290: 333 :2017/01/07(土) 15:10:02
フローデ達の憂鬱
ハァッ、ハァッ。
空気に熱い吐息が漏れる。
ジントはラフィールの手を繋いで走っていた。
後ろを振り向くとそこには誰もいなかった。どうやら撒いたらしい。
「はぁ、はぁ。もう追ってきてないみたいだね。」
「どうやらそうらしいな…。まったくどこからばれたのか。」
ジントとラフィールは治安警察に追われていた。
レクシュ達と逃げたのだが、どうやら途中ではぐれてしまったらしい。
しかし彼らにとってそれは幸運だったといえるだろう。少数な上、地元の地理に精通しているジントがいたのだから。
「心配なのはレクシュさん達だよ。僕みたいに地元を知ってる人がいないから…。」
「居候先の人が協力してくれるのではないか?……。」
言いかけた言葉はジントにも察しがついた。
最近のドゥリンは変だったのだ。妙に宣伝放送を熱心に見ていたり、アーヴに向ける目線が厳しかったりしていた。
それでも疑いそうになる心を抑えてジントはその先を言わなかった。自分も、他人のことを言える立場ではないからだ。
アーヴによって征服された星の出身で、愚かな父の選択のせいでアーヴにされてしまった若者。しかも反アーヴ的な
友人を持っていたとなれば復讐の為にラフィール達を売ったと思われても無理はないからだ。
「見つけたぞ!こっちだ!」
一息ついたと思ったらまた治安警察だ。ジントは再びラフィールの手を握って走り出した。
走りだす瞬間、その手が重くなったのには気付かないふりをした。
「あっちの角を右に曲がれば裏道に逃げ込める!そこまで走るんだ!」
デルクトゥー人は集合住宅というものを嫌う。故にデルクトゥーの街は背の低い住宅が延々と続く光景が広がるのだ。
それゆえ周りは単調で、地図を持っていても知らない土地では迷いやすい。
そして敷地と敷地の隙間に人が通れる空間があることも多い。
そうした裏道は地図にも載っておらず、地元の人間でもなければまず知らないのだ。
「こっちを通れば…!」
しかし二人が裏道に入った時目にしたのはまたしても治安警察だった。
「おとなしく観念しろ!化け物が!」
クラーニュ
手には凝集光銃を握っている。
迷わず引き金を引いてきた。慌てて回避する。
しかし肩に掠ってしまった。灼熱の痛みが傷口を襲う。
「ジント!」
自分とは違い華麗に避けたラフィールが彼の名を呼ぶ。後ろからは追手の足音。
ここまでか。諦めかけたそのとき、もう一つ彼を呼ぶ声が聞こえた。
「ジント!」
見上げると近くの家の屋根からドゥリンが叫んでいる。手には何かを握っていた。
投げられたそれが地面にぶつかった瞬間、猛烈な煙を出す。煙幕弾だった。
すぐにジントは意図を察する。ラフィールの手を引いた。その手は軽い。
塀をよじ登り、屋根に飛び移る。そこからさらに隣の家の敷地に飛び降りた。
「ようジント!よくこの近道覚えてたな。」
「いつも言ってるけどこれは道じゃないよ。不法侵入だ。」
「固いこと言うなよ。俺とお前の仲だろ?」
裏道から塀を経由して屋根へ、屋根から隣の家の裏庭に降りて反対側の道に出る。
ジントとドゥリンが昔いつも使っていた近道だった。
「とりあえずこれで少しは時間が稼げるだろ。その間に逃げるぞ。」
ジントとラフィールにドゥリンを加えて、3人は逃げだした。
291: 333 :2017/01/07(土) 15:13:40
「糞ッ!こっちにもいやがる!一体全体なんでこんなにいるんだ!」
ドゥリンが悪態を吐く。ジント達は徐々に追いつめられていた。
裏道を使って逃げてもその先にも治安警察。封鎖され、逃げ道がなくなっていたのだ。
ルエホグネー
「私が皇孫女だからだろうな。人類統合体が躍起になって探すのは。」
「ハァ!?おいおいマジかよ。そんなこと聞いてないぞ。」
ボスナル
「言ってないからな。何より私は軍士として潜伏したのだ。公私混同はしてはいけない。」
なんでもない事かのようにラフィールは自らの身分を明かす。
ドゥリンはラフィールの身分を知って驚いたようだった。
「だったら治安警察が見逃してくれる訳がねえ。大体いつ星界軍は戻ってくるんだ。」
「わからぬ。が、今日明日の話ではないだろうな。逆侵攻にも準備がいる。」
今まさに追いつめられているジント達にとってその情報はありがたくないものだった。
この濃密な包囲網から逃げおおせてもまだ何日も、ひょっとしたら何か月も潜伏しなければならないのだ。
それまで見つからずにいられるか、いや生きていられるかも怪しい。
「それじゃ僕らの先行きは暗いかもね…ドゥリン、君だけでも奴らの側についたほうがいいんじゃない?」
しかしドゥリンはその言葉を鼻で笑った。
「ハッ。笑わせんじゃねえよ。俺は親友を見捨てて逃げるような人間じゃねえ。それに…」
逃げるジント達の前には治安警察がいた。後ろにも治安警察。
さらに逃げ道を塞ぐように展開している。抜け道もない。
バール・ラレーリュ
「ここで捕まっても最悪俺たちが死ぬだけだが、アーヴの祟りを買ったらデルクトゥーが滅びる。そんなのは御免だね。」
「お前たちに逃げ場はない!今投降すれば人間の命は助けてやる。我々は寛大だからな。隣”人”は赦してやろう。」
3人は完全に包囲されていた。無数の銃口が突きつけられる。
ジントとドゥリンは半ば諦めの境地に達していたが一人、そうでない者がいた。
「赦す?何を寝言を言っている。」
ルエジェ フリューバル フィズ・アブリアルサル
世界最古の帝室、世界最強の帝国の孫娘にして宇宙を遍く照らす天照の一族。
「追いつめられているのは貴様らの方だ。同胞を傷つけた不逞の輩を帝国は決して赦さぬだろう。」
最古の帝国にして最後の帝国、最強の帝国にして最恐の帝国。
「貴様らが傷つけたのは兎ではない。獅子だ。手負いの獅子がいかに牙を剥くか、その身で確かめるがよい!」
人類史上類を見ない強大な帝国を背負い、小さなアブリアルは胸を張って宣言した。
292: 333 :2017/01/07(土) 15:15:07
と、その時。空が暗くなる。何かが太陽を遮ったのだ。
誰もが天を見上げた瞬間、声が響き渡った。
『お~ほっほっほっほ!これは愉快な言葉を聞きましたわ!』
「この声!おぬしペネージュだな!」
それが誰のものなのか、分かったのはラフィールだけのようだった。
ジントがその場の全ての人間を代表して尋ねる。
「ラフィール。ペネージュって誰だい?」
スポール・アロン・セクパト=ニーフ・ディク・ペネージュ
「昴朝臣セクパト西公爵ペネージュ。28氏族の中でもディーシュ大公家に属する7氏族、スポールの出身にして
ディーシュ大公でもある。不敬罪を適用したらしょっ引かれる番付横綱でもある。ちなみに番付は全てスポール
で埋められてるぞ。」
ファサンゼール
『あら、ご紹介ありがとう。皇族でも愉快なことがいえるのね。』
紹介はありがたかったが後半はどうなんだろうと思うジントだった。ついでにそれを愉快と笑って済ますスポールにも
どうかと思った。
ルソーミア
『わざわざ強襲輸送艦を用意して声を繋げたのはこんなことをするためだったんですか。これも愉快だからですか?』
クファディス ナヘーヌ
『あら川西。なにか問題でも?愉快なところを見られて、そのうえ地上世界を威圧できるんですもの。趣味と実益を
兼ねた素晴らしい提案でしょう?』
拡声器から聞こえてくる会話から察するに彼女は追いつめられる皇孫女を見て楽しむためにこんなことをしたらしい。
ラブール
星界軍としての実益も兼ねているのが余計厄介だった。
ジントはラフィールの紹介に納得がいった。要はスポールとはこんな輩なのだ。
『それにしても愉快でしたわねぇ。”手負いの獅子がいかに牙を剥くか、その身で確かめるがよい!”ですって。
追いつめられ男を傷つけられて出てきた言葉がそれだなんて、貴女もそろそろ恋を知る時期ではなくって?』
「だからスポールは好かんのだ!その曲がった性根叩き直してくれる!」
ラフィールは忘れているようだが、この声は上空から拡声器で発されている。つまり周囲に丸聞こえということだ。
「なんか悩んでた自分が馬鹿みたいだな。アーヴにもこんな面白いやつがいるなんて。」
突然の展開に呆然としていたドゥリンだが妙に晴れやかな表情になるとそう言った。
ベーシュ
『ああ愉快。愉快ですわ。…反物質燃料をぶちまけたらもっと愉快かしら?帝国に泥を塗ったお馬鹿さん達。』
しかし本来の目的を忘れたわけではなかったらしい。
レスィー
巡察艦に比べれば少ない武装だが、それでも生身の人間相手なら十分すぎる。
それが向けられ、治安警察の男たちは狼狽える。逃げ場を封じられたのは自分たちになってしまったからだ。
続いて強襲輸送艦の床が開き、空挺兵が降りてくる。地上の制圧のためだろう。
アーヴは地上を忌避し可能な限り近寄らないが、地上に対し武力を行使するときもある。
それは自らの同胞のためだ。そのためならば彼らは青の誓いの下、いかなる行為もする。
空に開く無数の白い花。
それが地上に降りた時、ようやくジントとラフィールの物語はひとまず終わりを告げたのである。
293: 333 :2017/01/07(土) 15:17:09
投稿は以上です
まとめwikiへの転載は自由です
298: 333 :2017/01/07(土) 18:04:14
誤字訂正
大体いつか→大体いつ
誤字修正
最終更新:2017年02月09日 21:10