638: yukikaze :2016/12/28(水) 00:52:20
意外とあっさりネタができたので短いですが投下。
題名は『新生』

この日。大坂は太閤秀吉が死去して以来最大の賑わいを見せていた。
無論それは、疱瘡に倒れて生死の境をさまよっていた前右大臣豊臣秀頼が奇跡的に回復したが故であったが、そのことに対する大坂の老臣達のはしゃぎぶりは、後の史書においても『あれを見れば老臣達が秀頼に隔意を抱いていたなど誰も思わない。しかしはしゃぎ過ぎである』と、半ば呆れたレベルであった。
具体的には、大坂城の双璧と言っていい、速水甲斐守と大野修理が、諸肌脱いで、大太鼓に対して『ソイヤソイヤ』と掛声を上げつつ撥を打ち鳴らせば、『天下無双の剣客にして傾奇者』の声高い柳生因幡介が、手塩にかけて育て上げた男の娘集団を、太鼓の音に合わせて乱舞させ『畿内の大番頭』の異名を持つ郡が『今年の税金大幅値下げじゃあ。飲んで騒げ』と、口走り後で『イエスタディ・・・ワンスモア』と、どこかで覚えた紅毛人の言葉を口走りつつ、頭を抱える状況であった。

そんな狂乱の中、今回の事態を引き起こした男の第一声はこうだったといわれている。

『またかよ。またこのパターンかよ』

多くの歴史家がその意味を解くことに苦心し、半ば放り投げることになったこの言葉はしかし、この男にとっては文字通りの魂の叫びであった。


「で・・・説明してもらえませんかね。何かもういい加減『ワンパターンだろ』とか『はいはい。嶋田乙』とか聞こえてくるんですがね」
「いやぁ、嶋田君。本当によく来てくれた。本当によく来てくれた」
「後数年早く来てくれればよかったんだが、まだ間に合う。天は俺達を見捨ててはいなかった」
「いやもう本気で豊臣家を見限る寸前でしたし。やってられませんよ」

口々に「よかった」「いやよかった」と、肩を叩いて安堵する男達をしり目に、嶋田と呼ばれた男は盛大な溜息をついていた。

「あ~。なんとなくわかりました。この体の持ち主が何をしでかしたのか。そういや私がここに来る直前『二度とやんねーよこんなクソゲー』とか『てめえらみたいな馬鹿、皆、狸爺と腰抜けに殺されろ』とか、凄い悪罵聞いたんですが」

それを聞いて、部屋にいた面子が、先程の嶋田よりも深い溜息をつく。

「あのバカまだ理解できていなかったのか・・・」
「いやもう無理でしょう。理解する気ゼロでしたし」
「誰の影響だ? 司馬か? それとも粗製乱造された戦国物の火葬戦記か?」
「両方じゃないんですかねえ。あとネットの小説もでしょう」
「あれか? 異世界転生でのチート技術でウハウハの類か? 技術なかったろあいつ」
「実験室レベルで出来るのと量産レベルで出来るのとでは天と地の差があるって分からんもんかねえ」
「つ~か、この時代レベルで出来る技術なんてとっくに俺達が手を出しているんだっての」

口々に悪口を並べ立てる面々に、自分に向けられたのではないことを理解しつつも、嶋田は蟀谷に冷汗が流れることを自覚していた。

639: yukikaze :2016/12/28(水) 00:54:35
「あ~。何というかゴメン」
「いやいいよ。中の人が嶋田君ということで楽にはなる。少なくとも馬鹿殿担いだままでは、打つ手が限られる。正直、大御所の好意で何とか持っているようなものだしな」

さらりと述べる速水に、嶋田、いや豊臣秀頼は顔つきを変える。

「そこまで状況は悪いのですか?」
「江戸がマジでシャレになっていない。まあ元々が徳川の家臣だった青木の言葉だから、幾分割り引く必要もあるが、君の前の中の人のお蔭で、かなりお冠だ」
「秀忠を愚弄した発言ばかりしたんですか?」
「それもあるが、史実の大坂五大将にかなり執着していてね。口を開けば『俺のチート才能に、最強の五大将がいれば、戦下手の秀忠なんてワンパンよ』とか言っていたらしい。あのバカ、何度も奥には徳川の密偵もいるから注意しろと言ったんだが、聞く気すらなかった」
「史実の五大将って、後藤又兵衛除けば、みんな徳川に逆らった面子でしょ。何を考えているんですか」
「お蔭で史実よりも早く豊臣家の恩顧の面子は離れていったよ。奉公構えした人間取ろうとした黒田や加藤嘉明は抗議の文書を送っての絶縁状、浅野に加藤に福島も「うちには構わないでください」の一点張り。
それもまた江戸の面子が強硬になる理由だ」

それを聞いて秀頼は天を仰いだ。
史実だと、家康との会見時にはまだ幾分は豊臣恩顧の大名たちも関係は会ったのだが、どうやら外交条件はそれよりも悪いらしい。

「史実よりもマシな点は?」
「官僚層育成と内政に頑張ったからね。豊臣家は自前の官僚団形成して、実高が90万石。後、商人からの運上金等を考えると、120万石まではいけるかな。殖産興業も進めているし、コークスを使った製鉄にも手を出しているが、耐火煉瓦を安定供給するのに時間がかかっている。
後は、7手組を改編して5番隊+秀頼の旗本衆の合計6個連隊 1万8千人の軍勢を動員することは可能だ。バカのお蔭で鉄砲部隊が全体の六割強であることと、騎兵及び砲兵も各連隊直属で配備されている」
「最後は完璧に徳川を刺激していますよね・・・」
「あのナポレオンか信長気取りのバカがお小言聞くと思うか? プライドは異様に高いんだが、本質はヘタレだからなあ。ついでに言えば、責任を取ることに異常に回避する向きがあった」

よほど不満が溜まっていたのであろう。温厚な大野が口汚く罵っていた。

「これ普通に土下座では権現様が死んだ瞬間終了ですよね」
「取りあえず無理難題言ってくるのは間違いない。ついでに言えば、豊臣家が落ちぶれるまで続く」
「ベリーハードモードじゃないですかこれ」
「せめてもの救いは、秀忠は『約束は必ず守る』『幕府にとって有能ならば外様でも信頼する』という美点を持っている事だな。ここを攻めるよりほかはない」
「フォロー頼みますよ。土下座程度なら何度でもしますが、それじゃあすまないでしょうし」

そういって、秀頼はこの日最大級の溜息をついた。

「たまには楽なシナリオをくれ」と。

640: yukikaze :2016/12/28(水) 01:02:22
今回はこれで終了。みんな大好き嶋田さん登場。
なので、嶋田さんに相応しく「楽な状況なんてあると思うなよ」状態にしました。

いやあ・・・書いてみて、これは嶋田さん泣きますわ。
何しろ現状はと言えば

  •  秀頼の前の人のミスで、諸大名との関係悪化。豊臣マジ孤立状態
  •  領国経営は、老臣達の必死の努力でかなり上向き
  •  軍備についても、この時代ではかなり凶悪。三兵戦術及び大隊と連隊
  組み込むことで、日本独自の『備』にある機動性と、『備』以上の衝撃性を確保。
  まあ速水の率いる部隊は兵站部隊であり、正面戦力は1万5千ではあるが。
  •  はい。当主が徳川に反抗的で、諸大名も当主の失態で離れ、にも拘らず豊臣の経済と軍備は
  かなりのもの。江戸が『潰せ』と思いますわなあ。
  •  ある意味史実よりも詰んだこの現状を、秀頼とゆかいな仲間たちはどうするんでしょうかねえ。

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最終更新:2017年02月08日 22:06