59: yukikaze :2017/01/03(火) 10:29:28
よし完成したので投下。題名は『決戦2』かな。

――試し合戦 豊臣家本陣

立花隊の突撃により、前線が断末魔の悲鳴を上げながら崩壊していく様が繰り広げられるのを見ながら、十河は、主君である秀頼に一礼すると、こう言葉を発した。

「予定通り、前線は捨てます」
「そうか・・・木村にも仙石にも最後まで踏ん張って貰おう」

既に中央部を突破され、大火力による前面破砕能力を喪失した鉄砲隊の価値は激減したと言っていい。
ならば、この鉄砲隊に残された任務は、少しでも長く敵の槍隊を拘束することだけである。
そう言った点からも、前線を切り捨てた十河の判断は間違っていない。
仮に騎馬隊と本陣の兵を用いて、立花隊を撃破しようとしたら、それこそ敵の騎馬隊と将軍家の本陣の兵による諸兵科連合によって、包囲殲滅されるのがオチである。

「ここからは時間の勝負です」
「うむ」

そう。ここからは時間の勝負だ。
先手は見事に取られたが、存分に抗わせてもらう。


――試し合戦 徳川家本陣

立花隊が前線を突破し、豊臣家の鉄砲隊を撃破した報が入った時、本陣内の諸将の顔に喜色が浮かんだのは無理もないことではあった。
何しろ、それまでの試し合戦での豊臣家の鉄砲隊の威力を見せ付けられた分、彼らは知らず知らずのうちに恐怖を刷り込まれていたのである。
そうであるが故に、その恐怖が排除されつつあるという事態に、心理的に反動が生じることになった。

もっとも、合戦が始まって以来、馬上で全体指揮を執っている男は加わるつもりは更々なかった。
むしろ彼は、昨日から続いている若手への失望感を更に深めてさえもいた。

(こんなことで一々喜びをあげてどうするか・・・)

無論、合戦であるから、手柄を立てている者を大いに褒めるのは構わない。
だが、指揮官たるものが戦局に一喜一憂するなど、百害あって一利なしである。
当人達は隠しているようだが、先程まで豊臣勢の苛烈な射撃の前に、損害が出ていた立花宗茂の指揮に疑念を抱いていた事は、百戦錬磨の忠勝には自明の理であった。

(せめてもの救いは、上様が冷静沈着であられる事か)

立花の報告に際して、上様は報告に軽くうなずくと「流石は左近将監。思う存分采を振るうがよい」と使者に告げ、あとはじっと戦況を見続けていた。

「中務。どう見る」
「左近将監殿が敵の鉄砲隊を粉砕した今、敵の本陣を守るのは、騎馬隊と本陣の予備兵のみ。次の一手にて前右府や実際に指揮を執っている十河兵庫助の軍才が分かりましょう」

戦況をじっと見ながら、秀忠の質問に答える忠勝。
人が見れば無礼と取られるかもしれないが、秀忠は気にすらしていなかった。
これは合戦なのだ。実質的な総指揮官が戦場でよそ見をするなどあり得ない。

「ん・・・」

そうこうするうちに、豊臣家本陣の旗が揺らめいているのが見えた。
どうやら敵は出撃をするらしい。
立花という餌に見えて罠にかかるのか、あるいは・・・

「御注進。豊臣勢、全力で出撃を開始しました」
「御苦労。騎馬隊はいつでも出れる準備をせよ」

失望させる指揮を見せてくれるなよ。十河兵庫助。

60: yukikaze :2017/01/03(火) 10:30:44
――試し合戦 豊臣家騎馬隊

「よいか。決して狙いを分からせるようなそぶりは見せるな。相手は我らが生まれる前から槍を振っていた妖怪じゃぞ。少しの隙が致命傷になると思え」

柳生因幡介の叱咤に、騎馬隊の面々は一斉に鬨の声を上げる。
流石に柳生因幡介と大谷大学が手塩にかけて育て上げた騎馬隊の面々である。
武田の騎馬隊もかくやと言わんばかりの人馬一体ぶりを見せていた。
まあ・・・因幡介に叩き込まれた面々は、彼の悪影響を受けまくったせいか、その全員が痛鎧に身を包み『くぎゅう』だの『炎髪灼眼命』だの墨痕鮮やかに記した母衣やマントを着込むという、傾奇っぷりを見せつけており、豊臣家上層部の頭を痛めているのだが・・・

「右前方に友軍と立花勢」
「構うな。寄り道する暇などない」

部下からの報告に、因幡介はそっけなく答える。
冗談ではない。立花は毒饅頭だ。あれを食らったが最後、騎馬隊最大の能力である突進力は消え失せ本多忠勝の良い餌食である。
そもそもこちらの獲物は・・・

「敵目標見えました」
「全軍突撃。ひあういごう」
「ひあういごう!! ひあういごう!!」

マントにひときわ大きく『いおりん。マジいおりん』という金刺繍した文字と、水瀬伊織のイラストが描かれたものを翻しながら、柳生兵庫介は、計画通り、こちらの左翼の槍部隊と殴り合いをしている敵槍部隊に向かって猛然と吶喊を開始した。


――試し合戦 徳川家本陣

「そうきおったか。十河兵庫助。全く可愛げのない用兵よ」

そう毒づきながらも、本多忠勝は会心の笑みを浮かべていた。
まさか自分達が狙われるとは思っていなかった、右翼部隊は騎馬隊の吶喊を受けて瞬時に崩壊。
そしてそのままの勢いで、こちらに向かって突き進んでくる。

「上様。どうやら少しばかり長く我らだけで踏ん張らなければならんようです」
「そうか」

ざわめく本陣を目で静まらせると、秀忠は鷹揚に言った。

「もとよりこの戦、中務と左近将監に采配は預けておる。遠慮なく振えばよい」
「ありがたき幸せ」

その言葉に、忠勝は軽く一礼をする。
敵左翼の拘束が解かれた以上、向こうの使える兵力も増えたことになる。
まあ、こちらに突撃している面子と合流するには、少しばかり時間が足りないだろうが、猛然と取って返す立花隊の足止めをする戦力としては使える。
そうなると、現時点において、双方ともに使えるのは、騎馬隊と本営予備隊のみ。
無論、時間がたてば、立花隊が敵の槍隊を蹴散らしてくれるだろうから、有利になるのはこちらだが。

「まるで伝え聞く川中島じゃのう・・・」

確かあの時も、別働隊が来るまでの間、武田の本軍は上杉の猛攻を耐え凌いだというが。
どうやらこちらも隠し玉を出し惜しみする余裕はないようである。

「頼んだぞ・・・」

忠勝は、これまで一言も言葉を発していなかった男の肩にそっと手を乗せると、信頼の籠った声で命を下した。
その言葉に、男は無言で笑みを浮かべると、全くの隙のない動きで馬を走らせる。

さて・・・前右府殿。十河兵庫助殿。二本目は取られたが、最後に笑うは徳川よ。


――試し合戦 豊臣家本軍

「敵騎馬隊が本陣から出撃。また、立花隊が反転してこちらを追撃してきます」
「敵騎馬隊はこちらの騎馬隊で迎撃。相手は『東国無双』。打ち破ろうと思うな。こちらの突撃を防がせぬ、それだけでよい。立花隊は左翼の槍隊及び前線の残存部隊に、可能な限り足止めをするよう命じよ」

使番の伝令に、十河は振り返ることなく命令を発する。
どうやら二本目はこちらが先取できたようだ。立花隊は多少ではあるが時間稼ぎは可能。
こちらの右翼は、敵の左翼を追い込みつつある。つまり、現時点においては、むこうもこちらも騎馬隊と本営予備隊しか戦力はない。

「殿。思いっきり行きますぞ」
「まさか川中島の不識庵謙信入道と同じことをするとはな。大名共も喜ぼうて」

遠く離れたここからも、大名たちの興奮の熱気が伝わってくるようだ。
無残に追い散らされると思っていた豊臣家が、敵本陣に向けて食らいつく。
しかも大将直属の旗本部隊の激突だ。これで盛り上がらない方がおかしい。

「柳生因幡介に重ねて伝令。最高の晴れ舞台だ。思い切り傾け」

秀頼の言葉に、使番は心底嬉しそうな笑みを浮かべると、「皆々大いに傾かれよ。柳生因幡介様が先駆け仕れと殿様のお下知じゃ」と、大声で叫びながら前へと進む。
時置かずして、これまでとは比べ物にならない「ひあういごう」の鬨の声が響くと共に、柳生の隠し手でもある、短筒が一斉に発射される。
元より命中率は期待できないが、一時的だが敵を混乱させることは可能である。

「押し通れ!!」

秀頼の気迫の籠った声が、戦場に鳴り響いた。

61: yukikaze :2017/01/03(火) 10:32:46
――試し合戦見物席

「羨ましいのう。十河兵庫助に柳生因幡介。ああも見事に将軍や本多中務相手に戦っておるわ」
「市松・・・」
「悔しいのう。何故わしはあの中におらんかったのか。あそこにおれば、儂は心の底から
満足して槍を振るえたであろうよ」

そういう福島正則の眼からは、涙が毀れていた。
それは、かつて秀吉旗下の下で、心の底から満足しつつ、武辺を誇っていた青春の時を懐かしんだからか、あるいは不平不満しか言えずに、徳川に尻尾を振っている自分の今の状況に不甲斐なさを感じているからか。

「太閤殿下。豊臣家は、まだ輝きを失っておりませなんだわ・・・」


――試し合戦 豊臣家騎馬隊

(やはり手ごわい。流石は東国無双が率いる騎馬武者よ・・・)

こちらに突っ込んできた騎馬武者を一蹴しながら、柳生因幡介は戦況を瞬時に判断していた。
短筒による一斉射撃は、予想通り敵の騎馬武者を殆ど減らしはしなかったものの、鋒矢の陣形で、敵騎馬隊を強引に突破し、こちらの本軍を敵本軍にぶつけることに成功している。
もっとも、敵騎馬隊を分断したのは良かったものの、敵騎馬隊の混乱もそれほど長続きはせず本軍に突っ込みかねない状況も考えられたため、柳生は騎馬隊を二つに分けて、左右双方の敵騎馬隊にそれぞれ対処しようとしているのだが・・・

「糞。こちらは外れか」

柳生が相手取った騎馬隊もなかなかの精鋭であったが、しかし柳生が機先を制し続けたお蔭で順当に削れてはいっていた。
しかしながらもう片方の騎馬隊は、主導権を握り返され、逆に分断撃破されそうになっていた。
勿論その理由は、騎馬隊の中央で的確に指揮をしている、鹿角の兜を被った部将によるものなのは言うまでもない。

「こちらは切り上げる。すぐに向こうの援護に行くぞ」

数度の突撃で、こちらが相手していた騎馬隊の戦力が壊滅したと判断するや、因幡介はすぐにもう片方の加勢にと馬を飛ばしていた。
彼の視界の端には、先程まで必死の抵抗を見せていた味方の槍部隊が、遂に立花勢によって蹂躙されていく姿が見えていたからだ。東西の無双の勇者が合わさったら、もはやさえぎる事は不可能である。

「皆の者。ここが一番の踏ん張りどころぞ。豊臣の意地見せてやれ!!」

敵の騎馬隊が秀頼の本軍に突っ込まないよう、本軍と騎馬隊の間に割り込ませながら、柳生は剣を振るう。残った騎馬隊は既に50を切っているが、相手方も同じである。
十河からは戒められていたが、ここはもう一か八か、敵将を討ち取る以外他にはなかった。

「本多中務大輔、首を置いていけい」

そう言うや否や振り下ろす刀は、しかし一人の騎馬武者に遮られていた。

「ちっ。誰かと思えば柳生の大恥さらしか。親父殿も耄碌したものよ」
「戯け。うぬのような奇矯なものに、柳生新陰流を汚されてたまるか」
「ふん。剣の腕がありながら、それを活かそうともせず、小知恵でへつらう小才子に言われたくないわ。柳生の家督はうぬより兵助の方が遥かに相応しいわい」

そう毒づきながらも、因幡介は、心中焦りを覚えていた。
目の前の阿呆は性格は悪いが、しかし剣の腕はかなりのものであることも事実なのである。
負けるとは言わないものの、直に片づけられるかというのも否である。
つまり、柳生宗矩が、「負けない戦」をした場合、時間だけが稼がれてしまうのである。
そしてそれは因幡介にとっては敗北に他ならない。

「随分と焦っているようじゃのう。虚け。心が乱れておるわ」

癇に障るような笑みに、瞬間、激昂しそうになるが、それが宗矩の術であることも理解していた。
ふん。貴様みたいなスカした奴に吠え面かかせる事こそ、俺の流儀よ。

因幡介はにやりと笑うと、やおら馬を返し、そして馬の後ろ足で思いっきり宗矩相手に砂をかけた

「なっ」

無論、そんな姑息な手に引っかかる宗矩ではなく、彼は最小の動きで、その砂を交わしてのけたのだが、彼の馬は彼ほど機敏には動けず、まともに目に砂をかぶり、暴れ始めたのである。

「貴様!!」
「阿呆にかける時間などもったいないわい!!」

因幡介はそうやって舌を出すと、今度は暴れる馬の横面に、思いっきり模擬刀を叩きつけ、馬をさらに恐慌状態に陥れる。

「それ! 止めじゃ」

まるでいたずら小僧のような笑みを浮かべた因幡介は、最後の仕上げとして、馬の尻に模擬刀を叩きつけ
宗矩ごとあさっての方向に突き進ませてやったのである。
罵声と共に戦場を離脱する羽目になった宗矩に、もう一度舌を出すと、こんどこそ因幡介は、本命へと
進んでいく。

「ふむ。東国無双殿にも楽しめたようじゃ」

見れば、鹿角の兜の将は、先程の光景がよほど面白かったのか、肩を震わせていた。
面頬に覆われてはいるものの、顔中笑みを浮かべているのであろう。

62: yukikaze :2017/01/03(火) 10:33:57
「いやはや。秀頼公は随分と悪戯者がお好きと見える。そう言えば我が弟にも声をかけていたか」
「弟・・・?」
「ふむ。あれ程面白きものを見せてくれたのだ。礼はせねばなるまいな」

そう言うと、鹿角の兜の武者は、面頬を自ら外す。
そこに現れたのは、理知的な目を持ち、且つ忠勝よりも確実に若い壮年の武者であった。

「影武者か・・・」
「許せ。何しろ当家は太閤殿下から『表裏比興』と評されていてな。いやはや楽しかったぞ。
義父殿の格好で騎馬隊を指揮できたのは。謀略もこういうことなら案外悪くない」
「成程得心がいったわ。武田の軍法を叩き込まれた貴公ならば、騎馬隊の運用が手にとるようなものであることも不思議でもない。本田中務も味なことをする。寄騎且つ娘婿である真田伊豆守ならば、本多の家中の者ども、影武者になっても文句は言わんわ」

今度こそ、因幡介は罠にかかった事を悟っていた。
本多中務に比べると真田伊豆守を討ち取るのはまだ楽ではあるが、本多中務を打ち取っての戦力消耗と、真田伊豆守を討ち取っての戦力消耗では意味合いが違っていた。
しかもここに本多中務がいないということは、確実に本陣で指揮をしているということである。
騎馬隊が50以上いればまた話は違っていたかもしれないが、既に30近い数にまで打ち減らされており、しかも立花の軍勢が目前にまで近づいているのが見えれば、打つ手なしである。

「無念。だが、最後まで足掻かせてもらいますぞ」
「応。ちなみに逃げに入った真田はしぶといぞ」

そう言うや否や、真田伊豆守は手にした煙玉を地面に叩きつけると、煙に紛れて離脱に入った。

「それはずるくないですか!?」
「ははは。うちの透破から教えてもらったのよ。悪いが、そなたと太刀合わせをするほど無謀ではない」

そう言いながらも、彼は散らばった騎馬隊を集め、各個撃破をしようと動き始める。
因幡介も、騎馬隊を無視すればこちらが大火傷をすることが分かっているので、舌打ちをしつつ残存の騎馬隊に集合をかけることにする。

「秀頼公。十河殿。申し訳ございません。ギリギリまで時間は稼ぎますので、お許しを・・・」


――試し合戦 豊臣家本軍

「して・・・やられましたな」

自分達の目の前で、黒の鹿毛にまたがって、大音声で名乗りを上げる武者を見て、
十河兵庫助は、自分の賭けが潰えた事を悟っていた。

「騎馬隊の方は囮ですか。まあ、相手が一枚上手でしたか」
「ええ。子供だましですが、全く以て効果的です」

最高潮に達していた士気は、本多忠勝の姿を見て文字通り低下することになった。
そう。予定通りに行っていると思ったことが最後の最後でひっくり返ったのだ。
気分の高揚が高かった分、その反動は大きい。

「ですがこれではまずいです。最後の最後で無様に負けてしまいます」
「ええ。一番よろしくない状況です」

そう。ここまで盛り上がって無残に敗れれば、これまで期待を持って見ていた諸大名は「やはりこんなものか」と、一気に冷めた視線で見ることになりかねない。
諸大名の神輿になるのはまっぴらごめんだが、諸大名からの侮りは、結果的に豊臣の滅亡になりかねない危険性がある。

「柄ではないんですがねえ・・・」

そう言いながら、秀頼は最前線に駒を進める。
十河はその動きを止めようとし、思いとどまる。
自分の読みは外れたのだ。ならば自分にできることは、秀頼公の盾になることだけなのだ。
いつでも秀頼の前に進めるような位置に、十河は駒を進める。

「殿様じゃ・・・」
「殿様が前に出られておる・・・」
「豊臣の御大将じゃ」
「御大将自らが出てきたか・・・」

敵味方がざわめく中、秀頼は模擬刀を掲げると、本多忠勝に勝るとも劣らない声を上げる。

「太閤殿下が見ておられる。我らを信じ盾になった仲間が見ておる。皆の者。彼らの想いに恥じぬ戦をせん!!」

その瞬間、日の光が偶然にも、秀頼をそしてその刀を照らす。

「太閤殿下じゃ。太閤殿下の御霊が殿様を照らしておられる」
「殿下じゃ。殿下が見ておられる」

豊臣の将兵たちが口々にそう呟く。
秀頼自身狙った訳ではない。だが、秀頼の意思は確かに今、天を動かしていた。

「太閤殿下も将軍家も御照覧あれ。豊臣の武者の勇壮さを。者ども続け!!」

馬を疾駆する秀頼の背中の後には、先程以上の士気を爆発させた武者達が、怒涛の如き勢いで付き従っていった。

63: yukikaze :2017/01/03(火) 10:35:15
――試し合戦 徳川家本陣

将軍秀忠は、目の前の光景に心中苦笑していた。
本当に、この婿殿は、我らの予想を超えることばかりしておる。
楽には勝てるとは思っていなかったが、まさかここまで粘るとは思っていなかった。
まったく、婿殿は本当に良い家来を持ったものだ。

さしもの本多忠勝も、豊臣勢の魂の籠った突進を完全に防ぐことは出来なかった。
それでも歴戦の指揮振りによって、多数は討ち取ることに成功したものの、秀頼を含む少数の騎兵は取りこぼしてしまい、後を追おうにも、秀頼の護衛につけていた虎眼流の門弟達が死に物狂いの時間稼ぎをすることで、忠勝の本陣到着の時間を遅らせることに成功していた。

「来るか・・・」

こちらに向けて疾駆する数騎の騎馬武者に、本陣に控えていた重臣達と少数の衛兵達が迎え撃つ準備を整え、突っ込んでいったが、それでもなお、一人の騎馬武者の勢いを止めることは出来なかった。

「将軍家。御覚悟」

その言葉とともに振り下ろされる模擬刀。
だが、秀忠は慌てることなく、その軍配でその太刀を防いでいた。
力と力、そしてその意志と意志がぶつかり合う状況はいかほどばかり続いたであろうか。

「前右府様。そこまで、勝負はついております」

大音声と共に二人が声の主の方を向くと、忠勝の手には千成瓢箪の馬印が大事に持たれていた。

「そうか・・・」

秀頼はそう言うと、刀を納め、下馬をし、秀忠に対して片膝をついた。

「お手合わせありがとうございました」
「良き武者振りであった。千姫も良い夫を持った」
「痛み入ります」

虚勢を張ることもなく、かといって卑屈でもない、あくまで礼を失しないその姿に、秀忠も忠勝も、そして遅れて本陣に戻ってきた徳川の重臣達の幾人かは、満足げにうなずいていた。
そうだ。我らをここまで苦しめた男の姿はそうでなければならない。

「前右府様。御家来衆を褒めてやってくださいませ。彼らのその働きは、三方ヶ原の徳川家のそれと同じほど、誇り高く立派な武士たちでございました」
「最高の賛辞でござる」

秀頼はそう言うと、秀忠、そして忠勝達に礼を言うと、本陣の外へと歩んでいく。
そう。主君として、やるべきことがあるからだ。

「とんでもない婿を持ったかのう」
「まこと。ガキ大将が喧嘩に勝ったようなそんな顔をしておりました」
「天下の将軍相手にか。ふん。可愛げがないわい」

そんな秀忠も又、これ以上はないというほどの笑みを浮かべていた。

「まあもうしばらくは、猶予を与えようよ」
「御意。あの御方と戦をするのは骨が折れまする」
「東国無双がか? そう言えば真田はどうした?」
「婿殿の事です。上手く相手を悔しがらせてのけたでしょう」
「全く・・・謹厳実直そうな顔をして、あれも悪戯好きな真田の男じゃ」

遠くから聞こえる歓声を耳にしながら、秀忠は後ろに翻っている自分の馬印を見る。

「中務。次からは、父上の馬印を掲げるぞ」
「御存分に」
「情けない事よ。心のどこかで父上の馬印が倒れたらと思っておったわ。ここまで追い込まれたはその心の弱さにもあったな」

そう言うと、片膝をついてかしこまっている重臣達に一声を発する。

「皆の者。此度の働き見事であった。だが、決して相手を辱めるな。辱めれば、己の武名を汚す事になると心得よ。よいな」

一同が畏まる中、秀忠はもう一度、胸を張って去っていく豊臣勢の姿を見つめていた。

(婿殿。願わくば、戦うのはこれっきりにして下されよ。儂も、頼りになるかもしれぬ婿殿を失うのは御免じゃからのう)

65: yukikaze :2017/01/03(火) 10:54:46
これにて投下終了。

双方ともに面子を保ちながらの終了となりました。
で・・・解説を。

開戦前に十河さんが「邪道」といったのが、今回の一連の流れ。
鉄砲隊が壊滅するのはもう既定条件で、後は如何にして立花隊と本多隊の連携を遅らせるのかというのがポイントでした。
まあ総大将自らを殴り込みさせるなんてこと自体が「邪道」なんですが。

木村さんと仙石さんですが、実は本陣が動いている時点で双方退場しています。
ただ、第一戦の水野と違って、大将が討ち取られても、直に次の指揮官に権限が委譲されるよう訓練していますので、宗茂もやや手間取ることになります。

真田信之と柳生宗矩出したのは所謂友情出演という奴です。
まあ、真田は劇中でも出したように「騎馬隊の本場の武田出身」「本多家の寄騎であり忠勝の娘婿なので、陣代になってもおかしくない」が理由になっていますが、同時に「秀頼の前の人のやらかしで、真田も迷惑蒙っており、忠勝も少しでもフォローする必要あり」という裏事情があります。
柳生は幾らなんでもここまで性格はねじれていないでしょうが(史実の逸話を見るとかなり理知的です)
正直因幡介が『剣客としても軍事指揮官としても自分よりも名が知られている』点への嫉妬と思っていただければ。

ラストの川中島モドキですが、正直『実質は豊臣のボロ負けだが、そう見えないようにする』ことへの自分なりの回答でした。何しろ豊臣家の損害は、半ば友軍と化した右翼槍部隊60程度を除けば全滅。対する徳川は、本陣及び立花率いる槍隊が合計200以上は残り、豊臣家総大将も討ち取ろうと思えば討ち取れますので、明らかに戦では徳川の勝利です。
ただ、愚物と見られていた秀頼が、想像以上の器量を見せ、最後は伝説と言っていい、上杉謙信のように自ら将軍相手に切り込んだという事実は、諸大名に強い印象を与えますし、更にその秀頼を臆せず迎え撃ち冷静に対処できた秀忠の武についても見直されることになります。

なお、忠勝が秀頼を討ち取るのではなく、あくまで勝利条件である馬印を獲得することを優先したのは見事な戦をした豊臣家への礼であると共に、強硬派のアホな連中が騒ぐネタを作らないための配慮でした。その為、家康と秀忠からも褒められています。

誤字修正

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年02月09日 20:46