128: 333 :2017/01/03(火) 22:46:14
アーヴの休日

     アローシュ ラクファカール
この日、ラフィールは帽子をして帝都、高天原のとある施設を歩いていた。

手には袋を持っており、周りを見回して警戒している。

いかにも怪しげな挙動だ。普段の彼女を知っているものならその変わりように驚愕するだろう。

しかし事この場においてはそんな挙動も決して珍しいものではない。”初心者”が周囲を気にするのはよくあるのだ。

袋の中に入っているのはなんと紙の書物である。

この時代、紙は記録文書としての価値を喪失していた。それでも全く使わないわけではないが、多くの場合その用途は

専ら儀式である。

ところがこの場には紙の書物があふれかえっていた。まるで時代をさかのぼったかのようだ。

挙動不審なラフィールだったが、とある人物を見つけた瞬間その行為には拍車がかかる。

ラフィールの目の前にジントがいたのだ。

いまのところは気付かれていない。このままやり過ごすべきか。

そう考え、何事もなかったかのように彼のそばを通り過ぎる。皇族として日々の儀式に参加することで鍛えられた
                フロクラジュ
感情を表に出さない技能だった。目を向けなくても、彼がどこにいるかなど空識覚でわかる。

しかしラフィールの目論見は潰えることになってしまった。

「やあ!ラフィールじゃないか!」

気付かれてしまった。なぜだ。耳は隠して、顔もうつむけていたのに。
            セークル
しかしなんとか誤魔化さなくてはならない。貴重なジントの掛け算、本人に知られるわけにはいかないのだ。

「お前は誰だい?アタイはアンタなんて知らないね。」

精一杯声を低くして他人の声に似せる。それでもジントは鈍かった。

彼はいつもそうだ。時折鋭いところを見せるのに、致命的なところで鈍い。見逃してくれてもいいだろうに。

「声真似なんてして、どうしたんだい。僕が君を見間違える訳ないし、声だって聴き間違える訳ないだろう。」

なぜこやつはこんな時ばかりこうなのか。

耳の浮く台詞にラフィールはしばし情と使命感の間で煩悶とし…ついに屈服してしまった。

129: 333 :2017/01/03(火) 22:47:11

現在、人類社会で使われている暦は地球時代のものだ。

アーヴだけでなく他の星間国家でも使われている。にもかかわらず日常的に使うのはアーヴだけである。

それはなぜか?理由は単純である。使わないのではなく、使えないのだ。

地球時代の暦は、人類発祥の地である地球で生まれたものだ。当たり前だが一日も、一年も地球のそれが基準である。

だが人類が入植した天体に自転周期も公転周期も地球と全く同じ天体など存在しなかった。

それらが似通っていた天体はいくつか存在するが、全く同じでなければ地球時代の暦など使えない。

自転周期が全く同じでも、公転周期が1日でもずれていれば、数百年周期で1年ずれるのだ。使える訳がない。

しかし星間国家である以上、時間の単位はどこかで合わせる必要がある。地球時代の暦はそのために用いられるのだ。

だがアーヴ以外、宇宙を生活の場とする民族などいない。

アーヴを除いたすべての民族が、宇宙へ進出するのは一時的なものであって生活の場は地上が中心なのである。

一方アーヴは宇宙で生活している。だからこそ、アーヴは地球時代の暦を日常的に使い続けているのだ。

そして同時に彼らは地球時代の文化も保持している。
    キュール
10日後に迫った年末はアーヴ達にとって最大の祭典、ソビークが催される。
     ケンルー
ジントが通っている修技館もそのために休みになるのだ。

常々アーヴらしくないと言われ続けてきたジントは、少しでもアーヴらしくなるべくその日ソビークに参加しようと

思ったのだ。

130: 333 :2017/01/03(火) 22:48:21

「という訳で僕もアーヴらしくソビークに参加してみたんだけど…やっぱりよくわからなかったよ。」
   ラダーヴ           ティル・ノム
近くの商店街に寄ったジントから出てきた言葉にラフィールは桃果汁を噴き出してしまった。

ジントは呆けているがラフィールはそれどころではない。気管に入った液体を追い出そうと、必死に噎せていた。

「どうしたんだい。今日の君は少し変だよ。」

なんとか言葉を話せるまで落ち着いたラフィールはしどろもどろになりながら返した。

「い、いや何もおかしくなどないぞ。うん。」
        ソビーク
なんということだ。こやつは何も知らずにコミケに来ていたというのか…。

思わず頭を抱えたくなったラフィールだが目を閉じて落ち着く。ただでさえ怪しまれているのだ。

これ以上狼狽えては袋の中身を悟られてしまう。

「そうかい?まあ君がそういうんなら大丈夫なんだろうね。」

ジントはラフィールを気遣いすぎることなく引き下がる。今はその物わかりの良さがありがたい。

「でも結局なんだったんだろう。紙の本なんて数えるくらいしか触ったこともないし、何かの絵画みたいだったけど

見たことのない画風だったし。」

「そ、そうか。まあ初心者には分かりにくいかもしれぬな。」

ラフィールはジントをこの話題から遠ざけるつもりで言ったが、ジントはなおも続ける。

「よければ君が教えてくれないかい?ソビークはアーヴ最大の祭典なんだろう?」

間違いではない。間違いではないが…ラフィールにはジントがとんでもない勘違いをしているように思えてならなかった。

その後もラフィールはジントの質問を躱し、なんとか別れることに成功した。

もっとも彼女の努力は無駄に終わるのだが。気になったジントが修技館の友人に質問したからだ。
       ソビーク
なおその後暫く、皇女殿下がコミケに参加していたという噂が流れたことをここに記しておく。

131: 333 :2017/01/03(火) 22:49:21


ソビークが終わって数日した日の朝。
ガーント・フリューバル スピュネージュ
大和帝国第208代皇帝ラマージュは鬱蒼とした森のなかにいた。

周囲には遺伝子改造で巨大化された木々が生い茂り、虫や動物が鳴き声を上げている。
キーヨース・アブリアルサル ゲーセル・ヴォグリフ
ここは天照星系唯一の居住可能惑星大八島神社だ。

この惑星にはいろいろと特殊な点がある。

まず一つには、アーヴが忌避しない唯一の地上世界だということ。

次に人類が居住していない唯一の居住可能惑星だということ。

そして最後に人類社会で最も豊かな自然を持つということ。

これらの理由は概ね一つの原因で説明できる。

この惑星が、アーヴにとって最高峰の聖地だからだ。

アーヴはあらぬ罪で世界の敵にされたあげく、長い間差別され続けてきた歴史を経験している。

そのたびに敵対したものを滅ぼしてきたが、そのせいで地上に強い蔑視感情を持つようになってしまったのだ。

しかし同時にアーヴは古い歴史を大切にする種族でもある。

今は空間種族として自他ともに認めているが、その先祖は確かに地上世界で生まれ育った民族だったのだ。

そうした矛盾を解消するため生み出されたのが、この惑星である。

決して自分たちを拒絶しない、先祖が住んでいた自然豊かな自分たちだけの楽園。

それがこの惑星、ゲーセル・ヴォグリフなのだ。

地上がまるごと神域であるこの惑星は、普段は誰も住んでいない。

しかし地上の社にはかつての故郷から持ち出した3つの神器が祀られており、特別な儀式の際は皇族のみ立ち入る。

今ラマージュがいるのはそのためだ。一年の終わりと始まりを祝うため、アーヴ最高の霊地で祈祷を行う。

神器が安置された場所で、ラマージュは古の衣装に身を包み、静かに目を閉じた。

不肖の孫娘や、帝国の民の安寧を祈りながら。

132: 333 :2017/01/03(火) 22:51:14
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最終更新:2017年02月09日 20:59