659: yukikaze :2017/01/25(水) 21:29:09
短いですけれども続きできたので投下。題名は『騒乱前夜』
1861年。長岡城。
何時もの愉快な面々は、全員深刻な顔で頭を抱えていた。
「ねえ。あいつら馬鹿なの? 死ぬの?」
「いや確かに史実でも実績あるけどさ。あいつらは常陸で死んだんじゃなかったのかよ?」
「どうやら生きていたみたいなんだわ。あの一件で家が没落したみたいで、失うものが何もなくなったんで更に過激になったみたいよ」
全員が深い溜息をついた。
確かに政治的に劣勢の政治結社がやらかすのはテロ行為であるのは、古今東西変わりがないのだがそれにしても「尊王」を掲げておいてやっているのがこれとは。
「親王殿下の御具合は?」
「幸いにも命には別条がないようです。ただやはりショックは大きかったようで・・・」
「バカどもが。よりにもよって親王殿下の御屋敷に火をかけるか?」
最初の報を聞いた時は「中川宮親王殿下の邸宅が放火された? 嘘だろ」と、思わず口走ったが第二報以下の連絡を聞くにつれて、事態の深刻さを否が応にも理解せざるを得なかった。
「『天誅組』とか言ったか? 土佐の連中は頭が正気か?」
「自分に酔っているんだろ。そうでなければ、近衛の殿下を襲うなんて馬鹿なことするか」
「坂本さん・・・あんた何してんだよ」
憂鬱世界で坂本龍馬に世話になった男が、嘆きを隠そうともせずに天を仰ぐ。
困窮する士族を助ける道として、半官半民の傭兵会社を設立したこの男によって、彼の父は幕府滅亡後も士族の誇りを胸に抱き続けることができ、彼もまた官吏としての道を歩くだけの勉学をすることができたのであるが、歴史の変化は、恩人を処罰する敵へと変えてしまっていた。
「佐幕派と見られている公卿や、徳川及び徳川寄りで開国派の面々への暗殺や、強盗押し込み。
史実以上に過激にやらかしやがって」
「相良に真木和泉か。まあ史実での行動見れば納得ではあるが」
「後は中岡慎太郎だな。これまた史実同様、三条実美と仲が良くて、今では攘夷派の公卿連中の間では『憂国の士』扱いだとさ」
「世間知らずの馬鹿公家どもが。裏で糸を引いているのは岩倉あたりか」
幕末政治史において最も毀誉褒貶の激しい公家の名に、周囲は顔をしかめる。
事跡を見る限り、馬鹿では決してなく、胆力も相応に備えている政治家ではあるのだが、時勢を見るのに極めて敏であり、且つ掌返しもお手の物な男でもある。
和宮降嫁事件があれば、失脚もしていたのであろうが、この世界では水戸のやらかしによってそんなことを言えるだけの余裕はどこにもなく、最終的には、松平春嶽の娘と、家茂とを結婚させることによって、一橋派と南紀派の手打ちをしているため、いまだ失脚すらしていない。
「攘夷派公家・・・と、いうより、岩倉の魂胆は明白だ。奴め、ここぞとばかりに朝廷の権威を高めることで、朝廷の立場の強化に努めるつもりだ」
「延臣としては正しいんだろうが、自分達がどんな火遊びしているのか理解できていないのか」
なまじ幕府や豊臣の武力が、欧米列強と遜色がないことに胡坐をかいているのであろうが、それは大きな間違いであった。
確かに幕府や豊臣の武力は、列強も無視はできない。
だが、それはあくまで「幕府」や「豊臣」であり、他藩の中では西国雄藩が何とかついていっている状態でしかなく、列強が本腰を入れて長期戦争を続ければ、体力差で押し切られかねない、不安定な状況でもあった。
今はまだ、『距離』という障壁によってなんとかなってはいるが、それも機械化の向上によって解決される問題である。無論、それを予想せよというのが酷なのであろうが。
「京都所司代や京都町奉行は機能不全。慌てた慶喜は、史実通り会津を京都守護職にし、治安維持を強化することにした、と。まあ慶喜の奴が禁裏御守衛総督・摂海防禦指揮なんてのになる辺り、あいつ今度は朝廷を利用して、幕府で復権する気満々じゃねえか」
「幕府にとっては本当に疫病神だな、あいつ。きっとまたリップサービス連発して、幕府上層部を窮地に立たせることしでかすぞ」
「水戸の血かねえ。どうもこの世界ではあの家は碌なことしない」
慶喜がこれからとるであろう行動を思い浮かべて、一同ゲンナリする。
禁裏御守衛総督である以上、その権能を使って、禁裏防衛を名目に独自の兵権を握ろうとするに決まっていた。そしておそらく起きるであろう禁門の変辺りで、長州征討軍の総帥として武名を上げることで、幕府での地位を確固たるものにすると。
幸運なのは、奴が豊臣も島津も嫌っているので、うちに被害が来る可能性は低いという点であろうが何しろ、この世界では斜め上の行動をすることに定評のある水戸の血である。
最大限の注意を払うのは必要である。
661: yukikaze :2017/01/25(水) 21:32:40
「そういや新撰組も出来ているが、史実とは違うな・・・」
「元が浪士組だったのに対し、この世界では幕府軍の予備役を使うとは」
「と・・・言うか、近藤や土方が、戦時動員時の特例とはいえ徒士扱いを受ける幕臣だったとは・・・」
「うちの予備役制度を、松平定信や水野忠邦がパクリましたからねえ。近藤にしろ土方にしろ、
水戸の一件で大いに手柄を立てていましたので、幕府としても経験者兼いざという時のトカゲの
尻尾きりに使えると考えたのでしょう」
何とも世知辛い事ではあるが、幕府としても主力の旗本部隊は温存したい手前、予備役部隊や、南紀派で牢人をせざるを得なくなった面子といった、使い勝手のいい連中を投入したということであろう。もっとも、双方ともに水戸での戦闘で苦労をしたせいか、史実の見廻組と新撰組との対立状態とは違い、比較的うまくいっているようではあるが。
「近藤を局長、山南が副長、土方が参謀長か。山南が渉外担当で、土方が実戦部隊担当。ついでに言えば近藤が指揮が取れない場合は、山南が総指揮を執ることになっているか。
こりゃまた随分土方が譲歩しているな」
「指揮系統の分裂を危惧しているんだろ。第一、山南が総指揮をとっていても、実際に部隊を動かすのは土方だ。名よりも実を取っているよ」
「部隊規模も最初から100人を超えている。一番隊から六番隊までの実戦部隊に、勘定方に観察方といった後方部門。調べによると、多摩の予備役だけでなく、旧彦根の連中も参加しているらしい。
何でも水戸の戦で体を張って助けてもらった恩義を返したいのだとか」
「彦根も復帰したけど、領土削られて苦労しているからなあ。微禄の連中で浪人している面子はそりゃあ新撰組に加入した方がまだマシか」
こりゃあ京都は血で血を洗う状況になるぞ、と、部屋の人間達は思った。
何しろ現在暴れているバカどもの半数近くは、水戸でやらかした志士崩れである。
旧彦根の連中にしてみれば、何があっても皆殺しにしたい対象であろう。
「新選組を含めて6組の治安維持部隊が京都守護職預かりか。おまけに史実と違い、連携も十分と」
「装備も旧式とはいえミニエ―銃。しかもどこかの馬鹿がやらかしたのか、コルトM1851も装備されているとかどういうことだ? 時代劇ファンが混乱するぞ」
「あくまで組全体でも10丁程度らしいが、どうも幕府側も、近接戦闘での拳銃の有用性を積極的に活用しようと考えた奴がいるみたいでな。
アメリカに対して実験と称して購入して、連中に渡したらしい。まあこれまた体の良い実験だろうが、土方辺りがこれ利用した日には・・・」
「屋内戦闘においては、腕のいい奴を拳銃の銃士にして、相手に先制して怯んだところを、他の連中が斬り込みかけるなんてことは、普通に考え付くだろうなあ・・・」
662: yukikaze :2017/01/25(水) 21:33:25
豊臣の面子は知らないことではあるが、実はこれは井伊の手によって、実質海外に追放されている松平忠固の提言によるものであった。
彼は他国の行政や法律等の情報収集や翻訳等を行い、日本に送付していたのだが(お蔭で、彼は明治維新時において『近代化に大功有り』として、天皇からお褒めの言葉を受け、面目を施している)
その中には治安維持についての情報もあり、『アメリカ国では同心が拳銃を使って屋内の賊を制圧している』という点に、幕府も、水戸の一件で屋内に立てこもった志士連中を制圧するのに苦労した戦訓を受けて、急遽アメリカからコルトM1851を購入している。
「取りあえず、これで『天誅組』の命運も決まったか。史実と違い、攘夷派志士のやらかしが広まっているのと、海外交易の増加による経済的混乱が最小限で終わっているだけでなく、史実では猛威を振るったコレラも、経口補液の導入で被害が最小限で済んだことで、民衆は、連中が掲げる攘夷に支持をしていない状況が続いている。民衆の支持がない運動など先細りだ」
「と・・・なると、後は今回の一件に裏を引いている長州藩の出方だな。まあ間違いなく暴発するな」
「土佐藩はどうなりますかねえ。ここまでくると否が応でも立たないと拙い状況ですが・・・」
「武市はまだ藩を掌握しきっていないからなあ。あれは反吉田で守旧派と連合を組んでいた状態なので、吉田が死んだ今となっては、連合の意味は消えている」
「ただ京都にいる幕府軍主力は会津と桑名のみ。淀藩や津藩もいるが、装備は旧式で、彦根藩に至っては再建途上。越前藩もようやく会津に準じた兵制に転換中なので戦力外。これ、長州が場合によっては京都制圧しないか?」
「かといって、うちも薩摩も出兵する予定はないしなあ。そもそも慶喜が許さんだろうし」
あの見栄っ張りの男である。
こういった場合、自分の得にならないような選択肢だけは取らないのは確実であった。
「そうなると幕府軍主力が増援に向かうか。3個連隊来れば、確実に幕府軍が勝つが」
「あるいは帝から直接出兵の要請があるかもな。殿様も島津候も、会津候の次位には好まれているだろうし」
「まあ参加しても、禁門の変までだろ。長州征伐まではやるつもりもねーし」
「そうそう。どうせ慶喜の事だから、参加したら参加したで碌でもないことしでかすだろうし」
まあ本番は長州征伐以降になるだろうというのが、衆目の一致する考えであった。
その時の幕府の動きで、最終的な方針が決定するだろう。
「史実の明治維新まであと数年かよ。血なまぐさい祭りなんて御免だぞ」
だが、彼らの願いむなしく、時代は今少しの血を欲していた。
663: yukikaze :2017/01/25(水) 21:48:09
投下終了。禁門の変が近づいていました。
歴史改編の影響は新撰組にも降りかかってきています。
史実では近藤達は農民上がりですが、この世界では戦時における予備役登録をされており(通常の予備役制度とは異なり、軍事教練は受けていないが、戦時動員令が発令されると、駆り出される制度)、そして水戸での戦で戦果を挙げた事で、戦時動員時に限って徒士(御家人)扱いになっています。
なので、念願の武士扱いをされたことで、彼らの徳川将軍家に対する忠誠は強いものでしてだからこそ、『天誅組』への取り締まりも苛烈になります。
そしてもう一つの変化が、史実で発生した見廻組と新撰組の争いが、この世界では水戸の戦で『同じ釜の飯を食べて苦労した戦友』(見廻組等の構成員も、史実と違い、南紀派で浪人せざるをえなかった面々)であることから、仲間意識が強く、相手が水戸にいた志士崩れですので、余計に団結心が強いです。
正直、新撰組や見廻組等の前線部隊の総数が360人で全員が戦時にはミニエ―銃を装備していますので歩兵部隊が2個中隊規模存在している訳です。しかも実戦経験あって、且つ隊長陣の連携も取れるというおまけつき。
もしもの為の予備戦力としては、決してバカにはできん数字なんですよねえ。
最終更新:2017年02月10日 20:28