264: 333 :2017/01/06(金) 14:55:21
フローデ達の憂鬱
アルネージュ
軌道塔を降りながらジントはどこか居心地の悪さを感じていた。
先ほどまで彼はアーヴとして新たな一歩を踏み出そうとしていたというのに昇った軌道塔を降りる羽目になってしまっ
たのだから無理もない。
「みんな、髪はきちんと染めたかしら?ちゃんと根元まで染めないと治安警察にばれるわよ。」
アイプ
傍ではレクシュがアーヴに指示している。その外見は完全に地上人のものだった。
最も地上人にしては随分と美形だが。ジントは少し不安に駆られた。
一般に、アーヴは美形揃いである。地上人では1000人に一人いるかいないかといった美形でも、アーヴにとっては
何の変哲もない背格好になるのだ。
いくら髪を染めてもそんな者が何人もいたら怪しまれてしまうだろう。
「ジント君。」
しかしレクシュはそんな不安を見通したかのように声をかけてきた。
「あなたはこの惑星に7年いたのよね?どこかいい潜伏場所はないかしら。」
「そうですね…友人を少し当たってみます。それまでは僕の自宅で我慢してください。」
暫くすると地上に到着した。軌道塔の発着場を抜け、外にでる。
多くの場合、軌道塔周辺は経済や産業を活発化させる。しかしアーヴ帝国の場合その最も内側は別だった。
現代的な発着場の外は森に覆われていたのだ。
サメーヴ ネースジュ
「地上など汚らわしくてかなわぬが杜なら少しは我慢できるな。できれば禊でもして清めたいが。」
いかにも気持ち悪げにラフィールが体をさする。その顔は嫌悪に歪んでいた。
ゲーセル
アーヴにとっての宗教施設である神社は多くの場合宇宙空間に建造される。しかし地上に作る場合もある。
ロクリューズフ
軌道塔周辺はその典型だった。アーヴは新しい建造物を作る場合、地鎮祭という祭事を行う。
これはその地を鎮め工事の安全を祈願するものだが、これが地上の場合忌々しい地上の穢れを払うという意味も持つ。
ラセーシュ
そしてロクリューズフを行った地はそのままゲーセルに変わるのだ。ゲーセルはその後ロクリューズフに使った榊を
キュムネー ラムヘージュ リムダウ レール
神木とし、周りにサメーヴという森を茂らせて玉垣を巡らせる。あとはキュムネーに注連縄を巻き、鳥居を築けば
ゲーセルの基本構造は出来上がる。
かくして軌道塔周辺には惑星開拓以来の森が出来上がることになるのだ。
「僕の住んでいたのはブーキクです。そこまで移動しましょう。」
サーシュ
この場にいるのはゴースロスの乗組員たちだ。地上人の従者も多いが、デルクトゥーの地理に精通しているのはジント
だけである。
ゲーセルを抜け、ジント達は地上を隠れまわることになるだろう。
宇宙にはすでに四カ国連合の艦隊が迫っていた。
265: 333 :2017/01/06(金) 14:56:39
「で、俺んところに来たわけか。」
椅子に座ってクー・ドゥリンが確認する。その目線はジントの後ろに向けられていた。
一方地上人に見られているラフィール達はなんとか嫌悪を抑えているようだ。少なくとも顔には出していない。
「少しの間でいいんだ。星界軍が逆侵攻するまで。…お願いできるかな?」
しばし、沈黙が流れる。
やっぱりいきなり押しかけるのはまずかったかな…言葉を選んだつもりだったんだけど。
ジントがそう思った瞬間、ドゥリンは口を歪めて笑って見せた。ニヤリと。
「バカなこと言うなよ。俺がお前の頼みを聞かない訳がないだろう?」
「無理を言ってごめんね。…本当に。」
そういって机の飲み物に手を伸ばす。ドゥリンは自分のそれに手を付けていなかった。
ここまでの会話はデルクトゥー語である。
ラフィール達は何を言っているのかはわからなかったが、受け入れてもらえたことは理解したらしい。
クリューノ
と、そこでラフィールが端末腕輪を操作する。
「受け入れてくれたこと、感謝する。私はラフィール。そなたは?」
ラフィールがアーヴ語で話すと一拍遅れてデルクトゥー語が出てくる。
ドゥリンは驚いたようだった。地上世界でアーヴの端末腕輪を見ることなどめったにないからだ。
「あ、ああ。俺はクー・ドゥリン。ジントの友達だ。よろしく。」
266: 333 :2017/01/06(金) 14:58:37
「随分緊張してたね。大丈夫かい?」
ようやく二人きりになった部屋でドゥリンとジントは長椅子に寝そべって話し合っていた。
先ほどまでとはまるで対応が違うが、これがデルクトゥーでの一般的な歓談である。
「ああ、実際にアーヴを目にしてよくわかったよ。あれは人間なんてもんじゃない。もっと恐ろしいなにかだ。」
「ひどいな。僕だってアーヴの一員なんだけど。」
思わず苦笑する。まあ確かに生まれながらのアーヴは身体的なものだけではなく精神的にも地上人とは大きく異なる。
ジント自身、短い付き合いでそれは身に染みていた。
「それにしたって椅子に寝そべって話さないなんて君らしくないよ。やっぱりアーヴが怖かったのかい?」
ドゥリンは思い出したのか、少し顔をこわばらせた。心なしか冷や汗もかいているように見える。
アーヴ・ラレーリュ
「怖くない訳ないさ。なんたって相手は星系をまるごと一つ消し飛ばした種族なんだからな。誰だって天の祟りは受け
たくない。俺一人が口を滑らせただけでデルクトゥーが消え去るんじゃないかと思うと…。」
まあ、言いたいことはわかる。
アーヴはその昔太陽系すべての国家を敵に回して闘い、最後には太陽系ごと滅ぼしてしまった。
彼ら自身は迫害されていると思っているようだがその実地上人はアーヴを極度に恐れているのだ。迫害は異種族への恐れと
強大な力への恐怖が入り混じった結果の行動である。
その元凶となった事件に関してアーヴは自らの関与を認めていないが、その後敵対した星々への対応は養護できない。
太陽系を滅ぼした(とされる)後も彼らはたびたび惑星表面を焦土にするなどしているのだから。
アーヴ・ラレーリュ
その敵対者に対する苛烈な行動が天の祟りと呼ばれ、畏れを生むことになったのだ。
「まあ理不尽なことで怒るような人たちじゃないから。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」
きっとたぶん。ジントは心の中で付け加えた。彼にしても確信を持てなかったからだ。
いや、彼らの中では確たる理由があるのだろう。しかし付き合いの短い自分にはわからない。今あったばかりの彼には
余計アーヴの逆鱗などわかりようがないだろう。
「でもあんなにいっぱい寝る場所はあるのかい?連れてきた僕がいうのもなんだけど。」
とりとめもない考えは脇に置いて、ジントは少し気になったことを訊いた。入りきらないようならジントの部屋を使わ
なければならないかもしれない。
ヤルルーク・ドリュール
ジントは伯爵公子である。特に隠してもいなかったのでそれは周囲に知れ渡っていた。
人類統合体の目を逃れるために潜伏したのに伯爵公子として知られている自分の部屋に住まわせるのはできれば避けたい。
「ああ、それなら大丈夫だ。アーヴの分だけ用意すればいいんだろう?」
「うん。従者の方は旅行者ということにして僕の部屋とかに住んでもらうから。」
「だったら余裕だ。伯父が親父を殺したせいで部屋が二人分余ってるからな。物置も片づければ大丈夫だろう。」
しかしどうやら杞憂だったようだ。
ラフィール達には不快な思いをさせてしまうかもしれないが我慢してもらう他ない。少なくともこの程度のことで怒る
ことはないだろうから。
267: 333 :2017/01/06(金) 14:59:19
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最終更新:2017年02月09日 21:05