445: 333 :2016/12/22(木) 11:00:10
日米百年戦争支援SS



ハーバート・ギブソンは連邦捜査局の一員である。俗にFBIとも呼ばれるが、彼はその中でも禁酒法捜査官だった。
だからこんなところまで来なければならない。仕事なのだから、仕方が無い。

やつあたりのような思考を紡ぎながら彼は夕暮れ時のニューオーリンズを歩く。
どこからか聞こえてくるのは軽快なジャズの音色だった。

黄金の黄昏が藍色の夕闇に移り変わる頃、彼は目当ての場所に着いた。C.S.ラウンジ。
そう看板に掲げられた店は一見何の変哲も無いように見える。

「邪魔するぜ」

しかし玄関から地下室に入ると雰囲気は一変、暖色系の光に照らされ、サックスの音色が響き渡る魅惑の空間になる。
ここは違法酒場。悪徳の象徴として連邦政府が厳しく取り締まっているはずの店だった。

「いらっしゃいませ。何かお飲みになりますか?」

「ブランデーを頼む。ああそれと…」

視線を動かすことなく周囲を観察しながら彼は言う。

「黄金酒ってのを知ってるか?」

黄金酒。それこそ彼がこんなところまで単独で捜査に来た理由だった。

「この街で噂になっている酒の事ですね。なんでも夢のような酩酊感を味わえるとか。」

「そんなものがあるならぜひお目にかかりたいと思って来たんだが…この店にはないか。」

まあそんなものか。ブランデーを味わいつつ、周囲に耳を傾ける。

黄金酒の噂はいろいろある。手にしたものは夢のような一時を味わえるとか、今はもう失われたとか。
チャールズ・シェリーなる人物がかつて手に入れたが彼はもう死んだとか。

単なる噂と断じることもできるが、わざわざ調べに来たのは怪しげな資金の流れを掴んだからだ。
その資金の流れがここ、C.S.ラウンジを中心に回っている。
”黄金”酒などと呼ばれていることから考えると、この店が何らかの裏取引の場になっているのではないか。

社会的に大きな需要があり、誰もが通う場所でありながら人目を忍ぶ空間で、さらに酒を介して莫大な金が動く。
ゆえに違法酒場は密談の場として良く用いられるのだ。ハーバートはそう考えてわざわざここまで脚を伸ばしたのだった。

「…は仕事を果たしました。”鹿”は怯えて業界から手を引くようです。」

つらつらとこれまでの経緯を考えていると聞き逃せない会話が聞こえてきた。視界の端を見やる。

「よくやった。これでシェアをさらに伸ばせるだろう。最近”鹿”といい”狐”といい我々の邪魔ばかりしてきたからな。」

ビンゴ。
隠語らしき言葉を交えながら話しているのは両者とも大物として知られていた人物だった。

一方はフレデリック・フランシス。土建業者の中でも南部で大きな力を持つブラッドリー&ジョナサン土木建築株式会社の社長だ。
第二次南北戦争をきっかけに一時衰退していたものの近年急に復活を遂げていた。
黒い噂が絶えないことでも有名で、違法な手段を使って敵対業者を妨害していると言われていた。

もう一方はティーノ・カンタレッリ。この街を根城としているマフィア、ニューオーリンズ・ファミリーのボスだ。
言うまでも無く犯罪組織であり、その手は酒の密造や密輸にも及んでいると言う。

大手柄だ。これを手がかりに調査を進めていけば犯罪組織と大手土建業者との蜜月を暴けるだろう。

ハーバートの手元では店内の光を浴びてブランデーが琥珀色に煌いていた。

446: 333 :2016/12/22(木) 11:01:17

ティーノ・カンタレッリはマフィアのボスである。少なくとも周りにはそう思われている。
しかしあんな有象無象どもと同じにされるのは彼はごめんだった。
マフィアと呼ばれるのは構わない。実際ニューオーリンズ・ファミリーはマフィアで、自分は犯罪者なのだから。
しかし単に金だけに執着するような俗物とは違う。自分は彼らよりもっと崇高な理念のために働いているのだ。
それがティーノの自己評価だった。

「どうも、ティーノさん。お仕事は順調ですか?」

今は休んでいるらしいサックス奏者の少年、モーリス・ムーアが声をかけてくる。
黒人の少年に過ぎないはずの彼はマフィアのボスたるティーノ相手に気負う事なく話しかけてくる。

「ええ、もちろん。」

ティーノの眼前にいる少年は連絡役だった。
ニューオーリンズ・ファミリーと彼らは表向きには決して相容れないとされている。
自分たちには犯罪者の烙印を、彼らには英雄の称号を。

「しかし市民が我々の関係を知れば困惑するでしょうね。英雄が犯罪者と手を組んでいたなんて。」

それでもマフィアなどという裏稼業を続けられるのは同じ理想を共有する同志だからだ。
崇高な理念を持っていてもその実現には汚い手段が必要になる。

しかし理想を掲げる団体がそんな事をしては市民の支持を失う。
だからこそ自分たちのような汚れ役がいるのだ。
彼らが英雄であり続けるために。
いざと言う時に蜥蜴の尻尾となるために。

「ファミリーには申し訳ないと思います。一方的に悪者を押し付けてしまって…」

「あなた方は軍人、我々はならず者。どこまで行っても、それは変えられないんですから、気に病むことはありませんよ。」

ゆえに彼らと自分たちは方法は違えど同じ理想を共有できる。

「結局の所、我々はだだの犯罪者にすぎないんですから。それでも」

血が繋がっていなくても、我々は同じ氏族なのだから。

「黄金酒を再び我が手に。そのためならば、なんだってしましょう。」

447: 333 :2016/12/22(木) 11:02:35

ニューオーリンズから帰って以来、ハーバートは妙な境遇に立たされていた。

あの後、ブラッドリー&ジョナサン土木建築株式会社とニューオーリンズ・ファミリーの関係を暴いた彼は同僚の間で
一躍時の人となっていた。
しかし待てど暮らせど上からは何の指示もないのだ。あれ以後捜査がされたと言う話は全く聞かない。

上司に尋ねてみても、当たり障りの無い答えが返ってくるだけ。あからさまに避けられていた。
同僚は憤慨してくれたもののやはり状況は変わらない。

そこでハーバートはついに上司に直談判しに行こうと決意したのだ。
しかし帰ってきた答えに彼は驚愕していた。

「報告書が届いていない!?」

目の前の白髪の中年はそうのたまったのだ。
何年経っても一向に禿げる気配のない頭髪に呪詛を込めながら彼は問いただした。

「どういうことですか!私はしっかり報告書を提出したはずです!なんなら今から…」

「その必要はない。君には別の捜査にあたってもらう。」

なぜ?どうして?彼は自問自答した。しかし答えは出ない。

明らかにこの問題は有耶無耶にされている。
彼自身の意思ではないだろう。この男は上司の言う事しかできないような男だ。

報告書に不備はなかったし、自分は確かにこの白髪頭の上司に提出したはずだ。
こいつがさらに上に提出するところも、しっかりこの目で見た。ならば…

ならば考えられる可能性は一つ。白髪野郎の、さらに上で握りつぶされたのだ。

448: 333 :2016/12/22(木) 11:04:07

ヴィクター・ウィルソンは自分の部屋でとある男と面談していた。

相手はフレデリック・フランシス。ブラッドリー&ジョナサン土木建築株式会社の社長である。

「やあフレデリック。久しぶりだね。」

「会えてうれしいよ、ヴィクター。おっと長官殿と呼んだほうがいいかな」

二人はいかにも仲が良さげに固く握手する。実際二人は仲が良かった。

「よしてくれよフレデリック。まあそこにかけてくれ。」

そういってヴィクターは傍らの椅子を示す。

「仕事はどうだい?フレデリック。」

一通り談笑したあとヴィクターが切り出した。
本題に入ったと感じたフレデリックは友人としての顔から商売人としての顔に切り替えた。

「ああ、すこぶる盛況だよ。公共事業も受注できるしね。一時は倒産するかと思ったけど、なんとか持ち直したよ。」

「それはよかった。後でアレックスにも礼を言っておいてくれ。B&Jに優先的に仕事を回したのは彼なんだ。」

にこやかに会話は続くが、その内容は決して笑えるものではなかった。
彼らの言を信じるならば大手企業と政府の高級官僚とが癒着しているのだ。

「第二次南北戦争とその後の打撃から立ち直れたのは公共事業のおかげだ。もちろんファミリーが商売敵を妨害してくれるのもあるけどね。」

「そう、それなんだ。今日呼んだのは他でもない、ファミリーとの繋がりについてなんだよ。」

ヴィクターの声音が真剣なものに変わる。
それにつられてフレデリックも身を乗り出した。聞き捨てならない内容だと感じたからだ。
彼は黙って先を促す。

「FBIが君とファミリーの関係に気付いた。どうやらC.S.ラウンジでの会話を聞かれていたようだ。」

フレデリックは目を見開いて驚いた。まさか聞かれていたとは思わなかったのだ。

「幸い圧力をかけてなんとかしたが、かなりの無茶を通すことになってしまった。君も気をつけてくれ。」

「ああ、忠告感謝するよ。黄金酒のために、ここで捕まるわけにはいかないからね。」

449: 333 :2016/12/22(木) 11:05:14

アレッシオ・カヴールは今日も荷物を持ってその街にやってきた。ニューオーリンズに。

厳重に封をされた木箱の中には琥珀色の液体がぎっしり詰まっているだろう。人を酔いに誘う魅惑の液体だ。

多くの同業者と違い、そして同志たちとも違い、彼は大層な欲望など持っていなかった。ただ酒を飲むのが好きなだけだ。
それがいつの間にかこんな稼業に手を染めることになったのは、自分が思っていた以上の飲兵衛だったからだろうか。

ミルクのような朝霧の中を自分の運転する車が進んでいく。
しばらく道なりに行くと人目につかない路地で止まった。

受け渡し場所では既に数人の男たちが待っていた。皆黒いスーツを着ている。

いかにもマフィアな容貌の男たちの中に金髪の男がいる。彼がこの集団の長だ。

「今日も持ってきましたよ、ボス。」

「遅い。もう少し早くしろ。」

「そう言われましても。カールの奴が毎度毎度遅れるので。」

木箱を運び出している部下をせかしながらアレックスと話しているのはティーノ・カンタレッリだった。
フレデリックやモーリスを相手にする時よりずっと威圧感を放っている。

「それをなんとかするのがお前の役目だろうが。…そこのお前、もう少し丁寧に運べ。」

へい、と返事をする黒服の男。
それを見ながらアレッシオは呟く。

「こんなことしなくても酒が飲めるといいんですけどねえ。」

その言葉を聴いてティーノは呆れ顔になる。

「何をいってるんだ。そんな事になったら俺たちゃ廃業だろうが。」

「そしたら皆で酒を飲みましょうよ、晴れて無職になった記念として。」

このとき、アレッシオ以外この場にいる全ての人間の思いが一致した。
こいつ、そこまでして酒が飲みたいのか…と。

「そのときこそ黄金酒を開けるんですよ。で、皆で味わいましょう。夢のような一時を。」

450: 333 :2016/12/22(木) 11:06:28

C.S.ラウンジの店長、ベネディクト・フォーブズは閉店後の後片付けに勤しんでいた。

既に夜は明け、窓からは朝日が差し込んでいる。
静かでありつつも賑やかだった店内に人はなく、今は彼だけがいる。

かつてはこんな光景が日常だった。
自分は売れないバーを営んでいて、日がな一日グラスを磨いたり掃除をしたりして時間を潰していた。
今に比べれば貧相だったかも知れないが、当時はそれが普通だった。
それに今よりずっと幸福だったのだ。

フレデリックとヴィクターは唯一と言って良い常連だった。
金も無いのに入り浸り、昼間から飲んだくれてはお代を出世払いといって払わなかった。

しばらくして、フレデリックの会社が大きくなっていった。
以前は社長といっても名ばかりだったのだが、大口の出資者が出てきたのだと言っていた。
社名がB&Jではどこが出資してるのか宣伝してるようなものだと言ったが、それっぽい人の名前にすればいいだろうとなった。

ヴィクターは警察になり、日々書類整理に勤しんでいた。
勇敢に戦って市民を守ると息巻いていたのに暇な毎日で不満なようだった。

二人が揃うことが少なくなった頃、戦争が起こった。
出征する兵士が最後の宴に酔い痴れ、多くは帰らなかった。

戦争が終わった後には全てが変わっていた。
祖国はなくなり、街には北部の人々が見られるようになった。
負けはしたが決して結果は悪くないと多くの人々が言った。北部とて元はといえば同じ国で、同じ理想を持っていたからだ。

しかし現実は違った。
北部の人々が掲げる自由と正義は自分たちのものでしかなかった。
自分たちの自由、自分たちの正義。そこに黒人や敵国の人々は含まれていなかった。

ヴィクターは治安の悪化で忙しくなり、フレデリックは莫大な損失を出して首を吊りかけた。
帰ってきた兵士は多くが憔悴しており、意気消沈していた。見ていられないほど心が折れていたのだ。

やがて兵士たちがとある組織に入り始めた。失った理想を取り戻すのだと息巻いていた。
ティーノ・カンタレッリが来たのはその頃だった。彼は街のギャングどもを束ねて一つの家族(ファミリー)にした。

ヴィクターは地元警察から転身して連邦保安局に入った。合衆国を内部から変えるのだと意気込んでいた。
フレデリックは業績を回復させ、以前よりも会社を成長させてみせた。様々な人が協力してくれたおかげだった。

禁酒法が施行され、あちこちの酒場が潰されると残った違法酒場に多くの人が詰め掛けた。店は大繁盛になった。
アレッシオはその頃訪れるようになった。密輸業者として彼は他とは違うルートを持っていたのだ。

いつしか店は様々な人が集まるようになった。
高級官僚、大企業の社長、密輸業者にマフィア。多くの家族(ファミリー)を纏めた氏族(クラン)も訪れるようになった。

だからベネディクトは願う。この狂騒が終わり、再び平穏な日々が戻ることを。

それこそが黄金酒だった。いつか自分ひとりで飲んでいた酒を、静かで誰もいないこの店で飲みたい。

物思いに耽っているうちに店の後片付けが終わっているのに気付いたベネディクトは、しばらく辺りを見回してからその場を後にする。

ジャズの染み渡る街。ニューオーリンズのカウンターに忘れられたブランデーは日の光を浴びて、黄金に輝いていた。

451: 333 :2016/12/22(木) 11:07:46
以上です

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最終更新:2017年02月08日 21:44