723: 333 :2017/01/13(金) 00:35:57
フローデ達の憂鬱 第二章
ルエベイ
皇紀4952年 帝都ラクファカール 帝宮
ブルーヴォス・ゴス・スュン
この日、謁見の間に四ヶ国連合の外交官達が集まっていた。
スケムソラジュ ガーント・フリューバル スピュネージュ ラマージュ
玉座に在すのは大和帝国第208代皇帝。珠章その人だった。
アーヴシュル
地上人で言えば十分老齢の域に達しているはずだが、そこは天人。若々しい美貌を保っていた。
しかしその美貌に見とれるような不埒者はこの場にいない。
地上人とは比べ物にもならない美しい容姿に意識を向けさせないほどの圧迫感が放射されていたからだ。
それは王者の気風。5000年の歴史と生まれながらにして支配者たるべく育てられた人格だけが醸し出すことのできるものだ。
今の自分達には出せないものだな。ハニア連邦大使、グェン・タウロンは思った。
「以前も私は同じことを訊いたと思う。だがその時は明らかなる答えを聞けなかった。故にもう一度、今ここで問おう。
………自らの責を認め、帝国の要求を容れるや否や?」
アブリアル
天窓から降り注ぐ恒星天照の光が。
どこからか漂ってくる伽羅の香が。
その身と鼓膜を震わせる声の音が。
全てが問いかけてくる。
お前にその価値があるのかと。王者と相対する資格があるのかと。
ハニア連邦が。人類統合体が。拡大アルコント共和国が。人民主権星系連合体が。
アーヴ
彼ら以外の全てが捨て去ったそれが。不要だと断じ、有害と切って捨てたはずのそれが問い詰めていた。
スピュネージュ・エルミタ
「皇帝陛下。私めらの望みは陛下と同じでございます。相互理解を深め、人類と宇宙に平和と繁栄を…、」
その空気を切り裂いて言葉を発したのは人類統合体の大使である。
美しい理想を振りかざして汚らわしい行いをする彼らだが、このときばかりは素直にグェンも尊敬した。
この空気でなお空虚な原則論を掲げることができる、その面の皮の厚さにだ。
最も外交官の面の皮は鋼鉄で装甲されていなければならない。その点自分は大使失格だろう。
しかしその綺麗なお題目、原則論すらも皇帝は気に入らなかったようだ。
「そうか。互いに解りあえず残念だ。私は人類の平和も繁栄も、望んでなどいないのでな。」
彼女は、人類最古の帝国の皇帝は、階の高み。
アマテラス
全てを見下ろして宣り給う。それこそまるで、太陽の女神のように。
「私が望むのは”人類”の平和と繁栄などではない。そなたらが言うところの”化物”の平和と繁栄だ。」
目に浮かぶのは明らかな失望。
元より、話はついていたのだ。だからこれはただの儀式に過ぎない。
それでも望みを失ったということは一縷の望みを持っていた、その証左に他ならない。
「そなたらが退けぬのならば、我等とて退けぬ。ならば…」
玉座から立ち上がり、彼女は詠うように告げる。
アルファ ガスサヘーム サトリェール アブリアル
額の頭環に頂く八咫鏡の形代を天照の光に輝かせながら。
「朕茲に戦を宣す。」
724: 333 :2017/01/13(金) 00:37:11
「お待ちください。」
しかしまだ話は終わっていない。
ついに自分の番が来た。グェンは緊張に乾いた口を意識しながら、言葉をかまないようにして話しかけた。
もちろんそんな内心は表に出さない。目の動き、心拍、瞬きの頻度。
あらゆる要素が己の心をさらけ出そうとする。それらを押さえつけられなければ外交官など務まらないのだ。
「申すがよい。」
ラマージュは簡潔に返す。これも事前に決められた手順だ。
しかしグェンとラマージュ以外の3人は知らなかったらしい。慌てて二人を見る。
「わが国…いえ我等スーメイ人は宇宙に興味がありません。」
話の流れがつかめないのだろう。
それはそうだ、こんな提案をする国家がどこにあると言うのか。
「そして…失礼ながら、あなた達は地上にあまり手を触れようとされない。」
「うむ。我等にとって地上は穢土であるゆえな。してそなたらはいかがする?」
隠し通していたのはこれを無事に言うためだった。彼らが知らないのも無理は無い。
しかしこの身が無事にこの場にあることで既に役目は殆ど果たされたも同然だ。
あとは彼ら次第。
提案がどのような結末を迎えるかはアーヴの力次第だった。
「アーヴ帝国が地上世界に手を触れないという条件を飲んでくださるのならば…わが国を併合していただきたい。」
今度こそ、3人の大使は仰天の声をあげた。
あまりの急展開に自制心が持たなかったのだろう。
「なっ!?」
「グェン殿、正気か!?」
「自国を売り渡すだと!?」
口々に驚愕する。動揺など出してはいけない職だというのにだ。
「静まれ。そなたらの話は聞いていない。」
ラマージュが睨むと慌てて彼らは口を閉ざした。
皇帝の言葉に恐れをなしたからではないだろう。自身の職責を思い出したのだ。
「そなたらが望むのであれば我等はそれを受け入れよう。約束も我が名において守らせよう。だがよいのか?それは売国ではないか
?」
おそらく3人は必死にこの場を打開する策を練っていることだろう。
だが遅い。致命的に遅いのだ。
賽は投げられた。あとは結果を待つのみだ。
「1000年前に戻るだけでございます。平面宇宙を知らず、大気圏の中に留まっていた頃に。」
帝国と四カ国連合が一縷の望みを託して和平を願った場は、既に彼が支配していた。
自分の外交官人生の、そしてハニア連邦1000年の歴史の、一世一代の大舞台だ。
「よろしい。そなたらの願いを容れよう。」
ついに決定的な言葉が皇帝から下された。
皇紀4952年。
イオラオス事変から始まった一連の騒動の、最後の幕が切って落とされた瞬間だった。
725: 333 :2017/01/13(金) 00:40:09
「やっぱり止められませんでしたか。」
今日もラクファカールで
夢幻会の会合が開かれている。それもここ最近は特に頻繁だった。
レンド
声をかけたのは嶋田である。
スリー
それに答えて辻が言う。
「ええ、残念ながら。…まったく、前世といい今回といい。民衆の世論というものは厄介ですね。」
その言葉には実感が宿っていた。
彼らの前世においても世論で苦労したのだ。
たとえ技術が発達し人類が銀河を駆け巡るようになっても、遺伝子を操作して人ならざる力を手に入れようとも、それが変わる
ことはなかったようだ。
「だがこの状況はまずいぞ。原作の帝都陥落前と同じだ。」
原作を知っている転生者が言う。
レンドは転生者と再会したときに教えられた内容を思い出した。
「ハニア連邦の宇宙派が三ヶ国と密通して艦隊を受け入れ、がら空きの帝都を奇襲する…でしたか。」
「その辺は艦隊の一部を帝都においておけば問題ないだろう。原作でもその選択肢は提示されていたしな。」
しかし別の転生者が解決策を示す。
スリーはその実現性をレンドに尋ねた。
「実際、可能なのですか?ハニア連邦の合併と帝都防衛を両立するのは。」
すこし考え、レンドは結論を出す。
「可能でしょう。既に攻勢用の艦隊が用意されているので、これを転用すれば問題ないかと。帝都に戦力を残すと併合作戦の
進捗が大分遅くなりますが。」
そう、夢幻会は戦力を集積し、物資を備蓄し、大艦隊を編成していたのだ。
だがこれはハニア連邦合併を見越してのものではない。
クファゼート・アネク
「ただ、その場合荒嵐作戦は中止せざるを得ませんね。」
クファゼート・ギュクネル
「まあそれは仕方がないでしょう。雪晶作戦の開始が早まったことで満足しなければ。」
かくして夢幻会は作戦の詳細を詰める。
その動きは彼らの敵対者…三ヶ国の指導者達と宇宙派の面々の予測を超えた早さだった。
726: 333 :2017/01/13(金) 00:40:58
「クソッ!売国奴どもめ。和平どころか併合を要求するとは!」
所変わってここは人類統合体の首都。
人類統合体の指導者が集まって会議を開いていた。
ハニア連邦の合併要求という寝耳に水の報を受けて緊急会議を開いていたのだ。
本来ならばこの場には四カ国全ての代表が集い、今後の対帝国戦略を話し合うはずだった。
「口を動かす暇があるなら頭を動かしてくれんかね。このままハニア連邦が脱落するのはまずい。」
「わかっている。軍事力では期待できんが、ハニアが帝国に併呑されれば第一環に帝国が進出することになる。」
平面宇宙には門が密集する領域がある。それぞれ円状に集まっているそれらは、通常宇宙の銀河に対応すると考えられている。
人類が足を踏み入れているのはそのうちの一つ、天の川銀河に対応する門群だけだ。
天川門群は中心の進入不可能な領域と、12の環で構成されている。
中心から第一環、第二環と続いていき、第十二環まであるのだ。
だが帝国は中央付近の環には領域を持っていない。
それらには最初にスーメイ人が訪れ、帝国が来たときには既にどこかしらの星間国家の所有するところとなっていたからだ。
「第一環に帝国が進出すればアルコントと連合体の間が分断される。輸送効率も情報伝達も一気に落ちるぞ。」
帝国が第一環に領域を持っていないということは、第一環は帝国以外の国家の領域だということだ。
そして帝国以外の国家の領域ということはすなわち四ヶ国連合が独占しているということでもある。
それがもうすぐ崩れる。第一環に帝国が進出すると、四ヶ国連合の中心となる領域が分断されてしまうのだ。
「…発想を変えるべきか?これは危機ではなく好機だと。」
誰かが言った言葉に注目が集まる。
皆、この状況を切り抜けるために知恵を絞っているのだ。
「一つの国を合併するのは大事業だ。いくら帝国でもそれはおなじだろう。ましてやハニア連邦は広大だ。」
軍事に聡いものはそこで言わんとすることに気がつく。一方そうでないものはまだ顔に疑問符を浮かべていた。
「合併するためには必ず大艦隊がハニアの奥深くまで入り込まなければならない。そこに宇宙派の手引きで艦隊を進入させられれば
…。」
ここまで言うと流石にわかったらしい。要は帝国の艦隊をおびき出して空になった帝都に奇襲をかけようというのだ。
だがここで疑問の声が上がる。帝都への奇襲は失敗したばかりであり、さらには…。
「戦力の集中が間に合うのか?こちらは緒戦で大きな被害を受けている。物資の備蓄や艦隊の編成にかなりの時間が必要だぞ。」
そう、自分達は敗れたばかりなのだ。陽動艦隊は殲滅され、主力艦隊も被害を受けた。
主力艦隊の被害はかろうじて抑えられたが、その代償に艦隊は大混乱に陥っていたのだ。
それらを纏めて艦隊を編成させるだけでも大仕事なのに、さらに物資の備蓄や各国間の調整が入る。
奇襲とは機を逃さないようにしなければならないのだ。だがこちらの動きが遅ければ、それも叶わない。
しかしそれについても答えは出た。
「それは帝国とて同じだ。事前に艦隊を集結でもさせておかなければ迅速な作戦展開などできん。なにより一直線にラクファカール
を目指せば良い我々と違って奴らは多方面に戦力を分散させなければならないのだからな。準備にも大きく時間が取られる。」
その後もこの案について様々な検討がされたものの、最終的には大筋としては妥当だという結論に至った。
故に彼らは準備を始める。
初動の早さが奇襲の成否を決めるのだから。
727: 333 :2017/01/13(金) 00:41:27
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最終更新:2017年02月09日 21:56