605: 333 :2017/01/09(月) 18:10:17
フローデ達の憂鬱 番外編
レーミュ・ウェフ・ゲシュノス・ゲーシュラド
島居臣義元義忠はアーヴとしては平均的である。
そこそこ古い家に生まれ、そこそこの職に就き、そこそこの収入を得てそこそこ幸せに暮らしている。
今日も彼は仕事に精を出していた。
「算術野182領域に不具合…チッ。ここを作ったのは誰だ。まったく、雑な組み方するからこうして後から問題が出るんだ。」
無意識に口から言葉が出てくる。
ゲーシュラドは今仕事をしていた。しかしその体は椅子に座り、目をつぶって休んでいるようにしか見えない。
アルファ
いや、一つだけ普段と違う部分があった。頭環だ。
通常頭に被る環のような形をしている頭環が額から頭頂部までを覆っていたのだ。
「よし。これで論理野はひとまず完成だな。…さて、残りの部分も仕上げておくか。」
通信用頭環と呼ばれるこの機器は通常の頭環とは少し違った機能を持つ。
ダテューキル エーフ
思考結晶に接続し、思考結晶網の海を泳げるのだ。
フローシュ
頭環とは本来電磁波を放射し、反射して帰ってきたものを捉えて空識覚器官に送る機械である。
リルビドー
アーヴは空識覚器官から送り込まれた情報を前頭葉、航法野で処理してそれを感覚として受け取るのだ。
通信用頭環とはこれを通信に利用したものである。
電磁波を放射する機能を使って信号を送り、送られた信号を受け取って航法野で処理できる信号に変換する。
これを繋ぐことでアーヴは脳を直接思考結晶網に接続できるのだ。
フロクラジュ
空識覚で思考結晶網を認識できるアーヴは情報分野において他人種を抜き去る成果を出せる。
アイプ
”赤い積み木の上に青い積み木を置き、その上に三角の積み木を載せる”と文字にして表さなければならないのが地上人だとしたら
それぞれの積み木を目で見て手で触り、組み上げることが出来るのがアーヴなのだ。
積み木ならまだしも、これが巨大な建造物となれば文字で表すのは至難となる。しかしアーヴならばそれほど複雑な情報製品でも
組み上げられるのだ。
当然その製造効率も製品の品質も段違いとなる。アーヴ帝国においてアーヴ製の工業製品は殆ど出回ることはないが、情報製品に関
ナヘーヌ
してはあらゆる地上世界を席巻し人類社会の半分をその市場としていた。
アローシュ
アーヴ帝国の帝都、ラクファカールはそうした情報産業の中心地である。必然的にその思考結晶網は広大となっており、
アローシュ・セラ
偽りの帝都の異名を頂いていた。
606: 333 :2017/01/09(月) 18:11:45
アーヴが8つの都市船に乗って宇宙を放浪していた頃から、星間交易の主製品は情報であった。
巨大な都市船といえど空間には限りがあるし、物理的な荷物を運ぶのにかかる手間も費用も膨大なものとなったからだ。
星々を股にかける彼らが最も多くの情報と接触し、最も進んだ科学を持つに至ったのは必然だったといえるだろう。
ソトフェール・ファーゾト
平面宇宙航行理論もそうして生まれたものだが、人類が星間国家を築くようになってからもそれは変わることはなかった。
いや、変化はあったのだ。平面宇宙を介して行き来できるようになったことで物理的な製品を産業にする星系も現れたし自給自足が
できない星系というのも作られるようになった。
しかしそれでも交易の主製品が情報でなくなることはなかった。輸送にかかる費用が大きすぎるのだ。
フラサス
時空泡はただ静止しているだけでも膨大な燃料を消費する。
星系から星系に移動しようとするとその分の燃料代は途轍もないものになってしまう。
しかも時空泡は内包する質量が増えれば増えるほど移動が遅くなる。つまりそれだけ燃料を食うことになる。
だからこそ殆ど重量を持たない情報が交易の主製品になるのだ。
そしてアーヴは帝国内における星系間の物流を独占しており、情報製品の質も他の追随を許さない。
結果としてアーヴの殆どは情報製品の製造か、その輸送に携わることになる。
アーヴの人口はおおよそ3億人。情報産業がなければ、この10分の一しか養えないだろうといわれている。
逆に言えば、情報産業こそがアーヴの9割を養っているのだ。
人類世界の半分、1兆人の市場を握っているというのはそれだけ大きな利益をアーヴに齎していたのだ。
607: 333 :2017/01/09(月) 18:13:02
「とーさん!おつかれ!」
ゲーシュキル
息子の義弘が駆け寄ってくる。
ゲーシュラドは仕事で疲れた頭を癒すためにも家族との団欒を楽しむことにした。
「お疲れ様。ゲーシュキル、今日はお父さんに言いたいことがあるのよね?」
妻が息子を連れてくる。どうやらどこかに言っていたようだ。
セズ・ローニュ
「今日ね、今日ね。風の園に行ってきたんだよ!一人で!」
一人で、との言葉に思わず妻を見る。
ポーニュ
「私もついて行きましたけどね。でも交通艇を動かしたのはゲーシュラドなのよね?」
「うん!とーさん、偉い?偉い?」
妻もついて行ったとの言葉に安心して息子を褒める。息子はまだ7歳。その年で交通艇を駆るのは同年代と比べても早い方だ。
風の園とは帝都に幾つもある施設の事だ。
無重力の中を風が吹いており、その中を遊泳するのだ。
空間種族であるアーヴにとって無重力というのは幼い頃から慣れ親しむ感覚だ。だからこそアーヴは無重力に安心感を感じる。
フロクラジュ
風の園はそれに加え、幼児が空識覚を身につけるのに最適な遊び場でもある。
息子はそこに行って遊んできたのだろう。
「そういえばお前と会ったのも風の園だったな。」
「なつかしいですね。あの時はまだ私もこの子くらいだったかしら。あなたは管理人でしたね。」
二人で笑う。歳の差は50ほどだが外見からはそうと知れない。
アイプ
地上人は近い年齢の人物との結婚を望むが、老化しないアーヴはそうでもない。
たとえ歳の差が100歳あっても、外見からではほぼ同年齢に見えるからだ。
「今度お隣さんと一緒にいくのもいいかもしれないな。あそこの子はたしかうちのゲーシュキルと2歳違いだったかな?」
「ええ、たしかそうだったと思います。そのときはあなたも一緒に行きましょうね。」
アーヴは宇宙空間を生活の場とする。
それゆえその住居は宇宙船の機能を兼ね備えており、緊急時には移動することも可能になっていた。
ウィクリュール
その関係上多くは退役した軍艦が改装の上で使われ、それを幾つも繋げて集合住宅にするのだ。
ポーニュ ドーリャイ
空間を隔てた所へ行くには交通艇を駆るか乗合船を利用するしかない。
相対位置も変わるため、そうした場所は隣とは表現しないのだ。ある時期には近くでも時間がたてば大きく離れたりするからだ。
「もちろん。楽しみにしておくよ。」
二人はどちらからともなく微笑む。
なんの変哲も無い、帝都の日常だった。
608: 333 :2017/01/09(月) 18:13:46
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最終更新:2017年02月09日 21:42