113: 333 :2017/01/03(火) 19:59:46
フローデ達の憂鬱


ポーニュ
交通艇の中、無言の空間にいたたまれなくなったジントはついに口を開いた。

「その…ラフィール…さん?」

なんと呼ぶか迷ったあげく、無難な話し方にした。ラフィールが返してくる。

「どうした?リン。」

彼女は何事もなかったかのような顔をしているが、その声音にはどこか失望したかのような響きが含まれていた。

しかし話しかけたはいいものの、何も考えていなかったジントは何を言うか迷ってしまう。

「船を操舵するってどういう感覚なんだい?」

結局口から出てきたのはそんな言葉だった。

「どうと言われても説明できんな。おぬしは体の動かし方を説明できるのか?」

無言の空間で男女二人きりなどという苦痛から逃れる光明を見出したジントは会話を続けるべく言葉を繋ぐ。
          グーヘーク
話している間も彼女の制御籠手は寸分の狂いもなく動かされていた。

「僕は生まれながらのアーヴじゃないから…。でも体を動かすのは楽しいよね。」

デルクトゥーの学校でもミンチウを嗜んでいたジントは思わずそうこぼす。彼はあの球技が好きだった。
                             メーニュ
「同意だ。アーヴシュルは空間種族だからな。生身でいるよりも宇宙船を操っているほうが自然なのだ。」

不意に殺風景だった船内の映像が切り替わる。全周囲が船外を映し、まるで自分が宇宙のただ中に浮いているような感覚だった。

そんな不可思議な思いに捕らわれていられたのもつかの間だった。強烈な加速がかかり、全身が座席に押し付けられ、

巨人に押しつぶされるように圧迫されてしまう。
 フローシュ   リルビドー                            ダテューキル
「空識覚器官と航法野を持って生まれてよかったと心底思うぞ!人類統合体のように思考結晶で動かすのは味気ない。
フロクラジュ グーヘーク
空識覚と制御籠手でなければな!」
                                                                                                   アーヴ
好きなことを話していて興奮してきたのだろう、ラフィールは無重力と高加速の中で黝い髪を靡かせ天を駆っていた。
                         セーク・オーティ・アーヴ   
他者を振り回して自由奔放に振る舞うその様はまさしく天駆ける迷惑。

あとから思えば邪魔するべきではなかったが自分の体重が数倍になって四方八方から襲い掛かってくるのに

耐えきれなくなったジントは歯を食いしばりながら叫んでしまう。

「わかった、わかったから!もっとゆっくり動かしてくれ!」

その言葉にようやく我に返ったラフィールは絶え間なく動かしていた制御籠手を緩める。

ようやく一息ついたジントにラフィールが話しかけてくる。

「すまぬ。少し興奮していたようだ。」

あれで少しだって?ジントはそう言いそうになったが何とかこらえる。

「楽しんでくれたようで何よりだよ。でも次は同乗者のことも考えてくれると嬉しいな。」

宇宙船を操舵するには高度な情報処理能力と精密な制御が必要になる。人間でそんなことができるのはアーヴだけだ。
フローシュ   アルファ
空識覚器官を頭環につなぎ、センサーやレーダーからの情報を感覚として受け取る。それを航法野で処理し、無意識の

うちに軌道計算までこなしてしまうのだ。
    キセーグ
頭環から制御纓を伸ばして接続すれば宇宙船のセンサーを自身の感覚器官にできる。

さらに制御籠手を嵌めた手を動かすことで艦を加速減速、姿勢制御して自由自在に宇宙船を動かすのだ。

それはアーヴだけに許された特権だ。自分だって頭環は持っているが、あくまで儀礼用のものに過ぎない。

「それは残念だったな、次などないぞ。もう少しで目的地に着く。」

ジントが言われて見上げると巨大な船があった。
レスィー
巡察艦ゴースロス。これからジントとラフィールが乗り込む船だった。

114: 333 :2017/01/03(火) 20:01:38
                            ガホール
ゴースロスに着艦した交通艇から降りたジントとラフィールは艦橋に赴く。
      フェクトダイ
「ラフィール列翼翔士、ただいま帰還しました。」
                                  ラトーニュ      マノワス
ラフィールが人差し指と中指を頭環に触れさせるアーヴ式の敬礼をすると、戦闘指揮卓にいた艦長が振り返る。

まるで知っていたかのようだ…そこまで考えてジントは思い至った。空識覚で自分たちを捉えていたのか。

アーヴは空識覚器官を頭環に接続することで機械を感覚器官とすることができる。故に目が向いていなくても、

障害物で遮られていてもある程度は周囲を把握することができる。要は頭の後ろに目がついているようなものだ。

「ご苦労。訓練生には出発時刻まで待機を命じます。」

どこかラフィールに似た女性は答礼を返すと、今度はジントに向き合った。

「そちらが客人ですか。私はレクシュ・ウェフ=ローベル・プラキア。」
キレーフ・エンピュカ・ロム                  ローフ ワリート
ローフの金瞳でジントを見据える。輝くような金色の瞳は氏の家徴だった。
                            ヌイ・アブリアルサル       レンド ビジュ・セム・レンダル
アーヴにはそれぞれ家徴というものがある。ラフィールならば天照の耳、音に聞く嶋田なら嶋田の水髪というように。

「僕は…えっと。」

ここにきてジントは自らがなんと名乗るか迷ってしまった。
      スィーフ                    ウィクリュール
正式名称には貴族としての名が含まれる。しかしここは軍艦、軍人として接する相手に貴族として名乗るのは無礼だと思ったのだ。

「リン・スューヌ=ロク・ジントです。」

アーヴとしての名を称号抜きで名乗ることにした。しかしレクシュはそんなジントのことなど気にしていないようだ。

「結構。客人には居住区で待機願いたい。ラフィール列翼翔士は…。」

目を向けられたラフィールは背を正して命令を待つ。

「そうね。客人の案内任務を継続します。」

命令を下されたラフィールは、しかし不満を露わにした。

「艦長!私は…。」

「こんな任務よりもっと困難な任務ができる、と?」

そこでレクシュは一呼吸置いた。

「あまったれないで。たとえどんな任務だろうとそこに上下などないわ。そしてこれは上官からの命令。おわかり?」

言いくるめられたラフィールは、しぶしぶといった様子で返す。

「了解しました。」

115: 333 :2017/01/03(火) 20:04:26

巡察艦は巨大である。
     イルギューフ     ヴォークラーニュ ルニュージュ    ホクサス
主力兵器の電磁投射砲に加えて凝集光砲、反陽子砲。さらに機雷まで積んでいる。

その分強力な戦力なのだが、運用に多くの人員が必要なのも確かだ。
                     ラブール     サーシュ
故に巡察艦には、いや巡察艦に限らず星界軍の軍艦には大量の従者がいる。
                        ナヘヌード     レーフ     セメイ・ソス フリューバル
大気圏を抜け、こうして宇宙で働く地上世界出身者は国民と呼ばれ、領民政府ではなく帝国から直接の庇護を受ける。

ジントが通っていたアーヴ言語文化学院も、そうした進路を希望する生徒のためのものなのだ。

行く先々で会う髪の青くない人々を見てジントはそのようなことを考えていた。

「その…なんだ。暇なのか?」

呆けているとラフィールが話しかけてきた。

「なんだい?君から声をかけてくれるなんて珍しいね。」

「客人を案内するのが私の任務だからな。手を抜くわけにはいかぬ。」

先ほどレクシュに言われていたことなのだが、ジントはそこを指摘しないことにした。短い付き合いだが、彼女との

交流の仕方がわかってきたのだ。

「ありがとう。そうだね…外を見たいかな。」
               クリューノ
ジントが言うと早速ラフィールは端末腕輪を操作して外の景色を映す。

目に飛び込んできた映像は彼の想像とは大きく違っていた。

「うわぁ…これは…すごいな。」
 ゲーサル・ヴォーラク
ヴォーラーシュ神社の威容がそこにあった。
     ソード
中央に光る球体が浮かんでいる。あれが門だ。

その周りに無数の建造物が寄り添っており、さらに外側には紐で繋がれた赤い二重円が連なっている。

「あの赤いのと紐みたいなのは何だい?」

訊くと、ラフィールはどこか誇らしげに答えた。
        レール                               リムダウ
「赤い二重円は鳥居というもので、神々の領域の入口であることを表すものだ。紐の方は注連縄といって、神の依代

であることを表すものだな。」
             1セダージュ
距離感が狂うが門は直径1000kmである。それを取り囲むのだから並大抵の大きさではない。

ハイドから来るときに一度見た光景のはずだが、何年も前のことであるのに加えて解説が加わるとまた感慨深い。

「アーヴは人類社会でも特に古い文化を持つのだ。これもその一つだな。」

「たしか現代に残る唯一の原始宗教だっけ?」

ラフィールは少し憮然とした声音で答える。

「原始とはひどい言いぐさだな。古代宗教と呼ぶがよい。」

彼女の言う通り、アーヴは現存する世界最古の国家だ。そして世界最強の国家でもある。少なくともここ2000年は。
              アブリアル   ディング      ガウネーク
「5000年前、太陽の女神天照の孫、ニニギのそのまた曾孫神武皇帝が即位した。それが我らの始まりだ。」

ラフィールの話す内容は帝国内では一応事実として教えられている。
        ナヘーヌ
これは帝国が地上世界に口を出しているのではない。事実が何なのか、確認する術がないからだ。

すでにアーヴの、そして人類の故郷は失われてしまっている。

アーヴが神の子孫を自称しても、それを否定する材料がない以上彼らの言を信じるしかないのだ。
                               セメイ・ソス
もっともこれには自国の民にアーヴへの反抗など考えてほしくない領民政府の意向もあるのだが。(というよりそちらが主だといえる)
ビク・サニャール
「神道はその頃からの伝統なのだ。注連縄も鳥居もそのためのものだな。」

いつの間にか鳥居を抜け、ゴースロスは門に入ろうとしていた。
           ファーズ
『これより我が艦は平面宇宙に入ります。ご注意ください。』
フラサス
時空泡が展開され、周囲が灰色に染まる。

わずかな加速度と共に、ジントとラフィールの乗る巡察艦は門に入っていった。

116: 333 :2017/01/03(火) 20:05:31
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最終更新:2017年02月09日 20:56