396: 333 :2016/12/21(水) 08:17:18
日米百年戦争支援SS


17歳の少年、チャック・パウエルは襲い来る痛みに耐え続けていた。なぜ自分がこんな目にあわなければならないのか。

「オラ!なんとか言えよニガー!」

朦朧とする意識の中、上等な革靴が鳩尾にめり込む。肺の中の空気が強制的に吐き出され、沈みかけていた意識が浮かび上がる。
体中を駆け巡る苦痛に喘いでいたら、気がつけば仰向けになっている。まずい。

「ニガーが!なんで!一丁前に!ホットドッグなんて食ってんだ!」

衝撃。無防備な腹を硬い革靴が蹂躙する。嘔吐感をこらえながら脚にしがみつくが拘束から逃れることはできなかった。
理不尽な言葉と同時に暴力が浴びせかけられる。語尾が強くなるたびに力が込められる。
柔らかな腹に振り下ろされた足が体重を乗せて何度も踏みつける。

ああ、そうさ。分かってる。
なぜこんな目にあうかって?それは自分が黒人だからに決まってる。
いや、黒”人”ですらないんだろう。奴の頭の中では。
たまたま人型をしていて、少し複雑な鳴き声を上げるだけの猿。知能だって、人間様のそれには及びもしないケダモノだ。

ボロボロの襟をつかまれ、立たされる。霞んだ視界の中で、拳が迫ってくる。
反射的に目を閉じると頬に衝撃。何度も殴られる。

気を失う直前、遠くから青い瞳が見つめていた気がした。

397: 333 :2016/12/21(水) 08:18:31

テキサス州オースティンに住む青年、ウィリアム・ニコルソンは合衆国の平均的な白人男性だ。
しかし彼には普通とは違うものがあった。いや、彼の父親にと言うべきか。

ウィリアムの父、ジョン・ニコルソンは州議会議員だったのだ。彼はその事を誇りに思っていた。
幼い頃から偉大な父の背中を見て育ったがゆえにウィリアムは人一倍自尊心が強い。
その自尊心が彼に神に愛された人間として、正しい行為を心がけさせていたのだ。

「~ということが今日あったんだよ、父さん。」

今は食後、リビングで家族団らんの時を過ごしている。とはいっても両親は離婚したので家族は父と自分だけなのだが。

「ほう、それは良いことをしたな。父さんはウィリアムを誇りに思うぞ。」

道端で老婆を助けた事を話し、父が相槌を打つ。
自分はいずれ父を継いで合衆国を背負って立つのだ。隣人一人助けられなくばその資格は無い。

しかし今日あった事を思い出せば必然的に不快な事も同時に想起させられる。
ウィリアムは眉間に皺を寄せてその事を話した。

「ああ、でも嫌な事もあったな。ニガーが生意気にも屋台でホットドッグを食べてたんだ。」

聞いている父は神妙な顔をして続きを促す。

「ふむ、それでどうしたんだね?」

「口答えしやがったから思い知らせてやったよ!」

ボクの腕前でね!…と続けようとした時、父の顔色が変わっているのを見て戸惑う。
いつもは温厚で自分に賛辞とアドバイスを述べてくれる父の顔はみるみるうちに赤から青、白と変化して再び赤になった。

「このバカモンが!!」

ソファから立ち上がり、大声で叫ぶ。どう見ても烈火の如く怒っていた。
父の急変とその後の剣幕にウィリアムは腰を抜かしてしまう。なにが悪かったのか?

「この大事な時期に問題を起こしてしまうとは!だから身の振る舞いかたを考えろといつもいつも!!」

自分が起こしてしまった問題を認識できないまま、ウィリアムはひたすら困惑と戸惑いの中にあった。

ここはテキサス州オースティン。かつて人種平等の夢を実現した旧南部連合の勢力圏である。彼の父はそこの州議会議員なのだ。

398: 333 :2016/12/21(水) 08:21:41

マイケル・スミスは内心の歓喜をこらえ、目の前の少年に語りかけた。
決して問いただすなどということはしない。自分の働いているような零細新聞社では地元の信用が第一なのだ。

「そのこと、ちょっと詳しくお願いできるかな?…ああ君、彼に紅茶とクッキーの代わりを持ってきてくれたまえ。」

始めは緊張していたパウエル君も彼の巧みな話術とティーセットによってリラックスし始めていた。
わざわざ実家にアポイントメントを取り、好物を聞きだしておいた甲斐があったというものだ。

「ありがとうございます。…そうですね、あの日僕はアーロンさんの屋台でホットドッグを食べようと思ったんです。」

「ああ、あそこのホットドッグはおいしいよね。自分もホットドッグはいつもあそこだなあ。…続けて?」

なおも緊張をほぐす会話を続けながら彼は喜んでいた。これは特大のスクープだ。
地方議員の不祥事など大手新聞社にとっては大したネタではないだろう。しかし地元密着型の零細新聞社にとっては特ダネだ。
このネタを独占できれば部数を伸ばせるだろう。伸びる部数は絶対的には少ないかもしれないが、もともと発行部数が少なければその伸び幅も大きい。ようはパーセンテージの問題なのだ。

「それであいつは言ったんです。偉そうにホットドッグなんて食ってんじゃねえと…」

黒人の少年の話を聞きながら、ふとマイケルは自分にこのネタをくれた人の事を思い出した。
それにしても上品な英語だったな…と。

399: 333 :2016/12/21(水) 08:22:56
テキサス州州議会議員ジョン・ニコルソンは厄介な問題に頭を痛めていた。

「ですからそのニュースは記事にするのを控えて頂きたい。」

目の前に座っている男はいかにも物腰が柔らかで、人に悪印象を抱かせない。ジョンにはそれが何よりも恐ろしかった。
交渉において相手の心情を誘導するのは極めて重要だ。誰しも親近感を持った相手に不利益になるような事をしたいとは思わない。
そういう意味で相手に圧迫感を抱かせるだけのネゴシエーターは二流だ。相手を圧迫するのも時には必要ではあるが。

「しかしニュースを報じたり報じなかったりするのは報道の正義に反します。たとえどんな内容であれ、周知するのが
我々マスメディアの役目なのですから。」

「そうは言っても無用に民衆を煽るのは止めなければなりません。マスメディアが好き勝手に煽れば政権すら新聞社が
挿げ替えられるようになってしまうでしょう。どこかで歯止めをかけなければなりません。」

互いに正論を言い合うが、勿論両者ともそれを心から信じているわけではない。

新聞社は金になるネタをふいにしたくない。いや、金になるならばネタを無いところからでっち上げることすらするだろう。
一方自分は敵対派閥に攻撃材料を与えたくない。本人の所業でないならば責任は追及できないが、支持率下落は否めない。
ただでさえ自分たちは少数派なのだ。そのあたりの意識が息子には欠けていたようだが。

そう、不利なのは自分たちなのだ。
白人が、というわけではない。連邦政府に重きをなす派閥がだ。

元々南部は合衆国とは違う国だった。いや、違う国になる前は同じ国だったが。
しかし内乱で違う国になる程度には独立意識が高いし、30年の月日はそれをより強めていた。それは20年経った今も同じだ。
あるいは”違う国”に征服されて20年たったからこそ、それはより強まっているのかもしれないが。

そんな中で起きた州議会議員の不祥事。しかも被害者は黒人で、加害者の父は連邦政府の犬と見られている。
こんな事件が公にされれば南部での連邦系議員は次の選挙で勢力を落としてしまうだろう。
テキサス住民はテキサスへの帰属意識は強いが連邦への帰属意識は弱い。

それでも合衆国へのダメージはないだろうが、動きにくくなることは確実だ。
連邦政府からの圧力もあるのにここで内部対立に火種を注がれてはたまらない。なんとしても揉み消さねばならない。

ネタを仕入れたのが地域密着型の新聞社だったのも災いした。大手新聞社ならわざわざ圧力をかけるまでも無く白人差別を問題にするようなネタは握りつぶすというのに。

400: 333 :2016/12/21(水) 08:24:07

その日ブライアン・ヘインズは一人の少年をスカウトしていた。
チャック・パウエルと名乗った彼は驚きに目を白黒させている。それはそうだろう。

「君をKKKにスカウトしたい。」

そう己が言ったからだ。

「どうしてですか?僕なんて…」

彼はそういって自分を卑下する。大方こちらを過大評価しているのだろう。
あるいは幼い頃から劣っていると蔑まれた事で自己評価が低いのかもしれない。

「そんなことはないさ、君にもいいところはたくさんある。私たちには君の力が必要なんだ。」

くだらない。そんなものはまやかしだ。

円環の氏族などと気取った名前を名乗ってみても所詮己たちは祖国を守れなかった負け犬にすぎない。
軍は国家の守護者だ。その役目を果たせなかった己たちが負け犬以外の何だと言うのか?
尊敬の目など向けられるに値しない。現に今もこうして浅ましい考えのもと純粋な少年を騙そうとしている。

それでもこんな事が続けられるのは後者がもっとくだらないからだ。
劣等人種、人間の真似をする猿。物心つく頃より白人の優秀さと黒人の弱さ愚かさを刷り込まれてきたのだろう。
そのせいで彼自身自分に自信を持つことができないでいる。
名を奪われ誇りを奪われ、先祖がどんな部族出身だったのか、どんな生活をしていたのかすら知らない。

「ヘインズさん…ありがとうございます。僕に出来る事なら精一杯やってみせます。」

「ブライアンでいいさ。それと一つ頼みがある。」

純粋な少年を利用してまでスカウトしたのにはもちろん相応の理由がある。

それは彼が持つ新聞社とのコネだ。
元南部連合軍人が中心となっているのと合わせて、人種差別撤廃を掲げるKKKは特に南部市民に大きな支持を受けている。
己たちがこうして活動できるのも地元の協力があるからだ。でなければとうに白人至上主義者の妨害で解散の憂き目にあっている。

だが今後も安泰とは限らないし、活動を広げるにしても地元の支持は必要不可欠だ。
だからこそ彼の人脈が欲しいのだ。地域に浸透した新聞社とのコネが得られればKKKの地盤はより強固になる。
その分だけ人種差別撤廃運動は長続きするだろうし、そうなれば夢を再び実現できるかもしれない。
一度手にし、そして失った夢を。

あの小柄な男にも礼を言わねばなるまい。彼が教えてくれなければ新聞社とのコネは繋げなかっただろう。

401: 333 :2016/12/21(水) 08:25:12

サミュエル・ウィルソンは新聞社の社員を前にどうしたものかと悩んでいた。
とある筋から新聞社との繋がりをアドバイスされたものの、当の新聞社が持ち込んできた話は少々扱いに困る代物だったからだ。

「どうか議員の力を借りられないでしょうか?このままお蔵入りさせるにはどうしても惜しいのです。」

「言いたいことはわかる。しかしもうあちらとは話をつけてしまったのだよ。」

話の内容はこうだ。黒人少年暴行事件を報じようとしたものの、ある人物から待ったがかかった。なんとかできないだろうか?と
この話がもう少し早く来ていたら嬉々として飛びついただろうが、事は済んでしまっているのだ。

ストップをかけたのが誰なのか、相手は明かさなかったが大方の予想はつく。おそらく連邦系派閥の誰かだろう。
そこで彼らと敵対する自分たち南部派閥に話を持ち込んできたのだろうが、もうこの話の決着はついてしまっているのだ。

連邦系議員が暴行事件を揉み消した後、別のルートからその情報を得た南部派閥は初動が遅れた事を歯噛みしつつ連邦系派閥から譲歩を引き出していた。向こうも渋ったものの、新聞社を巻き込んで全面対決するよりはマシだと判断したのだ。

全面対決を避けたのは南部派閥も同じだ。自分たちはこの南部でこそ多数派だが決して連邦全体で多数派な訳ではない。
いざとなれば連邦政府のバックアップを受けた大手新聞社が敵に回るだろう。
地元では優位を保てるだろうが、連邦全体から見れば孤立するしかない。西部が発展しつつある今、南部は少数派なのだ。

だからこそ両者は妥協した。これを再び蒸し返すような事があれば最悪州議会が回らなくなる可能性さえありえる。
テキサスを愛する彼にとって、そして南部派閥全体にとってもそれは望むところではなかった。

「なにか他のネタはないのかね?出来れば政敵を攻撃することなく支持率を伸ばせるような何かが」

自分でも無茶を言っていると自覚しつつも訪ねる。情報の入手は政治において極めて重要なのだ。

「そう言われましても…いえ、そういえば。最近KKKにスカウトされたといってましたね。」

言われて思わず身を乗り出す。ぜひとも欲しい情報だ。
南部全体で大きな支持を集めているKKKとのパイプが得られれば南部派閥にとって大きな利益になる。
票田としても期待できるし、なにより民衆の支持を集めているのが良い。
そこに零細とはいえ新聞社の情報力が加わるのだ。この話を逃す手は無い。

彼はこの事を知っていたのだろうか?小柄な東洋人の事を思い出しながらサミュエルは動き出した。

402: 333 :2016/12/21(水) 08:26:27

セドリック・ハリス上院議員は秘書からの書類を読み終えるとこめかみに手を当て、頭痛をこらえた。

最近テキサスを中心に南部州で連邦政府への不満が強まっているのだ。
確かに政権攻撃の材料はあったが、不自然なものを感じたセドリックは個人的に調査を命じたのだ。

今手元にある書類がその報告書だった。
彼は改めて目を落とす。できれば自分の読んだそれが幻覚であって欲しいと願いつつ。
しかし無慈悲にもその手にある報告書の存在は揺るがなかった。
真っ白な書面に踊る無機質な文字が理不尽な怒りを抱かせる。

報告書では連邦政府への不満の原因を南部系議員と呼ばれる派閥の伸張に求めていた。
ここまでは理解できる。昨今の南部系議員の勢力拡張は連邦政府では知られていたことだ。

そこから先、KKKと地元新聞社、そして南部系議員の繋がりについても理解できる。
地元新聞社という存在は盲点だったし、それを介したKKKと南部系議員の繋がりも知らなかったが妥当な結論だと思う。

しかしそのきっかけとなった事件、黒人少年暴行事件とそれにまつわる陰謀については完全に想定外だった。
テキサスの連邦系議員が独断で事件を揉み消した事が事態の発覚を遅らせたのだ。

はじまりは連邦系州議会議員の息子が黒人の少年を暴行したことだった。
どこからか事件を嗅ぎつけた英国のエージェントが事件を火種として合衆国内の対立を煽ろうとしたのだ。
暴行事件を人種差別に否定的な地元の新聞社に報道させ、内部対立を激化させる。
もちろんこの程度で合衆国の力を削げるとは思わなかっただろうが、外に手出しできなくなればそれで十分。
世界管理者(ワールドオーダー)として日英同盟中心の世界秩序を築く英国にとって莫大な生産力を持った合衆国は邪魔なのだ。

国内の生産力のはけ口を求める合衆国としては国外に市場を求めなければならない。
その一環としても、そして英国が牛耳る海運に楔を入れるためにも合衆国は約束の地にイスラエルを建国しようとしていた。
もちろん国内のシオニストの意向もあったものの、主な理由はそれだった。

合衆国のイスラエル建国を潰す工作の一つとして内部対立を煽るやり方は連邦政府にとっても予測できた。
なにより以前から同じような手を食ってきたのだ。そこで南部の連邦系議員に圧力をかけることで乗り切ろうとしていた。
実際、新聞社によって火種が燃え上がる前に揉み消していたのだ。方針は決して間違っていなかった。

ここで一度英国はこの件についての策動を諦めたらしい。しばらくは事態が沈静化している。
しかしここで再びこの問題に首を突っ込む勢力がいた。
合衆国の敵、日英同盟の片割れたる大日本帝国だ。

彼らは事件によって築かれていた被害者の黒人少年と新聞社の信頼関係を利用することを考えた。
KKKと黒人少年、新聞社と南部系議員とを繋ぎ合わせることでKKKから南部系議員に至るパイプを作り上げたのだ。
事態は沈静化したと見ていた連邦系議員が止められなかったのも無理は無い。
地元に密着した零細新聞社は連邦系議員との繋がりは弱いし、黒人少年やKKKに至っては繋がりが全くなかった。
陰謀は連邦派の目が届かないところで進展していたのだ。

正直、侮っていた。
セドリックは正直にそう認めた。大日本帝国に対外工作を行う余裕はないと踏んでいたのだ。
日本は現在外交方針の対立でもめている。そのせいで主流派の影響力が落ちていると観測されていた。
去年起こった関東大震災も対外影響力の低下を補強すると考えられていたし、そうでなくても日本はこういった謀略に弱い。

しかしその慢心が今回の事態を招いたのだ。
合衆国の南北対立、人種対立は深刻なまでに進んでいる。日英が仕掛けた謀略でそれはより大きくなっていた。

もちろん身動きができなくなるほどではない。経済の発展はすべての国内問題を覆い隠す程度には巨大だった。
誰しも日々の生活が良くなっていけば未来に希望が持てる。自分の理想はいつしか実現されるはずだと現状を我慢できる。

しかし少なくとも、イスラエル建国は諦めざるを得ないだろう。ユダヤ資本が日英陣営に吸収されつつあるのも拍車をかけた。

とはいえこのまま座して待つなどできはしない。早急にイスラエルの代わりを探せねばならない。

合衆国は今日も憂鬱だった。

403: 333 :2016/12/21(水) 08:28:10
以上です

誤字訂正

×ウィルソン→ウィリアム

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最終更新:2017年02月08日 21:15