874: yukikaze :2016/12/31(土) 23:20:41
今年最後のネタ完成。題名は『開戦』ですかねえ・・・
「まあ・・・こんなもんかのお」
眼前に繰り広げられている合戦の光景を見て、家康はつまらなさそうに呟いていた。
下座で見ている徳川の重臣達は一様に顔を青ざめてはいたが、日ノ本において最大最強の武将と言ってもいい家康にとっては、十二分に予想された光景ではあった。
無論、予想が当たったとはいえ、全く以てうれしくはなかったが。
「佐渡。あいつら何をしたかったんじゃ?」
「さあて・・・居眠りしていた故に、よう見ておりませんでしたわ」
まるで今起きたかのように答える本多正信であったが、勿論それが狸寝入りであったことは付き合いが長い家康にはよく理解できていた。
「ならば夢の中で見ていたであろう。答えてみい」
「はあ。精々が、大御所様や将軍家に良い所を見せようとした抜け駆けですかの」
間延びしたように答える正信。
「万千代の赤備えも落ちに落ちたのう。第一戦目のバカどもの醜態を見ておらんかったのか」
「『自分達ならうまくできる』と思ったのでしょうなあ」
「笑うしかないのう」
呆れたように笑う家康であったが、目は全く笑っていなかった。
元々井伊直継の器量は評価していなかった家康であるが、既に彼はこの時点で見切りをつけていた。
まあ万千代の息子であるので、捨扶持位はくれてやるつもりだが、家督については弟の直孝に継がせることを固めていた。
流石に徳川の先陣を務める井伊家がかくも無残に敗れ去っているのを見れば、危機感を覚えるなというのが無理である。
「これで3戦中、2敗か。いやはや遠慮は無用といったが、本気で遠慮はせんの」
「精兵とは思っていましたが、ここまでとは。まあ第1戦はともかく、井伊はもう少しやるとは思っていましたが」
「藤十郎の阿呆に1軍を任したのが間違いじゃった。母上が極楽浄土で嘆いているわ」
井伊勢以上に無様な敗退をした、水野勝成率いる旗本衆の体たらくを思い出して、家康は毒づく。
あれほど『大将は先頭に立って戦うな』と言ったにも拘らず、相手を侮って先頭をきって突っ込んだら豊臣の鉄砲衆の一斉射撃を受けて終了。大将を失い、各自が勝手に動くだけの有象無象に対し、豊臣勢は秩序立った動きで各個撃破してのけた。
まるで子供と大人の喧嘩と言ってもいい光景に、見物していた諸大名は失笑をこらえるのが大半であり福島正則に至っては、大酒を飲みながら呵々大笑する有様であった。
ちなみに、先ごろ騒動を起こしてのけた大久保のボンクラは、染料をべっとりとつけられたにも拘らずそんなことそっちのけで敵陣に突入し、呆れかえった柳生因幡介に、脳天を強かに模擬刀で叩きつけられて簀巻きにして蹴り上げられていた。
忠義の限りを尽くしてくれた忠世の弟であったが故に我慢をしていたが、これで阿呆扱いするのに遠慮も会釈もなくなったわけだが。
875: yukikaze :2016/12/31(土) 23:22:04
「しかしあの鉄砲衆のすさまじさよ。まさかこれほどとは」
「豪胆と言っていいですな。木村と仙石、物おじすることなく指揮しております」
「槍衆を率いているのは、因幡介の門弟どもか。単なる傾奇者と思うていたが、小気味良い指揮よ」
そう言いながら、家康は、豊臣のあの姿こそが、本来の三河者の姿よと悔しさを覚えていた。
第一戦の旗本衆よりは秩序立っていた井伊の突進に対し、豊臣勢は第一列が鉄砲を撃つと、一列目はその場で装填をし、その間に二列目が太鼓の音に合わせて進んで、射撃を開始。
しかも二列目が一列目と同じようにその場で装填をする間に、一列目が更に進んで射撃をするのである。
井伊勢にしてみたら、突進から逃げると思っていた鉄砲隊が、逃げるどころか、隣の兵が倒れても平然と進んでは射撃し、味方に大被害を与えていく(なお、1列で鉄砲200丁である)状況に恐慌し、3斉射が終わるころには、大混乱を起こしている有様であった。
そしてその混乱に対し、両翼で牽制をしていた槍衆が突撃に入り、しかも予備兵力であろう騎馬武者の一団が、武田の騎馬隊もかくやと言わんばかりに、井伊勢を蹂躙し、本陣を叩き潰している。
死をも恐れぬ兵の練度と、臨機応変に対応する前線指揮官、そして戦の流れを完璧に読む総指揮官。
徳川の強さの本質が、そっくりそのまま豊臣が具現化しているのである。
家康が悔しさを覚えるのも当然であった。
「しかし・・・本当によろしいのですか?」
声を潜めるように正信は言う。
「幾らなんでも豊臣の強さは予想以上です。ここはやはり・・・」
「言うな弥八郎。これはあ奴が決めた事じゃ」
家康はぴしゃりと言を封じる。
「あ奴は征夷大将軍。武家の棟梁じゃ。その棟梁が覚悟を決めて決断したのじゃ。今更邪魔できるか?」
これが単なる功名心ならば、家康は言下の下にはねつけていたであろう。
だが、自らも参戦するという秀忠の眼は、かつて小牧・長久手で秀吉相手に戦うことを決意した時の自分の眼そのものであった。
「どのような結果になっても覚悟はできているな」と、念押しした自分に、無言で目礼した秀忠の姿を見れば、家康に出来ることは、息子の背中を激励を込めて叩く位であった。
「やはりあ奴はわしの自慢の息子よ。めんどくさい三河者の棟梁よ」
どこか嬉しそうに話す家康の眼には、家康から受け継いだ扇の馬印と、それを守るかのように二つの旗が控えていた。
「これで2戦2勝。まあ当初の予定は立ちましたかね」
「さて・・・鼻息の荒い面子の鼻を思い切り殴り飛ばしましたが・・・最後の相手が」
大野の言葉に対し、この試し合戦の実質的な総大将である十河兵庫助は、軽く首を傾けながら呟いた。
先日の大久保彦左の暴言により、江戸城は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
先日の会見時にはどこか侮ったような顔つきをしていた徳川の役人たちは、まるで腫れ物に触れるかのような対応に終始し、将軍秀忠は開口一番謝罪の言葉を出した程であった。
まあ当然であろう。多少の挑発ならばスルーできたが、あのバカの発言は、太閤と現当主。更に現当主の生母と親徳川の巨頭の面目を完全に潰す行為であった。
合戦を起こすには十分すぎる程の理由になっていたのは間違いない。
ケジメをつけることを何よりも重んじる秀忠にしてみれば、謝罪をすることも、今回の一件で馬鹿をしでかした面子を処罰するのも当然のことではあった。
もっとも、秀頼自身は、謝罪こそ受けたものの、連中の処罰については肯んじえなかった。
「自身の発言が招いたとはいえ、徳川家の豊臣家に対する不信感は相当のもの。ここで彼らを処罰しても、徳川内部の不満や不信が消えるとは限らない。どうせならば、強硬派の主張どおり試し合戦を行いましょう。少しは彼らの気もまぎれましょうて」
その言葉に、秀忠は念を押すかのような声で問う。
「わかっているのじゃな」
「無論」
秀忠の懸念に、秀頼は真面目な顔でそう答える。
そう、この試し合戦で敗北した場合は、間違いなく豊臣の権威は修復不可能にまで落ち、没落の道を辿るしかない。
「あいわかった。試し合戦は3戦。まずは昨日そちに絡んだ水野と井伊を相手にさせる。
そしてその結果を見た上で、最後の相手を決める」
秀忠の決定に、秀頼は無言で頭を下げた。
「最後の相手は秀頼公も教えてもらわなかったのでしたな」
「水野に井伊と出た以上、徳川としては最低でも親藩クラスですが、忠直も忠輝も経験不足であることを考えるとやはり・・・」
「本多平八郎ですか。四天王クラスが相手ならば誰もが納得しますね」
876: yukikaze :2016/12/31(土) 23:22:47
と・・・なると、どう出るかである。
少なくとも、前の二人とは比べ物にならない程の戦巧者である本多忠勝である。
2戦2勝で意気軒昂とはいえ、同時に侮りの心が見えている豊臣家がまともにぶつかった場合、大火傷しかねない怖さを持っている。
無論、十河は、本多忠勝と言えども負けてやるつもりなどさらさらなかったが。
「しかし・・・相手が本多平八郎ならば好都合です。少なくとも勝ちを譲ってやる演技をする必要はない」
「八百長をしてやるだけの必要もなさそうですしな」
そう。ここまで強硬派に対して大勝利をした以上、豊臣家にとっての試し合戦の意義は終わっていた。
後は、まともな判断力を持っている奴と互角に近い戦いをして見せることで「強硬派こそ勇ましいことを言うが、奴らこそ口だけではないか」という図式を作ればいいだけのことなのだ。
下手にここでもバカ勝ちしてしまうと、それこそ徳川の武威が地に落ちることになり、騒乱の元になりかねないことを考えると、無様に負けさえしなければそれでよかったのだ。
そう言った点では、次に指揮するのが本多平八郎であるのは、豊臣にとっては都合が良かった。
「報告。第三戦目の相手方が視認できました」
「御苦労。本陣の馬印は『鍾馗』か?」
本多忠勝の馬印であろうと予測し、声をかけた大野であったが、彼の予想は大きく裏切られた。
「否。本陣の馬印は『銀のくり半月』。将軍家自らの出陣です」
「なんだと!!」
その言葉に、本陣にいた面子は、一斉に床几から立ち上がるや、相手の姿を見るべく陣の外に出る。
そこには驚くべき光景があった。
前の2者とは比べ物にならぬほどの圧力と静けさを持った軍勢が、一部の隙もなく陣を構えていた。
中央の馬印の前に盾になるかのように掲げられているのは、本多忠勝の馬印である『鍾馗』
そして全軍の切っ先となるべき先陣には、『白と赤の二段禿』の馬印が微動だにせず翻っていた。
「そうか・・・そうだよな。こうなることは予想しておくべきだったんだよな」
十河は、自分の軍配を握る右手がじっとりと汗で濡れているのを感じた。
心なしか、先程まで意気軒昂だった味方の士気に怯えのようなものが見えているのも感じていた。
「因幡介」
その声に、表面上は悠然とした態度を取りー実際には、最大級の警戒感を抱いている柳生因幡介が、ゆっくりと近づき、小声で話せるよう顔を近づけた。
「虎眼流の全力でやれるか?」
「無理ですな。一人の足止めが精々です。それもどこまで持つか」
「木村や仙石もそう長くは持たんだろうな。そして相手もそれは予想済みか・・・」
全く、最後の最後で将軍はとんでもない関門を設けたようだ。
勝ちを譲る? バカか俺は。そんな寝言を言っていたら、それこそ前の連中のような無残な負け戦だ。
しかしまあ・・・随分と贅沢な布陣だ。意外と大御所も参加できないことに悔しがっているんじゃないか。
「面白い・・・」
硬い表情を浮かべる秀頼と大野を尻目に、十河は武人の血がたぎるのを感じていた。
それは前世の東条の血なのか、それともかつて機内で覇を唱えた三好の血なのか、そんなことはどうでもよかった。これほどの大敵を相手にするなど、武人の誉もいい所だ。
「東の勇者である本多忠勝に、西の勇者である立花宗茂2人を相手か。よかろう。鬼と呼ばれた十河の末裔の鋭鋒、しかと見るがいい!!」
877: yukikaze :2016/12/31(土) 23:31:28
これにて投下終了。江戸東下の時期を、本多忠勝が生きている時期に早めた最大の理由がこれ。
誰もがやったであろう、信長の野望で『東西両勇者を縦横無尽に使う』という行動をやってみたかったから。
水野と井伊が酷すぎねと思われるかもしれませんが、ぶっちゃけこんなもんです。
水野は大坂の陣で机上の空論やらかして、余計な被害を受けるわ、政宗ブチギレさせて翌日の大和路の軍勢の行動阻害することしていますし、井伊は井伊で家臣団の取りまとめができなくて、家康が直接乗り出す羽目になるなど散々でした。(まあ水野は水野で小部隊を独自で動かすのは得意なのですが・・・)
そんな中で、十河(憂鬱東条)率いる将兵は、大砲こそ封印しているものの、普通にグスタフ・アドルフ率いる軍勢と同じ動きができる精兵部隊。そりゃボロ負けするわなと。
さて・・・この後果たしてどうなることやら。
878: yukikaze :2016/12/31(土) 23:47:02
読み返してみて修正。
家康から受け継いだ金の扇の馬印を『銀のくり半月』の前に
書くの忘れていた。これは小道具として使おうかねえ・・・
誤字脱字誤変換修正
最終更新:2017年02月09日 19:51