いなんだ!
シールドでフリーダムのサーベルを防ぎながら顔を顰め、八つ当たりのような考え方が湧き上がってくる。
宇宙世紀のようにサーベルどうしの鍔迫り合いができればシールドの損耗を気にして神経をすり減らすことなどないのだ。
とはいえ、愚痴れば戦闘に勝てるわけなどない。
自分も、敵手たるフリーダムもスラスターを全開にしている。相手を押し切り、アドバンテージを取る為にだ。ジェネレーターの出力差か、それとも推力か。ぶつかり合って数秒で、こちらが押し込み始める。
が、

「……こいつ!?」

モニターの映像が左に流れて行く。サーベルを振り払うつもり……いや–––––––違う!

「動きのベクトルを……!」

ジェネレーターの出力差に気づかれた!自分もフリーダムも、もつれ合うように回転しながら鍔迫り合いを続ける。続けるしかなくなったと言っても良い。
そして。

「っぐ–––––––!」

限界を超えた遠心力が強引に自分達を引き離す。
回転する視界を止める為にスラスターを吹かす。姿勢制御。暴れ馬になりかけている機体を止める。視界に映るフリーダムも自分と同じように回転しながらも、腰部のレールガンを稼働させ狙いを定めて–––––––。

「ちぃ–––––––!」

悪寒、そして上昇。僅かに斜めに逸れながらレールガンの銃口から外れる。砲弾は上昇前の位置を擦過し、続けて撃たれたのだろうビームが二本、左肩を掠める。恐らく肩のビーム砲だ。
すぐさまライフルを構え、照準を定める。足を止めるのが自殺行為だと言うかのように、フリーダムは不規則な機動をしながら接近してくる。牽制でも本命でも、撃てるならすぐに撃つが–––––––。

「……ここか!」

銃口を少しずらす。本来の予測位置よりも左に。そうすれば当たると、直感に似た何かが叫ぶ。
その声に従い、トリガーを引く。
桃色に近いビーム光が奔り、宇宙を割いていく。たった一発。それに、フリーダムが吸い込まれるように突き進み。

「よし……!」

左の腕を強く掠める。装甲を砕き、軽い爆発を起こしながら中の配線を損傷させたのが分かった。フリーダムが体勢を崩す。なら–––––それを見逃さずに、今度はこちらから突っ込む!
すぐに機体を操作。ビームライフルを格納、サーベルを引き抜きながらスラスターを全開に持って行き、機体を前に吹っ飛ばす。

「おおぉ……!」

Zの推力に押し付けられながら、応じるようにラケルタを右手で抜き、向かってくるフリーダム。相対距離が一瞬で縮まり。

「……!」

すれ違いながら、サーベルを右へ薙ぐ。
フリーダムのシールドとサーベルの一瞬の激突の後、すれ違う。
Zガンダムとフリーダム、似ているようで非なる二機が一瞬ツインアイの視線を合わせる。

931: 時風 :2016/12/11(日) 23:57:12
「––––––––!」

––––––––––強い!
引き延ばされているような一瞬の中で、俺は目の前のフリーダムのパイロットに、ある種の感嘆を覚えていた。
冷静な射撃、大胆かつ繊細な判断力。自分に勝らずとも劣らぬ戦闘機動。そしてなにより–––––––機体から湧き出るようなプレッシャー。
––––––––まるで全身の毛が逆立つよう!これ程のパイロットが、ザフトにいるのか!これ程まで誇り高く、素晴らしい技量を持ったパイロットが!
俺には目の前のフリーダムのパイロットが、ザフト特有のコーディネーター優越主義に染まっているとは思えなかった。ここまでの動きをできる奴が、そんなくだらないモノにかまけている訳がない。

「……!」

高揚感を抑え、思考を冷やしながら機体を向き直らせる。宙返りからの姿勢制御でフリーダムを捉えながら、周囲をレーダーと目視で確認する。
戦場は糸が絡み合うような機動が連続していた。一対一から多対一、そして同数に戻り、また多対一。機体の位置どりが常に変わり続ける流動的な動き。それを、敵味方問わず行い続けている。
撃墜も被撃墜もない膠着状態。そこに、俺か、フリーダムが飛び込めばどうなるか–––––––分かっている。

「––––––––!」

––––––––だからこそ目の前のフリーダムは止める!止めて、墜とす!
操縦桿を前に倒し、裂帛を乗せながら機体を前に飛ばし、激突。そして。

「っ–––––––––!」

サーベルを振るう。シールドにぶつかり、スパークが疾る。すぐに戻し、また斬りつける。
宇宙(ソラ)を駆け、引きつけ、また駆ける。
捻り、躱し、踏み込み、踏み込まれる。
主導権、戦闘の流れを食い尽くすように、剣戟が疾る。
直撃は回避か防御。それ以外は無視して攻める。躱されたら腕や脚を盾にして距離を取り、間隙を縫うように反撃して、距離を取りまた踏み込む。
蛇のような軌跡を描きながら、相手を喰らおうと速度を上げる。
フリーダムのシールドが完全に融解しかけているのに対し、こちらのシールドは健在。サーベルの出力差がモロに装備の差に影響することになっていく。


「お–––––––––!」

サーベルが『443』とマーキングされたフリーダムの左肩を掠め、ラケルタがZの首筋を擦過する。警告音が鳴り、鼓膜を揺らす。それを半ば無視、返す刀でコックピットへ突き放つ。
それを防がれる。勢いのまま、激突するようにフリーダムと機体が接触。

「やるな、ザフトのエース……っ!」
『そちらこそな……!』

接触回線。僅かに言葉を交わしながら、こちらを蹴り飛ばしながら距離を取ろうとするフリーダムに追随しようと突進する。が。

「ちぃ……!」

レールガンを一撃を咄嗟に左へ躱し、頭部バルカンで牽制しながら右手をライフルに持ち替え射撃。フリーダムはハイマットモードに移行。こちらを機動戦で翻弄するかのような鋭角機動。
けど––––––––––。

「その動きは––––––––!」

俺の得意分野だ!
ウイングバインダーを可動。スラスターを一気に吹かしてジグザグ機動で射弾を回避。死角に回り込みあう高速射撃戦……!

「……ッッ!」

射撃、回避、回避、接近。射撃、偏差を予測して変則回避、連続射撃。
連続した鋭角機動がGを生み、身体を強引にシェイクする。

「ああああ……ッッ!」

声を出す。出さなければ耐えられない。視界が狭まり、暗くなった瞬間には拡がっていく。
フリーダムが真上から牽制射撃しながら離脱して真下へ。それを捕捉、追従。放たれた本命の一撃を回避して牽制射撃、続いて鋭角機動。推力はこちらが上だ。
一発二発と回避しながら真横に付き、射撃。わずかなズレで外れ、フリーダムが動く。こちらを中心に宙返り、直上から–––––––––!

「後ろッ!」

捻るように逆さの状態で背後に付くフリーダムをモニターが捉える。左に九十度ターン、後ろに飛ぶ。ビームが一瞬で前の位置を通り過ぎる。
すぐさま反撃、外れ。

932: 時風 :2016/12/11(日) 23:59:21
「……!」

続けて連射。横向きの同航戦。ビームを置いて回避機動を強制させ続け、AMBACで姿勢を変更。正面を捉えて三回、撃つ。

「…………っ!」

右に躱したフリーダムが反撃を撃ってくる。それをスラスターを軽く吹かして回避し、予測位置に銃口を置き、引鉄を引く。
その瞬間。

《隊長!下がってください!!》

––––––––共通回線!?
驚愕の後、悪寒と警告音が走る。

「ちぃっ!?」

緑のビーム光が数発、二時の方向から突っ込んできたゲイツが射撃してくる。

「出て来るなら!」

短噴射で回避し、こちらが撃ち込んだ一発がゲイツの右肩のアーマーを吹き飛ばし体勢を崩させる。二対一。
射撃の反動を利用して距離を取る。

「……!」

接近するか––––––––?
そう逡巡する内に、フリーダムは損傷したゲイツを伴って撤退していく。
逃した–––––––

「くそ……っ!」
《笹原少尉。輸送艦隊は宙域を離脱した。任務は完了だ、後退するぞ!》
「……了解しました。それにしても……」

近藤大尉の通信にそう返すうちに、フリーダムは彼方へと退がっていて。モニターには次々と後退していくザフトのMS達が映し出された。その様は潰走ではなく、組織立ったものであり。

「鮮やかな退き際だな……」

思わず、そう言ってしまうほどに素早かった。




–––––––––戦闘後 アーガマ級強襲巡洋艦『ニカーヤ』 MS格納庫

「坊主、よく戻ってきたな!大活躍だったそうじゃないか!!」
「Zのおかげですよ。整備お願いします!」

言いながら、俺はコックピットの中から無重力の外へと体を浮かび上がらせる。
慣性に身を任せながら愛機を見上げる。トリコロールの機体色と、その勇ましい外観はそのままに、ビームの擦れた焦げ跡が戦闘を行ってきたことを物語る。

「ありがとな」

小さく微笑みながら呟いて、他のMSへ視線を回していると、一機のMSが目に入った。
水希のドーベン・ウルフ。緑の配色を持ったその機体は、左腕が千切られたようになくなって、周囲にまで焦げ跡が広がっていた。
–––––––––フリーダムにやられたのか。
誰に聞くまでもなく、俺はそう理解できた。あのパイロットならやるだろうという確信がそう思わせた。
それに、右の部隊はかなり連携が上手かったらしい。帰投中の通信で、互いを庇い合うように戦闘を仕掛けてきて、数的有利を活かせなかったと仲間達が悔しげに言い合っていた。
それでも被撃墜が無いあたり、この部隊の練度の高さが証明される結果になったとも言えるし、連携を取ってくるコーディネーターの恐ろしさを再認識したとも言える。
–––––––恐らく、右の部隊はエースやベテランのみで構成されていたのでは無いだろうかと俺は思う。こちらと何度も戦闘し生き残った結果、開き始めた性能差をコーディネーターの優れた反射神経、動体視力と連携で埋めていこうと考えた。
彼らは、その先駆けでは無いだろうか?もし、彼らのような部隊が他にも現れ始めたら––––––––。

「少し、怖いな」
「どうした?そんな怖い顔をして」

素直に、言葉が出た。恐ろしいとしか言いようがない。
そんな俺の表情を察したのは、先にコックピットから出ていた水希だった。

「ああ、今回みたいな敵が他にも現れたら不味いな、って」
「なるほどな……」

そう言いながら、彼女は手すりに寄りかかりながらこちらを見た。
無重力ゆえか、銀髪がふわりと揺れている。コーディネーターとかナチュラルとかいう分類など関係のない、自然な美しさだった。

「個人的な意見だが、あまり気にする必要はないと思うぞ」
「……」
「–––––––––日ごとに戦局が二転三転する地上と膠着状態が続く宇宙。ザフトにとって見ると、どちらに戦力を送る方が大事かは明白だろう?それに、もうザフトの人材は払底し始めているらしい」
「––––––––徴兵年齢の低下、兵学校卒業の繰り上げか」
「ああ……」

933: 時風 :2016/12/12(月) 00:00:44
それは軍として、そして国家としての最大の悪手だ。
現代戦という観点から見れば、今をしのぐために国家の寿命をカンナで下ろしているに等しい行為であろう。
精密機器や専門技術が数多く必要になる戦争に訓練もままならない、年端も行かず、覚悟もない新人がくるなどベテランとしてはこれ以上ないくらいの悪夢であり––––––––最悪、自分たちがロクに使えない新人のために死ぬのかもしれないのだから。

「そしてその新米を俺たちが殺す、か」

俺の言葉に、彼女は苦虫を噛み潰したような表情を作る。確かに、抵抗もできないであろう敵を喜んで殺す趣味を人間はほとんどいないだろう。が、その表情を、どこか冷めた目で見ている自分がいた。
憤りがないわけではない。自分に哀れみがないわけではない。だが、悲劇は戦争ではありふれている。そしてそれ以上に、自分はこれまでの前世を含め、人を殺しすぎたのだ。生死の感覚が麻痺し始めていると言っても良い。
それはきっと、とても悲しいことなのだろう。人が人を殺すということに何も思わないほど罪深いものはないし、なにより–––––––ニュータイプには程遠い。

「まぁとにかく、生き残るしかない。年端もいかない奴だろうと、戦場じゃあ皆同じだ。死んだらお終いなんだ」
「そう、だな……」

彼女がうつむきがちに頷く。それはどこか言い聞かせるように、暗い呟きだったが。
––––––それはきっと、彼女自身が解決すべき問題だ。

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。これ以上いるとおやっさん達に怒鳴られそうだし、レポートも書かなきゃな」
「ああ……レポートは何を書くんだ?」
「ん?そうだな……」

その一言を応えるために俺は僅かに振り返って、笑う。

「ビームサーベルの格闘戦に関した不満と改善の要求、かな?」

その笑みは、きっと意地の悪いものだったに違いない。

934: 時風 :2016/12/12(月) 00:01:48

「––––––––隊長!いくらなんでもメチャクチャです!OSの反応を更に引きあげろなんて……!」
「だが、やらなければ大洋のGには勝てん。ただでさえ出力も推力も負けているのだ。反応も遅れていたら狩られるのは当然だろう」

整備班長の抗議を押し殺すように、アルフレッドはそう断言した。
先の戦闘における大洋のGタイプに対するフリーダムの劣位は技能だけで覆せるものではなかったということだ。
事実アルフレッドのフリーダムはシールドをほとんど融解させられ、左腕も損傷している。
これまでなかった目に見える被弾は仲間たちを驚愕させただけでなく、彼にある種の焦燥を抱かせていた。
––––––フリーダムは最強の機体ではないことは分かっていたが、まさか敵の試作運用中だろう量産型MS二機に足止めされるとはな……。
そのことは黙っていようとアルフレッドは思考した。どうせ報告したとしても上層部は握りつぶすに違いない。
もはやフリーダムの性能は圧倒的などではなく、むしろ陳腐化し始めているなど誰が思おうか。

「ですが!隊長のOSはもう殆ど原型を留めていません!ただでさえじゃじゃ馬な機体を暴走馬にしてるほどの数値変更をしているのに、入力の遊びを更に減らしたら、ロクに使えなくなっちゃいますよ!?」

もちろん、彼らはなにもしなかった訳ではない。機体の方に手を加えられないなら、OSを変えればいい。
そう考えたアルフレッドの行動は早かった。
不必要なほどに複雑化した動作を簡略化し、いらないデータを消し、残った部分を入力の反応速度の先鋭化に割り当てたのだ。動かしては反応を引き上げ、複雑な部分を削ってを繰り返していった結果、彼の扱うOSは元の姿を全く留めていなかった。
いっそ潔さを感じるほどに追従性と入力速度を限界まで追い求めたが為か、恐ろしいほどの簡略化に反して誰も理解ができないほど挙動の遊びが少なくなっていたのだ。それこそ、組み立てた本人であるアルフレッドと整備班長がOSを搭載したフリーダムの試運転の際に顔を引きつらせたほどに。
そして今、彼はそのOSにもう一度手を加えようとしていたのだ。
彼の瞼の裏に焼きつく大洋のGの機影が、そうしろと攻め立てたと言っても良い。

935: 時風 :2016/12/12(月) 00:03:10
機体の押し合いを数秒で制しかけた推力。こちらのビームコーティングを施したシールドを数度で融解させる出力を持ったビームサーベル。そして、あの反応速度。
……まるでこちらが打つ手を読んでいたような気持ち悪い挙動を繰り返していた。左腕を損傷させた一撃など、まさにそれだ。

「どうせあのOSは俺にしか使えんし、俺がどうなろうと構わん。もっと遊びを削って、追従性を上げてくれ」
「……ザルツの野郎と監視部隊が死んだからですか?」

小さく、一息。

「もう少しデカい戦場で死ぬだろうとは思っていたがな。恐らく、俺と戦りあったGはザルツを殺ってから来たんだよ。動きで分かった」
「隊長は、そのGをたった一人で止めるつもりなんですね?」
「……ああ」

アルフレッドの決意が変わらないと見た班長は、後頭部を掻きながら溜息を吐いた。

「はいはい、分かりましたよ。その眼をした隊長は止まりませんからね。暴走馬ならぬ暴走MS、いや爆走MSになりますけど、どうなっても知りませんよ?」
「頼む」

アルフレッドが頭を下げる。白が緑に頭を下げるなど言語道断だろうが、班長が協力してくれたからこそ今がある。権威を振りかざすような上司になど、死んでもなりたくない。

「了解です。なんとかやってやりますよ期待は……まぁ一応しといてください」

苦笑交じりに言った班長は足早に去っていき、アルフレッドのみが残る。

「……」

––––––––ふと見た窓の外には、幾つものデブリが浮かんでいる。それは連合のMAの残骸であり、そしてザフトのMSの残骸でもある。
結局のところ、自分たちの監視を任された部隊はあっけなく壊滅した。隊を分けた判断が結果的に自分と部下を救ったことになったのだ。が–––––––––。
その光景が、自分たちの未来を暗示しているのではないかと考えて。

「死なんし、死なせんよ。俺も、俺の大事な部下も……!」

振り払うように拳を握り、宇宙(ソラ)を睨みつける。
……戦争の行く末は、暗いだろう。だが、自分の部下だけは、命を預ける戦友達だけは死なせない。死なせてなるものか。それが、隊長としての自身の誓いだと、己を叱咤する。
その姿は、さながら歴史という荒波に逆らい続ける船乗りのようであった。

936: 時風 :2016/12/12(月) 00:04:40
以上で投下を終了します。
wiki転載などは自由です。
長い間スレを占領して申し訳ありませんでした。

602: 時風 :2017/08/02(水) 14:13:24
申し訳ありません
大陸SEEDネタ支援 「Zの咆哮––ある転生者の物語–––」の文章の
『アーガマ級強襲巡洋艦三番艦「ニカーヤ」』
という部分を
『アーガマ級強襲巡洋艦二番艦「ニカーヤ」』
と訂正をお願いいまします。
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最終更新:2023年09月08日 23:34