628: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:01:57
1931年9月21日満州王国旅順。
吉林省の張作相から間島の共産武装勢力を見失ったとの報告を受けて以降、旅順に駐留している日本陸軍関東軍は蜂の巣をつついたような騒ぎを繰り広げていた。
「間島以外の反日勢力やアカどもの動向は確認できているのか?」
「朝鮮が満州に降伏!? まるで意味が分からんぞ、何が起きてる!」
「満鉄調査部からの報告はどうした! 鉄道客の監視情報を早くもらってこい!」
「国境警備隊に封鎖と捜索を要請する書類をどこにやった!? ……違う朝鮮じゃない、シベリア方面のだ!」
「イギリス大使館の担当者からの連絡はまだか!」
米ソの陰謀を利用した二重謀略を実行している最中に不確定要素が野放しになったという情報は否が応にも関東軍の神経を尖らせ、満州に展開する日本軍全体の緊張度を引き上げていた。
大日本帝国が全てを掌握していると自負していた満州で、厄介な思想を持つ武装集団を見失ったのだから日本陸軍の慌てようは当然の事であった。
そして誰も予測していなかった奉天軍閥敗北の情報に関東軍司令部は更なる喧騒へと叩き込まれる。
「馬占山の奉天軍が、大虎山周辺で待ち伏せを受け敗退!」
「大虎山だと? 間島の共匪どもか!?」
熱河省で問題となっていた親
アメリカ系馬賊の掃討に向かった馬占山率いる奉天軍は、大虎山近郊で移動に利用していた鉄道路線を爆破され混乱。
爆破による被害そのものは軽微に収まるが、進軍を停滞させた奉天軍にアメリカ製銃器で武装した集団が襲い掛かり少なくない打撃を与えて大虎山へと逃走する。
襲撃を受けた馬占山の部隊は当然追撃に移り、無造作に踏み込んだ大虎山に塹壕を構築して潜んでいた馬賊の伏撃を受けて敗北してしまう。
この戦闘を皮切りに満州各地で奉天軍閥に対する襲撃が発生し、奉天軍閥は反日英の武装勢力を掃討するはずが散発的に繰り返される襲撃によって逆に損害を積み重ね、戦乱は日英の走狗である奉天軍閥に対する反張作霖運動へと変化していく。
(……間島から大虎山の間には奉天がある。奉天軍閥の根拠地を突っ切って、共匪が短時間で移動できるものだろうか?)
夜になっても慌ただしく動き続ける関東軍司令部の中で、一人黙考するその男は異彩を放っていた。
(義烈団、赤旗団、ML派、山岳派……間島から居なくなったのは鮮人系共産組織だ、逃げ込むなら半島だろう――奉天軍を襲っている連中は別物か?)
ビジネススーツの上にコートを羽織りさらに帽子を被った不審者など、本来であれば司令部付きの衛兵によって即座に叩き出されてしかるべきなのだが、ふらりと現れた時に告げた『情報局特務』の肩書が喧騒を極める司令部の片隅に男が席を占める事を認めさせていた。
村中孝次陸軍中尉。
転生者(憂鬱世界から)としてこの世界に生まれた彼は自分が尊敬していた
夢幻会の正体を知ってかなり落胆したが、基本的に愛国者である彼は大日本帝国の為に夢幻会と協力する事を決意し、前世の経験を生かして情報局の若きエリート諜報員としての活動を行っていた。
当然今回の騒動でも米ソに対する情報収集や防諜活動に参加しており、共産勢力の失踪や馬占山を襲撃した勢力については出し抜かれた側である。
(大規模な捜索や武力対応は関東軍に任せて、こっちは奉天軍閥や現地協力者の洗い直しから始めるか。我が軍へ赤色細胞が浸透している可能性も調べる必要があるな……)
「――誰が糸を引いているのか知らないが、皇国に喧嘩を売った以上タダでは済まさんぞ」
今後の方針を決めると村中は一人呟き、関東軍司令部を後にする。
歩き慣れた満州の夜の向こうに、追い詰めるべき獲物の姿を見据えながら。
629: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:02:48
夢幻会の憂鬱
10月2日朝鮮王国漢城。
朝鮮王国政府が行った鉄虎兵連隊への治安維持要請により、漢城で吹き荒れていた暴動の嵐は一気に収束へと向かっていた。
首都へ向かう微弱な、そして最後の障害となっていた朝鮮王国軍が道を開けた事で鉄虎兵連隊はその日のうちに漢城への入城を果たし、大通りを悠然と進むMk.Ⅰ戦車の姿を見た「朝鮮革命軍」を名乗る武装勢力は蜘蛛の子を散らすように逃げ出して雲散霧消する。
光化門に到着した愛新覺羅顯シはそこを指揮所として鉄虎連隊の歩兵部隊や朝鮮王国軍の残存兵力、そして朝鮮王国近衛隊に命令を下し始め、傍観に徹していた日本軍や満鉄の警備部隊も鉄虎兵連隊の要請を受けて治安の回復に乗り出し、次々繰り出される王女の指示を受けて走り回る奉天軍閥次期首領の努力により、米ソに扇動された武装勢力は次々と捕縛されていった。
「申性模はまだ戻らないのか。脱出の手筈はどうなっているんだ」
「この状況で簡単にアメリカ人と会える訳がないだろう。漢城には満鉄や日本軍の眼が溢れてるんだぞ」
『暴徒の襲撃』を受けて無人となった民家の窓から外を眺めながら李承晩が苛立たしげに呟くと、金九が面白くなさそうに鼻を鳴らして応じた。
馬鹿にしたような同輩の言葉に李承晩はまなじりを釣り上げたが、怒りで開かれた口からは既に同様のやり取りを何度も繰り返している徒労感が漏れただけで何も言葉は出てこなかった。
李承晩も金九も共に朝鮮民国臨時政府の主席と内務大臣を務める独立活動家だったが、今や日英のみならず祖国である朝鮮王国にさえ追いかけられる反逆者の集団と成り果ててしまっていた。
朝鮮人武装集団を越境させて満朝の武力衝突を引き起こし、朝鮮革命軍という俄か仕立ての暴徒により国王を始めとした朝鮮王国政府を排除。
混乱する朝鮮半島に共和制政府をでっち上げ日英の勢力圏から切り離そうというアメリカの目論見は、鉄虎兵連隊による暴動の鎮圧と漢城の治安回復により完全な画餅と化していた。
これによってアメリカが承認する共和制政府に収まるはずだった李承晩達の予定もあっけなく破綻してしまい、朝鮮民主政権の首脳という甘い夢に惹かれて集まった男達は、臨時政府樹立を宣言する事も出来ずに漢城の片隅から動けなくなっている。
それもこれも僅か一個連隊で戦争を始めた満州王国王女の無鉄砲と、たった一個の連隊による侵攻から国を守る事も出来ず降伏した朝鮮王国政府の無所見のせいだった。
「……王国政府の愚策を批判して、民衆を決起させられないだろうか?」
「民族運動を引き起こして共和革命に繋げるのか」
重苦しい空気と未来予想を打開しようと金九が口にした提案に李承晩は目を輝かせて賛同するが、傍で話を聞いていた臨時政府外務大臣・金奎植は呆れを込めて首を左右に振る。
「それは我々が――」
「鉄虎娘々マンセー!」
「……あの連中より大声で話す事が出来たらの話だろう」
「恥知らずの病身どもめ」
街中から聞こえてくる満州王国王女を称える住民の声に、李承晩は何度目かになる侮蔑を吐き捨てる。
漢城の住民は瞬く間に首都の治安を回復させた満州の美しき王女に喝采を送り、鉄虎兵連隊はその連隊長と共に朝鮮国王など足元にも及ばない信頼を朝鮮の民衆から寄せられていた。
日本の、というより日本の夢幻会の干渉による後金のヌルハチへの服属から300年近く、ただひたすら女真族に臣従してきた朝鮮人の中には愛新覺羅顯シの侵攻を『主君の帰還』と捉える者も多く、政府が鉄虎兵連隊へ事実上降伏した事さえ朝鮮儒教的発想から称賛する声が上がっている。
世界中の植民地が渇望している『独立』という立場を自ら捨て去ろうとする朝鮮民衆の言動に、名目上とはいえ独立国として朝鮮王国を成立させていたイギリスは首を傾げていた。
「このままでは――」
朝鮮民族は日英の走狗になった女真族の、さらに下の奴隷になってしまう。
怒りに震える李承晩が打開策を求めるベく口を開いた時、窓から飛び込んできた何かが臨時政府首脳達の間へと落下する。
ゴトリと音を立てて床の上に転がったそれは、黒塗りの缶詰に木製の柄を差し込んだような形状をしていた。
中空構造になった柄の頭から薄く煙を漂わせるそれが、欧州の塹壕戦に参加したイギリス軍将兵によって『ポテトマッシャー(じゃがいも潰し器)』と命名された柄付き手榴弾だとその場にいる人間の頭が理解するよりも早く。
金属製の弾頭部に詰め込まれた炸薬が、朝鮮半島の権力者を夢見た男達をまとめて吹き飛ばしていた。
630: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:03:22
「朝鮮民国臨時政府を名乗る武装集団の殲滅が完了しました、殿下」
「ご苦労だった、少佐。しばらく休んでいてくれ」
暴徒討伐から戻ってきた洪思翊が憮然とした表情で報告すると、一個連隊で漢城を占領した満州王国の王女はにこやかに笑いながら労をねぎらった。
他国の人間に顎で使われる不満を隠そうともしない被占領国の少佐の姿が指揮所から消えたのを確認し、愛新覺羅顯シは一通の書類を取り出して報告を受けた集団の名前を探し始める。
「民国、臨時政府……ああ、コイツらか」
王女はリストに纏められた朝鮮民国臨時政府構成員の名前を見ながら冷笑する。
「はっ、王の分家筋が反逆者筆頭とは、伝統美なのか恥知らずなのか」
「……よろしいですか、殿下」
どうして朝鮮の地下組織の名簿なんか持っているのだろう、と疑問を抱きつつ、参謀飾緒を付けた副官へと順調に権限が縮小されている張学良は良く分からない行動を取っている上官へ意見具申する事にした。
「洪少佐の態度なら気にするな。気骨のある高麗種が居て僕は嬉しいんだ」
お前より使い勝手があるかもしれん、と楽しそうに笑う王女に顔を引き攣らせ、奉天軍閥次期首領は主の暴走に苦言を呈する。
「そうではなくてですね……暴徒共を勝手に始末してよろしいのですか? 首魁を捕えて連中がアメリカと結託していた証拠を押さえなくては、日英との間で問題になりかねませんが」
満朝の武力衝突と共にアメリカが蜂起させる武装集団を鎮圧。
反日英勢力を殲滅し、アメリカが支援していた証拠を掴んで日英の外交得点とする。
それがアメリカの脚本を元に日英が計画している事ではなかったか。
少なくとも張学良が事前に聞いた予定ではそういう手順になっていた。
しかし、
「そんな事は知らない」
あっけらかんとした王女の返答に張学良は思わず唖然とする。
「アメリカが高麗種を煽った証拠を見つけられなくて日英が困ろうが、僕の知った事ではないな。そんな事は僕が受けた命令には含まれていない」
そして続けて愛新覺羅顯シが発した言葉は更なる衝撃を張学良の頭に叩き付けた。
今、この王女様は誰かの命令を受けて行動していると言ったのか? その場の勢いや思い付きで行動していたのではないと?
傀儡国家とはいえ仮にも一国の王女に命令を下せる、日英さえも利用しようとしている『誰か』とは何者だ?
いや、そもそも図們江を越える前に王女はなんと言っていた。
――我らが帝国の復活と、そう宣言していなかったか?
戦慄を通り越した恐怖が張学良の背中を冷たく滑り落ちる。
「殿下……殿下『達』は、いったい何を企んでいらっしゃるのです!?」
「企むとは失礼な奴だな、不敬罪モノだぞ」
自分達とは違う予定で事態が動き始めていると気が付いた張学良の顔を面白そうに見やり、愛新覺羅顯シは手にしていた書類を無造作に捩じって灰皿に入れると軍用の蝋マッチで火を付けた。
小さな炎を上げながら白い灰と化していく書類を満州王国王女が眺めていると、新たな混乱が伝令の姿をして飛び込んでくる。
中華民国・北洋軍閥直隷軍、万里の長城へ向かって北上。
大英帝国によって国土を切り取られた袁世凱の後継者達が動き出そうとしていた。
「さあ、奉天に戻ろう――第二幕の幕が上がる」
立て続けに与えられた衝撃に顔面を蒼白にした連隊参謀に声を掛け、鉄虎兵連隊連隊長は次の舞台へと足を進める。
「……僕は与えられた役割を演じてみせるだけだ」
寂しげな呟きを光化門に残して。
631: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:03:56
10月5日中華民国山海関。
三日前、突如として北上を開始した直隷軍と慌てて駆けつけてきた奉天軍との睨み合いは、中華王朝と北方騎馬民族の対立を再現するかの如く万里の長城を挟んで一触即発の空気を醸し出していた。
奉天軍閥・楊宇霆、張景恵旗下二個師団4万名。
北洋軍閥・直隷派、呉佩孚率いる一個軍6万名。
両軍合わせて10万もの将兵が死を覚悟して睨み合う国境線――だというのに、前線から少し下がった中華民国陸軍参謀総長・呉佩孚の幕営には『兵家必争之地』にいささか相応しくない、緩んだ空気が漂っていた。
「日英に踊らされて東奔西走、雨亭(張作霖)も配下も災難な事だ」
アメリカの笛で踊る俺に言えた義理ではないが、と自嘲しつつ呉佩孚が紙巻煙草を咥えると側近の白堅武が慣れた呼吸で火を付ける。
「兵達にはこちら側から手を出さないように指示してあるな?」
「やる気が無いと奉天の連中に気付かれないように、徹底しております」
全てを心得た腹心の回答に直隷派首領は一つ頷いて、面白くなさそうに紫煙を吐き出す。
軍閥の主が前線に出てくるような本格的な侵攻、と見えるこの情勢は、満州の動乱を助長し日英の動向を拘束する為にアメリカ合衆国が望んだ一時しのぎの茶番に過ぎなかった。
1911年の中華民国建国――否、米露がそそのかして破滅的敗北を喫した日清戦争以来、中華の大地とそこに住まう住人達は東西の列強によって好き放題弄ばれていた。
清朝の軍隊が大日本帝国に蹴散らされたのを皮切りに、利権欲しさに列強が支援する軍閥と革命勢力によって清国が滅ぼされ、辛亥革命の片棒を担いだ中華民国大総統・袁世凱は国内安定を謳うイギリスに騙されてモンゴル、チベット、トルキスタンといった辺境部に独立された上、満州朝鮮に二つの傀儡国家を建国されてしまう。
イギリスの甘言に乗って祖国を切り取られた袁世凱に激怒した孫文の国民党が武装闘争を開始すると、欧州の戦乱で日英の圧力が下がったアメリカがこれを支援して南京を中心に勢力を拡大。
各地の軍閥の支持を失った袁世凱は登極を夢見る事も出来ず1916年に病没し、北洋軍閥自体も段祺瑞、王士珍、馮玉祥といった北洋三傑の派閥に分裂していく。
さらに世界大戦が終結すると列強はこぞって余剰となった自国兵器を中華大陸に流し込み始め、戦力を拡充した軍閥は北京政府、南京国民政府の制御を離れた地方政権へと変貌していった。
直隷派・呉佩孚、安徽派・段祺瑞、西北派・馮玉祥、山西派・閻錫山、広西派・李宗仁、雲南派・龍雲
、四川派・楊森。
そして孫文の跡を継いだ国民党・蒋介石、ソ連=コミンテルンが浸透させた中華ソビエト。
春秋戦国もかくやという中華民国の状況を列強、特に日英同盟は大いに歓迎した。いや、日英が率先してこの状況を作り上げようと行動していたと言っても良い。
利権の邪魔になる匪賊馬賊や弱小勢力を現地軍閥に討伐させ、軍閥同士の争いではどちらかが決定的な勝利を得ないよう支援の量を調整し、中華を統一できる勢力が産まれないよう立ち回って武器を売りさばき莫大な利益を上げていた。
中華を統一させない為に君主制資本主義国家にとって不倶戴天の敵である共産主義集団・中華ソビエトに対する弾圧さえ妨害し、蒋介石が行おうとした北伐は日英の支援を受ける独立志向の強い南方軍閥の離反で実行前に空中分解させられる。
「分断して統治せよ」という英国の思惑通り、中華民国は七派二党の勢力が蠢く軍閥時代から抜け出せずにいた。
列強によって分断されその利益の為に血を流して争い続ける祖国の現状や、列強の思い通りに動かねばならない自分自身に呉佩孚も思う所がない訳ではなかったが、今は日英の支援を受けて北京政府を支配する段祺瑞に対する対抗心の方が愛国心を上回っていた。
「まずはアメリカの支援で段祺瑞から北京を取り戻す。力を付けねば国をまとめる事など不可能だ」
決意を込めた呉佩孚の呟きに白堅武が同意すると、不意に幕営の周りが騒がしくなってきた。
「何事か?」
「満州で何かあったのかもしれません、すぐに確認を」
そう言って白堅武が外に出ようとした時、奉天軍と睨み合う前線の方から散発的な炸裂音が聞こえてきた。
それはたちまち連続した音の連なりとなり、瞬く間に聞き慣れた戦場音楽の響きとなっていく。
「戦闘? まさか、奉天が仕掛けてきたのか」
「連中に余計な敵を作っている暇は無いはずですが……」
主従揃って首を傾げる直隷派首脳の疑問をよそに万里の長城を挟んだ銃撃は激化し、奉直両軍の指揮官が慌てて事態の収拾に動き始めた時にはすでに本格的な全面衝突へと発展していた。
中華の大地が漢と呼ばれる以前から城壁が築かれ、中原の略奪を望む北方蛮族とそれを押し留めようとする中華王朝の抗争の場となってきた『天下第一関』は、一千年以上の時が経過してもなお戦場となる定めにあるようだった。
632: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:04:32
もちろん、万里の長城を揺るがす軍閥同士の争いは土地が持つ宿命や気まぐれな神の悪戯などではない。
そのような形而上学的妄想を否定する、確固とした革命の意思が働いた結果である。
「――戻りました、同志ニコリスキー」
「большой(素晴らしい)実に良い手際だったよ、同志林彪」
山海関を望む山の中腹で中華ソビエト労農紅軍士官・林彪の帰還報告を受け、ニコリスキーと呼ばれた労農赤軍情報局GRU極東委員ウラジーミル・ネイマンは満足げに頷いた。
実際、奉直両軍の望まぬ対決を引き起こして無事に戻ってきた林彪の部隊の手際は大したものであり、奉天側、直隷側と射撃位置を入れ替えて銃撃を繰り返し、散発的な銃撃戦を大規模な武力衝突へと育て上げた戦術眼は見事というほかなかった。
戦うつもりなど毛頭無かった両者が砲撃も交えた熾烈な戦闘を繰り広げているのがここからでも良く見える。
「これならば瑞金で待つ同志達の目的も、容易く達せられるだろう」
専制主義者の走狗と革命反動の軍隊が殺し合っている隙に、また一つ革命が進められるのだ。
楽しげなニコリスキーの言葉に若き紅軍士官は首を傾げ、北の大地へと視線を向ける。
「奉天の同志達への支援はもう良いのですか?」
「フン、修正主義者どもの軍事的冒険など放っておけばいい」
林彪の疑問にニコリスキーは不快気に応え、混乱が続く満州王国でソ連共産党政治局KPPが実行しようとしている無謀な作戦を思い出して顔を顰めた。
米ソが日英の裏庭で策謀を張り巡らせ始めた時、アメリカ合衆国は陸軍軍事情報課MIDに権限を一本化して作戦を開始したのに対し、ソビエト連邦は共産党政治局KPPと赤軍情報局GRU、二つの組織の下で共同作戦を行うと決定した。
これはソ連上層部が国内の主導権争いでいまだ揉め続けているからで、決してGRUとKPPが和解して帝国主義に立ち向かおうと一致団結した結果ではない。
その証拠に極東におけるGRUとKPPの活動領域は中華民国がGRU、満州朝鮮がKPPと万里の長城を境にきっかり二分されてしまっており、日英という二大列強を向こうに回した諜報戦を展開するにはまったく不合理だと言わざるを得ない状況となっている。
「瑞金と違って満州は日英の庭だ。ろくな準備も無く決起した所で帝国主義者どもに押し潰されるのがオチだよ」
軍事行動ならGRUに任せておけば良い物を、手柄を焦るスターリンが横槍を入れて介入したせいで満州における革命活動は大幅に後退してしまうだろう。
同志トロツキーへの子供じみた対抗心のせいで敗北させられる満州の革命闘士を憐れみつつ、ニコリスキーは不安そうな表情を浮かべた
アジアの同志の肩を力強く叩いて「我々は違う」と笑いかけた。
「同志毛沢東が根拠とする瑞金は天然の要塞だ。帝国主義者や反動勢力を迎え撃つ準備も出来ている。そして何よりスターリン達修正主義者には無い、世界革命への信念がある」
絶対の自信を滲ませたGRU極東委員の言葉に林彪が安心したように頷くと、ニコリスキーは奉直激突という難事を成し遂げた英雄達に撤収を命じる。
「さあ! 急いで瑞金へ戻ろう――胸を張って我らの国家の誕生に立ち会おうではないか!」
1931年10月10日。
中華民国江西省瑞金において中華ソビエト共和国の建国が宣言される。
史上二つ目の社会主義国家成立は、混乱の全てを把握していると思い上がった日英の慢心を打ち砕く、共産主義者達からの宣戦布告に他ならなかった。
633: 百年戦争 :2017/01/09(月) 22:05:49
投下終了です
wiki転載などOKです
張作霖&呉佩孚「全てはコミンテルンの陰謀だったんだよ!」
最終更新:2017年02月09日 21:44