654: 333 :2017/01/10(火) 21:10:02


皇紀4952年。
ソード・ガガマタ・スィヴ ソード・キュトソクンビナ・ケイク   ブルーヴォス・ゴス・スュン               バール・フリューバル
スィーヴ882門とケイシュ192門から始まった四ヶ国同盟の奇襲作戦は事前に察知していた天の帝国によって打ち砕かれた。

成功の確信をもって決行された作戦が失敗したことに四カ国同盟は狼狽し、世界を敵に回した戦争という事態に帝国はその戦意を

(過剰なほどに)滾らせていた。

だが帝国にもこの事態に頭を痛める人々は存在した。

夢幻会の面々もその一員だった。

「それで、世論工作はどうなっていますか?」
               レンド           スリー
こうした謀略に関しては嶋田以上に向いている辻が諜報部所属の夢幻会員に尋ねる。

「はい。まずは人類統合体についてですが…。」

彼は部下からの報告書を読み上げていく。



フローデ達の憂鬱 第二章




人類統合体 首都センタールⅢ

2つの有人星系を持つセンタールは四ヶ国連合では最も豊かな星系である。

同時に統合体市民の割合が多い星系でもあり、星系市民は少ない。

平面宇宙を利用した星系間の行き来が出来るようになっても、その移動にかかる費用は庶民に手が出るものではない。

必然的に星間国家であるにも関わらず、各星系の国家への帰属意識というのは薄いのだ。

現在既知宇宙にある5つの国家はそれぞれの手段でそれに対処しているのだが、人類統合体は最も基本的な手で国家への帰属意識を

育む試みをしていた。(そして概ね失敗している)

その一環が市民を一等市民と二等市民に分けることである。

「政府は昆虫人に屈するな!」

「人間は化け物に抗い続けなければならない!」

今日もセンタールⅢの街角で市民が行進している。ここ数日は見慣れた光景だった。

そして熱狂する人々を何処か冷めた目で家々から見つめる人々もいた。

前者が統合体市民、後者が星系市民である。

人類統合体は最も進んだ民主国家を謳っているが、各星系にしか帰属意識を持たない民衆に選挙などさせては議会が動かなくなる

のは目に見えている。

それゆえ地元への愛着心を取り除き、”民主的”な価値観を植え付けられた市民しか国政には参加できない。

それが統合体市民であり、星系への政治参加しか認められないのが星系市民である。

だがこの時ばかりは統合体の上層部も頭を抱えていることだろう。なぜなら自分達が行ってきた同化政策が完全に裏目に出ているか

らだ。

先に述べた国政参加の制限の他に、人類統合体は共通の敵を作り上げることで国内を纏めようとしていた。

共通の敵とは言うまでもなくアーヴであり、アーヴを滅ぼすことこそ民主主義者の、いや”真っ当な”人間の使命だとしてきたのだ


疾患治療以外での遺伝子操作を認めない人類統合体にとって新たな感覚器を作り出しあまつさえ脳に新たな領域を作るなど化け物の

所業としか言えなかったのだ。

勿論アーヴが現存最古の帝国であり、ここ2000年ほどは最後の帝国であり、自己申告では5000年も続く帝政国家であり、

過去無敗にして残虐行為を何度も働いた帝国であると言うことも敵意を醸成するのに好都合だった。

655: 333 :2017/01/10(火) 21:11:07

「化け物どもは自らが先に攻撃されたと主張している。その真偽は脇においても、それで何がいけないのか!政府はなぜ即時宣戦

しない!化け物を駆逐し、人類に明るい未来を取り戻すことこそが政府の役割ではないのか!」

街頭で中年の男性が演説している。

統合体市民はそのように教育されている。いや星系市民でさえも、戦争を厭うことはあるがアーヴを擁護するのかと問われれば

黙ってしまうほどなのだ。

民主制こそが最良の政治体制である。しかしアーヴは人類が文明を手にしたときから人類種の敵対者でありつづけ、世界と人類を

支配し己の都合がいいように圧制を続けてきた。一度は団結した人類に敗退したものの彼らは太陽系を殲滅することで巻き返し、

今再び世界を暗黒に包もうとしている。

反遺伝子操作と民主主義賛美が行き過ぎた人類統合体は世界の敵という立場に晒され続けてきたアーヴと同じくらい、いや場合に

よってはそれ以上にこじらせてしまっていた。

だが平時であれば歓迎したであろうこの民意も、戦時一歩手前の現状では政治家にとって厄介でしかなかった。

なにしろまともに戦えば帝国相手に勝ち目などないのだ。

だからこその帝都侵攻作戦であり、そのための奇襲攻撃だったのだ。

奇襲が失敗した以上、もはや戦いに勝ち目などない。ならば今すぐ頭を垂れて許しを請うのが最善のやり方なのだ。政治家が国の

理念を信じていない訳ではないが、理念と国では国の方が大切である。

しかし帝国相手に謝罪などしては自分達の首が危ない。ひょっとすれば、物理的にも。

理念と現実の妥協こそが政治である。少なくとも民主主義においてはそうだ。

妥協が出来なくなった時、その国は暴走を始めるのである。

暴走した国の行き着く先は二つに一つ。破滅に向かって一直線か、その力であらゆる破滅を踏み潰すかだ。

656: 333 :2017/01/10(火) 21:12:10


「と言うのが人類統合体の現状です。」

読み上げられた報告書に夢幻会の面々は一様に呆れ顔をしていた。

「あの国も大変な国だと思っていましたが…ここまでとは。」

あんまりと言えばあんまりな状況にスリーでさえも呆れを声に含ませる。

「なんというか、まるで我々は悪の大魔王のようですね。」

「ハハハ、レンドさん。何を言ってるんですか。」

レンドが冗談のつもりで言うとスリーは返してくる。

「紛れもなく我々は悪の大魔王ですよ。そんなこと前世から分かっていたでしょうに。」

笑うに笑えない事実にレンドはため息を吐く。

「まったく、どうしてこうなったんだ。私は穏やかな生活がしたかっただけなのに。」

世の人はため息を吐くと幸せが逃げると言うが、一言物申したいレンドだった。

ため息を吐くから幸せが逃げるのではなく、幸せが逃げるからため息を吐きたくなるのだ。

「まあ天は人の上に人を作らずとも言います。ならば人の上に立つ我々為政者が人であってはならないでしょう。」

「神か悪魔か…いずれにしても化け物という事ですか。いみじくも彼らが言うように。」

そう言ってレンドとスリーは互いに笑いあう。ただしレンドは苦笑であり、スリーのそれは悪辣な笑みだったが。

「ところでハニア連邦の方はどうなっていますか?」

改めてスリーが訊く。本命はこちらなのだ。

夢幻会の面々も居住まいを正す。

「はい。先の戦闘…仮称イオラオス事変以来我々はハニア連邦に世論工作を行ってきました。」

反アーヴで固まっている人類統合体、人民主権星系連合体、拡大アルコント共和国とは違いハニア連邦では和平を模索する動きもあ

った。

帝国も、四カ国同盟の内3カ国も和平を言い出すことができない以上戦火が広がるのを阻止するためハニア連邦に接触していたのだ


「現在工作員を複数名潜り込ませています。これよりその報告書を読み上げさせていただきます。」

657: 333 :2017/01/10(火) 21:13:12



ハニア連邦 首都スーメイ星系 惑星ハニア

その日の仕事を終えた勤め人が酒場で酒を飲み交わしていた。

「おい聞いたか?戦争だってよ。」

「聞いた聞いた。まったく宇宙の連中も馬鹿だよな。」

人類統合体の熱狂と違い、ハニア連邦の市民は落ち着いていた。

ハニア連邦はアーヴ帝国に負けず劣らず特殊な事情を抱えた国である。

この国はアーヴとは正反対の価値観を持っているのだ。

端的に言えば宇宙に全く興味を持たず、地上での生活を絶対視していた。

「なんで宇宙なんかに関わりたがるかね。地上での暮らしが一番だってのにせまっ苦しい宇宙船で暮らす奴らの気が知れないよ。」

「そうだそうだ。それにこれ、見てみろよ。」

一方の男が端末を起動し、少し古い報道を表示する。傍らの男は肩を寄せてそれを読んだ。

「なになに。衝撃の真実!戦争を吹っかけたのは人類統合体だった!…だと?」

その報道はいかにも扇動的で事実無根の内容も書いていたが、ハニア連邦、いやスーメイ人を悪し様に書いていないことから男は

すんなりとそれを受け入れた。

誰しも自分が信じたくないものは信じず、信じたいものを信じるものなのだ。

「これが本当だったら宇宙派も馬鹿なことをしたもんだ。人類統合体に乗せられていらん戦争に参加するなんて。」

読み終えた男は宇宙派と人類統合体を罵る。

宇宙派とはその名の通り宇宙に重きを置く派閥であり、地上派と対立している。

ハニア連邦はスーメイ星系のスーメイ人が移民して作り上げた国である。その版図拡大は移民によってしか達成されていない。

元が一つの星系だったことから文化的均質性も高く、国力も人類統合体に次ぐ大きさである。

そしてアーヴ帝国以外の4カ国に共通する特徴として民主制国家であり、人類統合体と違って全ての人々に選挙権が与えられている


これが何を意味するか。

それは選挙によって選ばれる国の重鎮たちが地上に重きをなし、宇宙を軽視するということだ。

彼らは通常宇宙や平面宇宙を移民のための通り道程度にしか考えていない。

可住化可能惑星のためならともかく、宇宙の版図を広げるために戦うなど理解できないのだ。

一方の宇宙派は地上派に比べて圧倒的少数派である。

選挙によって選ばれない軍人などを中心にして存在するが、今は辛うじて国政を握っているに過ぎないのだ。

「しかしこれが事実なら議会は荒れるだろうな。宇宙派の馬鹿どもを追い出せるかもしれん。」

四ヶ国同盟が三ヶ国同盟にならなかったのはこの宇宙派がイオラオス作戦への参加を推していたからに他ならない。

しかしそれが失敗したとなれば宇宙派の失墜は免れないだろう。

宇宙派の支持は元々少なかったものがさらに減っていき、変わって地上派が実権を握りつつあった。

「ほんと、どうなんのかね。これから先。」

有史以来何度も繰り返されてきたその問いに答えられるものは居なかった。

夢幻会にさえも。

658: 333 :2017/01/10(火) 21:14:22
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最終更新:2017年02月09日 21:45