838: 333 :2016/12/31(土) 19:20:56
フローデ達の憂鬱

        アローシュ ラクファカール
皇紀4940年 帝都 高天原
    レークル・レンダル
この日、嶋田公爵はとある会合に出席していた。
      フリューバル
一部の者には帝国を陰から操る秘密組織などと呼ばれているが、彼からすると過大評価といえる。

「おや、遅かったですね。嶋田公爵。」
     フローデ                    レーブ・スリン
「あなたが提督なんていう役職を押し付けたからでしょう、辻侯爵。」

見ると確かに出席者はほぼ揃っている。どうやら少し遅れたようだ。
                 レンド
「ではとりあえずいただきましょう。嶋田さん、お願いします。」

「またそうやって私に…。まあいいでしょう。えー、皆さん本年はお疲れさまでした。来年も一年頑張りましょう。

では乾杯!」

乾杯、の声と共に宴が始まる。今日は忘年会だった。

卓に並べられた料理に手をつけ、酒を喉に流し込む。その光景はこの場にいない者にはえらく古風に見えるだろう。

しかしレンドを含む出席者にとってはむしろなじみ深かった。

そう、彼らは転生者なのだった。それも2000年以上前からの。今の人々にとっては忘れられた古の儀式でも、彼らにとっては身近な行事なのだ。

「しかし星界の世界に転生したのもそうですが、前の歴史からつながっているというのも不思議な感覚ですね。」
 スリー
「辻さんは知ってるかもしれませんが、私はその作品を知りませんでしたからね。いきなり目が覚めたら何千年も未来で混乱しましたよ。」

レンドの言葉には実感がこもっていた。実際、初めのうちは酷く変質した習慣や文化によって苦労したものだ。

しかしこんな何度も話したことでスリーが話しかけてくるわけはない。人格面ではともかく能力面では信頼しているスリーに向けて本題を切り出した。

「ところでそろそろ原作開始の年代になってきましたが。」

「おやレンドさん、私の言葉を先取りして読心にでも目覚めましたか?」

「茶化さないでくださいよ。何年の付き合いだと思ってるんですか?用事くらい予測できますよ。」

「まったく、つれないですねえ。…仰る通り、そろそろ原作が始まります。それは我々以外のすべてを敵にした戦争が迫っているということでもあります。」

「まだ12年ありますが、逆に言えばもう12年しかない…ということですか。」
バール・セーダ
帝国の腕は着々とその手を伸ばしている。やがては両手を繋ぐことになるだろう。
そのときが原作開始の号砲となるはずだった。

「しかし世界を敵にするとなるとトラウマを刺激しかねませんね。」
  アーヴシュル
「まあ天人の数少ない後悔ですからね。原作よりも苛烈なものになるでしょう。」

原作を知らないレンドに後者は何とも言えなかったが、前者に関しては言いたい言葉もある。

すなわち、どうしてそうなった…である。

840: 333 :2016/12/31(土) 19:22:30

夢幻会が日本を導いてアメリカを下し、世界の覇権を(望んでもいないのに)手に入れたその後の時代。

皇紀2600年代は輝かしい世紀として日本人に長く記憶されることになる。

それは転生者がいなくなってからも変わらず。

日本は史実より強大な力と、それに見合うだけの傲慢さを持つようになっていた。

夢幻会がなくなっても嶋田達が残した業績によって日本は長く世界の頂点に君臨していた。

日本の覇権は数百年も続いたが、人類が宇宙に進出して久しい時代、ついに日本は転げ落ちることになる。

世界の敵。かつて日本が他者に下してきた評価を再び日本は負うことになったのだ。

いかなる栄華もいつかは枯れるもの。日本は懸命に戦ったが、滅びは免れ得ないところまで追いつめられることになってしまった。

しかし負けを認めることはできなかった日本は悪あがきをすることになる。
          バーシュ
宇宙に築いた機動都市に政府中枢を移し、太陽系の外まで逃げたのだ。

もちろん彼らは逃げるだけのつもりはなかった。いつか必ず太陽系、日本に舞い戻るつもりでいたのだ。

しかしそんな”つもり”は裏切られることになる。

日本が逃げて数十年後の皇紀3030年、太陽がその命を終える。天文学的にはあり得ない、早すぎる滅びだった。

慌てて帰った8隻の移民船の住人を待ち受けていたのは罵倒の声でも手厚い歓迎でもなく、絶対3度の沈黙。

”こんなことならあの場で死ぬべきだった”当時生き残った日本人は皆その思いを共有した。
ダーズ
宇宙の暗黒より深い後悔に苛まれた彼らは、自らの遺伝子にある誓いを刻み付ける。

宿命遺伝子と青い髪がそれだった。

のちに青の誓いと呼ばれるそれらによって日本人は同胞のために命をなげうつ覚悟を青い髪と共に持つようになる。

しかし日本人を待っている苦難はまだ続いていた。

太陽系の周辺のどこを探しても、日本人を受け入れてくれる居住可能惑星は存在しなかったのだ。

”世界に喧嘩を吹っ掛け、負けそうになると太陽系を破壊して自分たちだけ逃げだした大量殺戮者”

日本人に向けられた評価は概ねこのようなものだった。

そのまま安住の地を探して100年以上を彷徨い続けた結果、日本人は国粋主義をこじらせることになる。

自らの文化から外来の要素を徹底的に排除する一方、宇宙での生活に適応するため積極的に自らの遺伝子を変えた。
                    フロクラジュ
機械からの情報を直接受け取る空識覚。200年から300年も生きる長寿命に、いつまでも衰えることのない肉体。
             カルサール・グリューラク   アーヴシュル
そして自らの自称も変えた。星達の眷属、あるいは天人へと。

841: 333 :2016/12/31(土) 19:24:31

着陸歴126年(皇紀4945年) マルティーニュ星系 惑星ハイド

マルティーニュ議会は紛糾していた。議題は言うまでもない。突如現れた侵略者のことだった。

略称のアーヴとしてよく知られるアーヴシュルは交易民族であった。少なくとも彼らが知る限りにおいてはだ。

過去の歴史から多くの民族に嫌悪されるアーヴは、時に交易先と衝突しながらも宇宙を流離っていたはずだ。

それがいきなり爆発した移民船レイフ・エリクスンの残骸から現れたのだ。

幸いにもレイフ・エリクスンはハイドに着陸して以降記念碑的に残されていただけなので死者は出なかったが、

マルティーニュ人の強い反感は買っていた。
                 ソード・グラーカ
しばらくして残骸(アーヴは開いた門と呼んでいた)から現れた宇宙船から渡された文書は反感を敵意に変えるに十分なものだった。

キーヨース・ハイダル ガーント・フリューバル
1、ハイド星系は大和帝国(以下帝国)の施政権下に入ること。
        セメイ・ソス     フリューバル
2、ハイド星系は領民政府を制定し、帝国に協力すること。

3、惑星ハイドの大気圏内にのみ、領民政府の施政権は及ぶ。
       メーニュ
4、すべての星間船は帝国の所有物となる。

                              アイプス
内容としてはそう難しいものではない。宇宙は自分たちのものだ。地上人は大気圏の下にいればいい。

レイフ・エリクスン爆散事件がなければ、そしてアーヴがもうすこし穏便な態度ならば受け入れることも吝かではなかったろう。

しかし彼らは雲霞のような大艦隊で威圧していた。かつて地球にあったという月のような光る球体になってしまった残骸も、何十万という大艦隊で覆いつくされてしまっている。

冷静に考えれば自分たちに勝ち目はない。なにせ対宇宙用の兵器など8基の電磁投射砲しかないのだ。

「首相!このような要求に屈するべきではありません!我々にはフォ・ダ・アントービタがあるではありませんか!」

「しかしアーヴの戦力は強大であります。戦争になっても勝つ見込みがない以上、ここは条件闘争に持ち込むしかありません」

答えながら、ロック・リン首相は決意を固めていた。

祖国を売ってでも、流れる血を減らすのだ。

842: 333 :2016/12/31(土) 19:25:23
以上です。

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最終更新:2017年02月09日 19:38