374: yukikaze :2017/01/08(日) 18:38:33
やっとできた試し合戦後の豊臣家。題名は『課題』ですかねえ。
秀頼一行が無事に大坂に帰ってきた時、大坂城は爆発的な喜びに包まれていた。
最悪は当地での改易あるいは転封を覚悟していたが、伝え聞くところでは、3国の主であることが認められたという。
特に試し合戦での、秀頼自ら敵本陣に突撃し、将軍家に一太刀浴びせたというくだりには「流石は我らが御大将よ」と、感心しきりであり、留守を任されていた片桐且元は「それなら修理殿に譲らねばよかった。若い連中に、儂の槍裁きを見せてやれたものを」と、力んで槍を振う姿を見せて、満座の笑いに花を添えていた。
もっとも、こうした楽しい宴の後に待っているのは、江戸からの宿題なのだが。
「予想はしておったが・・・やはり将軍家は厳しいの」
言い渡された諸条件を記した紙を見つつ、次席家老である速水甲斐守は、渋い表情を浮かべた。
「申し訳ありません。こちらも相当粘ったのですが」
「よい。むしろここまでですんだことが僥倖よ。正直、転封も覚悟はしていたしの」
詫びを入れる大野修理に、速水は気にするなという表情を浮かべる。
確かに突きつけられた条件は厳しいものではあったが、これまでの豊臣家の態度を考えれば率先して行わなければならないケジメでもあった。
実際、この条件をクリアし、仁政に勤めれば、豊臣家は間違いなく安泰であろう。
「まずは、お袋様の東下と、殿様の1年ごとの江戸出府か。これはこちらから言い出したことでもあるので、幕府の追認というべきか」
「それに伴い、幕府より江戸屋敷の土地が正式に拝領されることになりました。場所は・・・」
と、大野が指した箇所に、大坂詰の人間が口々に疑問を述べる。
「ほう。随分と大きな土地を貰えたものだの」
「しかし、こんな土地が余っていたのか? 前は土地などないと言っていたのに」
「待て・・・確かこの地は」
何かに気付いたのか、声を上げた野々村に対し、大野は暗い笑みでこう答える。
「いかにも。殿様を愚弄し、試し合戦で散々に打ち破られた大番組の面々の跡地でござるよ」
うわぁ・・・と、大坂詰の面子は、秀忠の対応に引き攣った顔になった。
成程、豊臣家との会戦にもなりかねない挑発行為に加担し、なお敵勢への攻撃を主任務とするにも関わらず、無様すぎる程の敗北を喫した今の大番を、秀忠は見限ったということか。
普通ならば、大番組の不満が凄まじいことになりそうだが、何しろ将軍家が率いた書院番組の面々は、豊臣相手に勝利をしているのだから、不満を言えば言うほど、周囲から白い目で見られるのは確実である以上、言えるはずもなかった。
「この地に上屋敷を、そして江戸家老屋敷のあった四ッ谷門外縁に新規に土地を賜り、下屋敷にせよとのことです」
「なるほどなあ・・・」
幕府の目論見に、速水は心中苦笑していた。
今回の試し合戦で、当家の武威が高まった事で、外様大名を中心に、当家の価値が大きく上がったために、外様大名の上屋敷から離れた場所に設置したかったわけか。
無論、それだけだと豊臣家への冷遇と取られかねないから、馬鹿なことをした大番組への懲罰と将軍が有事の際に甲府へ逃げる街道沿いに豊臣家の屋敷を与えることで、世間的には、豊臣家を優遇していると見させると。
恐らくは本多佐渡の御老体の発案だろうが、もしかすると土井辺りも噛んでいるかもしれんな。
「中屋敷は作らんのか?」
「それは下屋敷に集約させる。上屋敷と下屋敷、それに蔵屋敷を立てれば十分だろう」
片桐且元の問いに、秀頼は答える。
遊行や散策なんぞの為に金を使うなどと言ってしまえば、それこそ郡から絞殺されかねない。
且元も、主君の返答に反論することなく、頭を下げてこの議論を終わらせる。
「なお、徳川より青木民部を徳川に戻すようにと依頼があった。青木の後任として速水甲斐守を江戸家老として赴任させる」
「承知いたしました」
深々と頭を下げる速水。
親徳川の巨頭であり、且つ信望の厚い彼を江戸家老に任命するのはおかしい話ではない。
徳川にしても、江戸と大坂のパイプ役を実質放棄した青木に見切りをつけたということであろう。
もっとも、速水にしてみれば苦々しい限りであったが・・・
375: yukikaze :2017/01/08(日) 18:39:22
(全く徳川のバカどもが。あのようなことを言ったがために、大野を使えなくなったわ)
実の所、速水達が最初に江戸家老として考えていたのは大野修理であった。
親徳川であり、外交能力にも優れており、淀殿たちとも関係が良い大野であるならば、江戸家老としても十分に勤め上げられると衆目一致していたのを、馬鹿な連中が「大野と淀殿ができている」等と言ったお蔭で、無用な摩擦を起こさないために、大野を大坂に留める必要が出たのである。
無論、速水もやり手ではあるが、大野と比べると奥向きとの関係は普通であり、仮に奥向きがぐずりだした時に、余計な労力を使うことになることが予想されていた。
「次に、牢人対策ではあるが・・・」
「幕府も思い切った手をうってきましたな」
「まあ何も考えずに武力弾圧するよりはマシですな」
牢人対策で、幕府が取った手が、蝦夷地への入植事業であった。
牢人達がこのまま暴徒化してしまった場合の危険性については、幕府も重々承知していたものの「ならばさっさと片付ければよい」とする強硬派の意見が主流を占めていた。
しかしながら、試し合戦での強硬派の無残な敗北と、秀頼が献上品として手渡した、各種農産物のサンプルと、農法を記した書物が状況を変えることになる。
「ジャガイモ、テンサイ、小麦、カボチャ、キャベツ。どれも蝦夷で栽培でき、且つ商品としても使える作物ですな」
「ウマゴヤシと輪栽式農業を実験結果と共に渡しましたからな。蝦夷地が不毛の地どころか、農作物の収益がかなり見込めると分かった時の、幕府首脳部の驚いた顔が」
「幕府にとっても飢饉対策は重要ですからな。幕府直轄地から飢饉でも使えるジャガイモ等が供給できるということは、開拓の費用を考えても十分に許容範囲です」
澄ました顔で言う郡ではあるが、彼が「如何に蝦夷地が徳川にとって魅力的な土地になり、且つ蝦夷地開発により、その開発物資の供給源である東日本や東北の景気が良くなるのか」という詳細なレポートを書き上げ、大坂に対して食指の色を隠そうともしない徳川の経済官僚達の眼を、蝦夷地開拓へと向けようとしむけたのかを、ここにいる全員が知っていた。
「奉公構された牢人達を除いた者達を屯田兵とし、蝦夷地に送り込み、開拓と有事の際の防衛戦力にし、それを統治機構に組み込むか。牢人にしてみれば、少なくとも開拓に成功すれば、自分の土地と御家人としての名を貰える訳だから、そちらに乗る可能性は高いか」
「第一次開墾で2万人送り、それからも状況を見て開拓規模を広げる。第一次であぶれたものも、次を見越して軽挙妄動は慎む」
「一方で、こちらにはこれまでの天下普請に参加しなかった代わりに、蝦夷地開拓の資金を金10万両分納めることが命じられているが・・・」
「蝦夷地の交易許可の手形を貰っていますので、見返りは来ますよ。正直、松前殿はこちらの足元を見て交易してくれましたからね。きっちりと倍返ししてやらないと」
扇子で口元を隠しながら笑う郡に、全員が松前氏に心の中で手を合わせていた。
松前氏は徳川家から「アイヌとの交易独占権」の許しを得ていたものの、豊臣家は「開拓し定住した住人からの交易権」を確保したのである。
つまり、蝦夷地開発が軌道に乗ってからは、松前氏のアイヌ利権は相対的に減少することになり、最終的には辺境の小大名として没落することが確定するのである。
無論、松前氏は全力で抵抗するだろうが、蝦夷地開拓によって得られる収入等を考えれば、幕府が松前氏の肩を持つ可能性はゼロに近い。
「ただ・・・次の二つは厄介だぞ」
秀頼が眉をひそめる。実の所、実利的に厄介なのは一つだけなのだが、もう一つは面子の問題という厄介な問題が発生するのである。
「城割り令により、烏帽子形城と茨木城を破却。豊臣家の領国で許される城は、大坂城と親族筆頭の小出家が領する岸和田城。そして茨木城等の破却の代わりに建設が許される尼崎城か」
「播磨及び紀伊の防衛はともかく、淀川及び大和路の防御陣が崩壊することになりますな」
五番隊次席である堀田が渋い顔をする。
確かに豊臣は徳川と好き好んで相対するつもりは更々ないが、かといって徳川をホイホイ信じて無防備でよしなどと考えるほどおめでたくもなかった。
軍事戦略上の観点だけで見れば、茨木城と烏帽子形城だけでなく、出来うるなれば大坂城の支城として若江城を要塞として整備し、河内口方面からの侵攻にも対応させたいというのが、本音である。
376: yukikaze :2017/01/08(日) 18:40:13
「やむをえまい。徳川としても、強硬派を納得させるための城割りは必要であろうよ」
五番隊筆頭である速水の指摘に、堀田も無言で頷く。
そう。政治は軍事に優越する。その逆があってはならない。
問題は「理性ではわかるが感情が反発する」という類のものだ。
これの制御ができなければ、強硬論を吐く連中と、それに付和雷同した連中が暴走してとんでもない事態に陥りかねない。
特に今回は「試し合戦で勝った」という事実に、気を大きくした在大坂の連中が不満を持つ可能性があるから舵取りが難しくなる。
流石に上層部は一致団結しているが、奥の人間や中~下級の中では、秀頼の前の中の人に媚びるためか、強硬論を吐く人間もそれなりにいるのだ。
(そう言った点では木村や仙石を今回連れて行ったのは正解だったな)
大坂の若手組の中でも成長株であり、かつ強硬論的な意見が強い両名が、今回の東下で学んだ事は多かった。まあ秀頼に近侍し、秀頼から直々に薫陶を受けたりもしたことや、徳川の本気の強さを身を以て知ったにも関わらず学べなかったらそれはそれで問題だが。
「幕府も東市正様に、国替えとして尼崎を領有するよう命じる位なら、高槻を与えてくれればいいものを。それならば悩まずに済んだのですが」
気が利かんなあ、と、朗らかな声で話す氏家行広に皆が苦笑する。
関ヶ原で牢人をし、辛酸をなめてきた男なだけに、こういう場面で場の空気を換えるのは手慣れたものであった。
「東市正。西方からの防衛についてはそなたの肩にかかっている。筆頭家老としての職務だけでなく苦労を掛けるがよろしく頼む」
「もったいないお言葉」
片桐は涙を浮かべながら平伏する。
一歩間違えるとこの件は「片桐は徳川の犬」と、排斥されかねない要因を持っているのだが、秀頼が直々に労いの言葉をかけ、且つ西方防衛の任を与えた事で、その要因を打ち消してくれた配慮に、片桐は感謝の念を覚えていた。
「野々村。尼崎築城については、軍務府の設計に任せる。郡及び中島と相談の上、対応せよ」
「御意」
野々村(憂鬱真崎)が承諾の声を上げる。
速水達が壊滅状態に陥っていた豊臣家の官僚機構を復活させるために行った方策の一つとして行ったのが、『府制度』の導入であった。
すなわち、筆頭家老を主君の相談・補佐役と位置づけ、その下に、筆頭家老の補佐役として中老が2人。彼らの下には『小姓』『納戸』『人事院』『会計検査院』が直轄し、大坂城の生活面での維持、人事の採用面や支出面について目を光らせている。
そして主君直轄にあるのが、『軍務府』『大蔵府』『内務府』『外務府』『農商務府』『法務府』『文部府』の7府であり、各総奉行がそれぞれの専門分野を統括する形になっている。
今回の秀頼の命令を、上記組織図から説明すると、軍務府総奉行である野々村が、軍務府の下部組織である『参謀所』奉行である中島と、大蔵府総奉行である郡と相談した上で、尼崎城の設計・建築を担当するということになっている。
この制度改正に伴い、官僚はまずは自分の専門分野を学べばいいことから、従来よりも使い物になる期間が短くなり、且つ責任体制も明確になるというメリットがあるのだが、その反面、従来よりもゼネラリストになる人間が少なく、セクショナリズム化が酷くなるという欠点もあった。
豊臣としてもそのデメリットを十分理解しており、官僚機構が整って以降は、各府間での人事交流を促進することを計画している。
「それと大坂城についても、総構を破棄するようにとあるが、これも動員兵力を考えるならば、総構があっても十全に使えるとは思えん。城下町の拡大も考えれば、破棄しても構わんだろう」
「御意」
全員が深々と叩頭する。
大坂城の総構の防御力は惜しかったが、あれも十万近い大軍が籠ってこそ真価を発揮するものである。
現状の豊臣の動員力は無理をしても数万(瞬間的には10万も可能だが、維持費用と指揮能力の問題で机上の空論でしかない)であることを考えると、総構の神通力は半減していると言っていい。
「無論、有事が発生した場合も考えねばならん。軍務府は、短期間で完成できる陣城作成の教本とそれをどこに設置するかの選定計画は策定するように」
「御意」
野々村と堀田が満足そうにうなずく。
これでこの時代では軽んじられていた工兵部隊の教育と、参謀教育の演習が継続してできるというものである。勿論、この教育においては「軍事は政治を優越する」などというアホなことは思わないようにしっかり教育しないといけないが。
「さて・・・最後の課題だが。これが一番痛いな」
秀頼の言葉に、全員が溜息をついていた。
377: yukikaze :2017/01/08(日) 18:41:04
「500石以上の船は、全て保持禁止か。うちが商船貸し出して利益得ている事への対応ですね」
「まあ朱印船貿易に使う船は例外規定貰っているが、これ畿内の廻船問屋顔真っ青だろ」
「海運業の強みは、輸送費用を削減することでの売値の低下ですからねえ。豊臣家の場合だと甲板設けているために積載量はやや劣りますが、その分大型にする事と、荒天に強いということで、損害費用が従来よりも大きく低下している事から、商人達も好んで賃貸借契約結びましたし」
「廻船問屋からの運上金も馬鹿にできん額なんだがなあ・・・」
多分、東国の廻船問屋が幕府に泣きついたんだろうなあと。
で・・・「商船と言えども軍船に転換できる」とか理屈をつけて、制限に入ったと。
「せっかく、南蛮の帆船を基にして、採算性の優れた帆船作ったというのに」
「真野殿・・・」
もはや大艦隊指揮できないような運命になっているんじゃないのかと、転生者から同情の念を向けられている真野(憂鬱南雲)が、肩を震わせているのに、同じく海運関係の仕事につかされた淡輪(憂鬱古賀)が、同情するかのように肩を叩いている。
「賃貸借契約の条項を見直しする必要が出てくるなあ・・・」
「船も場合によっては、荒天性に目をつぶって、甲板なしにするか?」
「そこら辺は船主との協議事項だな。こちらに責任を持たれても堪らん」
御家取り潰しの危機から救われた豊臣家であったが、彼らの苦労は続くことになる。
378: yukikaze :2017/01/08(日) 18:49:16
投下終了。試し合戦やその他もろもろでお家取り潰しや転封からは免れた豊臣家でしたが、これまでの負債は大きかったという話です。
蝦夷地開拓は、定番ネタでもありますが、牢人問題と食糧問題を解決できる策である(そして本音としては幕府に蝦夷地開拓に目を向けてもらう代わりに西国に目を向けないようにする)メリットを、詳細なデータとともに渡すことで実現性を高めることにしています。
幕府としても、この2つのメリットと、豊臣家がため込んでいた予算の半分強を放出するという点を考えれば「成功すればもうけもの。失敗しても牢人と豊臣家にダメージが来るだけ」という算盤はじいています。
まあ綱吉の時には「北海府は天府の国」と、一大食糧供給生産地に発展しており幕府の海防方針にも無茶苦茶影響及ぼすことになるのですが。
城割りについては、これまたケジメとしてやらないといけない羽目に。
なお、秀頼達は言及していませんでしたが、片桐且元はともかく、それ以降の片桐家が尼崎防衛を本気でやるかはかなり疑問視しており、場合によっては3方からの幕府軍が無傷での進撃という可能性も視野に入れています。
最後の500石以上の船没収は史実通り。ここから幕府と豊臣家との間で攻防が繰り広げられます。
一応ネタはここまでしか考えていないのですが、気が向いたら続編作る予定です。
誤字修正
最終更新:2017年02月09日 21:22