958: yukikaze :2017/01/01(日) 23:39:32
それではネタが尽きる前に進めよう。試し合戦編
なぜか長くなって前後編になってしまうのはどういうことでしょう?
題名は『決戦1』です。

――試し合戦見物席

先程まで歓声が上がっていた演習場はしんと静かになっていた。
開始を告げる法螺貝が鳴らされてはいたが、双方ともに動く気配はない。
まるでそこだけ時間が止められたようなその光景に、戦を知らない若い大名連中は不審げな顔をしていたが、百戦錬磨の武将達が身じろぎもせず、じっと演習場を見ているのを見るにつれ、黙って注目をしていた。
旗が風ではためくその音を耳にしながら、先程まで騒ぎに騒いでいた男は、その度ごとに小声で叱責した幼友達に小声で話しかけた。

「虎之助」
「市松。いい加減黙らんと、絞めるぞ」

かつて半島で『鬼上官』と恐れに恐れさせた猛将の脅しは、だがこの男には通用しない。

「お主があの軍の大将ならば、あの東西無双の勇者の攻撃をどう凌ぐ」
「ふむ・・・」

清正は、顎鬚をつまみながら考える。
あの二人の大将の内、清正が直にその戦ぶりを見たのは立花宗茂であったが、その攻撃のすさまじさは清正ですら「味方でいてくれて本気で良かった」と心底思うほどの猛勇振りであった。
そして本多忠勝については、関ヶ原でのあのあばれぶりを見れば、宗茂以下とは考えにくい。

「鉄砲の釣瓶打ち・・・では無理じゃな。あの二人が馬鹿正直に突っ込みはせんじゃろうし」
「第一戦や第二戦の阿呆のような指揮しか出来んのならば、太閤殿下はそもそも激賞はせん」

相も変わらず徳川の目を気にしない発言ではあるが、事実であるから尚性質が悪い。

「大将狙いに賭けるか? いや、無理じゃな。むしろ逆に包囲にかかるか」
「秀忠を囮にして殲滅くらい、あの二人ならやってのけるじゃろ。秀忠がその策を取るかは別にしてな」

侮蔑の色を隠そうともしない正則に、清正はもはや呆れ果てて言葉も出なかった。
後年、秀頼が必死になって仲を取り持とうとしても聞き入れず、最終的に改易になった福島家であったがそうした萌芽はこの時点で出ていた。

「攻撃もダメ。防御もダメ。ふむ打つ手がないのう。降伏などもってのほかじゃからなあ」
「さしもの鬼上官もお手上げか」
「そういう市松はどうなのじゃ」
「さっぱり勝ち目が見えぬ。せめて前線にいるのが老朽の将ならともかく、常陸介殿の息子に権兵衛殿の倅、後は傾奇者の柳生の門弟。ここぞという所の戦の勘働きが期待できぬ。まだ助作が指揮していた方が臨機に動ける」

そう言って、正則は演習場に翻る『千成瓢箪』の馬印と『五七の桐』の旗を見つめる。

「負けるにしても、せめて見苦しくない負けになって欲しいものじゃ。太閤殿下の名の元、天下を一統し明・朝鮮にまで鳴り響いたあの御馬印が無残に踏みつぶされる様など見たくはないぞ」

959: yukikaze :2017/01/01(日) 23:40:16
――試し合戦 豊臣家本陣

正則がそう感慨にふけっていたころ、その馬印の下で軍配を握っていた十河兵庫助は、各部隊に指示を伝達させると、軽く目を閉じ、息を吐いていた。
既に彼の頭の中では何通りものシミュレーションが組み立てられていたが、そのどれもが『敗北』の光景しか見れなかった。

(前線指揮官の質が違いすぎる・・・)

確かに仙石も木村も、演習及び座学によりめきめきと実力を伸ばし、優秀な指揮官になっていた。
だが、それでもなお、向こうの指揮官との経験の差がありすぎた。
本多忠勝は、それこそ永禄の頃から戦い続けた生き字引であり、立花は、あの南の化物集団や半島での地獄のような戦いを身を以て味わった指揮官である。
突発的な事態が起きた時に、即座に反応し対応できる経験値が違いすぎるのである。
オーソドックスに撃ちあいをしても、その射撃方法の隙をつく行動をされた瞬間、対応が後手後手にまわって、指揮のミスにより突破される可能性が高かった。

かといって、現在の行進射撃の戦法を変えるという選択肢は、十河にもなかった。
木村も仙石も、行進射撃の戦法を軸にした戦い方を教育されているのである。
そこから外れた戦法をした場合、待っているのは、先程よりもさらにひどい指揮の混乱である。
つまり、どうあってもこの戦法を軸にした戦いをせざるをえない。

(邪道だな。どう見ても)

指揮官として考えれば、ある意味失格と言ってもいい気分だが、それ以外どうにもならなかった。
ああ・・・クソ。大砲が使えればまだマシだってのになあ。

「十河さん」

いつのまにか隣に馬を寄せていた秀頼が、兵には聞こえないような小声を出しながら、肩に手を置いた。

「どんな結末になっても私が背負いますよ。私も兵の一駒と思い動かしてください」
「本当にすみません。ただし、惨めな負けだけはさせません」
「それだけで結構」

人好きのするような秀頼の笑みに、十河も笑みを返す。
全く・・・この人は本当に人が良いというか、いらん苦労まで背負い込もうとする。
だからこそ、俺達も全力で支えようと思うんだがな。

十河は、もう一度目を閉じ、深呼吸をすると、手にした軍配を高々と掲げ、そして思い切り振りおろした。


――試し合戦 徳川家先陣部隊本陣

「来たか・・・・・・」

豊臣の前線部隊が一斉に動いた報告を聞きながら、立花宗茂は呟いた。
先程まであった恐れの色はどこにもなく、静かな意思を以て進んでくるその有様に、成程、秀頼殿は良き家来衆を持たれたと感じていた。

「敵の鉄砲隊は間断なく撃ってまいる。撃ちあいで勝とうと思うな。槍部隊は敵が間合いに入るまで、背を低くし屈めておれ。弓衆は間断なく敵の鉄砲に矢玉を浴びせよ。敵の槍隊に対しては、鉄砲隊でで対応せよ。敵の騎馬隊は中務殿の騎馬隊で粉砕してくれる。徹底せよ」
「はっ」

宗茂の下知を受けた使番が駆け巡っていく。
率いるは立花の家来たちではなく旗本達ではあるが、そのどれもがかつて御書院番頭時代に付き合っていた同僚や部下たちである。彼らは宗茂の実力を理解し、そしてその下知に文句を言わず従っていた。

(将軍家には感謝してもし足りぬ・・・)

自分が指揮しやすいように、敢えて選別をしてくれたことに、宗茂は秀忠に心の中で頭を下げていた。
これが第一戦に参加した面子を指揮せよと言われれば、とてもではないが指揮どころではなかったろうが、この面子ならば、充分に指揮することが可能であった。

(秀頼殿、すまぬが全力でお相手いたす。将軍家に受けた御恩を返さねば、立花の名がすたる)

この一戦で立花の武名を轟かせるという想いがないと言えばうそになるが、それ以上に彼の頭にあったのは
自分に全てを賭けた将軍家に対する期待に答えんとする想いであった。
そしてそれは、本陣で騎馬隊を指揮する本多忠勝も同じであるだろう。

「敵部隊。射撃開始」
「地に這いつくばっても良い。だが槍は離すな。そして少しでも良い。前に進め。この戦の勝利を決めるは
槍衆の勇気にあると心得よ。他の部隊は槍衆の勇気を踏みにじるな。援護せよ」

その叱咤に応えるように、勇壮な鬨の声が、陣のあちこちから聞こえる。
秀頼殿。我らの関門はいささか骨が折れますぞ。

960: yukikaze :2017/01/01(日) 23:40:52
――試し合戦 豊臣家前線

「第二射放て」

物頭の声とともに、第一列の第二射が発射される。
耳をつんざく轟音と、周囲を塞ぐかのような黒煙に、反射的に顔をしかめようとするが、意識的にそれを抑える。
兵は指揮官の顔を見る。指揮官が浮ついていたり怯えていたりすれば、途端にそれは伝染する。
関ヶ原で奮戦した大谷大学殿の言葉は、あの死線を潜り抜けたからこそ重みがあった。
少なくとも、その言葉を忘れるほど自分は愚かではない。

「流石は西国無双。珍妙ではあるが効果的な手を使うわ」

前の戦の2者が面白いようにバタバタとなぎ倒されたというのに、立花の兵の損失は予想以上に少ない。
演習において、銃や弓の効果判定については、基本的には胴に当たった場合を効果ありとしていたのだが(演習弾とはいえ、仮に顔面に当たれば怪我の度合いが酷くなるので、顔を狙わず且つ面頬をつけるように義務付けられていた)敵兵は屈んでいる分、なかなか胴に当たらないようになっていた。

「向こうが伏せるというのならば、こちらも同じ手を使う。伝令。次からは乙射撃。仙石殿にも伝えよ」
「はっ。次からは乙射撃に切り替えます」

使番はそう言うと、すぐさま陣を離れる。

「殿・・・確かに乙射撃はあの相手には効果を発揮しましょうが、その反面」
「わかっている。こちらも膝撃ちで撃つ分、動作が増えて射撃が間延びする。だがこのままでは」

木村重成の指摘に、木村家の老臣は押し黙る。
そう。このまま進んでしまえば、敵をそれほど減らすことなく、敵の槍衆の突撃の間合いに入り壊滅してしまう恐れがあるのである。
井伊の部隊の突撃は、その間合いに入る前に、こちらの3斉射目までで突進力をなくして不発に終わったが、この部隊相手だと、どちらかの列の1斉射位が限度である。

「仙石殿より伝令。了解。我らも次の斉射から乙射撃に切り替える。なお、これよりは同地に留まった状態での交互射撃に切り替えては如何?」

仙石の意見具申に、木村は瞬時迷う。
突進力と命中率という点では劣ることになるが、確かに槍部隊の間合い外で斉射し続ければ、相手方を一方的に打ち据えるのも可能である。

「相わかった。仙石殿の意見を是とする。本陣及び両翼の槍衆にもその旨急ぎ伝えよ」

かくして、木村隊と仙石隊は3射目から伏せ撃ちを開始し、それは一定の成果を与えることに成功したかに見えた。だが・・・


――試し合戦 徳川家先陣部隊本陣

「詰めが甘かったの。木村重成。仙石秀範」

立花宗茂はニヤリと笑う。
前線からは先程に比べて被害が増えているとの報告が上がってきたが、宗茂だけでなく秀忠も忠勝も織り込み済みである。

「では・・・豊臣の背骨を折るとしようかの」

そう言うと、宗茂は手に持った采を、真横に薙ぎ払った。


――試し合戦 豊臣勢前線

「な・・・何が起きた」

轟音が聞こえたと同時に、先程まで前面に射撃をしていた鉄砲部隊が次々と倒れていった。
数としては20程度。だが、我に返る前に、更なる轟音が響いて、また同数の兵が倒れていた。

「殿、あそこを」

老臣の指差す箇所を見、重成は思わず舌打ちをする。
両翼に分かれ、こちらの槍隊を牽制していた敵の鉄砲隊が、突然こちらに向けて発砲したのだ。角度の問題と、数の問題から、こちらの被害は限定的であったが、しかし不意を突かれたことでこちらも混乱が生じていた。

「ちっ。鉄砲隊。目標変更。左右両翼の敵の鉄砲隊に対してそれぞれ1斉射。槍衆の吶喊を援護」
「殿!!」

慌てて老臣は止めようとするが、重成は指揮杖を振って黙らせる。
現在、槍衆の間合いはまだギリギリの状況であり、1斉射だけならば、相手の突撃にも十分に対応は可能であると、重成は見て取っていた。
むしろ槍部隊を囮にして、こちらの鉄砲隊を削られる方が危険である。
重火力による前面破砕能力を重視している豊臣家にとって、鉄砲隊の戦力の低下は死活問題に他ならない。

「まずは敵の鉄砲隊から潰す」

この重成の判断は、確かに豊臣家のドクトリンからすれば間違ってはいなかった。
だが、少なくともこの時点において、彼は一つ決定的なミスを犯していた。
彼は「一斉射だけならば、相手の突撃にも対応は可能」と考えていた。
だが、それはあくまで通常の射撃法での話であった。
膝立ちでの射法ならば、対応時間は通常よりも長くかかり、そして角度の問題から、敵の鉄砲隊に向き合うために、幾分前に移動せざるを得ないという事態を軽視していたのだ。
第一列と第二列目の斉射によって、敵両翼の鉄砲隊に打撃を与え、両翼の槍部隊の吶喊を成功させた彼らの面前にあったのは、獲物を嬉々として狩らんと笑う、立花勢の吶喊であった。

961: yukikaze :2017/01/02(月) 00:01:13
これにて投下終了。やはり経験の差が出ました。
本文中にも書いてありますが、豊臣家のドクトリンは、『重火力による前面破砕能力』重視となっていますので、鉄砲隊こそが主力であり、その他の兵力は戦果の拡大戦力として組み込まれています。

まあここら辺は『槍部隊や弓部隊の強化よりも、鉄砲部隊の強化の方が時間的にはまだマシ』という、豊臣家の実情が大きいのと、秀頼の前の中の人の暴走によるものなのですが、今回の試し合戦でも、総兵力1,000の内、鉄砲隊は400と
半分に近い状況になっています。(これに槍隊200、弓隊、騎馬隊及び本営総予備がそれぞれ100.なお徳川は、槍隊が500、鉄砲200、弓、騎馬、本営総予備が100ずつ)

これにより豊臣家は強力な前面破砕能力を備え、まともにぶつかれば悲惨な目にあいますが逆に言えば、その破砕能力は、間断なく発射されるのと、行進による命中率の強化と圧力にありますので、それが緩まったら効果は下がることに。
鉄砲の発射速度を重視した宗茂だからこそ、豊臣家の戦法の長短所を見抜いた訳でここはもう完全に経験の差です。(実際、重成の行動は間違いではないのですが、知らず知らずのうちに『相手に合わせて行動』しています。主導権握られているんですよ)

さて・・・立花勢の吶喊の間合いに入り、鉄砲隊が壊滅の危機に陥った豊臣家はどうなることやら。

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最終更新:2017年02月09日 19:56