736: yukikaze :2016/12/30(金) 16:34:36
なんかネタがサクサクと進んでいくが、試し合戦にはまだ至らず。
今回の題名は『破局』ですかねえ・・・
将軍秀忠は不機嫌であった。
元々彼は『謹厳実直』を具現化した存在であり、『他人には厳しいが、自分にはもっと厳しい』姿勢をこれまで貫き通していた。
そうした観点からみると、昨日臣下の礼を取りに来た秀頼は、これまでは明確に『潰すべき存在』であったのだが、昨日の立ち振る舞い及び目を見る限り『最後のチャンスは与えても良い』という所まで軟化をしていた。
実際問題、摂河泉の3ヶ国は秀頼の老臣達によって見事に統治されていたし、京都所司代の板倉との連携も完璧。トップが性根を入れ替えて統治するというのならば、それはそれで幕府としても問題はなかった。
にも拘らず、秀忠が不機嫌な理由はたった一つであった。
『太閤も秀頼を叱り飛ばすならばなぜもっと早くせんかったか』
その一言に尽きた。
もしこれが秀忠の将軍就任時に振る舞っていたならば、天下にとっては万々歳であったろう。
誠実かつ有能な親族が畿内を治め、幕府を支えてくれる。
それならば、今頃は、笑いながらサシで酒を酌み交わしていただろうし、重臣達も恵比須顔で眺めていた事であろう。
だが・・・これまでの秀頼の幼い言動は、あまりにも負債が大きすぎた。
自分に対する悪罵程度ならば、自分が我慢すればそれで構わないが、如何せん秀頼の声は大きすぎ、且つ政治的にも拙い領域までずかずかと入り込んでいた。
今回の会談でも、本多佐渡辺りは「向こうも頭を下げてきたことだし」と、温情を示すべきだとしているが、それはあくまで少数意見であり、大多数の意見は、大久保相模のように「豊臣家は信用できない。機内も徳川が支配した方が良い」というものなのだ。
勿論、そこには繁栄している畿内の富に欲を抱いているものも多いのだが。
そしてその声は、将軍としても無視していいものではなかった。
何しろ、強硬派の頭目と言っていい大久保相模は、自分を将軍に擁立してくれた功績があるのだ。
「国替えを命じても・・・止まらんだろうなあ」
秀頼が出府する前の会議において、老中達が「本気で徳川家に従うというのならば、まずは摂河泉3ヶ国を返上させ、改めて別の領地を拝領させる方がけじめがつく」という意見が出ていた。
それを聞いた本多佐渡が「向こうは頭を下げに来るのに、戦をけしかけてどうする」と呆れた声をだし、秀忠自身も「まずは秀頼の態度を見て考える」と、強硬派の顔を立てつつ、事実上の棚上げをしたのだが、強硬派は納得せず、豊臣の江戸家老である青木一重を通じて『自発的に』領地の返納を申し渡すように圧力をかけていた。
後日、豊臣家から『これは上様の内意か?』と、問い合わせを受けた本多佐渡は、彼にしては珍しく血相を変え、慌てて自分に事態の報告に上がり、即座に『そのようなことはない』と、即答したことで事なきを得たのだが、強硬派の怨念には、さしもの秀忠も辟易としていた。
(なお、この一件は家康の耳にも入り、この件で恩ぎせがましく秀頼に『自発的な国替え』を伝えた青木一重の態度を不遜とし、『青木を徳川家にお返しするように』と命じつつ、実質的に青木を豊臣家から追放することを許可している。なお、摂津国の青木の領地は、豊臣家に収公されている)
そしてそんな秀忠の機嫌を悪くする一報が伝えられることになる。
737: yukikaze :2016/12/30(金) 16:36:48
「やりすぎじゃぞ相模殿。不平不満を持つなとは言わんが、時と場所を考えられよ」
よほど頭に来ていたのであろう。本多正信は、普段からは想像もできない程の大声で、大久保忠隣を叱責した。
「何の事だかわかりませんな」
「とぼけるでない。貴殿の叔父の大久保彦左衛門のしたことを知らぬとは言わせませんぞ」
とぼけた声を出す大久保に、怒り心頭の本多。常日頃ならば逆の立場なのだが、どうも大久保は今の状況を楽しんでいるらしい。
「佐渡・・・その彦左衛門とやらは何をしたのじゃ。一触即発になったとは聞いているが?」
これほどまでの激昂を見せるのだからよほどのこととは思っていたが、取りあえず秀忠は正信に問いただす。
「されば、諸大名や旗本のいる前で、秀頼殿を揶揄したそうであります。『戦上手と言いながらいざ挑まれれば逃げるとは、当今、口だけの武者が多い』と」
「ふむ・・・」
お調子者のバカがやりそうではあると思っていたが、早速やるものがいたようだ。
それにしても、相模の叔父が口火を切ったということは、相模も一枚噛んでいる訳か。
「それに対し秀頼殿は、いきり立つ伴侍達を軽く押さえ、素知らぬ顔で過ぎようとしました」
「ふむ」
成程。満座の前で言われても、相手にもせぬか。
まあここで騒動起こせば、確実に強硬派に突っ込まれる故、自重したか。
あるいは・・・自分のこれまでの軽はずみな発言の罰と思ったか。
「それに対し彦左は、『なにやら口をパクパクさせている者がある。これは珍しや。鮒侍の群れじゃ』と」
「なんと・・・」
流石にその言葉には、秀忠も少しは眉をひそめる。
相手がかかってこないことに高をくくったのか、あるいはよほど挑発したかったのか。
最初の言動だけならともかく、この発言を聞けば、他の諸大名からも「図にのりおって」と、不快に
思う者も出てくるであろう。
「これに激怒した豊臣の侍が刀の柄に手を伸ばそうとしたのですが、秀頼殿はその者達を叱責し、
彦左に扇を向け『珍しや。あそこにキャンキャン吠える犬がいるが、江戸では犬も侍になるようじゃ』と」
秀忠は思わずうつむき、手で顔を覆った。
どうやら秀頼殿は、自分が悪口雑言言われても気にもしないようだが、家来にまで言われれば黙ってはいられないらしい。しかし鮒侍に犬侍か。独眼龍が聞いたら大爆笑しそうである。
まあ、小声で『無礼な・・・』と言っている面子には頭が痛いのだが。
「満座で大笑いされた彦左は、秀頼殿に対して『さても口だけは達者な御仁よ。そういえば太閤も口だけは得意であったが、その血だけは引いておられるようじゃ。誠に慶賀の至り。そもそも秀頼公は、淀殿と大野修理の不義の子と噂されていた・・・」
「待てい!! 今なんと申した!!」
流石にこれは聞き捨てならなかった。
『秀頼は淀殿と大野修理の不義の子』と、諸大名の満座の前で言う、それが何を意味するか・・・
「『秀頼公は淀殿と大野修理の不義の子』。彦左はそう噂されていると申し、阿呆な連中もそれに組し笑い申した」
「戯け者めが!!」
それはもはや挑発の度合いを超えていた。
これが合戦であるならば武略として受け入れられようが、今は平時である。
しかも徳川に頭を下げに来た相手に対しての悪口雑言である。誰がどう見ても『徳川が豊臣に戦をするために露骨に挑発した』としか見られない。
どうやら煽った大久保や強硬派もまさか彦左がここまでやらかしていたとは知らなかったようだ。
彼らは畿内の領地確保を求めていたものの、それはあくまで合法的・常識的な手段で行うべきであると考えており、このような馬鹿な手段で畿内を確保しても、他の諸大名からの不信感がとんでもないことになると理解できない程、愚かではなかった。
738: yukikaze :2016/12/30(金) 16:38:32
「現状はどうなっておるのじゃ」
「急を聞いた本多中務殿が、旗本どもを一喝し、彦左を殴り飛ばし申した。その後、秀頼殿に土下座して詫びを入れてい申す」
「阿呆共めが・・・」
秀忠は呻いていた。
徳川四天王最後の一人であり、太閤から『東の勇者』と激賞された本多忠勝が、衆人環視の元、土下座して詫びをいれざるをえなくさせたこともさることながら、今回の一件で確実に激怒し、且つ諸大名からも同情の念を抱かれているであろう、豊臣家への対応も難しいものになったのである。
少なくとも、昨日の宴で、諸大名の前で、心の底からの詫びをいれた事で、関係がそれなりに改善され、且つ自分に対して不遜な言動が多い、福島正則辺りは、それこそ鬼の首を取ったように、幕府への不満を言い、秀頼の元に馳せ参じかねなかった。
昨日までは圧倒的なまでに徳川優位だったのが、よもやこうなろうとは・・・
「幕臣どもの処分は追ってする。まずは秀頼殿にお会いし謝罪する」
反論は許さんという意思を込めて告げると、秀忠はそのまま部屋から立ち去る。
ここからの判断の誤りは許されない。
誤った瞬間、乱世に逆戻りになるからだ。
それは征夷大将軍として許されることではないからだ。
739: yukikaze :2016/12/30(金) 16:53:31
短いですが投下終了。
幕臣の不用意な一言で、秀忠が窮地に立たされることに。
割とこの時代の幕臣は、外様大名に舐めきった事をするのも多く独眼龍も被害にあったりしています。まあ独眼龍がちょっかいだして返り討ちにあったりするのもあるのですが・・・
ここら辺、徳川家中の中でも、家が滅亡したりして苦労していた旧今川系や武田系・北条系はともかく、三河直参の面子は、なまじ天下を取った事で浮かれた事と、それでいて出世できなかった面々は、かなり不満が溜まっていたようでそれの典型例が大久保彦左。
一応牢人の就職斡旋とかもやっているんですが、この人の三河物語や逸話手紙を読むと「三河武士メンドクセえ」じゃなくて「何でおれを出世させないんだ。俺は大久保党だぞ」という、逆恨みしまくっている嫌な奴としか。
正直、この人出世できないのも当然だわなとしか。
一回詫びいれた位でより戻す福島単純やなと思われるかもしれませんが、この人は『秀忠大嫌い』で通っていますので、こういう風に秀忠非難できる機会があれば普通に飛びつく可能性高いです。ついでに言えば加藤清正や浅野と違って、どうも徳川に取り入ることに失敗していたようですので、豊臣がまともになったのならばそこにいるほうがいいかもと算盤はじくでしょうし。
しかし・・・ここまで挑発されると、通常ならば合戦一直線でしょうねえ。
誤字修正
最終更新:2017年02月09日 19:24